小説「ジブンのみち」

このエントリーをはてなブックマークに追加
412辻っ子のお豆さん ◆Y4nonoCBLU
夏美会館オープントーナメント東日本予選。
大会の総責任者である安倍なつみは、観覧席で行く末を見守っている。
その隣にはすでに本大会出場が決まっている夏美会館空手王者、藤本美貴の姿。
そして逆隣には、安倍なつみのもう一人の片腕が腰を下ろしていた。
この1ヶ月で恐ろしい急成長を遂げた辻希美である。

「うわぁ、色んな人がいるのれす!」

日本全国から多種多様の武術家が集まるのを、辻は嬉々として眺めていた。

「雑魚ばっかり集まっても、仕方ねえけどな」

対する藤本はいつもの様にクールな感想を述べる。
二人の間で安倍は、ニコニコと出場選手達を見定めている。

「まぁ楽しみじゃん。今度はどんな子がなっちに刃向かってくるのかさ」
「どんな奴が来ても潰すから同じだ。安倍なつみを倒すのは私って決まってるからね」
「どんな子が来てもだいじょぶなのれす。ののがなっつぁんを守るのれす」

ここに微妙な三角関係が生まれていた。
なっちを倒す為、邪魔者を廃除する藤本。なっちを慕い、なっちを守る為に闘う辻。
しかし目的は違えど二人は共に同じ方向を向いている。
藤本美貴と辻希美。この二本柱を越えて安倍なつみに辿り着くことは、
もはや雲をも掴む程遠い夢物語となってしまった。
そんな夢物語に挑む新たな娘がここにまた一人。
413辻っ子のお豆さん ◆Y4nonoCBLU :04/01/12 17:35 ID:gpK/KP9v
その頃、高橋愛は修行の為山に籠もっていた。
『修行するなら山に籠もる』と紺野あさ美が強引に推し進めたからだ。
だから東日本予選の様子はラジオで聞いていた。

『一本!それまでっ!!』

実況者の大声と歓声の後、優勝者の名がラジオから流れる。
その名を聞いて、愛はトレーニングの手を止めた。
汗の張り付いた顔に笑みが浮かぶ。

「来たか」


その娘は圧倒的な強さで、名の知れた武術家達を倒していった。
オール一本勝ち。その全てが蹴り技による勝利である。
まったくの無名であったが、その正体は知る人ぞ知る摩天楼最強の娘。
全身にライト浴びて輝く彼女の姿に、裏社会の戦闘集団だった面影はもうない。

『東日本予選優勝者!柴田あゆみ!!』

純潔の赤き花が、闇の世界から光の当たる舞台に。
(約束は果たしたぞ、高橋)
東日本予選を制し、見事本戦出場を決めたのは、摩天楼で愛と互角の激等を繰り広げ、
格闘技へ挑戦すると約束を交したメロン最強の娘、柴田あゆみであった。
414辻っ子のお豆さん ◆Y4nonoCBLU :04/01/12 17:36 ID:gpK/KP9v
たった今終わったばかりの東日本予選の結果を伝える為に、あるスポーツ記者が
講道館の門を叩いた。そこでとてつもない光景を目の当たりにする。

「な、なんですか…これ」
「決まっとるじゃろ。乱取りじゃよ。一対十ではあるが」

答えたのはかつての講道館の天才、小川五郎。
視線の先では、プロレスラー、空手家、ボクサーを始めとした、
色々な格闘技で一流を極めた男達が床にはいつくばっていた。

「次っ!」

道場の中央で矢口真里が吼えると、今度は長身のキックボクサーが立ち向かう。
強烈なミドルキック一閃。それをさらに上回る動きで矢口は足を掴み取る。
ヤグ嵐!!
また一人。強靭な男が床に投げ飛ばされる。

「次っ!?」

体躯のいい男達の中でも一際目立つその巨体。身長体重共に190の力士が前に出た。
ただでさえ小柄な矢口が、並ぶとまるで小人に見える。

「ま、まさか…」

目を丸くしたスポーツ記者が尋ねると、小川五郎は髭をさすりながら言った。

「フォッフォッフォッ…投げるじゃろ」
415辻っ子のお豆さん ◆Y4nonoCBLU :04/01/12 17:48 ID:/r+1LR2w
まるで大型トレーラーの様に、巨漢力士が矢口を押し潰しにかかる。
次の瞬間。その記者がずっと信じてきた重力の法則が無視された。
ズドオォォォォォォォォン!!!

「145cm40kgが…190cm190kgを投げた…」
「矢口真里。あれはもう…天才という言葉でも片付けられぬ」

十人の男達との乱取りを終えた矢口は、休む間もなく隅で腹筋を始めた。
投げ飛ばされた格界の一流選手達は口を揃えて言う。
「今度の大会は100%、矢口が優勝する」と。

「じゃからのぅ。予選の結果等、矢口真里には関係も無いことなんじゃよ。記者さん」

今のとてつもない光景を見せられては、反論する余地も見当たらない。
どんな相手も投げ飛ばす圧倒的技のキレ。
10人の男を相手にしてまだ尽きぬ脅威のスタミナ。
国民栄誉賞という名誉を前にしても、決して過信しない飽くなき執念。
安倍なつみでもない。飯田圭織でもない。
矢口真里こそ、最強にもっともふさわしき者ではないか、そう思わせる力があった。

放心する記者を尻目に、腹筋を終えた矢口が着替えて出かけようとしていた。

「や、矢口さん、どちらへ?」
「ちょっとね。挨拶。忘れてたから」
「誰に?」
「ジョンソン飯田」