29.スローボール攻略
回は進むが、道重は相も変わらずのスローボール戦法で早大付にランナーすら許していない。
一方の紺野も、毎回のようにランナーこそ許すものの、打たせてとる投球で初回の1失点のみに抑えていた。
緊迫した試合展開の中、回は早くも7回裏、早大付の攻撃を迎える。
打席に1番の里田が向かう。
そんな中、さすがに早大付ベンチにも焦りが見え始めていた。
「完璧に捉えているはずなのに、なんで打ち取られるんだろう……。」
飯田がマウンドに立つ道重を見つめながら呟いた。
全員が全員、快心の当たりを打っているにも関わらず、全ての打球が途中で失速してしまう。
おそらく微妙に芯を外されているんだと思うけど…。
この原因を解析する為に、飯田は道重にずっと目を凝らしていた。
果たして本当に打てるのかすら怪しく思えてきた。
「どう考えてもただのスローボールなのにねぇ……。」
安倍も思わずため息を漏らす。
「まるでタンポポの綿毛みたいなふわふわボールなのに……どうしてスタンドまで届かないのかねぇ?」
「綿毛か……。ん?もしかして……。」
石黒のふと漏らした言葉に、飯田はバラバラだったパズルが解けたかのように何かが閃いた。
「紺野、ちょっと来て。」
「はい?」
飯田はネクストに控える紺野をすぐさま呼び寄せ、ひそひそと何かを耳打ちし始めた。
「いい?お願いね、紺野。」
「はい、わかりました。」
紺野がそう返事をした時、ちょうど里田が例の如く外野フライに打ち取られた。
打席に紺野が向かう。
そして道重がいつもの様に第一球を投げた時だった。
なんと紺野がバントの構えを見せる。
三塁方向へプッシュ気味に打球を転がす。
三塁際へのバントに道重が急いでダッシュ、捕球しようとするが慌てたのかバランスを崩して投げられない。
結果、内野安打で紺野は早大付初安打を放った。
と同時にネクストに控えていた飯田がうっすら笑みを浮かべる。
「圭織、なんかわかったべか?」
その様子に気付いた安倍が飯田に問いかけた。
「まあね、確証とまではいかないけど……でもこの打席でわかると思うよ。」
静かにそういうと飯田は打席へと向かっていく。
すると飯田が何かをボソボソと呟き始めた。
「へぇ、圭織が鎮魂歌(レクイエム)を詠うなんて……この打席に勝負を賭ける気みたいね。」
石黒がちょっと驚き混じりにそう言った。
飯田は集中力を高める時、ボソボソと詩を読みだす。
特に勝負を決めにいく時は必ずといっていいほどやっている。
その詩が『鎮魂歌(レクイエム)』だ。
「風なき空を舞う龍よ、我が魂に宿り、白球を喰らいたまえ……。」
鎮魂歌を詠いながら飯田が打席に入る。
と同時に、球場が若干どよめく。
飯田の構えが普通とは違う。
まるでホームベースに被さるようにバットを構えている。
果たして飯田は何を狙っているのか…それでもマウンド上の道重はまったく動じない。
そしてセットポジションからいつものスローボールを投げてきた。
飯田はバットで軽くリズムを刻む。
そしてそのままバックスイングなしでボールを掬い上げた。
打球はバックスイングがなかったために、さっきまでと比べて明らかに力がない。
しかし、さっきまでと違って失速しない。
そして打球はそのままレフトスタンドへと吸い込まれていった。
飯田の逆転弾に、ベンチも応援団も大歓喜した。
ベースを一周した紺野と飯田をベンチが手荒く出迎えた。
「圭織、ナイスバッティング!よく打てたね!」
安倍の問いに飯田は僅かばかり興奮しながらも答えた。
「あやっぺの綿毛って言ったので思ったの。もしかしたら風が影響してるんじゃないかって。」
「風?」
「スイングをしたら、必ずバットに気流の乱れができるでしょ?その影響でボールの軌道が変化してたみたいなの。」
「それでずっと芯を外れてたべか……。紺野にバントさせたのは?」
「うん、風の影響がホントにあるか確かめたかったから。バントなら気流の乱れとかないからね。あの時は確実に芯に当たってたからほぼ確実だなって。」
「さすがだねぇ、圭織。」
「これでスローボールは攻略できた。こっから一気にたたみかけてきてね、なっち。」
「まかせて。」
そして今度は安倍が打席に向かう。
が、その時道重の様子が何かおかしい事に気がついた。
「私よりかわいいなんて……許せない……。」
その目は血走っていて、殺気すら感じられる。
言っている事は相変わらず意味不明だが、明らかにさっきまでの道重とは何かが違う。
打席に入る安倍。
そして、道重は先ほどまでとは違ってダイナミックなフォームからボールを投げてきた。
今、第一試合の第二幕が幕を開けた。