少なくとも吉澤ひとみにとって、その再会は偶然以外の何物でもなかった。
ターゲット高橋愛を探す為、訪れたハロープロレスの会場入り口。
甲高い声をあげ、その美しき女性は吉澤の前に舞い降りた。
そう、帰国してすぐ空港前でぶつかったあの…。
この再会が自分の未来に巻き起こすものを吉澤は未だ知らぬ。
今はただ少し…その胸が鼓動を早めただけ。
「吉澤ひとみさん…ですよね。これ」
「あ!私の!」
半ば諦めかけていた財布が、意外な所から戻ってくる。
吉澤は改めて、目の前に立つ美しき女性を眺めた。
「君が拾って?まさか、わざわざ私を探してくれてたの?」
「うん、絶対困ってるって思ったから」
「あ、ありがと」
不思議な子だと思った。今まで回りにこういうタイプの子はいなかった。
お礼は述べたものの、吉澤はこの後どうしてよいのか分からず困り果てた。
「それじゃ」
すると彼女の方から去っていこうとする。
(お礼、まだしてない。一割?違う、そうゆうんじゃなくて…)
(ここで別れたら、もう一生会えない気がする…だけど)
「キャー!」
その悲鳴に、吉澤は顔を上げた。
去りゆく彼女の周りを黒コートの男達数人が取り囲んでいる。
その瞬間、小ざかしい迷いは吹っ切れた。吉澤は駆け出していた。
例えるなら稲妻。吉澤はあっという間に黒コートの男達を彼女から引き離した。
ただそこに立つその威圧だけで男達は思わず息を呑む。世界レベルの実力差。
「行くよ」
その間に、吉澤は彼女に手を差し出す。
彼女は、何処までも美しいその顔に笑みを浮かべ、吉澤の手を掴んだ。
「はい」
二人は手をとって走り出した。
倒すのは屁でもないが、彼女を巻き込みたくないから逃げた。
黒コートの男達は追うことができなかった。気迫だけで吉澤に圧倒されてしまったのだ。
吉澤は彼女の手を引いて、ハロプロ会場内へと逃げ込んだ。
流石に人目の多いこの中では、奴らも手が出せないだろうと思った。
「あいつらビビッて追ってこねえみたいだ、アハハ…」
「ウフフ…本当ね」
二人は笑い合った。まるでずっと昔から仲の良い親友同士みたいに。
「助けてくれてありがとう。私、石川梨華って言います」
「まぁ財布の恩人だし、この程度じゃまだ恩を返したって思えないかな」
「いいですよ、そんなつもりじゃ」
「まぁ私の問題だから気にしないで。それよりさ、あいつら何者?」
「え、ええっと…」
「言いたくないならいいよ。でも危ないぜ、警察行ったら?」
「…は、はい」
そのとき、二人の下へ大きなゴングの音が届く。
「やっべー!始まってる」
「プロレスですか?」
「見たことないの?じゃあ一緒に見ようか。チケットちょうど2枚あるし」
「うん」
吉澤と石川が客席に向かうと、リング上ではレスラーが組み合っていた。
アヤヤとデビルお豆の二人である。
控え室のテレビで飯田圭織が。リングサイドで辻希美が。観客席の一つで高橋愛が。
それぞれがそれぞれの想いで、このプロレスを観戦していた。
「アニキー!どこ行っちまったんだよぉ〜!」
一方、会場の外。自分の分のチケットが石川に使われたことも露知らず。
はぐれた兄貴分を探す小川麻琴の姿があったという。