28.私、やっぱりかわいい…
右打席に岩国の一番打者、道重が入っている。
後藤相手にサイクル安打をやってのけた要注意人物。
しかし、どこにもそんな風格はない。
その構えはむしろ、全くやる気がないかのように一切の力みがない。
紺野の第一球。
投法はサイドスロー。
プレートの右端に立ち、そこからさらに大きく右に踏み込み、ボールを投げた。
かなり角度のある直球は内角にはずれてボール。
道重は全く微動だにしない。
電光掲示板に表示された球速は128km/h。
安倍や藤本と比べると明らかに力負けしているのがわかる。
早大付応援団は「こんな球で抑えられるのだろうか?」と少し不安げな表情を見せる。
飯田は二球目のサインを出す。
紺野は縦に大きく頷く。
そして紺野が二球目を投じた。
その球に誰もが驚いた。
かなり変化の大きいスローカーブが外角いっぱいに入る。
しかし、何より驚きなのはその球速。
電光掲示板に表示された球速は52km/h。
直球と比べて、単純に80km/h近くの球速差。
これだけ球速差があると120km/h代の直球も150km/hにも見えるだろう。
しかし、もっと驚きなのはその球を見ても決して微動だにしなかった道重だ。
何かを狙っているのだろうか…飯田も紺野も全く道重の心理を読むことができなんだ。
そして三球目。
56km/hの外角スローカーブを道重がバランスを崩しながらも打ってきた。
バットの先っぽで当てただけの力のない打球がレフトへとフラフラと上がった。
レフトの大谷が手をあげ、捕球体勢に入る。
が、打球は一向に落ちてくる気配はない。
それどころか、風に乗ったらしく、どんどん飛距離を伸ばしていく。
気が付けば、すでに大谷はフェンスへとピッタリはりついていた。
それでも打球はまだ落ちてこない。
そしてそのまま打球はレフトポール際へと吸い込まれてしまった。
信じられないような道重の先制弾に、早大付ナインはただただ呆然とするしかなかった。
中でも紺野はこのショックを隠しきれないでいたようだった。
飯田はそんな紺野に声をかける。
「今のはたまたまだよ。さ、こっから切り替えていくよ。」
「はい。」
明るく振舞ってはいるものの、その後紺野は二者連続で四球を許し、無死一・二塁と大ピンチを迎えた。
このまま崩れていってしまいそうだな…。
早大付応援団の誰もがそう思っただろう時だった。
「タイムお願いします。」
間をとったのは安倍だった。
そしてそのまま紺野のもとへと歩いていく。
「紺野、楽にいくべさ。打たれてもうちらが取り返してあげるからさ。思い切って行くべさ。」
安倍も同じ投手だから、紺野の心理を察していたのだろう。
安倍の言葉を聞いて紺野は吹っ切れた。
紺野はまるで水を得た魚のように積極果敢な投球を見せ、その後はランナーを進塁させることなく三人で打ち取った。
早大付ナインは何とか1点で抑え込んだ紺野を暖かくベンチへと迎え入れた。
そして今度は早大付の攻撃へと移る。
道重が投球練習を始める。
しかし、その驚愕の投球内容に早大付ベンチは目を丸くした。
全球スローボール。
投球フォームもキャッチボールのような、まるでやる気のないフォーム。
本番まで隠しているだけなのか?
疑問を抱きながらも、一番の里田が打席へと入っていく。
そして道重が第一球を投げた。
投球練習とまったく同じスローボールに里田は思わず手が出なかった。
ただの奇襲かとも思ったが、二球目もまたしてもスローボール。
本気でこの球だけでおさえるつもりらしい。
里田は迷わず打ちに行った。
綺麗な打球音と共に、打球は高々と弧を描いてライトスタンドへと飛んでいった。
誰もが本塁打を確信した。
しかし、打球は突然失速し、ライトの白石のミットへと収まってしまった。
完全に捉えたと思われた里田の打球の突然の失速に球場全体がどよめいた。
続く打者も快音こそ響かせたものの、打球は途中で失速して結果は外野フライに終わった。
これが、あの強力な上野打線をも完全に抑え込んだ、脅威の道重のスローボール戦法だ。
「私って、やっぱりかわいい…。」
そう言い残して、道重はゆっくりとマウンドを降りて行った。
このスローボール戦法を目の当たりにして、早大付ナインに1点が重く重く圧し掛かってきた。
今日はここまでです。
相変わらずのマイペースになりそうですが、よろしくお願いします。
>192
サンクスです。
復活おめです。
前スレ保全しきれなく申し訳ないです。
29.スローボール攻略
回は進むが、道重は相も変わらずのスローボール戦法で早大付にランナーすら許していない。
一方の紺野も、毎回のようにランナーこそ許すものの、打たせてとる投球で初回の1失点のみに抑えていた。
緊迫した試合展開の中、回は早くも7回裏、早大付の攻撃を迎える。
打席に1番の里田が向かう。
そんな中、さすがに早大付ベンチにも焦りが見え始めていた。
「完璧に捉えているはずなのに、なんで打ち取られるんだろう……。」
飯田がマウンドに立つ道重を見つめながら呟いた。
全員が全員、快心の当たりを打っているにも関わらず、全ての打球が途中で失速してしまう。
おそらく微妙に芯を外されているんだと思うけど…。
この原因を解析する為に、飯田は道重にずっと目を凝らしていた。
果たして本当に打てるのかすら怪しく思えてきた。
「どう考えてもただのスローボールなのにねぇ……。」
安倍も思わずため息を漏らす。
「まるでタンポポの綿毛みたいなふわふわボールなのに……どうしてスタンドまで届かないのかねぇ?」
「綿毛か……。ん?もしかして……。」
石黒のふと漏らした言葉に、飯田はバラバラだったパズルが解けたかのように何かが閃いた。
「紺野、ちょっと来て。」
「はい?」
飯田はネクストに控える紺野をすぐさま呼び寄せ、ひそひそと何かを耳打ちし始めた。
「いい?お願いね、紺野。」
「はい、わかりました。」
紺野がそう返事をした時、ちょうど里田が例の如く外野フライに打ち取られた。
打席に紺野が向かう。
そして道重がいつもの様に第一球を投げた時だった。
なんと紺野がバントの構えを見せる。
三塁方向へプッシュ気味に打球を転がす。
三塁際へのバントに道重が急いでダッシュ、捕球しようとするが慌てたのかバランスを崩して投げられない。
結果、内野安打で紺野は早大付初安打を放った。
と同時にネクストに控えていた飯田がうっすら笑みを浮かべる。
「圭織、なんかわかったべか?」
その様子に気付いた安倍が飯田に問いかけた。
「まあね、確証とまではいかないけど……でもこの打席でわかると思うよ。」
静かにそういうと飯田は打席へと向かっていく。
すると飯田が何かをボソボソと呟き始めた。
「へぇ、圭織が鎮魂歌(レクイエム)を詠うなんて……この打席に勝負を賭ける気みたいね。」
石黒がちょっと驚き混じりにそう言った。
飯田は集中力を高める時、ボソボソと詩を読みだす。
特に勝負を決めにいく時は必ずといっていいほどやっている。
その詩が『鎮魂歌(レクイエム)』だ。
「風なき空を舞う龍よ、我が魂に宿り、白球を喰らいたまえ……。」
鎮魂歌を詠いながら飯田が打席に入る。
と同時に、球場が若干どよめく。
飯田の構えが普通とは違う。
まるでホームベースに被さるようにバットを構えている。
果たして飯田は何を狙っているのか…それでもマウンド上の道重はまったく動じない。
そしてセットポジションからいつものスローボールを投げてきた。
飯田はバットで軽くリズムを刻む。
そしてそのままバックスイングなしでボールを掬い上げた。
打球はバックスイングがなかったために、さっきまでと比べて明らかに力がない。
しかし、さっきまでと違って失速しない。
そして打球はそのままレフトスタンドへと吸い込まれていった。
飯田の逆転弾に、ベンチも応援団も大歓喜した。
ベースを一周した紺野と飯田をベンチが手荒く出迎えた。
「圭織、ナイスバッティング!よく打てたね!」
安倍の問いに飯田は僅かばかり興奮しながらも答えた。
「あやっぺの綿毛って言ったので思ったの。もしかしたら風が影響してるんじゃないかって。」
「風?」
「スイングをしたら、必ずバットに気流の乱れができるでしょ?その影響でボールの軌道が変化してたみたいなの。」
「それでずっと芯を外れてたべか……。紺野にバントさせたのは?」
「うん、風の影響がホントにあるか確かめたかったから。バントなら気流の乱れとかないからね。あの時は確実に芯に当たってたからほぼ確実だなって。」
「さすがだねぇ、圭織。」
「これでスローボールは攻略できた。こっから一気にたたみかけてきてね、なっち。」
「まかせて。」
そして今度は安倍が打席に向かう。
が、その時道重の様子が何かおかしい事に気がついた。
「私よりかわいいなんて……許せない……。」
その目は血走っていて、殺気すら感じられる。
言っている事は相変わらず意味不明だが、明らかにさっきまでの道重とは何かが違う。
打席に入る安倍。
そして、道重は先ほどまでとは違ってダイナミックなフォームからボールを投げてきた。
今、第一試合の第二幕が幕を開けた。
今日はここまでです。
おとめ紺の重さん、かわいかったなぁw
>198
いえいえ、自分も油断してたものですから…あまり気にせずにこれからもご愛読していただけたらと思います。
30.道重さゆみ、もう一つの顔
「えっ?」
安倍はまったく微動だにすることができなかった。
早大付ベンチも、観衆も言葉を失った。
一瞬夜になったかのような静寂が球場を支配する。
「なんなの?今の球は……。」
思わず電光掲示板に目をやる。
151km/h。
それは紛れもなく道重が投げた球だった。
「絵里、さゆがあんな球投げたの見たことある?」
「ううん、私もはじめて見た……。」
バックネット裏で観戦していた田中・亀井も、突然の道重の豹変振りに呆然としていた。
「かめいちゃんたちもあのたまはみたことがねーのれすか?」
二人の様子を察した辻が確認も含めて聞いてみる。
「はい、というよりもあんな表情をしたさゆなんて見たことないです……。」
亀井にも何がなんだかわからない。
今まで見てきた道重とはまったく別人のような道重を見て、亀井はただただ驚くばかりだった。
安倍はその後も道重の速球にタイミングが合わず、続く藤本と連続で三振に倒れた。
道重はその後も150km/h代の速球で早大付打線を全く寄せ付けない。
一方の紺野も、1点のリードを打たせてとるピッチングで必死で死守してきた。
しかし、土壇場の9回表。
先頭打者の道重が紺野のスローカーブを打った。
やはりさっきまでとは別人のような豪快なスイング。
打球は弾丸ライナーでバックスクリーンへと突き刺さり、ここに来て岩国が同点に追いついた。
さらに紺野は続く打者を二者連続で四球で歩かせてしまい、無死一・二塁と初回と同じような大ピンチを迎える。
この時、紺野は肩で息をし始めていた。
球数はすでに130以上を数えている。
初登板である紺野はもう限界をはるかに超えていた。
「すいません、タイムお願いします。」
ここでサードの藤本が間をとる。
そして、ゆっくりとマウンド上の紺野の下へと歩いていく。
と同時に飯田に何かを目で合図した。
飯田はそれに頷く。
それを見て藤本は紺野に話しかけた。
「紺ちゃん、お疲れ様。」
そう言って藤本が右手を差し出した。
紺野は軽く息を整える。
そして……。
「すいません……あと……お願いしますね……。」
そう言って紺野は藤本の右手にパチンとタッチした。
それを見て飯田が主審に交代を告げる。
そして場内にウグイス嬢のアナウンスが入った。
『守備の交代をお知らせします。
ピッチャーの紺野がショート、ショートの安倍がサード、サードの藤本がピッチャー、以上に代わります。
2番、ショート、紺野。4番、サード、安倍。5番、ピッチャー、藤本。』
投球練習を始める藤本。
しかし、いつもの藤本とは少しばかり表情が違っていた。
どうやら、紺野のピッチングを見てかなり燃えてきたらしい。
その証拠に、投球練習から藤本はかなり熱が入っていた。
「紺ちゃんがあれだけ頑張ってくれたんだから、ここで美貴が打たれるわけにはいかないでしょ。」
そして試合再開。
藤本はいきなり4番の城山を速球三球で空振り三振に斬ってとる。
後続もオール速球で、この回三者連続三振と見事にこの窮地をリリーフしてみせた。
道重も負けじとオール速球。
9回裏も三振二つを含め、三者凡退で終えた。
ますます投手戦が激化していく中、ついに試合は延長戦へと突入していった。
今日はここまでです。
自分の文章表現の乏しさに改めてがっくし(´・ω・`)
31.ダイヤモンドを駆け抜けろ!
