猛忍具娘

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277名無し完璧です!
     41.悪球打ち開眼
試合は紺野の二塁打の後、二死から安倍の右前適時打と藤本の本塁打でこの回早大付は石川から3点をもぎ取った。
一方の横浜も4回表、柴田が右前安打で出塁、いつものように2番の新垣が送って一死二塁とした。
安倍と矢口の二度目の対決、矢口がスライダーを打たされて二飛。
軍配はまたしても安倍に上がる。
そして二死二塁というところで、打順は石川へとまわってきた。
ロージンをグリップにあてて、ゆっくり打席へと向かう石川。
そんな石川の姿を見つめながら、矢口は石川の入部当初の頃を懐かしげに思い出していた。
278名無し完璧です!:03/12/30 00:03 ID:oHtCFUP/

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3年前、石川は横浜高校野球部へと入部した。
一応柴田と同期だったが、この頃柴田はあまり台頭することはなかった。
一方の石川は、監督にその野球センスを見込まれて、即スタメンとかなりの待遇を受けていた。
しかし、成績はなかなかパッとせず、打率は2割そこそこ、本塁打を打てるほどの飛距離などまったくなかった。
そんな中で、当時の石川でもっとも問題視されていたのが、極度のネガティブ思考であったということだった。
それが打撃にも影響し、アウトのうちの7割が見逃し三振ということからも、石川がかなりの消極的思考であることが伺えた。
そんな石川に、矢口は常日頃からポジティブシンキングをすることを言い続けて来た。
矢口は知っていた。
石川の打撃センスが本物であることを。
特に難しいコースなども上手に捌ける技術は、矢口自身でも勝てるかどうか微妙だろうと思っていたほどだ。
279名無し完璧です!:03/12/30 00:05 ID:oHtCFUP/
しかし、ネガティブ思考がその力を石川の中へと封じ込めてしまっていた。
際どい球、甘い球、初球、追い込まれてから、石川はどんな時、どんなボールに対してもなかなか手を出せずにいた。
石川曰く、下手に手を出してはいけないと躊躇してなかなか打ちにいけなくなるらしい。
それ故、技術があっても成績に出てこないという状況に陥ってしまっていたのだ。
なかなか殻を破れずにいた石川に、矢口はとある日の練習試合である指示を出した。

「来た球は全部打て、絶対に見逃しはするな。」

石川は最初はかなり戸惑いを感じていた。
ボール球が来たらどうしよう。
狙い球が来なかったらどうしよう。
しかし、そんな石川の考えはいらぬ心配だった。
相手投手は思いのほかストライクゾーンにポンポンと放って来る。
しかも、球にキレがあるわけでもないので狙い球と違っても十分に対応することができた。
矢口の指示の甲斐あって、石川は4打数4安打の大当たり。
そして8回に第5打席目が回ってきた。
この時には石川もノリノリで、完全に打つことしか頭になかった。
そして第一球、当然のように石川は打ちにいった。
280名無し完璧です!:03/12/30 00:07 ID:oHtCFUP/

「え、フォーク!?」

相手バッテリーは信じられないことに初球からボール球になるフォークを使ってきた。
石川は咄嗟にバットを止めようとした。
しかし……。

「ここで止めたら私は変われない……変わらなきゃ!」

そして石川は構わずそのまま打ちにいった。
フォークボールはホームベースのちょっと手前でワンバウンド。
石川はそれを思いっきり掬い上げた。

『グワキィーーーン!!!』

周りの誰もが、いや、石川自身も信じられなかった。
生まれてはじめての本塁打がワンバウンドボールの悪球打ち。
石川はその時、あまりの好感触にバットを放すのも忘れてベースを一周した。
石川が悪球打ちに目覚めてしまったのはその頃からだった。
あの日以来、あの感触が忘れられず、来る日も来る日も悪球打ち。
そして今の石川となるに至ったのだ。
それと同時に、もともとど真ん中はあまり得意ではなかった石川は、それから真ん中はめっきり打てなくなってしまった。

