33.CHAIN SAWの真の姿
「お豆、大丈夫!?」
矢口の問いに新垣は右手で大丈夫とアピール。
幸い、膝の直撃は避けていた。
しかし、その少し上のところが若干腫れ上がっていた。
「ちょっとあんた、今のわざとでしょ?」
矢口が今度は松浦に突っかかる。
松浦は笑顔を崩さないで矢口を軽くあしらう。
「何言ってるんですかぁ?それに今のはストライクですよぉ。」
お前こそ何を言ってるんだと思いながらも、矢口は主審の方を見る。
すると、矢口の予想に反して、主審が言うには今のがストライクだったらしい。
これに思わず矢口は主審の胸座に掴みかかろうとする。
「ふざけないでよ!何で今のがスト……。」
その寸前、新垣がかろうじて矢口を押さえ込む。
「離せよ、お豆!あんなジャッジ、納得できないだろ!?」
しかしこの後、矢口は新垣から予想外の言葉を耳にする。
「私なら大丈夫ですから!それに、今のは本当にストライクでしたから……。」
「何言ってるの?お豆、わざわざそんな嘘なんて言わなくても……。」
「嘘じゃないです。今のシュート、ホームベースの上を完全に通過してから変化したんです。」
「……ホントに?」
矢口はしばし呆気に取られる。
確かにホームベース上を通過した上で体に当たっても死球にはならない。
ただ、そんなシュートボール、本当に投げられるのだろうか?
半ば信じられずにいたが、やむなく矢口をはじめとする横浜ナインはベンチへと退いた。
その後も新垣は、執拗なシュート攻めに避けるのが精一杯でことごとく三振に倒れてしまう。
そして新垣がベンチへの帰り際に、次打者の柴田に一言声をかける。
「柴田さん、あの球には気をつけてくださいね。」
「心配ないよ、お豆。私にはアレは通じないから。」
柴田の表情は自信に満ちていた。
そして打席に向かう。
そこで矢口が気付く。
「そっか、柴ちゃんは左だからシュートは当たらないんだね。」
そう、矢口が言うように柴田は左打者だ。
ということは、右投げの松浦のシュートは外へ逃げていく球になるので、体に当たることは考えられない。
ただそれでも、シュートのキレのよさは厄介ではある。
外角に投げられれば打ち辛いことに代わりはない。
柴田は外角のシュートに対応するために、打席のホームベース寄りに立つ。
すると松浦がボソッと呟き、そして投げた。
「チェーンソーと剃刀の違い、何かわかるぅ?」
チェーンソーと剃刀の違い……。
それは破壊力。
そして剃刀との決定的な違い、それはチェーンソーは両刃であるということ……。
「きゃっ!」
『ドカッ!』
先ほどの新垣の時とまったく同じような光景がそこにはあった。
『セクシーシュート』を全く変化を逆にしたようなスライダーが柴田の左足を襲ったのだ。
横浜ナインが今一度柴田の下へと駆け寄る。
今度は柴田の左膝下のふくらはぎ部分が腫れ上がっている。
そしてこの時主審の右の拳は、またしても高々と天に向けて突き上げてられていた。
「これがもう一つのチェーンソーボール、『キュートスライダー』。どう?」
松浦がこう言い放った時、矢口とあともう一人が目を怒らせて松浦の方を睨みつけていた。