延長戦に突入し、突如雨が降り出してきた。
最初は小雨だったものの、徐々に雨脚が強くなってきた。
それに比例するかのように、回を追うごとに両校の応援団のボルテージもかなり上がってきた。
というのも、道重・藤本両投手が凄まじいまでの奪三振ショーを繰り広げていたからだ。
それも両者投げているのがオール速球というのが、球場全体に異様なムードを醸し出させていた。
そんな中、ついに試合は規定最終回の18回へと入った。
まず、岩国の攻撃。
藤本が今日5度目、数としては23奪三振目となる三者連続三振に斬ってとる。
そして18回裏、早大付の攻撃に入る。
さすがに道重にも疲れが見え始めたようだったが、球速は依然として150km/h前後をキープしていた。
そんな道重が藤本に負けじと9番大谷、1番里田を連続三振に斬ってとり、二死までこぎつけた。
そして2番の紺野が打席に入る。
紺野が打ち取られれば、規定により翌日に再試合という事になる。
「私の後を投げ抜いてくれた藤本さんの為にも、ここは打たなきゃ……。」
狙いは速球一本。
紺野は集中力を高める。
初球、外角低めをファール。
二球目は高めに外れてボール。
三球目は内角低めを見逃しストライクで2−1と追い込まれる。
しかし、その後も三球速球をファールで粘る。
ここまではもちろん、全球速球だ。
そして七球目、速球がど真ん中にきた。
紺野は渾身の力でバットを振り抜く。
鋭い打球音と共に打球は一塁線を破った。
ライトが打球を追う。
しかし、あらかじめ流し打ちに備えてか、かなりセンター寄りに守っていたのでなかなか追いつけない。
そうこうしている内に紺野は二塁を回る。
そしてライトが打球にやっと追いつく。
その時には紺野は悠々三塁へと到達しようとしていた。
コーチャーが紺野を制止する。
が、紺野はスピードを緩める気配がない。
そしてそのまま三塁ベースを蹴ってしまった。
ライトがボールを返球する。
しかし、なんとその先には道重がいた。
道重が自ら返球を受け取り、ホームへと鋭い球を返す。
「やあぁぁぁーーーーー!!!!!」
そう叫びながら、最高速のまま紺野が勢いよく頭から飛び込む。
キャッチャーは道重からの送球をキャッチ、そのまま紺野をタッチしにいく。
紺野はその手を払いのけ、キャッチャーの手が弾かれた。
主審はキャッチャーの手の中のボールの行方を覗き込んだ。
勝負の行方を決める白球は、泥まみれになってキャッチャーの手からこぼれていた。
主審の両手が大きく開く。
その瞬間、紺野は嬉しさのあまり、声にならない声を上げた。
早大付ナインは勢いよくベンチを飛び出し、紺野をもみくちゃにする。
中でもイの一番に紺野の下へと駆けつけたのが他でもない藤本だった。
「紺ちゃ〜〜〜ん、ナイスバッティング!!!」
「やりましたよぉ〜、藤本さぁ〜ん!!!」
紺野と藤本は熱い抱擁を交わした。
この二人の大活躍で、雨の中の激戦を制した早大付が決勝戦へと駒を進めた。
一方試合後、惜しくも敗れてしまった道重の下に亀井と田中がやってきた。
「さゆ、試合見とったばい。いい試合やったとや。」
「惜しかったね、さゆ。本当にお疲れ様。」
二人のこの労いの言葉に感極まってしまった道重は、顔をくしゃくしゃにして二人に思い切り泣き縋った。
二人は道重をそのまま優しく慰めてやる。
そしてその後、三人は近くの焼肉屋へと向かい、夜遅くまで反省会をしたそうな。
そう、あの時にした約束を叶えるために……。
今日はここまでです。
次回からは準決勝第二戦、果たしてどうなることか…。
そろそろ続編についても考えないとなぁ。
文章がどうとかあんまり分かんないけどこれだけは言える この話おもしろい!
しょうもないことだけど今は延長15回までだね。
ほんましょうもないことですんません。
32.CHAIN SAW BALL
突然の雨と延長戦のおかげで、第二試合の試合開始時刻がかなり遅れている。
しかし、なんとか雨も小康状態になり、水捌けのよい甲子園ということもあって、予定より二時間半遅れで試合は開始されることになった。
横浜・東洋大姫路の両校が入念にウォームアップを行う中、一人だけいつもとはまったく違う顔つきをしている。
横浜高校の石川梨華。
普段は白い歯をこぼしながら楽しげにアップをしているのに対し、なぜか今日は真面目な面持ちだ。
それどころか、人をまったく寄せ付けないような剣幕が漂っているくらいだ。
そこに矢口が思わずいつものように「どうした、石川?」と茶かを入れようとしたが、今日はそれすらできそうな雰囲気ではない。
矢口はなぜ今日の石川の様子がおかしいのか、大体の理由は察していた。
おそらく吉澤の事だろう。
矢口も、石川と吉澤の仲は十分に知っていた。
矢口はあえて石川にはその事に触れることなく、そのままアップを続けた。
そして準決勝第二試合が始まった。
先攻は東洋大姫路だったが、横浜の先発の石川は、本日はいつも以上に『キレて』いた。
いつもは立ち上がりに不安のある石川だが、初回は三者凡退と最高の立ち上がりを見せた。
続いて裏の横浜の攻撃。
マウンドにはあいつがいた。
地元ということで、他とは比較にならないほどの大声援、あややコールが耳が割れんばかりに球場中に木霊している。
マウンドに立つのは、姫路の星と謳われているこの大声援の主、あややこと松浦亜弥だ。
一番の矢口がいつものように打席の一番前でバットを構え、そしてプレイがかかる。
「とばしちゃって、よいのかな?」
松浦がそう言って第一球を投げた。
外角に152km/hの速球。
矢口は打ちにいくが、振り遅れて空振り。
その後、矢口は6球目のアウトハイの速球を振らされて、空振り三振に倒れた。
「くそぉ!」
地面を蹴り、悔しさを全面に出す矢口。
続いて新垣が打席に入る。
しかし新垣は、矢口とは一転して打席の一番後ろのホームベース寄りに立つ。
「さすがお豆ですね。相手に応じて戦い方を変える、お豆の立派なとこですね。」
「柴ちゃん、それはおいらへの当てつけかい?」
「いやいや、そうじゃないですよ。矢口さんみたいに自分を貫けるのも立派だと思いますから。」
「たしかにおいらもお豆のそういうところは感心してるけどね。」
矢口は常に打席の一番前に立ち、どんな相手とも真っ向勝負を挑む。
一方の新垣は、自分が最も打てる確率の高いと思う型で相手に合わせてくる。
この堅実さが、矢口とクリーンアップとのパイプ役として、横浜の二番を任せられている要因のひとつでもあった。
そんな新垣に対する松浦の初球。
内角への速球。
新垣がそれを打ちにいく。
が、その瞬間。
「うわぁ!!!」
『ドカッ!!!』
さらに内角へとシュートしてきた球が、新垣の右足を直撃した。
「お豆!」
矢口を筆頭に、横浜ナインが一斉にベンチを飛び出し、新垣の元へと向かう。
「チェーンソーボール、『セクシーシュート』。」
松浦は笑顔でそう言った。
これが吉澤に「まるでチェーンソーのよう」とまで言わしめ、そして苦しめた、松浦の誇る必殺のシュートボールだった。
今日はここまでです。
またしてもレポートの課題とか出されたし…だるいなぁw
>>215 そう言ってもらえると嬉しいです。
期待に応えられるかわかりませんが頑張ります。
>>216 知らなかったです…。
娘。甲子園ルール、ってことで脳内補完しといてやってください。
これでも高校野球やってたのにな…素で恥ずかしい…w
両チームスターティングオーダー
東洋大姫路 横浜
三|戸田 慶子 |1|矢口 真里 .|遊
左|佐賀 暁美 |2|新垣 里沙 .|二
二|堂乃川 千春..|3|柴田 あゆみ|中
捕|小池 涼 ..|4|石川 梨華 .|投
右|木村 絢香 |5|秋野 鈴 ...|右
中|鈴木 亜紀 |6|田中 優希 .|左
遊|舘川 唯 |7|安達 優子 .|一
一|飯星 加奈 |8|中川 早紀 .|三
投|松浦 亜弥 |9|古谷 由美 .|捕
更新乙。
あややはここでもそーなのね。・゚・(ノД`)・゚・。
そしてレポートがんがれ!