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281名無し完璧です!:03/12/30 00:09 ID:oHtCFUP/

今思えば、石川もかなり変わったな…。
なにより強くなった…。
この石川の強さが、今の横浜の支えであり、そして矢口自身の支えになっている。

矢口はそんなことを思っていた。
この試合もきっとなんとかしてくれる。
そんな期待が矢口の心の中にはあった。
そんなことを知ってか知らずか、石川はバッターボックスへと入る。

「トーントン♪トーントン♪」

ワケのわからないリズムを刻みはじめた石川。
なぜかホームベースから離れて、さらにバットをかなり短く持っていた。
これでは外角は届かないだろう。
飯田のサインはすぐさま安倍に外角を、そして長打を防ぐために念のために低めの速球を要求した。
安倍は躊躇なく頷く。
そしてセットポジションから第一球を投げた。
その瞬間、石川の目つきが変わる。

「ハッピィーーーーー!!!」

高々と振り上げられたバットは、いつの間にはグリップエンド目一杯まで持たれていた。
しかもそれだけではない。
バットが異常に長い。
振り抜かれたバットは悠々と外角低めのボールを捉えた。
282名無し完璧です!:03/12/30 00:10 ID:oHtCFUP/

『カキィーーーーーン!!!』

高々と空へ舞ったボールは、レストスタンドへ吸い込まれるように消えていった。
打ち直しとなった一発に、横浜サイドは沸きに沸く。
打たれた安倍・飯田のバッテリーは唖然とするしかなかった。

「なんで今の際どいストライクボールを……もしかして!?」

飯田はその時気付いた。
ホームベースから離れて立った時の外角低め。
そう、確かにストライクではあるが、実際は悪球となんら変わらないのだ。

「まずは2点返しましたよぉ〜、矢口さん。」
「ホント、梨華ちゃんはよくわからないよ……。」

石川の底の深さに呆れながらも、矢口は石川を手荒く出迎えた。
283名無し完璧です!:03/12/30 00:12 ID:oHtCFUP/
     42.ど真ん中
石川の本塁打で追い上げムードに入るかと思われたが、試合は5回裏の石黒の3ランで一方的な試合展開。
これで勝負が決まったかと思われた。
6回表、一死から矢口の打席。
矢口はバットを短く持ち、ひたすら粘る。
ファールファールで逃げ、そして19球目の速球を空振り、三振に倒れた。
安倍は気付けば少し肩で息をしていた。
続く石川が投げ疲れた安倍のすっぽ抜けた失投を捉えて、2打席連続となるソロ本塁打で再び反撃の狼煙を上げた。

「これが矢口を3番にした目的か……。」
284名無し完璧です!:03/12/30 00:16 ID:oHtCFUP/
しかし、6回裏に早大付は紺野の中前適時打で1点を追加、点差を再び5点にまで開いた。
7回は両者無得点、そして試合は終盤の8回へと入る。
この回の先頭打者は矢口。
風邪の影響で徐々にバテてきたのか、球威が落ちたところを狙われる。
速球を右中間へ持っていかれ、三塁打。
そして、またもチャンスで石川に打席がまわってくる。
初球、二球目とど真ん中速球。
簡単にツーストライクと追い込む安倍・飯田のバッテリー。
ここで矢口が石川に何かサインを出す。
バッテリーは構わず勝負に出ようとする。
サインを交わし、安倍が投球モーションに入った、その時だった。
矢口が走った。
石川はバントの構え。

