205 :
ミスト:
田中れいな、亀井絵里の中学生二人組みが、都ミス高校に入り込んだ。
生徒数が千人を越える大きな高校だが、この日はひどく静かであった。
「おーい、勝手に入ったら先生に怒られちゃうぞ。どうなっても知らねえーぞ」
後方から心やさしい山崎の注意の声が、聞こえてくる。
正門のところに立っている山崎は、それ以上、入って行く気はなさそうだった。
その様子を見て、絵里はひとまず胸をなでおろした。
「あの人、悪ぶってるけど、意外とまじめな人でよかったぁ」
「ああいうのを小心者って言うの」
れいながきっぱりと断言する。はっきり言って、学校の先生のカミナリなんか、
母親のそれに比べれば、静電気でしかない。
ただ、だからといって、むやみに目立って学校関係者に小言を言われるのも嫌なので、
塾の講師である青年が来るまで、学校の下見に来た受験生を装うことにした。
と、山崎とは正反対の甘ったるい、とぼけたような声が二人にかかった。
206 :
ミスト:03/11/22 22:06 ID:cXaLKpoO
「・・・あのー、中学生? 学校はどうしたの?」
黒髪に、うるんでいるというか、怯えているような大きな目が、こちらを見つめている。
制服に身をつつんだ少女は、都ミス高校の生徒のようだ。
「あ、運動会の振り替え休日だったので、高校の下見に来たんです」
黙ってる絵里に代わり、れいながさらさらっと答える。
絵里は怪しいと思われないように、愛想のいい笑顔をした。
「そうなんだ、わたしは都ミス高校の一年で紺野って言います。よろしくね。
今、試験期間中で人も少ないから、自由に見学していくといいよ」
「ありがとうございます」
絵里が礼儀正しく応じた。
紺野先輩は、それに気をよくしたのか案内役を申し出てきた。
その提案をどう断ればいいか思案していると、青年が正門から入ってきた。
207 :
ミスト:03/11/22 22:07 ID:cXaLKpoO
「あっ、先生、こっちだよ」
れいなが大きく手をふった。紺野先輩の親切心をも一緒に、ふりはらってしまおうとするかのように。
青年はれいなに気づき、頭をかきながら近づいてきた。
「まったく、元気なのは結構ですが、ほどほどにして下さいよ。もしもの事があったら、
僕は、れいなの親に東京湾に沈められちゃうんですから」
「人をヤクザの娘みたいに言わないでよ。しょうがないじゃん、変な男が追ってくるんだもん。
追われると逃げたくなるのが女心ってもんでしょ」
「追われる原因は何ですか」
「相手の股間を蹴った」
とても楽しそうな様子でれいなが答えた。
208 :
ミスト:03/11/22 22:08 ID:cXaLKpoO
「笑い事じゃなーい!よく無事でいられましたね。まったく、勉強以外に教えることが山ほどありそうだ。
恋でもしたら、ちょっとは女の子らしくなるんだろうか」
「・・・わたし、先生に恋してみようかな」
不慣れなウィンクを、れいながした。
「僕とれいなが恋人ですか・・・・」
わずかな可能性というやつを考えてみたが、ありえないので止めた。
「ま、最近ぶっそうな時代なので、さっさと帰りましょう」
209 :
ミスト:03/11/22 22:25 ID:cXaLKpoO
そう言って、れいなの隣りにいた紺野先輩をふと見て、青年は驚いた。
「うおっ、なんでお前が!?」
二、三歩ゆっくりと後ずさりする。その歩調に合わせるように、紺野はグッと青年に近づいた。
「あんた、中学生にでれでれしてるんじゃないよ」
「な、なにを言ってるんですか?」
疑問符を浮かべた青年の頭に、紺野の長い足が襲いかかってきた。切れ味鋭いそのハイキックを
間一髪で避けると、青年は額の汗をぬぐった。残念ながら、スカートの中を鑑賞する余裕はなかった。
「相変わらず、かわいい顔して、暴力的な女だ。武道では、心を鍛えなかったんですか?
それともブドウでも食べていたんですか」
めずらしく言った青年のギャグは、誰にも感心されなかった。
210 :
ミスト:03/11/22 22:27 ID:cXaLKpoO
空気を感じ取った青年は、コホンと一回せきばらいをすると、れいなの頭に手をのせた。
「なにか勘違いをしているようですけど、この子は僕の生徒さんです。
今、僕は小中学生を対象とした塾の先生をしているんです」
「・・・・・・あんた、塾の先生やってるの!?」
大きな目をさらに見開いて、紺野は叫んだ。
「そうだよ、意外ですか」
「意外というか、教えられてる生徒さんの将来が心配というか・・・・・・
先生をあれほど嫌っていたあんたが、先生やってるなんて」
「あの・・・」
と、横から口をはさんだのは絵里だった。
先ほどから、どうしても聞きたい質問があったのだ。
「お二人はどういう関係なんですか?」
211 :
ミスト:03/11/22 22:28 ID:cXaLKpoO
絵里の質問に、青年はちらりと紺野を見て、
「同級生ですよ」
とさらりと答えた。
「・・・えっ!? 同級生なんですか!? じゃあ、じゃあ、高校生なんですか」
そう質問したあとで、自分のあわてぶりと声量の大きさに、絵里は恥ずかしくなりうつむいた。
そんな絵里を見ながら青年は苦笑した。
「高校生ではないです。3ヶ月くらい前に辞めちゃったんで。それにしても、そんなに老けて見えましたか?
確かに、普通の16歳より無駄に苦労はしていますが・・・」
と、れいなを見る。
212 :
ミスト:03/11/22 22:29 ID:cXaLKpoO
「・・・え、じゃあ、えーっと・・・・・・」
絵里は言葉を失った。聞きたいことは山のようにあるのに、うまくまとまらない。
ただ、絵里が幼いころ大好きだった青年は、22歳くらいにはなってるはずなので、
目の前にいる青年が、その人とは全くの別人であることは、明らかだった。
「・・・どうしたの絵里?」
心配してきた、れいなに「なんでもない」と絵里は短くこたえた。
驚きという波が、心から引いたあとは、さびしさだけが残っていた。