33.CHAIN SAWの真の姿
「お豆、大丈夫!?」
矢口の問いに新垣は右手で大丈夫とアピール。
幸い、膝の直撃は避けていた。
しかし、その少し上のところが若干腫れ上がっていた。
「ちょっとあんた、今のわざとでしょ?」
矢口が今度は松浦に突っかかる。
松浦は笑顔を崩さないで矢口を軽くあしらう。
「何言ってるんですかぁ?それに今のはストライクですよぉ。」
お前こそ何を言ってるんだと思いながらも、矢口は主審の方を見る。
すると、矢口の予想に反して、主審が言うには今のがストライクだったらしい。
これに思わず矢口は主審の胸座に掴みかかろうとする。
「ふざけないでよ!何で今のがスト……。」
その寸前、新垣がかろうじて矢口を押さえ込む。
「離せよ、お豆!あんなジャッジ、納得できないだろ!?」
しかしこの後、矢口は新垣から予想外の言葉を耳にする。
「私なら大丈夫ですから!それに、今のは本当にストライクでしたから……。」
「何言ってるの?お豆、わざわざそんな嘘なんて言わなくても……。」
「嘘じゃないです。今のシュート、ホームベースの上を完全に通過してから変化したんです。」
「……ホントに?」
矢口はしばし呆気に取られる。
確かにホームベース上を通過した上で体に当たっても死球にはならない。
ただ、そんなシュートボール、本当に投げられるのだろうか?
半ば信じられずにいたが、やむなく矢口をはじめとする横浜ナインはベンチへと退いた。
その後も新垣は、執拗なシュート攻めに避けるのが精一杯でことごとく三振に倒れてしまう。
そして新垣がベンチへの帰り際に、次打者の柴田に一言声をかける。
「柴田さん、あの球には気をつけてくださいね。」
「心配ないよ、お豆。私にはアレは通じないから。」
柴田の表情は自信に満ちていた。
そして打席に向かう。
そこで矢口が気付く。
「そっか、柴ちゃんは左だからシュートは当たらないんだね。」
そう、矢口が言うように柴田は左打者だ。
ということは、右投げの松浦のシュートは外へ逃げていく球になるので、体に当たることは考えられない。
ただそれでも、シュートのキレのよさは厄介ではある。
外角に投げられれば打ち辛いことに代わりはない。
柴田は外角のシュートに対応するために、打席のホームベース寄りに立つ。
すると松浦がボソッと呟き、そして投げた。
「チェーンソーと剃刀の違い、何かわかるぅ?」
チェーンソーと剃刀の違い……。
それは破壊力。
そして剃刀との決定的な違い、それはチェーンソーは両刃であるということ……。
「きゃっ!」
『ドカッ!』
先ほどの新垣の時とまったく同じような光景がそこにはあった。
『セクシーシュート』を全く変化を逆にしたようなスライダーが柴田の左足を襲ったのだ。
横浜ナインが今一度柴田の下へと駆け寄る。
今度は柴田の左膝下のふくらはぎ部分が腫れ上がっている。
そしてこの時主審の右の拳は、またしても高々と天に向けて突き上げてられていた。
「これがもう一つのチェーンソーボール、『キュートスライダー』。どう?」
松浦がこう言い放った時、矢口とあともう一人が目を怒らせて松浦の方を睨みつけていた。
今日はここまでです。
自分で言うのもアレだけど、ものすごい試合展開w
>>223 あややのキャラはおそらく某小説を読んでしまった影響からかも…。
229 :
:03/12/07 23:28 ID:0cJSRNO2
34.悪球打ち、敗れたり?!
矢口が松浦に詰め寄ろうとした時、誰かがその間に割って入ってきた。
石川だった。
その表情は怒りに満ちていて、ウォームアップの時以上の剣幕だ。
「あんた、いい加減にしなさいよ。やっていい事と悪い事があるでしょ?」
普段の笑顔の石川のかけらもない。
その石川の怒れる目は松浦をただただ凝視している。
にもかかわらず、松浦はまったく臆することなくニコニコと笑顔で言葉を返す。
「勝負の世界にそういうのって関係ないと思うけどぉ?それに今のストライクだしぃ。全然問題なんてないじゃない。ただそっちが避けるのが下手なだけでしょ?」
この言葉に石川の堪忍袋の緒がプチーンと切れる。
石川が松浦にゆっくりと歩み寄る。
この時には観衆の誰もが乱闘モードに突入しつつあることを察していた。
しかし、誰かがかろうじて石川を制止する。
柴田だった。
痛々しそうに少しばかり左足を引きずっている。
「梨華ちゃん、それだけはダメだよ!それこそ相手の思う壺だよ!」
懸命に石川を説得しようとする柴田。
しかし、石川はまったく聞く気配がない。
「離して、柴ちゃん。あいつだけは絶対許せない!柴ちゃんやお豆、よっすぃ〜を平気で傷つけるあいつだけは……。」
柴田に話しかけてはいるものの、石川の目は松浦を睨んだままだ。
松浦も石川を挑発するように笑顔で石川を見つめる。
「ここでもし手を出したらどうなるかぐらいわかってるでしょ?そんなことしたら、矢口さんや他のチームメイトが!いや、それだけじゃない、今まで私たちと闘って敗れ去った全ての人たちがここで夢を諦めることになるんだよ!」
柴田のこの言葉に石川は我を取り戻す。
そしてその場でクルリと振り返り、ベンチへと退こうとする。
しかし、松浦はそんな石川に対してさらに吹っかける。
「逃げるのぉ?あややは乱闘大歓迎なのにぃ。」
石川の足が止まる。
この瞬間、誰もが石川がまたキレたと思った。
石川はまた松浦の方に向き返る。
「決着は野球でつける。あんたは私が絶対に打ってやる!」
この時、松浦ははじめて笑顔を崩し、真面目な顔つきになる。
しかし、すぐにまた元の笑顔に戻る。
「やれるもんならやってみなよ。完膚無きまでに叩き潰してあげるから。」
この後二人は、片方は今にも殴りかかりそうな目つきで睨みつけて、片方は相手を上から見下したような笑顔で、互いの目だけを見続けていた。
それは数秒の出来事ではあったが、まるで数十分はあったんじゃないかと思えるくらい長く感じられた。
そしてようやく試合が再開される。
結局柴田は、この後松浦の球にまったく手が出ず、三振に倒れる。
2回表の岩国の攻撃も、初回に続いての石川の好投で、簡単に三者凡退に抑え込まれてしまった。
2回裏、横浜ナインは早くも円陣を組む。
「みんな、聞いて。松浦のあのチェーンソーボールってのはかなり厄介だと思う。
多分、そう簡単には攻略できないだろうし、ただ狙っても怪我をするのがオチだと思うから、あの球はおいらと石川で何とか仕留める。
他のみんなは打席の前の方に立って速球をなんとか攻略してちょうだい。
柴ちゃんとお豆は足の状態もあるだろうから、何を狙うかの判断は個人に任せる。なんとかして松浦を打ち崩そう!」
矢口の指示にナインはオゥ!と声を合わせて気合を入れなおす。
そしてこの回の先頭打者、石川が打席に向かう。
矢口は、今回の試合はこの石川が勝負の鍵を握っていると思っていた。
そう、石川の悪球打ちなら、松浦のチェーンソーボールを攻略できるだろうと……。
「あなた、悪球打ちなんだって?話は聞いてるよぉ。」
松浦が突然話しかけてきて、石川は少々ビックリしたが、すぐさま言葉を返す。
「そうよ。だから、あんたのチェーンなんたらって球は私には通じないってこと。」
まるでその言葉が来るのを予想していたかのような松浦。
まったく崩れることのない笑顔が、まるで自信を表しているかのようだ。
「さっきも言ったでしょ?完膚無きまでに叩き潰すって。あなたじゃあややの球は打てないって事を教えてあげる。」
石川が左打席で構える。
松浦はワインドアップから第一球を投げる。
柴田の初球とまったく同じ球の軌道。
間違いなく『キュートスライダー』だ。
ボールはホームベース上を通過し、そして変化、石川の左足を襲う。
その球を石川が打ちにいった。
『カキーーーン!!!』
痛烈な打球音。
誰もが捉えたと思った。
しかし、綺麗に流し打った打球はサードへの真正面のライナー。
あっという間にアウトになってしまった。
「言ったでしょ?完膚無きまでに叩き潰すって。」
自身に満ち溢れた松浦の笑顔、一方の石川は完璧に捕らえた打球がアウトになってしまったことに困惑していた。
石川はワケもわからず、ベンチへと戻っていった。
今日はここまでです。
あの二人、こんなキャラでいいのだろうか?w
更新乙です。
35.アイドル人造人間(サイボーグ)
「りかちゃん、おしかったれすね。」
バックネット裏の観客席。
辻がまるでヒーローモノのテレビに見入る子供のように(といってもまだ子供だが)言う。
「でも、なんれとらえたはずなのにだきゅーがあがんなかったんれしょーね?」
「それはね、辻。きっとチェーンソーボールの軌道のせいだよ。だろ?後藤。」
福田が辻の素朴な疑問にさっと答えてみせ、後藤に振る。
それに後藤も応える。
「そうだねぇ、あれだけ変化にキレがあると、普通は当てるのも難しいもんだからねぇ。
梨華ちゃんは悪球打ちだから当てられたようなもんだよ。
ただ、あの球の軌道は軸足に当たりにくるような感じだから、どうしてもミートポイントが近くなっちゃう。
それであの梨華ちゃんでも打球を上げらなかったんだろうねぇ。」
「………ほぇ〜。」
辻は話の内容こそ、ただただ口をボケーと開けて聞いているだけのような状態だったが、それでもこの二人がすごいという事だけは十二分に理解できたようだ。
3回表、二死で松浦の打順、マウンド上の石川はさらに気合が入る。
しかし、その一方で松浦はまったく打とうという気配がない。
そうこうしている内に、あっという間に石川が2ストライクを取ってしまって一気に追い込む。
ここで石川が松浦に対してハッパをかける。
「あなた、打つ気まったくないわけ?」
松浦はまったく動じることなく言葉を返す。
「打つのはあややの仕事じゃないもん。
どうせ点取られないから打つ必要もあんまりないし。」
さすがの石川も松浦のこの挑発的な態度には多少は慣れてきたようだ。
比較的、さっきよりも落ち着いている。
松浦は結局この打席、見逃し三振に倒れる。
3回裏、松浦が満面の笑顔でマウンドへと向かっていく。
この松浦は『姫路の星』と同時に、あともうひとつ、ある異名を持っていた。
『アイドル人造人間(サイボーグ)』、それが彼女のもうひとつの異名だ。
アイドル級のかわいい顔をした彼女、実はとある記録を有している。
一試合12死球、今大会(地方含む)通算53死球、いずれも彼女ひとりで打ち立てた恐ろしい記録だ。
しかし、これで防御率が0点台というのもさらに驚異的なことだ。
実は彼女、本来は制球力がかなりいいはずなのだ。
その証拠に、四球に関しては一試合に一つあるかどうか、というくらい。
しかも、この死球の大半が足、しかも膝周辺をピンポイントで当てていることが多い。
まるで狙っているかのように…。
足なので、当然退場をくらうという事もまったくない。
この精密機械のような制球力、さらに平気で死球を狙ってくる冷徹さが、彼女を『人造人間(サイボーグ)』と云わしめる所以なのである。
試合はこのまま早い展開で進み、開始から1時間も経たずして、すでに6回の攻防を終えていた。
姫路は石川の好投で散発5安打、一方の横浜は以前松浦の前にランナーすら出せず、互いに0行進を続けていた。
7回表、石川は姫路打線にヒットこそ許すものの、粘りのピッチングでまたしても0でこの回を終える。
裏の横浜の攻撃、この回は一番の矢口からだ。
ゆっくりと打席へと向かっていく矢口。
「そろそろどうにかして攻略しなくちゃ……。」
矢口は左打席で構える。
立ち位置はもちらん、ホームベース寄りの打席の一番後ろ。
初球、二球目とキュートスライダー。
やはり避けるのが精一杯という感じで、とても打つどころではない。
そこで矢口は突如立ち位置を変え、打席の一番前に立つ。
松浦は何事もなかったかのように三球目を投じる。
その瞬間、矢口は仕掛けた。
打席の中で動いたのだ。
そして矢口は打席の一番後ろへ。
狙いは速球、矢口の読みは完璧のはずだった……。
しかし、矢口のバットはことごとく空を切った。
「惜しいけどハズレでしたぁ。
今のが『桃色チェンジアップ』、通称『ピーチチェンジ』。」
矢口は三振に倒れた。
続く新垣もセクシーシュートの前に為す術なく三振に倒れる。
そして柴田が打席に入る。
もちろん打席の一番後ろに立つ。
初球は例の如くキュートスライダー。
その時柴田が動いた。
軸足を引き、打ちにいったのだ。
結果は残念ながらピッチャーフライ。
横浜サイドからはため息が漏れ、スリーアウトでチェンジとなる。
しかしこの時、一人だけ目つきが変わった人がいた。
石川だ。
石川の目が怪しく光る。
アニメの世界ならおそらくキラーンと効果音を立てていただろう。
「みんな、ごめん。打てなかったよ。」
「柴ちゃん、どんまい。気にすることないよ。」
柴田の詫びに矢口がフォローを入れる。
「そうそう、それに柴ちゃんのおかげであの球を攻略できそうだしね。ふっふっふっ……。」
「……梨華ちゃん?」
石川の怪しげな笑いに柴田は若干戸惑っている模様だ。
果たして石川の見い出したチェーンソーの攻略法とは?
