柴田との激闘を終え、愛はその場に座り込んだ。
やがてエレベータが下りてくる。笑顔の3人が戻ってきた。
「おお!勝ったか。高橋」
「当たり前や。吉澤さんこそ、ちゃんと助けたんやね」
「当たり前だ」
「アニキ、何にもしていな…」
吉澤のゲンコツで麻琴の言葉はそれ以上声に出ることはなかった。
愛は吉澤が助けた女性を見た。
(すっごくきれいな人…だけど、なんか…)
彼女も愛の視線に気付く。
「はじめまして石川梨華です。全然他人の私なんかの為に…ありがとう」
「別に、自分が来たいから来ただけや。お礼なんていらん」
「ううん、でもありがとう。あ、怪我してるわ!ごめんなさい」
「あんたが謝らんでいいって。のー吉澤さん」
「残念。怪我人を殴れねえしな。再戦はまた今度だな」
「なんや?私は別に今からでもええよ」
にらみ合う吉澤と愛を見て、麻琴は頭を痛める。
(本当にバカだ。まだやる気かよ)
不安気に見つめる石川を見て、吉澤はふっと頬を緩ませた。
「いや、やめとこう。石川さんもいるし。続きはまた次だ高橋」
「約束や」
こうして摩天楼の激闘は幕を閉じた。
行くアテのない石川を、吉澤は一緒に住もうと誘った。
この闘いできっかけを掴んだ麻琴は、柔道をさらに極めようと稽古に励む。
愛は怪我療養と更なる修行の為、一旦帰郷した。
戦士達に束の間の休息が訪れる。
それから約1ヶ月、女子格闘議界は大きな動きもなく過ぎていった。
安倍なつみが主催する夏のビックトーナメントに向けて、嵐の前の静けさである。
そんな中、ついにあの娘が動き出す。
「ダ、ダ、大ニュースです!」
畳敷きの道場に、大慌ての小川麻琴が流れ込んで来た。
声を掛けられた小さな娘はまるで聞こえていないかの様に、黙々と打ち込みを続けている。
「こ、国民栄誉賞の受賞が決まりましたよ!」
オリンピック48kg以下級、無差別級、金メダル。
世界女子柔道選手権、全階級制覇。
公式試合108試合無敗。オール一本勝ち。
かの小川五郎をして、自分より強いと言わしめた娘。
若干145cm。「柔を良く剛を制す」の体言。
「矢口さん!ちょっと聞いてますか!矢口さん!!」
「うっさいなぁもぅ。ずぅーっと聞こえてるよ」
打ち込みを止めた矢口真里は、不機嫌そうに騒がしい後輩の元へ近づいた。
「嬉しくないんですか?」
「嬉しいよ!」
「…の割りに、不機嫌ですね」
「べっつにぃ〜。彼から一週間も連絡がないとか関係ないしぃ〜」
「またっすか。男なんてシャボン玉っすよ矢口さん」
「うっさい!お前に言われたかねえや!」
「うげっ!」
矢口はあっという間に麻琴を投げ飛ばし、走り去っていった。
起き上がった麻琴は背中を押さえ呟く。
「イテテ…なんで私の周りはこんな人ばっかりなんだろ…」
男運は無い国民的ヒロイン、矢口真里。
彼女の一言で女子格闘議界が再び動き出す。
その始まりは、矢口の国民栄誉賞授与式場、まさにその場で起きたのだ。
第8話「激闘!メロン」終わり