第10話「お前か!」
「辻豆タッグの入場です!」
最初に会場へ駆け込んできたのは辻希美。体中に元気が満ち溢れている。
一方の新垣里沙はやや緊張した足取りで、顔色もすぐれない。
(絶好調!やってやるのれす!)
(なんて人の数だ。こんな注目される試合なんてしたことねーよ、クソッ)
次にスポットライトが反対側の入場口を照らす。会場に静寂が舞い降りた。
「夢の師弟タッグの実現だぁ〜!!ソニンあややの入場です!!」
スポットライトに二つの影が浮かび上がると、静寂が一気に大歓声へと爆発した。
なかでも松浦亜弥への声援が際立って多い。いつものあややスマイルでそれに応える。
ソニンはさすがにベテランの風格を漂わせ笑みなど浮かべず堂々と進む。
(格の違いってのをわからせてやろう)
(へぇ〜すっごい数のお客さんだ。ちょっとやる気だしちゃおっかなぁ〜♪)
こうして四人がついに一つのリングに並び立った。
レフリーがルールの最終確認を行なう。
「フォールでの3カウント、タッグを組む2名の試合続行不能、以上が敗北条件だ」
松浦と辻はコーナーの外へ出る。リング上にはソニンと新垣が残る。
スタートは教育係同士でという暗黙のルールがあった。
「ガキしゃん!ファイトれす!」
「任せましたソニン先輩」
ゴングが鳴った。
リングの中央でソニンと新垣が睨み合う。
「足が震えているぜ新垣」
「そ、そんなことない!」
「怖いか。こんな大舞台で赤っ恥かくのが」
新垣は答える代わりに、頭から突っ込んでいった。
ソニンはそれを真っ向から受け、そのまま腰を掴んで投げ飛ばす。
すぐに起き上がった新垣に向けパンチとキックの連打。新垣はまるで手が出せない。
(なんてえ連続攻撃だ。やっぱソニンさんは私なんかが敵う相手じゃない…)
ソニンの大技、パイルドライバーが決まった。
ヒールとして技をくらう事に慣れている新垣はすぐに起き上がった。
しかしまたソニンの攻撃に反応ができない。攻撃の応酬に弾き飛ばされる。
(ガキしゃん、動きが硬いのれす…)
もう我慢できない辻はコーナーから強引に手を伸ばし、新垣を引張った。
「交代交代!タッチれす」
「辻…すまん」
「任せろれす!いっくぞーーーー!!!」
新垣と辻が入れ替わった。辻はリングに上がるとすぐさまソニンに向けて突進した。
バコォ!!
見えない角度からの強烈なソバットがソバットを吹き飛ばした。
その瞬間、会場が大歓声に沸いた。
「あややーーー!!」
松浦亜弥だった。辻がリングに上がると同時に、死角のロープに上ったのだ。
リング上のソニンしか見ていなかった辻は、何が起きたのかもわからず倒される。
倒れた辻をソニンが軽々と持ち上げた、恐るべし膂力。
「おい松浦、やるぞ」
「は〜い」
ソニンが辻の右腕を、松浦が左腕を掴みロープへと投げ飛ばした。
ロープで跳ね返ってきた辻の体目掛けて、ソニンと松浦が飛んだ。
ダブルジャンピングソバット。
小さな体に二つの足がめり込み、辻は再びロープへと飛ばされる。
そして再び跳ね返ってきた所に今度は二本の腕が迫る。
クロスラリアット。
ソニンと松浦という脅威の身体能力を持つ二人だからこそ出来たコンビネーションだった。
新旧エースの連携技が決まるたび会場が沸く。
二人がかりのパワーボムで叩き落とされた辻。
ソニンと松浦は決めに入った。
うつぶせに倒れる辻の上に乗り、右左それぞれにアームロックを掛ける。
「うぎぐぅぅぐぃううぅ〜」
激痛から漏れた辻の悲鳴。
成す術がなかった。
最初の不意打ちで脳が揺れた。
だからそのあとの連携技は、何もできない。
両腕の間接が軋む。背中に乗る二人分の体重が内臓を圧迫し呼吸もできない。
絶対絶命であった。
(ガキしゃん…)
パートナーを想った。
向こうが二人同時にきているのだから、こっちだって…
だが儚くもその想いはパートナーには届かなかった。
「だから…無理だって…」
新垣里沙はリングの外で俯いていた。
(辻を助けなければ!)
頭ではそう想っても、足の震えが止まってはくれない。
絶対的な力の差が、新垣の体からその支配を奪ってしまっていた。
2対1。
いや違う。辻希美にとってこの状況は…。
頼りたいパートナーが来てくれない不安からの精神的ダメージの深さ。
辻希美にとってこの現状は3対1なのであった。