あぁ!       

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67ミスト
ときどきすれちがう通行人が振り返ってれいなを見る。
平日のこの時間帯に中学生がいるのを一種の好奇心から眺めているのだ。
中には注意しようとする者もいるが、この娘の普通とは対極に位置する服装とルックスに
その気も失せるのだった。

もっとも運動会による振り替え休日なので、別に学校をさぼっているわけではないのだから、
大人たちにとやかく言われる筋合いはないのだが。

平日の街は、いつものより人も少なく、普段見ていた街の印象とはずいぶん違うものに思われた。
れいなは広場の噴水近くで青年を待っていたのだが、往来の人にはジロジロ見られるは、
遊び人風の男からはナンパされるわで、結局かくれるように建物の影に入っていた。
そこからは広場の噴水も見渡せ、青年がやって来ても一目瞭然だった。

68ミスト:03/10/09 20:49 ID:ruhB/XzB

第一、女の子が先に待ってるのは、はりきってるのがバレバレのようで嫌だった。

( やっぱり、ごめん待った とか言って遅れてくるのがかわいいんだよ )

れいなはそう考えた後で苦笑した。自分がそんなことを考えるなんて。
かわいいの「か」の字もない自分が・・・・・・
ふと噴水の方に視線を向けると、青年が腰をおろして虚空を見つめていた。

( 先生のせいかな? )

れいなはぼんやり考えた。そして何度か首を横にふる。

( まさかね。先生は好きだけど、恋愛感情は抱いたことないしね )

れいなはうつむいた。そしてパッと顔をあげる。
( そうだ! さゆ、さゆの影響だ )
友人の道重さゆみのことが思い浮かんだ。自分のことをかわいい、かわいいという
この友人の影響だ。そう結論づけた。

れいなは青年の影響という考えをひどく恐れた。
それは何か今の二人の関係を壊してしまう遠因になるように思われたのだ。
れいなは考えるのを止め、噴水の方に走っていった。

69ミスト :03/10/09 20:56 ID:ruhB/XzB

「先生、待った?」
れいなが声をかけると、青年はれいなの服装を上から下まで眺めて、

「ケンカでもしに行くんですか」と冗談ぽく言った。
背中に「喧嘩上等」と書かれていても違和感のない服装だ。

「えーっ、気合いれて選んだのに・・・・・・・似合ってない?」
その気合が良くも悪くも空回りしているようだった。

「似合ってますよ。その・・・似合いすぎてるぐらいですよ・・・恐いくらいにね」
「ちょっと!なんかすっーごい引っかかる言い方なんだけど」
「あ、いや・・・あまり深くとらないで。行きましょうか、書店に・・・」
青年はあわてて言うと逃げるように歩き始め、れいなはその後を追った。

70ミスト:03/10/09 21:01 ID:ruhB/XzB

参考書選びは40分程度ですんだのに、れいなの洋服選びは参考書のそれの
3倍の時間と10倍の情熱が注がれていた。

「ごめん先生、もうちょっとだから」
このちっとも当てにならない言葉を言って、両手いっぱいの服を抱えてカーテンの向こうへと
消えていった。一人店内に残された青年は、居心地の悪さを満喫しながら、
当分、彼女が欲しいなんて願望を持つことはないだろうと確信していた。
女性と付き合うということは、このような苦行に耐えつづけなければいけないからだ。

結局、あれだけさんざん時間をかけたのに、れいなは一着も買わなかった。
気に入ったのがなかったというのが彼女の言い分なのだが、傍で待ちつづけていた青年は
ひどく疲れていた。

71ミスト:03/10/09 21:07 ID:ruhB/XzB

二人が大通りを歩いていると、前方からこちらに向かってくる男女4人のグループがあった。
その中に絵里と木下がいた。

絵里は感情が抜け落ちたようなひどくぼんやりした様子で歩いていた。
こちらに気づいたようだが、特に反応を示すわけでもなく木下たちの後について行く。

「おお、れいなちゃんじゃん。すげえ、こんな所で会うなんて」
木下がわざとらしく感動した様子でれいなに話しかけてきた。

「あっ、どうも木下先輩」
れいなはやや遠慮がちに頭を下げた。
「そちらの方はれいなちゃんの彼氏かな?」
ちらっと青年の方を見て聞いた。

「あ、全然ちがいます。ただの塾の先生です。今から帰るところなんですよ」
れいなは可笑しそうに言った。
絵里は相変わらず興味なさそうに遠く眺めている。

72ミスト:03/10/09 21:12 ID:ruhB/XzB

「あのさ、カラオケ行くんだけど、れいなちゃん来ない?」
「えっ、はい」
あっさり、れいなはOKした。木下を前にするれいなは、態度こそ普通を装っているが、
目の輝きが全然違うことに青年は気づいた。
特に妬きもちをする方ではないのだが、この浮かれたれいなに一種の憤りを感じていた。

「あの・・・・・・僕は誘ってくれないんですか?」
子供がおねだりするような甘えた目で青年は言った。
木下は「げっ」という表情をした。てっきり帰っていただけるものとばかり思っていたからだ。

「おい、どうする」
一応、相談するふりをしたが、腹の中で答えは決まっていた。
ただ目の前で青年がじっとこちらを見ているのでなかなか言い出せない。

73ミスト:03/10/09 21:18 ID:ruhB/XzB

「あの・・・・・・あまり人数が多くなると歌えなくなるんで・・・・」
「大丈夫、僕は歌わないから、見てるだけだからいいよね」
このとき、青年の心を支配していたのは、彼らを困らせたいという気持ちだけだった。

「先生やめてよ!今日は参考書も買ったし、もう私の自由な時間だよ。邪魔しないでよ」
さすがに空気を読んだれいなが青年に言った。
青年はれいなの言葉にひどくおどろいた様子をみせ、何かを言おうとしたが止め、
小さくため息をついた。

「・・・・・・すいません、迷惑ですよね・・・・・・・帰ります」
小さくつぶやくように言うと大通りを歩いて行った。
青年がいなくなると木下たちは顔を見合わせた。

「なんだあいつ、変なやつだな」
木下たちは口々に笑った。れいなは青年が歩いていった方をじっと見ていた。

( 悪いのは、先生だよ )
心の中で何度もその言葉を繰り返した。