80 :
ミスト:
絵里は木下たちのあとを測ったように一定の距離でついていきながら、
昨日のことをぼんやりと思い出していた。リレーで1番をとった木下は
その勢いで絵里に交際を申し込んできたのだ。
ただ、元来奥手で慎重派の絵里は、女好きで有名な木下の交際を断った。
するとそれを予想してたかのように「じゃ、デートくらいならいいだろ」と言ってきたのだ。
運動会で迷惑をかけたことや、交際を断ったといううしろめたさも手伝って承諾してしまったのだった。
ただ木下の興味は、途中参加のれいなに向けられていた。終始むすっとつまらなそうに
している絵里にくらべ、れいなは喜怒哀楽がはっきりしているのでとっつきやすいようだ。
「そんで、そいつが言いやがったんだよ。君の成績って万年デフレ状態だね、って。
とりあえずぶん殴ってやったよ、許せないしょこんな奴 」
「えー殴ったの?先輩ってやさしいイメージがあったのに」
「いやいや、女の子にはやさしいよ。俺が牙をむくのは男だけだから」
前方で盛り上がっているれいなと木下を見ながら、絵里の心は、嫉妬するわけでもなく、
ひどく冷静になっていた。別に自分がいなくてもいいじゃん、と考えはじめたのだ。
自分がここで帰ってもそんなに文句を言われることはないかもしれない。
絵里は速度をおとして立ち止まった。
81 :
ミスト:03/10/21 23:15 ID:rZU7Egc+
「どうかしたか絵里」
木下は不思議そうに聞いた。
「・・・・・・・」
絵里はとっさにうまい言い訳が思いつかず沈黙した。
帰る、の一言で片づけられたらどれだけ楽だろう。
ただそんなストレートな表現は、絵里の辞書には載っていないのだった。
「・・・あの・・・その、ちょっと用事があるから・・・」
緊張と動揺のせいで絵里の舌はもつれ、うまく回らない。
「用事ってなんだよ」
少しの間もあたえずに木下が問いかけた。
そのするどい口調は絵里をますます緊張させ、しどろもどろにさせた。
「と、とにかく、あの・・・用事があるんです・・・」
自分でもめちゃくちゃな言い訳だと分かっていたが、絵里はそう言った。
木下が絵里に対して何かを言おうとしたとき、野太い男の声が響いた。
82 :
ミスト:03/10/21 23:17 ID:rZU7Egc+
「おいおい、嫌がっている女の子を無理やり誘うんじゃねえよ」
絵里たちの左右には、3人ほどの醜悪な雰囲気をまとった男たちが包囲していた。
「なによ、あんたたち」
完全に意気消沈してしまっている木下に代わり、れいなが叫んだ。
「ずいぶん威勢のいいお嬢ちゃんじゃねえか。まさか俺を誰だか知ったうえで
そんな口を利いてるんじゃねえだろうな」
「あんたみたいに人相の悪い人、知るわけないないでしょ。絵里、知ってる?」
「とりあえず、110番したらいいのかな」
「人相悪いだけで110番されてたまるか!ぬるぽ会話してんじゃねえぞ!
俺は、山崎 渉って言って、裏の世界でじゃあ知らねえ奴はいないコテハンだ!
あっ、いや、コテハンじゃねえや。とにかくすごい奴なんだよ俺は!」
山崎は年下の娘にペースを乱されているのに苛立ちながら、露骨に威圧的な態度をとった。
女なんて少し脅せばすぐおとなしくなるもんだと思っているようだった。
83 :
ミスト:03/10/21 23:18 ID:rZU7Egc+
「どうしよう木下先輩」
なんなら一戦交えてみましょうか、と提案しようとして後ろを振り返ると、木下を含め
他の2人の男女も姿を消しており、1人ばつの悪そうに絵里が立っているだけだった。
「帰っちゃったみたい・・・木下君たち」
絵里は、ぼそぼそと申し訳なさそうに言った。
「わははははは!信頼する仲間が逃げてしまったようだな、お嬢ちゃん。
ん? さっきまでの威勢はどうしたんだい」
山崎は口もとにいやらしい笑みをひらめかせた。
れいなは舌打ちした。
「なんか、ひと昔の悪役って感じで絡みづらいなあ」
「誰がひと昔前の悪役じゃあ!言わせておけば小娘が!お前らやっちまえ!」
昭和の悪役こと山崎渉の合図で男たちが、れいなと絵里の両腕をつかんだ。
絵里は手を振りほどこうと必死に抵抗していたが、すぐにあきらめてしまった。
84 :
ミスト:03/10/21 23:19 ID:rZU7Egc+
さすがのれいなも男の腕力には勝てそうになかった。と、思われた瞬間、
れいなの足が山崎の股間にゴールを決めた。
「ぐあああああ!」
突然の急所攻撃をうけて、山崎は野獣のような悲鳴をあげる。
仲間たちは山崎のまわりに駆け寄った。
「今だ、絵里、逃げるよ!」
れいなは絵里の手をとると強引に引っ張った。絵里は何が起こったのか分からず呆然としていたが、
一旦、走り始めると思いのほか速く、あっという間にれいなが手を引っ張られるかたちになっていた。
れいなは1度だけ振り返ると、数十メートル後ろから山崎の怒声が聴こえてきた。