小説「ジブンのみち」

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244辻っ子のお豆さん ◆Y4nonoCBLU
「すっごーい!プロレスっておもしろいね〜」

隣ではしゃぐ石川を見て、吉澤もなんだか楽しくなってきた。
今の試合を二人で観戦していたのだが、吉澤は勝者のレスラーに興味を覚えた。
(あの松浦っての、強いな。闘ってみてぇ)
強い奴を見るとすぐに反応してしまう、戦士の性である。
そのとき携帯の着信が鳴る。見ると麻琴からのメールであった。

「やっべ!ピーマコのこと忘れてた」

慌ててメールを開く。そこに書かれていた内容に、吉澤の目は覚める。
『アニキ、愛が外に出てきたぞ。今一緒にいる』
後藤真希を差し置いて柔術日本一を語る女、高橋愛。
石川と再会し、吉澤は彼女と闘いに来たことを失念していた。

「ごめん、ちょっと用事ができちゃったんだけど…」
「ううんいいよ、じゃあ出よっか」

石川は意外にもあっさりと我侭を承諾してくれた。
続く試合、ソニンの登場アナウンスが流れる中、二人は会場を出た。
退場ゲートには恨めしげな顔の麻琴が一人でいた。

「アニキ、ひでーっすよ。せっかく無理してチケット取ったのに…」
「悪い。今度おごるからさ。それより高橋は?」
「行っちゃいましたよ。先輩紹介するって止めたんすけど」
245辻っ子のお豆さん ◆Y4nonoCBLU :03/11/25 00:58 ID:H4gkL7Vc
「行っちゃった?どっち?」
「公園の方。ところでアニキ、この人誰すか?」

麻琴は石川を指差し尋ねた。吉澤の知り合いとは思えない程上品で美人だったから。
しかし吉澤はその問いに答えず、走り出してしまった。

「後で説明するから!彼女と待ってて!」
「えー!ちょっとアニキ!」

残された麻琴はそっと石川の顔を覗き込んだ。
寒気がする程美しい微笑みに、麻琴は何故か鳥肌が立った。

一方、松浦の試合終了と共に会場を抜け出た高橋愛。
彼女は落胆していた。リングの上で輝く親友と自分の差を感じて。
「あややコール」の中、いたたまれず会場を走り抜けた。
出口で麻琴と再会し、先輩を紹介すると言われたがとてもそんな気分ではない。
ほぼ強引に振り切り走り去った。
(来るんじゃなかった、何してるんや私)
(亜弥はちゃんと自分の道を見つけ、進んでいる。だけど私は…)
人気のない公園のすべり台に頭を当てて、愛は考え込んだ。
そのときだ…!
悩みとか迷いとか、そんなちっぽけなものを吹き飛ばすくらい強烈な…!
少しも隠そうとしない猛々しい闘気が…!

「やぁ〜〜〜っと、見つけたぜ。高橋愛」
246辻っ子のお豆さん ◆Y4nonoCBLU :03/11/25 00:59 ID:H4gkL7Vc
名を呼ばれ振り返ると、そこに一人の女が息荒く立っていた。

「誰?」
「吉澤ひとみ…って知ってる?」
「ボクシングのチャンピオン…?まさか嘘やろ」
「嘘じゃねえ。お前を捜してたんだ、何でか分かるか?」

しゃべりながら、吉澤はじわじわと間合いを詰める。

「なんとなく…分かるわ。ううん、他に思いつかん」
「お前の柔術、見せてくれよ」

ドキドキしてきた。それ以上にワクワクしてきた。愛は身構える。
吉澤がジャブを撃つと同時に、愛は腰を落とし低空タックルに入る。
世界を制したスピードと、常識外れの愛のスピードがぶつかる!
数秒の攻防の後、二人はまた間合いを取り相手を睨む。
この数秒の間にどれだけの駆け引きがあったことか。

「いきなりなんて、人が悪いチャンピオンやの」
「文句言う割には顔が笑ってるぜ」
「えっ?へへ…やっぱこれや」
「何だ?」
「これが私の道やわ」

すでに愛の中で、さっきまでの詰まらない悩みは一掃されていた。
247辻っ子のお豆さん ◆Y4nonoCBLU :03/11/25 01:04 ID:H4gkL7Vc
実に紺野戦以来となる真剣勝負に、愛のポテンシャルは最大限に高ぶっていた。
愛独特の掴みづらいテンポに吉澤は少なからず撹乱させられる。
ボクシングの世界では体験することのなかった動きだ。
すべり台の柱を使い三角飛び。宙空からの連続蹴り。着地間際の関節技。
(なるほど…高橋流柔術…おもしろい…結構おもしろいな)
(真希とのケンカを思い出してきた…)
(やっべえ…あんまりおもしろいから、本気になっちまいそうだ…)
瞬間であった。牙が剥いた。
恐ろしく強烈な右フックが愛の顔面を打ち抜いた。
公園を三回転くらい転げ飛ばされ、愛はすぐに立ち上がった。

「痛ってぇ〜」
「自分から飛んでダメージを半減させたの?やるじゃん」
「そっちこそ!全然見えんかったぞ今の」
「悪ぃな。もう我慢できねえや。本気で喰うぜ」

このとき吉澤が初めて構えた。世界を制したボクシングの構え。
と同時に、愛は今まで体験したこともないくらい圧倒的な闘気を感じた。
(イヒヒ…これがチャンピオンか…ちょっとありえんて)

「おめぇ、めちゃくちゃ強ぇな」
「降参するか?」
「したいんやけど…体がまだやりたがってるんやわ」
「ヘッ…おもしれえ奴だ。行くぜ」