「スクイズ!?」

飯田はすぐさまウェストを指示。
安倍は飯田の指示通り外しにいった。
しかし、これが相手の術中にまんまとはまる事となる。

「は!しまった!」
285名無し完璧です!:03/12/30 00:17 ID:oHtCFUP/
相手は石川、当然このウェストに喰らいついた。

「グッチャーーーーー!!!」
『グワキィーーーーーン!!!!!』

打球は弾丸ライナーでバックスクリーンに突き刺さり、3点差に迫る2ラン。
飯田はすぐさま安倍の下へと駆け寄る。

「ごめん、なっち。今のは私の判断ミスだったわ……。」
「気にしないで、圭織。なっちも同じ事を考えてたからさ。それより、次をしっかり抑えるべさ。」
「そだね。よし、しまっていこ。」
「うん。」

思いのほか冷静だった安倍、後続を見事3人で斬ってとった。
8回裏、尻上がりに調子を上げてきた石川に早大付は三者凡退、簡単にイニングチェンジとなる。
そしてついに最終回。
安倍は最後の力を振り絞って8番・9番を打ち取って2アウトとした。
しかし、横浜もまだまだ粘りを見せる。
1番柴田が中前安打で出塁。
2番新垣には何か仕掛けてくると変に意識して四球を許し、二死一・二塁。
そして3番矢口。
286名無し完璧です!:03/12/30 00:20 ID:oHtCFUP/

「なっち、ここは勝負にいかせてもらうからね……。」

矢口はアレを狙っていた。
しかし、実は安倍もそのことをなんとなく察していた。

「今の矢口なら狙ってくるかも。」

第一球を投げた瞬間、柴田と新垣が走った。
当然サードの藤本はベースカバーに入る。
矢口はそこを狙う。
三塁方向へのセーフティバント。
ベースカバーに入っている藤本はもちろんスタートできない。
だが、安倍はこんな矢口の考えを読んでいた。
すぐさま打球を拾い、一塁へ送球しようとする。
しかし、処理を焦ったのかボールをジャックル。
すぐに持ち直して送球するも、矢口の俊足も相まってかろうじてセーフ、結果内野安打となり、二死ながら満塁のチャンスを迎えた。
この一発出れば大逆転のチャンスに、打者は三度石川。
ここまで4の3で3本塁打、しかもアウトもベース踏み忘れということで実質全打席本塁打を放っていることになる。
飯田はたまらず安倍の下に駆け寄る。
287名無し完璧です!:03/12/30 00:21 ID:oHtCFUP/

「なっち、大丈夫?」
「心配ないよ、圭織。まだまだいけるべさ。」
「そ、ならよかった。この場面で小細工は何もいらないから。ど真ん中速球一本で。」
「わかったべさ。」

飯田はホームへ戻ろうとして、また安倍の方に振り返る。
そして、しばしの沈黙の後、飯田が静かに語りかけた。

「……ねぇ、なっち……。」
「ん?」
「絶対勝とうね!」
「……よしきた!」

安倍も気合の一言。
しかし、実のところ、安倍は立つのがやっとという状態だった。
今にも意識が飛んでしまいそうなほど満身創痍。
安倍は今、気力だけで立っていた。
そして試合は再開される。
初球はど真ん中速球を見逃しストライク、二球目は同じど真ん中速球を空振りで、バッテリーは早々と2ストライクと追い込む。
大観衆は祈るような思いで試合に見入っていた。
特に横浜サイドは後がない、さらにど真ん中が打てない石川なだけに、もうダメかと誰もが思っていた。
そして、運命の三球目を投げた。
ど真ん中の速球。
横浜は万事休すかと思われた。
しかし……。
288名無し完璧です!:03/12/30 00:22 ID:oHtCFUP/

『カキン!』

ファール。
それは信じられない光景だった。
当てたのだ、あのど真ん中が打てないはずの石川が。
その後も石川はど真ん中の速球攻めにファールで粘る。
そして8球目、ついに石川がど真ん中を完璧に捉える。

『グワラキィーーーーーン!!!』

安倍に重圧が圧し掛かる。
打球はライトスタンドへ向かって一直線。
しかし、ポール際で巻くかどうかかなり微妙だ。
そして、あっという間に運命の打球がポールの横を通過していった。