第三話「陽の当たる場所に」
小鳥のさえずる音で愛は目を覚ました。
18歳以下総合格闘技トーナメント当日の早朝。
布団を出て顔を洗うと、ストレッチして体をほぐす。
コンディションは絶好調。今すぐに誰とだって闘えるくらいだ。
道場に入り、先日父と祖父から受け継いだ巻物を広げる。
「奥義かぁーおっかね!」
巻物には高橋流柔術の秘伝奥義が記されていた。
確かにとてつもない破壊力を秘めてはいるが、あまりに凄惨過ぎる技であった。
「こんなん使わんでも、勝ったるわ」
昨日の内にまとめておいた荷物をかつぐと玄関へ飛び出した。
先代当主でもある父が応援の為に東京まで付き添うと申し出たが、愛は却下した。
(もう18やのに親同伴なんて嫌やわ。せっかくの旅行気分が台無しやし)
祖父と祖母と母、そして渋り顔の父が玄関で見送ってくれた。
「いってきまぁす!日本一んなって帰ってくるでの!」
亜弥とは駅で待ち合わせ。彼女も絶好調の笑みを浮かべている。
ここから特急で米原に出て、新幹線に乗り換えて一路東京へ。
電車に乗っている間に愛と亜弥は、送られてきた大会に関する通知を再読する。
「打撃もグラウンドも何でもOKやって。やっぱ安倍さんはわかってるわ」
「フーン。3ラウンドで決着が着かなかった場合は判定で決めるんだぁ」
「1ラウンド5分?最高15分しかやれんのか?」
「みたいね。まぁ私はそれだけあれば誰でもKOできるけどね」
ルールの後に出場選手16人の簡単な紹介が載っていた。
二人は知ってる名前がないか探す。
「小川麻琴!まこっちゃんや。やっぱいたの」
「ああ、こないだのウルサイ子か。まぁ敵じゃないね」
「そんなことないって、まこっちゃんは結構強いって」
「知ってる。相手が私じゃなかったら勝つんじゃない?それよりこいつよ」
亜弥が麻琴の実力を認めているのかいないのかイマイチ分からない。
そんな亜弥が指差した所にあった名前。斉藤美海(夏美会館)
「石黒さんが言ってた。なつみかんにメチャクチャ強い子がいるって」
「それがこの斉藤って子なんか?夏美会館の子もう一人いるよ」
「ほんとだ。紺野あさ美?うーん、どっちだったっけなぁ〜」
「なんや覚えてえんのか」
「いいじゃん。実際に試合見ればすぐわかるでしょ」
「1回戦で当たんなけりゃの」
二人を乗せた列車は昼前に東京へと到着。
大会開始の12:00にギリギリ間に合った。
すでに出場選手のほとんどが、控え室で着替えを済ませている。
「あーもう、新幹線乗り疲れたわ」
「やっぱり一泊しとくべきだったね」
「うちのお父さんがスネて、ホテル代なんか出さんて言うからや」
愚痴りながら大急ぎで着替える二人に、近付いてくる柔道着の娘がいた。
「なんだなんだ!二人揃って遅刻かぁ!」
「あ、まこっちゃんや!」
「越後のヒバか」
「越後の虎だ!ぶっころすぞこのクソ猿!」
「だから試合前に喧嘩したあかんて、二人共ぉ」
試合場が見渡せる観覧室にて、足を組んでイスに座りスポーツ新聞を広げる女。
この女こそ本大会主催者にして夏美会館館長、安倍なつみその人であった。
「凄いよ美貴!日本チャンプの吉澤ひとみがヘビー級全米王者に挑戦だってさ」
安倍に話しかけられた美貴という女は、壁にもたれたまま頭を抱えた。
「あのなぁ、なっちさんよぉ。今はそれどころじゃなくねえか?」
「だって凄いんだもん。日本人がボクシングで世界一になるかもしれないんだよ?」
「悪いけど興味ない。蹴っちゃダメな格闘技なんて」
「そ〜お?…あ、こっちにも面白い記事あった。史上最年少の横綱誕生だって」
「いい加減にしろ!開会式始まんぞ!」
藤本美貴にスポーツ新聞を取り上げられて、ようやくなっちは立ち上がった。
(…ったく、子供みたいにへそ曲げやがって)
すでに会場には満員のお客さんと、出場選手16人の娘が並んでいた。
「うん。どの子もいい顔してる」
出場する娘達を見下ろしてなっちは微笑む。
そういう彼女が一番いい顔をしていた。
「夏美会館館長安倍なつみ氏より開会の挨拶です」
進行の言葉と共に、安倍なつみが会場へ降りてくる。
愛は初めて生で見るなっちの顔を、心に刻み付けた。
(あれが安倍なつみさんかぁー。いつか闘ってみたいわ)
そう思ったのは愛だけでない。亜弥と麻琴を含めた出場選手のほとんどが目標としている。
まさに女子格闘技界の顔と呼ぶべき女である。
「ども、安倍なつみです。みんないい顔してるね。エヘヘ…」
緊張感のない口調だったが、そのとびきりの笑顔が何故か憎めない。
どこか人を惹き付ける不思議な魅力を放っている。
「スポーツなんかじゃさ、勝ち負けにこだわらず全力出して頑張れって言うよね。
でもここでは違う。全力じゃなくてもいい、とにかく勝てばいい。そういう世界なの。
とっても厳しいと思うよ。この16人の中で最後まで笑えるのはたった一人だけだもん。
それでも皆には頑張って欲しい。この中から将来の女子格闘技界を背負う子が…。
いつかこの私の前に立つくらいの子が出ればいいなって、そう思ってる。
以上。みんな正々堂々と気持ちよく、頑張っていきま〜っしょい!」
頂上にいる安倍なつみからの激励、嫌が応にも気合が入ってくる。
開会式を終えた選手達は一旦退場し組み合わせ抽選を行う。
「まこっちゃん、何番目?」
「第三試合だ。お前は?」
「第一試合やって。体ウズウズしてたからちょうどええわ。亜弥は?」
「いいなぁ〜。私は一番最後、第八試合だよ。それよりさ愛の相手の子」
「うん。斉藤美海やって。例のなつみかんの。一回戦で当たってもた」
「一応気を付けなよ。いきなり負けたら許さないからね」
「おぅ!」
高橋流柔術の稽古着に身を包んだ愛は、勢いよく掛け声を上げた
やがて第一試合の選手、斉藤美海と高橋愛を呼ぶアナウンスが流れる。
(初めての公式戦や。ちょっと緊張してきたわ〜)
試合会場に出ると、満員の歓声が愛を待ち受けていた。
(こんなにたくさんの人の前で戦うの初めてや。でも何か気持ちいい)
ゆっくりと、段差で少し高くなった舞台に足を踏み込む。
400年の間、闇の武術とされてきた高橋流が今、
この天才少女によってついに陽の当たる場所へと降り立つ。