今のところ、それは石川にしかわからない。
今日はここまでです。
最近バイトが遅番で、話は浮かんでるのになかなか書く時間がないという罠。
読者様にはご迷惑おかけします。
36.あっち向いてホイ
7回裏、石川が姫路打線を三者凡退に打ち取る。
8回表、この回の先頭打者の石川が打席へと向かっていく。
「ねえ、あやや。」
石川に突如声をかけられ、さすがの松浦も少し驚きの表情を見せる。
しかし、松浦もすぐさま返す。
「なぁ〜に、梨華ちゃん?」
互いに満面の笑みで相手の愛称で呼び合ってはいるが、二人の間には張り裂けんばかりの緊張感が漂っている。
しばらくして石川が口を開く。
「この打席であんたを沈めてあげる。」
松浦は笑顔を崩さない。
しかし、石川が打席に立った時、松浦の表情が歪む。
松浦だけでなく、球場中の誰もが自らの目を疑った。
「あなた、それで打つつもり?正気?」
松浦の言うことは確かに正論だ。
なにせ、石川は何を思ったのか、体を完全にバックネット側に向けて構えているのだ。
松浦から見れば完全に背を向けている状態だ。
一体何処を向いているんだ、と思わずつっこみたくなる。
「とやかく言わずにさっさと投げなよ。ご自慢のスライダーをさ。」
さすがの松浦もこの挑発に少しムッとする。
そして、身の程を思い知れといわんばかりに、思い切りボールを投げた。
石川の右足に向かって球の軌道が変化する。
その時だった。
石川が体を思い切り開いて打ちにいった。
「ハッピ〜〜〜〜〜!!!!!」
鋭く振り抜かれ、打球はレフトへと舞い上がる。
普通なら切れていってファールになってしまいそうな打球。
しかし石川の気持ちの乗った打球は切れることなく一直線にレフトスタンドポールを直撃した。
右の拳を高々と掲げながらベースを回る石川。
横浜サイドは予想外の先制劇に沸きに沸く。
一方の松浦はさすがに唖然としていた。
「梨華ちゃんも上手いこと打ったもんだね。」
バックネット裏の福田が言った。
辻は相変わらず頭の上にハテナが浮かんでいるようだ。
そんな辻に、後藤が優しく説明する。
「梨華ちゃんはミートポイントを前にするためにあんな打ち方をしたんだよ。
ああすれば打った感じは普通の時と変わらない。
それに、投手に背を向ける形で立てば、ボールは普通には見えない。
つまり悪球になるっていうこと。
だから梨華ちゃんが打てたんだよ。」
「ほぇ〜。」
結果として、この本塁打が勝負の行方を分けた。
その後も投げ続けた石川が好投し、見事横浜が完封勝利を収めた。
試合終了後の挨拶時、松浦が石川の前に立ちはだかった。
その目は殺気すら漂っていて、そこには笑顔がかけらもなかった。
「あややは負けず嫌いなの。だから今度対戦するときには絶対にあなたを倒す。」
今度は石川の方が余裕げに笑顔。
「いいわよ。次も私が打たせてもらうけどね。」
そう言って二人は固い握手を交わす。
こうして二人はいつの間にか、互いを最高の好敵手と思うようになっていた。
この戦いを通じて、ある種の友情が生まれたのだ。
松浦はその後、いつもの笑顔を取り戻し、ベンチへと引き返していった。
激戦を経て、ついに決勝の対戦カードが決定した。
北海道代表早大付札幌高校と神奈川代表横浜高校。
明日、この二校から娘。甲子園のトップとなる高校が決まる。
今日はここまでです。
次からは決勝戦…自分でもどうなるか楽しみです。
37.決戦前夜
パーパパーパラーパ パーパパーパラー パパー
「あ、メール……。」
安倍が携帯に手を伸ばす。
一体誰からだろう?
携帯を開き、メールを確認する。
そのメールの主は思いもよらぬ人からのものだった。
「矢口?」
内容は今すぐ会いに来て欲しいとのこと。
一体こんな時分に何のようだろう?
とりあえず安倍はすぐさま矢口の元へと向かうことにした。
その頃、新垣は一人宿舎の前で素振りを行っていた。
明日の決戦に備えて……。
「ふぅ、ちょっと休憩しようかな……。」
「お豆、頑張ってるね。」
「あ、柴田さんに石川さん。」
先輩の柴田と石川が新垣に差し入れを持ってきた。
全員で持ってきたお茶とお菓子をほおばりながら和む。
「そういえば、お豆は矢口さんが今どこにいるか知んない?」
石川が新垣に尋ねる。
心当たりのない新垣は素直に答える。
「いえ、見てませんけど……どこか行ったんですか?」
「そっか、じゃあどこかに出かけてるんだろうね。」
しばらくの沈黙の後、新垣が口を開く。
「あの……明日の試合、どうなると思いますか?」
石川・柴田はちょっと驚きながら目を見合わせる。
この問いに柴田が先に答える。
「相手は早大付だからねぇ。
先発はおそらく今日投げていない安倍さんだろうけど、後ろには藤本さん、さらには今日好投した紺野ちゃんもいるからね。
それに打線もそうそうたる顔ぶれだから一筋縄じゃいかないだろうね。」
石川も続くが、こっちはえらく楽天的な意見。
「ま、なるようになるって。
私たちだって負けないくらい頑張ってるんだから、自信を持っていこうよ。
ポジティブポジティブ♪」
「相変わらず梨華ちゃんが言うと寒いよね。」
「何よ、柴ちゃん!
人が真面目に話してるのに!」
柴田の石川イジメを見て、新垣は思わず吹き出す。
と同時に少しだけ残っていた不安の靄のかかっていた心が完全に晴れた。
そして自信を取り戻した新垣が声を張り上げる。
「石川さん、柴田さん、明日は絶対に勝ちましょう!!!」
石川と柴田は笑顔で同時に深く頷いた。
それと同じ頃、紺野は宿舎の机の上でノートを広げてボールペンを走らせていた。
テレビにはいつの間にとったのやら、横浜の試合を録画したビデオが流れては止めてを繰り返している。
「紺ちゃ〜ん♪」
突然の声に紺野は思わず飛び上がる。
見てみると、そこには藤本が立っていた。
あ、表向きとは違って髪がやけにボサボサになっているってとこは気にせずに。
「横浜の研究?頑張ってるね。」
「はい、やっぱり負けたくないですから……。
藤本さんも知ってますよね?
うちらが去年決勝で負けたっていうこと……。」
「うん、前に飯田さんとかから聞いたよ。」
紺野をはじめとする藤本以外の早大付ナインには、昨年決勝戦で上野に敗れた苦い思い出がある。
特に紺野はこの試合のラストバッターになってしまったということで、一層悔いがある。
それだけに、今度こそ勝ちたいという思いは誰よりも強かった。
「紺ちゃん、横浜はどう?」
「やっぱり強敵ですよ。
投手の石川さんは攻略できないこともないと思うんですけど、打者としての石川さんが厄介ですね。
石川さんはどうも悪球打ちみたいなんですけど、徐々に調子も上がってきてるみたいで要注意です。
あと、石川さんの前の矢口さん・新垣ちゃん・柴田さんをどれだけ出さないようにするかが勝負の鍵になりそうな気がします。」
「ふ〜ん、相変わらずよく調べてるねぇ。」
「いや、それほどでも……。」
藤本に誉められ、紺野は少し顔を赤らめて俯いてしまう。
藤本は紺野のこういったところが可愛くて何気に好きだったりする。
だからこうやってたまに紺野を誉め殺したりして楽しんでいるのだ。
「紺ちゃん。」
「はい?」
藤本が突然真面目な顔をして話してきたので、紺野は少し妙な声で返事をしてしまう。
「明日は安倍さんが先発だから大丈夫だとは思うけど、もしものことがあれば美貴らが投げることもあると思う。
だから心の準備だけはしておきなよ。
ま、そうは言っても打って守るのが第一だから、美貴らはそっちでがんばろうね。」
「そうですね。」
「それと……。」
藤本が話に少し間をおく。
そして真剣な表情を崩さずに、そのまま話を続けた。
「美貴が言うのもあれだけど、あまり意識しすぎちゃダメだよ。
確かに勝たなきゃダメな試合だろうけど、大事なのはいつも通りに頑張っていくことだと思う。
そうすりゃ自然と結果がついてくると思うからさ。」
「藤本さん……。」
「さ、データ分析するんでしょ?
