デビューからわずか三ヶ月で、あややの名は絶大なものへと進化していた。
次々と組まれる他団体のトップクラスとの試合を、すべて勝利で収める。
実力、パフォーマンス、ビジュアル、すべてが完璧に近く、付け入る隙も無い。
もはや誰も疑わないハロプロの、プロレス界全体のエースとなっていた。
そんなあややの元へ、ソニンが武道館タッグマッチの話を持ち込んだ。
「…て訳だ。まぁ楽勝だろうけどよ」
「わかりましたぁ。ソニンさんが目立つ様に、私は控えめでいきますね」
「おう、頼むぜ松浦」
いつもの笑みで受け答え、亜弥はまたトレーニングへと戻っていった。
(まったく、困った先輩だ。勝手にくだらない話を…)
上しか見ていない松浦にとって、最下層の連中とのカードなど何の興味も湧かなかった。
TVではしきりに安倍なつみのトーナメントが持ち上がっている。
もちろん亜弥もそれを気に留めない訳がなかった。
ハロープロレスからの代表一名は誰か?
(そんなの決まっている)
亜弥は目の前のサンドバックを思いっきり叩き飛ばした。
「待ってろ」
テレビ画面に映る出場確定選手名の一つを見つめて、そう呟いた。
(愛…)
「とんでもない事になっちまったぜ」
「なに言ってんれすかガキしゃん!勝っていいんれすよ」
最下層と位置される二人は正反対の感情でいた。
新垣は溜息を繰り返し、辻はひたすら盛り上がっている。
「お前は知らねえんだよ。ソニンさんがどれだけ強いかを」
「でも、ガキしゃんだって本当は強いのれす。ののは知っているのれす」
「辻、いいことを教えてやる。私はハロプロで一度も勝ったことがないんだ。
ずっと下っ端で、ずっとヒールなんだよ。スターを輝かせる為のひきたて役なんだ」
「…」
「華も人気もまるで無いからな、当然だ」
「ガキしゃん…」
「反対にあの松浦はな、ハロプロで一度も負けたことがないんだ」
辻も頷く。松浦の試合は幾度も見てきた。彼女の試合はいつも満員。
圧倒的な華と人気、そしてその強さ。
「勝ったことのない女が負けたことのない女に、勝てると思うか?」
「勝つんれす!その為に練習するんれす!」
辻は叫び、走り出した。
その後姿を虚ろな瞳で、新垣が見つめる。
(どんなに足掻いてもな…辻)
(人には、生まれもったどうしようもない才ってのがあるんだよ)
時は疾風の様に駆け抜けた。
ソニン・松浦亜弥 vs 新垣理沙・辻希美
ついにその日は訪れる。武道館は超満員に盛り上がっていた。
大方は、ソニン松浦という新旧エースの揃い踏みに期待を胸膨らませていた。
一部コアなファンは辻希美圧巻のデビュー戦を知り、波乱を期待していた。
そしてこのカードに注目しているのは一般人だけではない。
飯田圭織の手配により、この試合は全国にテレビ中継される。
「さ〜て、おいらの獲物になるのはどいつだ?」
矢口真里も。
「よっすぃー、こないだ見に言ったプロレスの子がテレビでやってるよ」
「おおっと。あっぶねー見逃す所だった」
吉澤ひとみと石川梨華も。
「まったく飯田圭織ってのは。なっちと同じくらいおもしろいことをしてくれる」
「フン…」
安倍なつみと藤本美貴も
「亜弥〜がんばるんやよ〜」
そして高橋愛も、このテレビ中継を見ていた。
それらはもちろん夏のトーナメントの為。
ハロープロレスの代表がこの中から選出される可能性が高いという理由だ。
まもなく熱闘が始まるであろう四角いリングを見下ろす二人の姿。
ハロープロレス社長の飯田と副社長の石黒だ。
「武道館は超満員。TV放送の注目度も高い。興行は大成功になるだろうな」
「ああ」
「だがその為にこのカードを組んだのか?飯田。どうケリを付ける気だ?」
問われた飯田は、いつもどおりの無表情だ。
「ソニンと新垣の力は大体わかっている。だが松浦と辻、この二人の力は…」
「力は?」
「俺にも読めない」
石黒はひどく驚いた。あの飯田がそんな台詞を吐くことなど、過去にありもしなかった。
飯田でも、このカードの結末を推測できない。
無事に終わらないかもしれない…ハロプロを揺るがすことになるかもしれないのだ。
石黒の心に不安めいたものが湧き上がる。
だがそれ以上に、楽しみだという感情が体中を覆っていた。
そしてそれはきっと自分だけではないだろう。
―――――――――今宵、何かが起きる―――――――――――
第9話「枠」終わり