38.微熱
「んん……あれ、ここはどこ?」
そこは真っ白な世界。
景色も音もない、ただ白の一色だけが広がっている。
安倍は何がなんだかわけがわからず、少々困惑していた。
それに体が思うように動かず、それがさらに焦りに拍車をかける。
「夢……なのかな?」
心を落ち着けるために一つ大きく深呼吸をして、そして静かに目を閉じてみる。
無音の闇の世界。
しかし、徐々にながら確実に何か音が聞こえてくる。
「なんだろう……聞いた事がある気がする……。」
それは安倍にとっては馴染み深い音だった。
ワァーーーーー…
ダンダンダン ダンダンダン…
パララー パーラーパーララー パララー
パーパーパーラーパラパー パーパーパーラーパラパー
そう、それは甲子園の大歓声だった。
その歓声も徐々に大きくなってくる。
そして、それはいつしか安倍の全方位から耳の中へと流れ込んできていた。
そっと目を開いてみる。
光が差し込み、思わず手で光を遮る。
ゆっくり手を除ける。
そこには安倍のよく知っている光景が広がっていた。
甲子園。
右にも左にも超満員の大観衆が、甲子園独特の割れんばかりの大歓声を送っていた。
ただ、いつもと違うのは今自分がいるのがバックネット裏だということ。
安倍がグラウンドの方へと目をやる。
スコアボードには、明日対戦するはずの早大付と横浜の文字。
そして打席には矢口が、そしてマウンドには…。
「え……わ、わたし?」
そう、マウンドには今バックネット裏にいるはずの安倍が立っていた。
安倍が投げ、矢口が打つ。
互いに全力と全力、二人の戦いに安倍は痺れた。
そして六球目、矢口の打ったファールボールがバックネットへと飛んできた。
キャッチャーの飯田がバックネットへと走ってくる。
そしてネットにしがみつき、何故か私の名前を呼んでいた。
「なっち!ねぇ、なっち!起きなよ、なっち!!!」
「ん……あれ……夢?」
目が覚めた安倍は布団の中にいた。
そして安倍の視界の中に入ってきた飯田が必死に安倍の名を呼んでいた。
「やっと起きたよ……どうしたのさ、なっち。
汗びっしょりだよ。」
安倍も言われるまでは気付いてなかったが、どうもかなりの寝汗をかいていたらしい。
おかげで服もかなりびしょ濡れになってしまっていた。
「珍しいね、なっちがこんな時間まで寝てるなんて。」
安倍が時計に目をやる。
針は7時を過ぎようとしていた。
「ま、いいや。早く起きなよ、朝ご飯の時間だからさ。」
「あ、うん、すぐ行くべさ。」
安倍が布団から出ようとする。
「あれ?」
突然足元がふらついた。
軽い眩暈だったみたいで飯田は気付かなかったようだ。
額に手をそっとおいてみる。
「なんかちょっと熱っぽいみたい……。」
とりあえず安倍は、風邪薬を飲んでさっと服を着替え、そしてすぐに朝食をとりに行った。
本日の正午12時、いよいよ娘。甲子園の頂上を決める戦いがはじまる。