美貴も手伝ってあげるからさ!」
「あ、ありがとうございます!」
藤本の言葉に僅かながら勇気をもらった紺野は、藤本と一緒に横浜の分析を再開した。
ポツッポツッ……ザァーーーーー
「あ〜、降ってきちゃったよぉ〜。
今から傘を取りに行くのもアレだし……。
今度絶対矢口に何かおごらせてやるんだから。」
安倍は愚痴りながら、雨の中を走っていた。
さっきまではなんとか止んでいた雨も、また降りだしてきてしまった。
おかげで服もびしょ濡れだ。
安倍は走りながら、矢口に何をおごらせるかを考えていた。
そうこうしている間に、ちっちゃな人影が見えてきた。
「なっち、来てくれたんだね。」
「矢口、こんな時間に何の用だべさ?
つか、こんなとこにいたら風邪ひくべよ。
って矢口、様子が変だけどどうかしたの?」
人影の正体は矢口だった。
しかし、その表情は安倍に何かを訴え続けていた。
「なっち……。」
「なに?」
「なっちは知らなかったかもしれないけどさ。
なっちはずっとおいらの憧れ、おいらの一番の目標だったんだ。」
「へぇ〜、そうだったんだ……。」
「うん、そのなっちとついに決勝で直接対決する機会ができた。
だからさ、今ここで一つだけ伝えたいことがあるんだ。」
「なに?」
しばしの沈黙の後、意を決して矢口が口を開く。
「おいらね、真っ向勝負してほしいんだ。
なっちは明日先発でしょ?
こんなこと言うのもなんだけど、絶対に逃げないんで欲しいんだ。
おいらも全力で迎え撃つからさ。」
「……矢口の気持ちはわかったよ。
大丈夫、私は絶対に逃げないよ。
明日は結果がどうなろうとも、必ずいい試合にしようね。」
「うん!ありがとう、なっち。」
そう言うと、矢口は走って宿舎へと帰っていった。
一方の安倍はというと、矢口の言葉が頭の中でひたすら響き渡っていた。
絶対に逃げないで……。
雨の中を宿舎へ歩きながら帰っていたが、その言葉が安倍の中に重く圧し掛かった。
やっとのことで宿舎へ戻った安倍は、さっと体をタオルで拭いて、すぐさま布団へと倒れ込んだ。
そして数分もしない内に、そのまま眠りへと落ちていった。
今日はここまでです。
今になって連投規制がかなり辛さがわかってきました…。
更新乙です
藤本がいい先輩しててちょっとにんまりしてしまった
38.微熱
「んん……あれ、ここはどこ?」
そこは真っ白な世界。
景色も音もない、ただ白の一色だけが広がっている。
安倍は何がなんだかわけがわからず、少々困惑していた。
それに体が思うように動かず、それがさらに焦りに拍車をかける。
「夢……なのかな?」
心を落ち着けるために一つ大きく深呼吸をして、そして静かに目を閉じてみる。
無音の闇の世界。
しかし、徐々にながら確実に何か音が聞こえてくる。
「なんだろう……聞いた事がある気がする……。」
それは安倍にとっては馴染み深い音だった。
ワァーーーーー…
ダンダンダン ダンダンダン…
パララー パーラーパーララー パララー
パーパーパーラーパラパー パーパーパーラーパラパー
そう、それは甲子園の大歓声だった。
その歓声も徐々に大きくなってくる。
そして、それはいつしか安倍の全方位から耳の中へと流れ込んできていた。
そっと目を開いてみる。
光が差し込み、思わず手で光を遮る。
ゆっくり手を除ける。
そこには安倍のよく知っている光景が広がっていた。
甲子園。
右にも左にも超満員の大観衆が、甲子園独特の割れんばかりの大歓声を送っていた。
ただ、いつもと違うのは今自分がいるのがバックネット裏だということ。
安倍がグラウンドの方へと目をやる。
スコアボードには、明日対戦するはずの早大付と横浜の文字。
そして打席には矢口が、そしてマウンドには…。
「え……わ、わたし?」
そう、マウンドには今バックネット裏にいるはずの安倍が立っていた。
安倍が投げ、矢口が打つ。
互いに全力と全力、二人の戦いに安倍は痺れた。
そして六球目、矢口の打ったファールボールがバックネットへと飛んできた。
キャッチャーの飯田がバックネットへと走ってくる。
そしてネットにしがみつき、何故か私の名前を呼んでいた。
「なっち!ねぇ、なっち!起きなよ、なっち!!!」
「ん……あれ……夢?」
目が覚めた安倍は布団の中にいた。
そして安倍の視界の中に入ってきた飯田が必死に安倍の名を呼んでいた。
「やっと起きたよ……どうしたのさ、なっち。
汗びっしょりだよ。」
安倍も言われるまでは気付いてなかったが、どうもかなりの寝汗をかいていたらしい。
おかげで服もかなりびしょ濡れになってしまっていた。
「珍しいね、なっちがこんな時間まで寝てるなんて。」
安倍が時計に目をやる。
針は7時を過ぎようとしていた。
「ま、いいや。早く起きなよ、朝ご飯の時間だからさ。」
「あ、うん、すぐ行くべさ。」
安倍が布団から出ようとする。
「あれ?」
突然足元がふらついた。
軽い眩暈だったみたいで飯田は気付かなかったようだ。
額に手をそっとおいてみる。
「なんかちょっと熱っぽいみたい……。」
とりあえず安倍は、風邪薬を飲んでさっと服を着替え、そしてすぐに朝食をとりに行った。
本日の正午12時、いよいよ娘。甲子園の頂上を決める戦いがはじまる。
今日はここまでです。
何故か久々にピンチランナーを見ている今日この頃。
今度の新作のネタにでもしようかな?w
先発オーダーを忘れるとこだった…(汗)
早大付札幌 横浜
中|里田 まい |1|柴田 あゆみ|中
遊|紺野 あさ美...|2|新垣 里沙 .|二
捕|飯田 圭織 |3|矢口 真里 .|遊
投|安倍 なつみ...|4|石川 梨華 .|投
三|藤本 美貴 |5|秋野 鈴 ...|右
右|石黒 彩 ..|6|田中 優希 .|左
一|戸田 鈴音 |7|安達 優子 .|一
二|木村 麻美 |8|中川 早紀 .|三
左|大谷 雅恵 |9|古谷 由美 .|捕
39.秘球攻略
この時がやってきた。
娘。甲子園頂上決戦、横浜高校対早大付札幌高校。
あと数分でプレイボールというところ、どの選手も緊張の色を隠せずにいた。
大舞台には慣れているはずの安倍も、いつでも強気のプレーを見せる矢口も、その例外ではなかった。
それでも、全員持ち前の精神力とそれぞれの方法を駆使して、なんとか自らの心を少しずつながらコントロールしはじめていた。
そんな中、安倍の投球練習を受けていた飯田は横浜のオーダーに僅かながらの疑問を抱いていた。
「なんで柴ちゃんと矢口を入れ替えたんだろう?」
今日はいつもと違い、斬り込み隊長の矢口を3番に、繋ぎ役の柴ちゃんを1番に置いている。
これの意味することは何なのか、飯田はその意図を掴めずにいた。
他の選手もそれぞれの想いを心の中に抱いていた。
ライバルに負けられない者、リベンジを心に誓う者、ただ頂上を見つめる者……。
そんな色んな想いが交錯する中、ついに時は満ちた。
今、審判が高らかに頂上決戦の試合開始をここにコールした。
早大付のマウンドに立つのは安倍。
横浜の先頭打者の柴田、2番の新垣は安倍の快速球にタイミングが合わず、連続三振に倒れた。
安倍の今日の速球はいつも以上に走っている。
そして打席に3番の矢口が入る。
矢口、全力で行かせてもらうよ……。
安倍は速球二つをファールさせて、一気にツーストライクまで追い込んだ。
さすがなっち、当てるのが精一杯だ……。
矢口の打法は数少ない振り子打法。
天性の野球センスでタイミングを計り、嫌いな球をファールで逃げ、好球だけを打ちに行く。
通算打率7割を成し得ている矢口のこの打法は、相手投手としてはかなり嫌な打法だといえるだろう。
この矢口だけは一筋縄ではいかない。
そう判断した安倍と飯田のサインは見事に一致した。
安倍が投球モーションに入る。
が、オーバースローではない。
体を深く沈ませ、地面スレスレからボールを投じるアンダースロー。
そう、安倍の武器、秘球『TSK』だ。
一度高々と浮くボールが揺れ、消え、そして落ちる。
矢口のバットはことごとく空を斬った。
さすがの矢口でも、安倍のこの秘球は当てることすらできなかった。
その裏の早大付の攻撃。
緊張からか、少し体の動きの硬いマウンド上の石川が第一球を投じた。
『カキーン!』
里田の放った痛烈な打球が、石川の右を通過する。
早くも初安打か。
しかし、ショートの矢口が素早く打球に反応。
それでも、さすがに間に合わないだろうと誰もが思ったその瞬間だった。
矢口はトップスピードのまま足からスライディング。
そして、なんと打球を左足で蹴り落とした。
そこからすぐさまボールを拾い、そのままの体勢で一塁へ送球した。
俊足里田もさすがに間に合うわけもなくワンアウト。
矢口の早速の美技に球場全体が沸いた。
「石川ぁ〜、ちゃんと気合投げて投げろよ!」
矢口の美技とお決まりの喝に気をよくした石川。
その後は危なげなく紺野を一塁ゴロ、飯田を三塁フライで初回を三者凡退で終えた。
2回表、横浜の攻撃。
この回は4番の石川からだ。
「安倍さぁ〜ん!」
石川に突然声をかけられて、安倍は驚きを隠せなかった。
そんな事を気にも留めず、石川は言葉を続けた。
「矢口さんに投げたあの球、私にも投げてくださいよ。」
ただのはったりか、それとも何か秘策でもあるのだろうか……。
よくわからないが、石川の顔はとにかく自信に満ち溢れていた。
安倍も飯田も迷っていた。
しかし、石川の次の言葉で踏ん切りがついた。
「まさか逃げませんよね?」
飯田としては、まず『TSK』なら痛手をくらう事はないだろうというのもあった。
しかし、それよりなによりも、安倍のプライドがここで『TSK』を投げないということを許さなかった。
安倍がアンダースローで投げた。
矢口の時と同様、球が浮き、揺れ、消え、そして落ちる。
その瞬間…。
「ハッピーーー!!!」
『グワキィーーーン!!!』
石川がスイングしたと同時に凄まじい打球音だけが球場を支配した。
まったく行方を晦ました打球。
それは突如、バックスクリーンで鈍い金属音を立てて姿を現れた。
一瞬の出来事だった。
石川の目が覚めるような先制弾に誰もが言葉が出なかった。
そんな中、石川はただひとり浮かれモードでベースをゆっくりと一周した。
今日はここまでです。
オーダーの先攻後攻が逆になってますが、そこは脳内補完しておいてください。
すいません。
年内完結、したいけど難しそうだなぁ…。
>>258 紺藤ラジオを聞いてて、こういう感じに書きたくなっちゃいました。
40.安倍のプライド
「よしっ、石川、ナイスバッティング!!」
石川がホームを一周し終えようとした頃、やっと矢口が発した第一声だった。
横浜ナインは手荒く石川をベンチへと迎える。
飯田は主審からボールを受け取り、安倍へと返した。
「なっち、ドンマイ。切り替えていこ。」
「うん、わかってる……。」
そうは言うものの、さすがの安倍も同様を隠せない。
なんといっても安倍の一番の武器、『TSK』をアレだけ派手に打たれたのだから……。
「安倍さん、ボール貸してください。」
当然そういってきたのは藤本だった。
安倍は脈絡のない藤本の発言にまったく意味をわからずにいたが、とにかく貸してと強く言うので、とりあえず安倍は藤本にボールを渡すことにした。
ボールを受け取った藤本は、三塁ベースにタッチし、塁審に一言言った。
「三塁ベースタッチしましたよ。」
「うむ。アウト、ア〜ウト!!!」
へ?
