飯田圭織、石黒彩、矢口真里。
一つの空間にこの三人が顔を並べると、何か不思議な因縁を感じる。
突然訪れた矢口を、飯田は二つ返事で応接室まで通した。
「悪いね、急に」
「いや」
「安倍なつみに宣戦布告しといて、貴女にしないのは失礼だと思って」
「別に私は気にしないが…」
飯田はすっと手を差し出した。握手の手つきだ。
矢口は一瞬考え、その手を握った。
「今度の大会で優勝して、安倍なつみを倒したら、その次は貴女だ。飯田さん」
「金メダリストにそう言ってもらえるのは光栄だ。楽しみにしていよう」
二人は微笑を浮かべたまま、まだ握手を交している。
やがて、どちらからともなく静かに手を離し合った。
それから矢口は、飯田の隣に立つ女に視線を移した。
「私が誰か知っているか?」
「勉強したよ。ジョンソン飯田のパートナー、クロエ石黒だろ」
「どうも、握手するかい?」
「いや、やめとく。流石のおいらでも飯田さんの後に貴女の相手は無理だ」
答えた矢口の右手には、赤黒い痕跡ができあがっていた。
「ところで今度の大会、どっちがでるんだい?飯田さんか石黒さんか?それとも松…」
「松浦を出す気は無い」
きっぱりと飯田は答えた。
その答えは矢口だけでなく、石黒までもを驚かせた。
「へ〜驚いた。巷では松浦の参戦が有力だって噂だったからさ」
「素人が勝手に騒いでいること。俺は松浦を安倍なつみの大会に出す気は無い!」
「大事にされてんだ。まぁおいらが口挟むことじゃないけど」
用事は済み、矢口はくるりと向きを変えた。
矢口が退出した後、石黒は長い付き合いの相棒に問う。
「おい!聞いてないぞ、そんな話」
「俺もだ。今、思いついたからな」
「何だそりゃ?私はてっきり松浦を出すつもりだとばかり…」
そこで石黒は目を止めた。
飯田の手にくっきりと指の跡が残っているのだ。
「目の前で矢口真里を見て考えが変わった。松浦は出せない」
その言葉の意味すること。『松浦亜弥では矢口真里に勝てない』
飯田の手の痺れがその事実を深々と物語っていたのだ。
東日本予選から遅れること一週間。
大阪城ホールにて夏美会館オープントーナメント西日本予選が幕を開けた。
残り一枠となった本戦出場権を賭けて、全国の強豪達が集う。
開始前からすでに東日本予選を上回るレベルになるであろうと噂されていた。
その当日、大阪にやはりこの3人の姿が見せた。
「お好み焼き、たこ焼き、いか焼き、明石焼、最後にミックスジューチュ♪」
「コラ、てめえ何しに来たんだよ」
「藤本しゃん。食い倒れじゃないんれすか?」
「一生そこで逝き倒れてろ!なっちさんよぉ、こいつ置いてとっとと行こうぜ」
「そうね、とりあえず鶴橋行くべさ」
「お前もかよ!」
「あれ?美貴は食べないの?焼肉」
「アホ!行くに決まってるだろ!辻!トロトロすんな!行くぞオラー!」
「藤本しゃん、おもしろいのれす」
安倍、藤本、辻の夏美会館TOP3が焼肉を囲んでいる頃、西日本予選は始まった。
「いいのかよ、主催者がこんな所にいて」
「いんじゃない?準決勝くらいまでは」
「美味いのれす」
こんなのん気な会話とは裏腹、大阪ドームは激震に揺れていた。
『そこまでっ!!』
磨きに磨きを掛けた技に誰もが息を呑む。相手に指一本触れさせず彼女は勝利した。
洗練された和の武術がついに総合の場に!日本拳法の闘姫、前田有紀!
「ボクシング世界一はヨシザワではナイ。それを証明するわ」
南国のハワイからモンスターが来日。小さな体にサイクロンが潜む。
狙うは帰国したヘビー級王者の首!ボクシングミニマム級統一世界王者。ミカ=トッド!
「若ぇ者には死んでも負けへんわ」
安倍・飯田が頭角を現すさらに昔、女子格闘技界を暴れまわった伝説の女豹達がいた。
その最後の生き残りが復活を賭けここに蘇る。T&Cの稲葉貴子、電撃参戦!
前田、ミカ、稲葉。前評判通り、この3人が他を寄せ付けぬ実力で勝ちあがっていた。
なっち達がようやく大阪ドームに到着したときには、すでにベスト4が決定。
この3人の誰が優勝するかに観衆の注目は奪われていた。
「さ〜て、どいつが来るべさ?」
準決勝第一試合
ミカ=トッド(ボクシング)― 前田有紀(日本拳法)
準決勝第二試合
稲葉貴子(T&Cレスリング)― 田中れいな(八極拳)