小説「ジブンのみち」

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241辻っ子のお豆さん ◆Y4nonoCBLU
あややこと松浦亜弥とデビルお豆こと新垣里沙の試合。
先に主導権を握ったのは先輩の新垣であった。
新人への優しさなど微塵も感じさせない激しい攻撃に、松浦は押されていた…様に見えた。
だが徐々に、徐々に周りの者も気付き始める。
手数や繰り出す技の数は確かに新垣が多い。
なのに一つ一つの技の印象と感動は、松浦が圧倒的に強いのだ。
いつしか、彼女がデビュー戦だと思い出すものは誰もいなくなっていた。
スター。
こう呼ばれる人物は極少数ではあるが、確かに存在するのである。
同じことをしても何故かスターは人を惹き付ける。選ばれた存在なのだ。

「いっくよ〜!あややスペシャル!!」

劣勢だったあややが、デビルお豆の一瞬の隙を突いてバックを取った。会場が沸く。
そのまま力任せに持ち上げて、回転しながら豪快に叩き落す。
押さえ込んで3カウント。スーパースターあややはデビュー戦を見事な勝利で収めた。
巻き起こる「あややコール」
たった一試合で、松浦亜弥は絶大なる人気を手にした。

対して敗者であるヒールレスラーは、声援もなく通路を孤独に歩み去る。
その後を、苦虫を噛み潰した様な顔で弟子レスラーが追いかけた。
会場を出た通路で、辻希美は師であるデビルお豆を問い詰めた。

「どうしてわざと負けたんれすか!?しぇんしぇーはまだ闘え…」
「松浦は社長が売り出そうとしてるスター選手だ。
 あいつが勝つ方が会社的にも興行的にも都合がいいんだよ」
「フェ?意味わかんねーのれす」
「プロレスったって金がなきゃできねーんだよ。そんくらい分かるだろ、辻」
242辻っ子のお豆さん ◆Y4nonoCBLU :03/11/22 23:43 ID:aSWKaDbw
辻希美はさらに顔を紅潮させて、新垣を問い詰めた。
新垣はそれをひどく冷静な顔で受け止める。

「地上最強になりたくて、毎日トレーニングしてるんじゃないんれすか?」
「あ、何言ってんだお前?」
「負ける為に練習してるんれすか?」
「しょがねえよ。負けなきゃ給料もらえねえんだ」
「そんなのおかしいのれす…」
「泣くなよ。お前はまだわかんねえし。
社長に気に入られたら、松浦みたいに勝ち組に行けるかもよ」
「勝ち組?」
「まぁ飯田社長には逆らわないことだよ」

ポンと肩を叩き、新垣は控え室へと去っていた。
表現しがたい感情に辻は一人、泣きながら立ち尽くした。
教育係である新垣の実力は身をもって知っている。本当はもっともっと強いんだ。
(なのにガキしぇんしぇー、勝っちゃいけないなんて…そんなの)
会場からは未だ、勝ち続けなければいけない娘の声援が聞こえてくる。
(まぁ辻、この試合でお前にプロレスってもんを教えてやるよ)

「こんなの…知りたくなかったのれす」

(あいぼん…ののは…地上最強に…)
(あいぼん…ののの道は…これれいいんれすか?)
(あいぼん…会いたいよ)