そんな感じで、誰もがその状況を理解しきれずにいた。
一体誰がアウトなんだ?
だが、それは紛れもなく一人しかいなかった。
「……わ、わたし?」
そう、先ほど本塁打を放った石川、ただ一人だ。
だが、本人も何がなんだかまったくワケがわからないでいた。
そんな石川にご丁寧にも藤本が挑発のおまけ付きで説明した。
「残念でしたね、石川さん、ベースの踏み忘れをするなんて。
ま、おかげでこっちは助かりましたけどね。」
これに石川がぶち切れる。
どかどかとグラウンドへ戻ってきて、塁審へと詰め寄る。
「一体何なのよ!ベースの踏み忘れ?ワケのわかんないことぬかさないでよ!
何で私がそんなことしなくちゃいけないのよ!あんた、ちゃんと見てたの!!!」
矢口、柴田が二人がかりで石川を抑え込み、その場はなんとか丸く収まった。
それでもまだ石川の怒りは収まらない。
しかし、それ以上に怒っていたのは実は矢口だった。
「石川、いい加減にしなよ!ベースの踏み忘れなんて…しっかりしろよ!」
すると石川は突然我に返って静かにこう答えた。
「問題ないですよ、また打ち直しますから……。」
そう言った石川の目は、標的を定めた虎のような鋭い威圧的な視線を安倍へと向けていた。
「さあ、安倍さん、切り替えていきましょ。」
「はは……さんきゅ、藤本。」
藤本に返されたボールを受け取り、苦笑いする安倍。
しかし、先ほどよりはなんとか落ち着きを取り戻しているようだった。
その証拠に、後続もピシャリとしめて結局この回も三者凡退で終えた。
そして、ベース踏み忘れで流れが変わったのか、裏の早大付の攻撃。
先頭打者の安倍が魅せた。
初球の内角速球を見事なまでに綺麗に捌き、ライトスタンドへと運んだ。
その後、5番の藤本が右前安打、二死から8番の木村が四球を選んでチャンスを作ったが、この回は石川がなんとか1点にとどめた。
3回表、横浜は安倍の速球にまったく手が出ず、またも三者凡退。
今日の安倍は誰の目から見ても絶好調に間違いなかった。
たった一人を除いて……。
「なんか今日のなっち、いつもに比べるとちょっとおかしな気がする……。」
安倍の女房役、飯田。
彼女だけは安倍のいつもとの微妙な変化に気付いていた。
そこで飯田はベンチへと引き返した時、すぐさま安倍に直接聞いてみることにした。
「ねえ、なっち。」
「……。」
飯田の呼びかけにまったく反応しない安倍、その目は完全にどこかにいってしまっている。
「ねえ、なっちったら!」
「…はえ?あ、何、圭織か。どうかした?」
「ちょっとなっち、大丈夫?ボーっとして……。」
飯田は何気なく安倍の額に手を置いてみた。
「あつっ!あんた、ものすごい熱……。」
熱があるじゃん!
そう言おうとした瞬間、安倍はすかさず飯田の口を左手で塞いだ。
そして、右手の人差し指を立てて、周りに聴こえないように静かに言った。
「大丈夫、心配しないで。これくらいなら全然平気だからさ。
みんなに変な心配かけさせたくないしね。」
口に当てられた安倍の手をどけ、飯田もできる限りの小さな声で安倍に話す。
「あんた、そんな熱で平気なワケないっしょ?そのまま続けたらどうなるか、あんたにだって想像くらいできるでしょ?」
「ごめん、圭織……。
でもさ、昨日の紺野や藤本が頑張って投げるの見たっしょ?
あんだけ二人が頑張って、昨日休ませてもらってたなっちがこんなとこで降りるなんて…。
それに昨日矢口と約束したんだよ、真っ向勝負するって。
今更逃げたくないべさ。
それにさ、なっちはやっぱこのチームのエースだって自分では思ってる。
だからさ、こんなとこで降りるのはなっちのプライドが絶対に許さないべさ。」
「なっち……しょうがないなぁ……わかったよ。」
「圭織……。」
「9回まで、だよ。延長に入ったら嫌でも変わってもらうからね、いい?」
「ありがとう……圭織。」
もう、かれこれ5年もの付き合いになる飯田にはわかっていた。
おそらく38℃は軽く越えているであろう熱があったとしても、安倍はこんなことではマウンドを降りようとしないということを……。
そんな自分を枉げない安倍の球を、飯田はずっと受け続けてきたから……。
飯田はただただ、安倍がなんとか最後までもってくれることだけを祈っていた。
今日はここまでです。
日1回更新できれば年内完結できるかも。
かなり無謀だけど…。(汗)
乙。
がんがってください。
41.悪球打ち開眼
試合は紺野の二塁打の後、二死から安倍の右前適時打と藤本の本塁打でこの回早大付は石川から3点をもぎ取った。
一方の横浜も4回表、柴田が右前安打で出塁、いつものように2番の新垣が送って一死二塁とした。
安倍と矢口の二度目の対決、矢口がスライダーを打たされて二飛。
軍配はまたしても安倍に上がる。
そして二死二塁というところで、打順は石川へとまわってきた。
ロージンをグリップにあてて、ゆっくり打席へと向かう石川。
そんな石川の姿を見つめながら、矢口は石川の入部当初の頃を懐かしげに思い出していた。
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3年前、石川は横浜高校野球部へと入部した。
一応柴田と同期だったが、この頃柴田はあまり台頭することはなかった。
一方の石川は、監督にその野球センスを見込まれて、即スタメンとかなりの待遇を受けていた。
しかし、成績はなかなかパッとせず、打率は2割そこそこ、本塁打を打てるほどの飛距離などまったくなかった。
そんな中で、当時の石川でもっとも問題視されていたのが、極度のネガティブ思考であったということだった。
それが打撃にも影響し、アウトのうちの7割が見逃し三振ということからも、石川がかなりの消極的思考であることが伺えた。
そんな石川に、矢口は常日頃からポジティブシンキングをすることを言い続けて来た。
矢口は知っていた。
石川の打撃センスが本物であることを。
特に難しいコースなども上手に捌ける技術は、矢口自身でも勝てるかどうか微妙だろうと思っていたほどだ。
しかし、ネガティブ思考がその力を石川の中へと封じ込めてしまっていた。
際どい球、甘い球、初球、追い込まれてから、石川はどんな時、どんなボールに対してもなかなか手を出せずにいた。
石川曰く、下手に手を出してはいけないと躊躇してなかなか打ちにいけなくなるらしい。
それ故、技術があっても成績に出てこないという状況に陥ってしまっていたのだ。
なかなか殻を破れずにいた石川に、矢口はとある日の練習試合である指示を出した。
「来た球は全部打て、絶対に見逃しはするな。」
石川は最初はかなり戸惑いを感じていた。
ボール球が来たらどうしよう。
狙い球が来なかったらどうしよう。
しかし、そんな石川の考えはいらぬ心配だった。
相手投手は思いのほかストライクゾーンにポンポンと放って来る。
しかも、球にキレがあるわけでもないので狙い球と違っても十分に対応することができた。
矢口の指示の甲斐あって、石川は4打数4安打の大当たり。
そして8回に第5打席目が回ってきた。
この時には石川もノリノリで、完全に打つことしか頭になかった。
そして第一球、当然のように石川は打ちにいった。
「え、フォーク!?」
相手バッテリーは信じられないことに初球からボール球になるフォークを使ってきた。
石川は咄嗟にバットを止めようとした。
しかし……。
「ここで止めたら私は変われない……変わらなきゃ!」
そして石川は構わずそのまま打ちにいった。
フォークボールはホームベースのちょっと手前でワンバウンド。
石川はそれを思いっきり掬い上げた。
『グワキィーーーン!!!』
周りの誰もが、いや、石川自身も信じられなかった。
生まれてはじめての本塁打がワンバウンドボールの悪球打ち。
石川はその時、あまりの好感触にバットを放すのも忘れてベースを一周した。
石川が悪球打ちに目覚めてしまったのはその頃からだった。
あの日以来、あの感触が忘れられず、来る日も来る日も悪球打ち。
そして今の石川となるに至ったのだ。
それと同時に、もともとど真ん中はあまり得意ではなかった石川は、それから真ん中はめっきり打てなくなってしまった。
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今思えば、石川もかなり変わったな…。
なにより強くなった…。
この石川の強さが、今の横浜の支えであり、そして矢口自身の支えになっている。
矢口はそんなことを思っていた。
この試合もきっとなんとかしてくれる。
そんな期待が矢口の心の中にはあった。
そんなことを知ってか知らずか、石川はバッターボックスへと入る。
「トーントン♪トーントン♪」
ワケのわからないリズムを刻みはじめた石川。
なぜかホームベースから離れて、さらにバットをかなり短く持っていた。
これでは外角は届かないだろう。
飯田のサインはすぐさま安倍に外角を、そして長打を防ぐために念のために低めの速球を要求した。
安倍は躊躇なく頷く。
そしてセットポジションから第一球を投げた。
その瞬間、石川の目つきが変わる。
「ハッピィーーーーー!!!」
高々と振り上げられたバットは、いつの間にはグリップエンド目一杯まで持たれていた。
しかもそれだけではない。
バットが異常に長い。
振り抜かれたバットは悠々と外角低めのボールを捉えた。
『カキィーーーーーン!!!』
高々と空へ舞ったボールは、レストスタンドへ吸い込まれるように消えていった。
打ち直しとなった一発に、横浜サイドは沸きに沸く。
打たれた安倍・飯田のバッテリーは唖然とするしかなかった。
「なんで今の際どいストライクボールを……もしかして!?」
飯田はその時気付いた。
ホームベースから離れて立った時の外角低め。
そう、確かにストライクではあるが、実際は悪球となんら変わらないのだ。
「まずは2点返しましたよぉ〜、矢口さん。」
「ホント、梨華ちゃんはよくわからないよ……。」
石川の底の深さに呆れながらも、矢口は石川を手荒く出迎えた。
