愛の視界には吉澤ひとみの間合いが映っていた。
この間合い内に入ったらその瞬間、彼女のパンチが飛んでくる。
(間合いに入ったらやられる。だけど入らないと倒せない。どうすればいいんや?)
名案が浮かぶまで愛は避けるしかできなかった。その避けることすら並大抵ではない。
ボクシングヘビー級世界王者。
この代名詞の破壊力は想像を絶するものであった。
(まともに相手したらあかんわ。不本意やけど地の利を生かすか)
ここは武道場ではない。ただの公園だ。場所に合わせた戦い型というのもある。
愛はブランコの後ろに止まった。合わせて吉澤も止まる。
「そいつをぶつけて隙を作ろうってのか?好きにすればいいけど無駄だぜ高橋」
「好きにするわ」
予告通り愛は吉澤に向かってブランコを蹴り上げた。
吉澤は少しも動じない。逆にフックでブランコを叩き割った。
すると割れた間から足の裏が飛んで来た。ブランコの裏で愛も飛んでいたのだ!
(だから無駄…)
その飛び蹴りも吉澤のガードに阻まれ…
(えっ!違…!)
蹴りの感触があまりに軽すぎた。吉澤は気付く。靴だけが飛んで来たのだと。
視線を上げると目の前に裸足があった。もう間に合わない。
裏の裏をかき、ついに愛の蹴りが世界王者を打ち抜い…。
(あれ…?)
だが吉澤は倒れていなかった。額で愛の蹴りを受けきったのだ。
「惜しかったな」
「嘘やろ、今のでも倒れんのか。頑丈すぎやわ〜」
「一つ教えてやる。私はボクシングでも喧嘩でも倒れた事が無い。ただの一度もね」
「あーそー。じゃあ何が何でも倒してやりたくなった」
「フッ」
「なんや!馬鹿にした?」
「いや、昔お前と同じこと言ってた奴がいて。それ思い出した」
「へー」
「タイプは違うが、ちょっと似てるぜ。どっちも柔術使いだしな」
「柔術!誰?」
「知らない方がいい。安心しろ、あいつに殺される前に、私が倒してやる」
公園に西日が差してきた。二匹の野獣が夕色に染まる。
共に決着をつけるべく動き出そうとした、しかしその意思は動きになる前に止まる。
愛と吉澤、両者共に知る声が二人の耳に入ったからだ。
「アニキー!石川さんが攫われた!!」
公園入口の石段に身を預けて叫ぶ娘、小川麻琴であった。
吉澤はすぐに構えを解いて麻琴の元へ走る。
訳がわからず、何事かと愛も駆け寄った。
「攫われたってどうゆうことだよ!」
「わかんねえっす。だけどあれは摩天楼の奴らだった」
「まてんろう?なんだそりゃ?ピーマコ!お前が付いていながら!」
「すんませんアニキ。いきなりの事で、それに相手がメロンだったから」
「メロン?デザートか?」
「違いますって。裏社会では有名な摩天楼最強の4人組ですよ!」
「聴いた事ねえな。さっきの黒コートもそいつらの部下だったのか?」
「一体何者ですかあの石川って人。メロンに狙われるなんて」
「知らない。ところでピーマコ、動けるか?その摩天楼って所に案内してくれ」
「アニキ!?助けにいく気ですか?」
「彼女には貸しが一つあるんだよ」
「摩天楼は…特にメロンはマジヤバイっすよ」
「この吉澤よりもか?」
「…いや」
「決まりだな。メロンだかスイカだか知らねえが、叩き潰してやるよ」
そこまで言うと、吉澤は残念そうに愛の方へ振り返った。
「という訳で悪いな、急用ができた。続きはまた今度…」
「何言ってんやって吉澤さん。そんなの納得すると思う?」
「…」
「そのメロン、私にも食わせてや」
「フッ…摩天楼ってのはかなり危険な場所みたいだぜ」
「望む所やわ。ねえ麻琴っちゃん」
「あ、当たり前だ!足ひっぱっても助けねえぞ愛!」
夜の東京。ミダラ摩天楼と呼ばれる無法地帯と化した一角がある。
その最も大きなビルの最上階に、その4人はいた。
「石川梨華は監禁しておきました」
「オウ、これで後はあの人が来るのを待つだけか。なぁボス」
「まったく楽な仕事だったわ」
「…」
最年少でメロン一のスピードを持つ柴田。
気が強くメロン一のパワーを誇る大谷。
無口なメロンの頭脳、村田。
そしてメロン最恐最悪のボス斉藤。
この4人こそが裏社会で恐れられる戦闘集団メロン。
その強さ、凶悪さ故に、摩天楼でもすでに刃向かう者はいなくなっていた。
そんなメロンにたった3人でケンカを売ろうとする奴らが現れる。
「ここが摩天楼だぜ。アニキ、愛」
「ほーお、いかにもって感じ」
「準備はいいか?行くぜ!」
吉澤ひとみ、小川麻琴、そして高橋愛。
恐いもの知らずの3人が攫われた石川梨華を救う為、いま摩天楼に乗り込んだ!
第7話「ターゲットの名」終わり