「どうしたんですか??」
亜弥は気付いていた。
家をでたころから真希の様子がおかしい。
「あの…。」
「なんでもないよ。」
亜弥は思わずひるむ。―あの顔。
真希の、あの、表情。
もう何度か見ているソレは、怒っているのでも、笑っているのでもなく、
本当になんともない顔で、見つめる。
けれど、何もよせつけようとしない、その瞳。
「ばりあー…。」
亜弥がそうつぶやくと、訝るような瞳で真希は見つめる。
「見つめるのクセなんですか??エイッ!!松浦ビーム!ビビビビビビー!!」
「!?」
高く人差し指を立てて、笑う。亜弥の髪がふるふると揺れた。
真希は恥ずかしいものを見るような目でまた、見つめる。
(今度は、今度はひるまない)
「私、後藤さんのバリアー、消してみせる!
友達に、なってください。」
―何いってんだ。
「ねぇっ!」
自転車を寄せて亜弥が言う、気付いたらバイト先はもう目の前だ。
顔をあげるといつもレジで見る客がカートを押していた。
「後藤さん聞いてる?も〜。」
亜弥は口をとがらし、カバンをぶんぶん振り回した。
顔も可愛いし、こんなタイプは男から好かれるだろうな、と思う。
真希はいつものようにタイムカードに手を伸ばし一瞬手をとめた。
<後藤真希>のタイムカードの隣には<松浦亜弥>が陣取っていた。
「あ、後藤さん、アップするのも一緒だし、また一緒に帰りましょうね!」
そういって先に着替え終わった亜弥は売り場に飛び出していった。
くしゅくしゅくしゅ。
こそばゆい感覚が、真希の中をかけめぐる。
それは花粉症の症状に似ていて、思わずティッシュをつかんで鼻をかんだ。
亜依は、何ていうかな。
―真希ちゃん、真希ちゃん友達おらへんやろ。
そんなんあいぼんがおったるがな!
亜依は自分の役割をよく知っていた。
親の転勤で慣れぬ土地に来て、不安だったろうに、
無邪気な子供を演じて真希の家族との仲を柔軟にした。
「亜依ちゃん、このへん知らないんだから案内してあげなさい。」
母親にそう言われ、真希は弟と一緒に亜依を連れ案内をした。
―このへん、なんか、にてる。まえすんでたとこに。
あんな、こうえんがあってな、そんで、ナナちゃんとかとあそんでん。
亜依はそう言ってその場にしゃがみこんでしまった。
弟が「お腹痛いの?」と見当はずれなことを聞いたとき亜依はもう既に泣いていた。
慌ててポケットに手をつっこむと、ティッシュと一緒に、この間おつかいに行ったときに
母親にもらったおつり、150円が入っていた。
真希はその場に弟、そして亜依を残し、近所の駄菓子屋へ走った。
自分の大好きなカステラのお菓子を3つ買って、店のおばあさんにお金を渡した。
おばあさんはじっとり汗ばんだ手からお金を受け取ると、袋に小さいチョコレートを1ついれてくれた。
「いいの?」
「いつもありがとうね。」
真希は亜依のお礼を言って亜依の元へ走った。
―おいしいなぁ、はじめて食べた。おいしい。
汚れた手で拭いた、黒い目元をふっくらほころばせて亜依は笑った。
自分で食べようと隠していたチョコレートも、弟に内緒であげた。
それから亜依は真希にベッタリなついていた。
―真希ちゃん、真希ちゃんあのカステラおごってよ〜。
(笑うとあがる口の端が、今でも懐かしい。ずっと変わらない。)