42.ど真ん中
石川の本塁打で追い上げムードに入るかと思われたが、試合は5回裏の石黒の3ランで一方的な試合展開。
これで勝負が決まったかと思われた。
6回表、一死から矢口の打席。
矢口はバットを短く持ち、ひたすら粘る。
ファールファールで逃げ、そして19球目の速球を空振り、三振に倒れた。
安倍は気付けば少し肩で息をしていた。
続く石川が投げ疲れた安倍のすっぽ抜けた失投を捉えて、2打席連続となるソロ本塁打で再び反撃の狼煙を上げた。
「これが矢口を3番にした目的か……。」
しかし、6回裏に早大付は紺野の中前適時打で1点を追加、点差を再び5点にまで開いた。
7回は両者無得点、そして試合は終盤の8回へと入る。
この回の先頭打者は矢口。
風邪の影響で徐々にバテてきたのか、球威が落ちたところを狙われる。
速球を右中間へ持っていかれ、三塁打。
そして、またもチャンスで石川に打席がまわってくる。
初球、二球目とど真ん中速球。
簡単にツーストライクと追い込む安倍・飯田のバッテリー。
ここで矢口が石川に何かサインを出す。
バッテリーは構わず勝負に出ようとする。
サインを交わし、安倍が投球モーションに入った、その時だった。
矢口が走った。
石川はバントの構え。
「スクイズ!?」
飯田はすぐさまウェストを指示。
安倍は飯田の指示通り外しにいった。
しかし、これが相手の術中にまんまとはまる事となる。
「は!しまった!」
相手は石川、当然このウェストに喰らいついた。
「グッチャーーーーー!!!」
『グワキィーーーーーン!!!!!』
打球は弾丸ライナーでバックスクリーンに突き刺さり、3点差に迫る2ラン。
飯田はすぐさま安倍の下へと駆け寄る。
「ごめん、なっち。今のは私の判断ミスだったわ……。」
「気にしないで、圭織。なっちも同じ事を考えてたからさ。それより、次をしっかり抑えるべさ。」
「そだね。よし、しまっていこ。」
「うん。」
思いのほか冷静だった安倍、後続を見事3人で斬ってとった。
8回裏、尻上がりに調子を上げてきた石川に早大付は三者凡退、簡単にイニングチェンジとなる。
そしてついに最終回。
安倍は最後の力を振り絞って8番・9番を打ち取って2アウトとした。
しかし、横浜もまだまだ粘りを見せる。
1番柴田が中前安打で出塁。
2番新垣には何か仕掛けてくると変に意識して四球を許し、二死一・二塁。
そして3番矢口。
「なっち、ここは勝負にいかせてもらうからね……。」
矢口はアレを狙っていた。
しかし、実は安倍もそのことをなんとなく察していた。
「今の矢口なら狙ってくるかも。」
第一球を投げた瞬間、柴田と新垣が走った。
当然サードの藤本はベースカバーに入る。
矢口はそこを狙う。
三塁方向へのセーフティバント。
ベースカバーに入っている藤本はもちろんスタートできない。
だが、安倍はこんな矢口の考えを読んでいた。
すぐさま打球を拾い、一塁へ送球しようとする。
しかし、処理を焦ったのかボールをジャックル。
すぐに持ち直して送球するも、矢口の俊足も相まってかろうじてセーフ、結果内野安打となり、二死ながら満塁のチャンスを迎えた。
この一発出れば大逆転のチャンスに、打者は三度石川。
ここまで4の3で3本塁打、しかもアウトもベース踏み忘れということで実質全打席本塁打を放っていることになる。
飯田はたまらず安倍の下に駆け寄る。
「なっち、大丈夫?」
「心配ないよ、圭織。まだまだいけるべさ。」
「そ、ならよかった。この場面で小細工は何もいらないから。ど真ん中速球一本で。」
「わかったべさ。」
飯田はホームへ戻ろうとして、また安倍の方に振り返る。
そして、しばしの沈黙の後、飯田が静かに語りかけた。
「……ねぇ、なっち……。」
「ん?」
「絶対勝とうね!」
「……よしきた!」
安倍も気合の一言。
しかし、実のところ、安倍は立つのがやっとという状態だった。
今にも意識が飛んでしまいそうなほど満身創痍。
安倍は今、気力だけで立っていた。
そして試合は再開される。
初球はど真ん中速球を見逃しストライク、二球目は同じど真ん中速球を空振りで、バッテリーは早々と2ストライクと追い込む。
大観衆は祈るような思いで試合に見入っていた。
特に横浜サイドは後がない、さらにど真ん中が打てない石川なだけに、もうダメかと誰もが思っていた。
そして、運命の三球目を投げた。
ど真ん中の速球。
横浜は万事休すかと思われた。
しかし……。
『カキン!』
ファール。
それは信じられない光景だった。
当てたのだ、あのど真ん中が打てないはずの石川が。
その後も石川はど真ん中の速球攻めにファールで粘る。
そして8球目、ついに石川がど真ん中を完璧に捉える。
『グワラキィーーーーーン!!!』
安倍に重圧が圧し掛かる。
打球はライトスタンドへ向かって一直線。
しかし、ポール際で巻くかどうかかなり微妙だ。
そして、あっという間に運命の打球がポールの横を通過していった。
今日はここまでです。
間に合わなさそうなんで一気に二話分更新してみました。
しかし、実はこれでもまだ微妙かもしれないという罠。
>>276 最後の追い込み、頑張りたいと思います。
大量更新乙です。
梨華ちゃんカク(・∀・)イイ
43.渾身
『ファール、ファーーール!!!』
審判の手が大きく横に開き、横浜サイドでは落胆の、早大付サイドでは安堵のため息が漏れた。
石川の今の一振りで、球場は異様な空気に包まれる。
早大付ナインはこの空気に完全に呑まれつつあった。
「どうしよう……投げる球がない……。」
飯田もその一人で、なかなかサインを出せずにいた。
真ん中が完璧に捉えられた。
悪球も今まで打たれているだけに投げにくい。
頼みの『TSK』もすでに最初に打たれてしまっている。
そう、もう投げる球がないのだ。
安倍もまったく同じ気持ちだった。
何を投げていいのかわからない。
しかも、立つのがやっとの状態で、今度はさらに目がかすみだしてきた。
安倍は思わず目を閉じて天を仰ぎ、ふぅっとひとつ大きく息を吐く。
バッテリーの間で時の流れが止まる。
過去にこんな状況に陥ったことは、今まで一度たりとてなかった。
「タイムお願いします!」
そんな時の流れを元に戻したのは意外な人の一声だった。
その声の主は紺野だった。
紺野はてけてけと安倍の下へ駆け寄った。
「安倍さん、投げにくいとは思いますけど……私たちが絶対に守りますから。
思い切っていきましょう!」
「紺野……。」
投手が投げにくい場面で、周りがしっかりと投手を後押ししてやる。
投手を経験したことで、私が思った以上に紺野はホントに成長したんだなあ、と安倍は思った。
そんな大きく成長した紺野の言葉が、安倍にはとても力強く聞こえた。
「安倍さん、あれやりましょうよ!」
「え?」
紺野はそう言って右手を前に差し出した。
周りを見てみると、サードの藤本も、ライトの石黒も、レフトの大谷も、そしてキャッチャーの飯田も、全員が自分の守備位置で右手を安倍の方へと差し出していた。
「みんな……。」
「さ、安倍さん!」
「よしっ、やるべさ!」
安倍も右手を前に差し出す。
そして、飯田に目で合図を送った。
飯田が音頭をとる。
「よぉーし、みんな!頑張っていきまーーっ!」
「「「しょーーーい!!!」」」
ナインは気合を取り戻し、紺野はさっと守備位置へと戻っていく。
そして再びバッテリーでサインの交換が行われた。
しかし、この時にはバッテリーの迷いも完全になくなっていた。
ど真ん中速球、これ以外あり得なかった。
安倍はロージンを手に取り、ふうっと大きく一息つく。
そしてロージンを投げ捨てる。
今一度集中力を高めた安倍は、ワインドアップモーションから渾身の一球を投げた。
おそらく今日のMAXのスピードだろうと思われる速球。
しかし、手元が狂ったのか、球は石川の頭近くを襲う。
石川はこの石川にとっての千載一遇の絶好球を見逃さなかった。
「グッチャーーーーー!!!」
待ってましたと言わんばかりに高々と振り上げられていた石川のバットは、今縦一閃に振り下ろされた。
今日は短いですが、ここまでです。
一応次でラストになる予定です。
もし番外編希望があるようなら書きますけど。
今年中に書けるかな…。
>>290 実際はここまで勇ましくはないでしょうねw
てst
44.決着
『カッ!』
石川の豪快なスイングは安倍の剛速球をかすめただけだった。
158km/h。
飯田はなんとか反応して、そのファールチップをキャッチした。
この瞬間、勝負は決まった。
大歓声、落胆、号泣、悲鳴、咆哮…。
そんな中、早大付サイドはこれ以上ない歓喜で包まれた。
あの飯田もすぐさまマスクを脱ぎ捨て、嬉々として安倍の下へと駆けていった。
その時だった。
「はは……やっと終わった……。」
そう言うと、安倍は力尽きた。
倒れ掛かる安倍を飯田はしっかりと支えてやった。
安倍は完全に意識を失っていた。
「なっち、お疲れ様……。」
安倍の頭を軽くぽんぽんと叩きながらそう言うと、飯田は安倍を抱えてベンチへと歩き出した。
「あやっぺ、後は頼んだよ。」
「うん、わかったよ。」
他のみんなはまったく状況を理解できず困惑していたが、石黒だけはわかっていたようだ。
飯田はそのままベンチの奥へと消えてゆく。
その瞬間、凄まじいまでの大音量で、なっちコールとかおりんコールが球場全体に交錯していた。
一方、敗者となった横浜は落胆の色を隠せなかった。
中でも、ラストバッターとなってしまった石川はバッターボックスで泣き崩れていた。
矢口がそんな石川に声をかける。
「泣くなよ、石川。精一杯頑張っただろ?」
石川は声にならない声で言葉を絞り出す。
その言葉からは石川の悔しさが痛いほど滲み出ていた。
「ごめ…なざい……やぐぢざ…うぅ………わだしの……せいで…う゛ぁあ゛あ゛あ゛あーーーーーん!!!!!」
矢口は半泣きになりながら石川を思いっきり力強く抱いてやった。
「何言うんだよ、点あげたのお前だけなんだぞ!
おいらなんかの方が…おいらの方が……。」
「やぐ…ぢさ…ん…。」
「そうだよ、梨華ちゃん。誰も今日の梨華ちゃんを責めたりなんてしないよ。」
「そうですよ、石川さん。いつもみたいに元気よくいきましょうよ!」
「じば…ぢゃ…、お…まめ゛…。」
横浜ナインは労いの言葉と共に、涙で顔をくしゃくしゃにした石川を暖かく囲んでやった。
全国5027校が頂点を目指した熱い戦いは、優勝が北海道代表早大付札幌高校、準優勝が神奈川代表横浜高校という結果で幕が下ろされた。
そして、それぞれがまた新たな目標へと向かって歩みを進めることを誓った瞬間でもあった。
ENDING
場所は兵庫県内のとある病院の病室。
ここに安倍は入院していた。
娘。甲子園決勝終了と同時に倒れてしまった安倍。
診察の結果は、風邪と過度の疲労が重なったとのこと。
とりあえず一週間ほどの入院が必要ということになり、しばらくの点滴生活を余儀なくされた。
そして今日は早大付ナインが揃いに揃って見舞いにやってきたのだ。
「ホント、なっちにはビックリさせられっぱなしだよ。」
「まあ、試合が終わってからでまだよかったけどね。」
「ホントにごめんね、みんな……。迷惑かけてすまなかったべさ。」
石黒と飯田の言葉に、ベッドに入ったまま安倍は深々と頭を下げた。
「ホントですよ〜、安倍さん。美貴に言ってくれればトントーンと完投したのに。」
「まあまあ、皆さんいいじゃないですか。安倍さんも入院だけですむみたいですから。」
紺野の一言で、安倍責めは一旦終了した。
「それより皆さん、安倍さんへお見舞いに持ってきたお好みでも食べてもらいましょうよ。」
「紺野、あんたが食べたいだけどしょ?」
「てか、紺ちゃん、すでに食べてるし!」
飯田と藤本のつっこみ通り、紺野はすでにお好みをおいしそうに口いっぱいに頬張っていた。
その様子があまりにおかしくて、一同は腹の底から大笑いした。
「ま、いいじゃない。せっかくなんだからみんなで食べるべさ。」
「そうだね。それじゃ…。」
「「「いただきま〜〜〜す!!!」」」
そして、去年お世話になったお好み屋の大将からの差し入れをみんなでわいわい言いながら食べた。
安倍は誰にも知られぬよう、ベッド横のテーブルへとちらっと目を移す。
そこには見舞いの品であろう花束と一通の手紙があった。
『なっちへ
ごめんね……そして、ありがとう。 矢口真里』
安倍は笑みを溢し、再びお好みに箸をつけた。
その時には紺野は、すでに二枚目を食べはじめようとしていた。
-娘。甲子園 第二幕 完-
これにて娘。甲子園第二幕は終了です。
表現力不足で読みにくかったことこの上なかったと思いますが、皆さんのおかげでなんとか年内完結することができました。
レスくれた方、陰ながらずっと読み続けてくれた方、その他このスレに関わってくれた皆さん、どうもありがとうございました。
上にも書きましたが、番外編希望があるようなら誰のが見たいか言って頂ければ書きます。
それと、続編については、小説板に移動して書こうか、ここで続けるか、やっぱりやめるなどなど、今のところは考え中です。
詳細が決まったら、ここか小説案内板あたりにでも報告します。
もし何か意見があればどんどん言ってやってください。
しつこいようですが、重ね重ね御礼申し上げます。
それでは皆さん、よいお年を。
302 :
名無し募集中。。。 :03/12/31 17:28 ID:KqNjEASj
乙
そしておめ
あけおめです。
完結お疲れ様です〜。楽しく読ませて頂きました。
番外編は主要メンバー全部読んでみたいんですけど…
脱稿乙かれー
早大優勝かぁ いろんなドラマがあってどの試合も面白かったよ
番外編も激しく見たい!
高校選抜とかみてみて〜
番外編-焼肉パーティ-
某所の焼肉屋、そこで三人の少女が楽しげに言葉を連ねていた。
「改めてお疲れ〜!」
「「お疲れ〜!」」
まるで少女たちの内なる闘志を具現化したような炎が、ジワジワと鉄板を暖めていた。
そんな少女たちは今、肉の到着をまだかと待ちわびていた。
「ホント、今回の大会は超いい経験ができたけん。」
博多弁が印象的な少女、田中れいな。
福岡代表柳川高校のエース。
今大会、二試合連続4安打以内完封勝利、さらに今期優勝の早大付札幌にも敗戦ながら1失点完投とその実力をしっかりと見せ付けた。
「確かに、いろんな事を学べたよねぇ〜。」
ほのぼのと語っているのが、亀井絵里。
東京代表上野学園で二番を打つ遊撃手レギュラー。
本戦では打率.363得点4と、上野打線のパイプ役として堅実なプレーを見せた。
「やっぱり私が一番かわいかったけどね。」
この意味のわからないことを言っている少女が、道重さゆみ。
山口代表岩国高校のエース。
何を隠そう、この道重の存在が今大会で一番の大番狂わせとなった。
まず、準々決勝までの試合を連続無失点、そして強豪上野学園に対して無安打無得点、さらには優勝校の早大付札幌にもサヨナラ負けを喫したものの、17回2/3を3失点完投とベスト4進出校に恥じぬレベルの高い闘いを繰り広げた。
そんな三人がやっとの肉の到着にわぁっと歓喜の声を上げた。
田中が手馴れた手付きで、まず塩タンを十分に熱を帯びた鉄板の上にサッサッと並べた。
そして後から持ってこられたご飯をキムチと一緒に口に頬張りながら、田中が話を切り出した。
「ねえ、絵里とさゆは、どの試合が一番よかったと思っとっとね?」
塩タンをひっくり返しながら、亀井は「う〜ん」と頭の中から奥の方の思い出を絞り出す様に少しだけ唸り、そして答えた。
「そうだね、亀井は東海大浦安と戦った試合かな?
亀井が大当たりしたってのもあるけど、何より後藤さんと保田さん・市井さんの戦いは後ろで見ててとても痺れたね。
亀井もいつかきっと、れいなやさゆとあんな勝負ができたらなぁ〜って心から思った。」
そうだね、と田中は亀井の目を見ながら呟いた。
「さゆはどう?」
田中はいつの間にやらすでに塩タンを食べ始めている道重に話を振る。
「私?当然私が一番かわいいと思う。」
はぁ。
真面目に聞いた私が馬鹿だった、と田中は改めて自分の感想を語った。
「私は初日の智辯学園対福井商業の加護さんと高橋さんの投げ合いが印象深かったばい。
あの試合を見たけぇ、自分もいいピッチングができたと。
あと、やっぱり早大付との対決はかなり痺れたばい。
どの打者も威圧感があって、超やりがいがあったとね。」
「私もそうだなぁ。」
道重が珍しく話に真面目に食いついてきたので、二人は少しばかり驚きの表情を見せた。
その道重は、いつの間にか鉄板に、今度はロースやら何やらを敷き詰めはじめていた。
そんな中、道重は続けた。
「安倍さんを筆頭に、どこかレベルが一つ違う感じ。
なんて言うか…こう、技術もすごいんだけど、何より意志が強いっていうのが戦っててとても伝わってきた。
あのチームと戦ってるときは、これ以上ない快感でホントに気持ちがよかった。」
道重が真剣に語っているのを、二人はしっかりと、道重の目を見つめて聞き入っていた。
道重がこんなに真面目な話をするなんて、という驚きもあったが、なにより道重とまったくの同感だというのがあった。
亀井は氷の4つほど入ったコップを手に取り、水を少しだけ口に含んで、そして一呼吸おいてから言った。
「でも、ホントにすごかったのはアレだよねぇ。」
「そうだね。」
「「「決勝戦。」」」
三人は声を揃えた。
どうやら、同じ事を思っていたようだ。
「なんちゅうか…物凄い気合いのぶつかり合いって感じがしたとね。」
「石川さんの凄まじいバッティングは、見ててとてもゾクゾクした。」
「それに安倍さんのあのピッチング。
話ではかなりの高熱の中で投げていたらしいんだけど…。」
「そう考えると、ホントにすごいとしか言い様がないね…。」
「最後の石川さんとの対決は、胸の高鳴りが止まらんかったけん。」
「私も、あれの勝負を見てたとき、まったく言葉が出せなかったよ…。」
しばしの沈黙。
あの勝負は思い出すだけでも言葉を失ってしまう。
それくらい彼女たちにとって衝撃的で、尚且つこの世界のレベルの高さを痛感した試合でもあった。
そして田中が止まった時の流れを再び戻すように、静かに言った。
「うちらもいつか、あんな試合がしたいけんね。」
「「うん。」」
それからは野球の事からは離れて、平凡なごくありきたりな話の連続だった。
田中が最近やけに猫好きになってきた話だったり、亀井が宿舎の押入れに色んな意味ではまっている話、挙句の果てには道重の自画自賛話など、色とりどりな話題が焼肉パーティを鮮やかに、そして華やかに彩った。
そうこうしている内に、時間はすでに一時間半も経過していた。
キリもいいので、三人はそのまま会計を割り勘で済まし、店を後にした。
三人とも、その表情から今日の食事が十分に満足なものだったことが窺えた。
「ふぅ〜、今日はようさん食ったばい。」
「なんか久しぶりにおいしいご飯を食べたって感じだね。」
「うん、私は今日も可愛かったよね。」
道重の意味不明発言にまたしても沈黙。
しかし、まるで狙っていたかのごとく、三人は同時に空を向いて大笑いした。
夏の夜空に三人の一点の曇りのない笑い声がどこまでも、どこまでも木霊する。
その後、三人はお互いに目を見合わせ、またの日の再会を約束する。
「それじゃ、また来年の大会で会おうね。」
「来年こそはうちらで大会ば盛り上げたっとね。」
「そして、誰かが優勝旗を故郷に持ち帰ろうね。」
「「「おぉ〜〜〜う!!!」」」
そして三人は別れた。
進む道は皆違えども、目指すべき場所はただひとつ……。
それは、娘。甲子園の頂。
その輝かしい栄光を目指し、三人はまた、自らを高め続け、そして再びこの地へ舞い戻ってくる事を誓うのであった。
番外編ひとつだけ作ってみました。
博多弁( ゚Д゚)ムズーw
とりあえずこれにて娘。甲子園は完全完結ということにします。
続編についてなんですが、小説板の方でやろうと思います。(理由はなんとなくw)
スレ立てたらこちらで報告するつもりです。
それと、その代わりと言ってはなんですが、こっちでも新作を披露しようかなと思っています。
ただ、こっちはまだそれほど煮詰まってないので披露は当分先になるとは思いますが…。
ということで、ここまで読んでいただいてどうもありがとうございました。
よかったら今後も自分の駄文にお付き合いしてやってくださいまし。