小説「ジブンのみち」

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177辻っ子のお豆さん ◆Y4nonoCBLU
第六話「亜依の望み、希美の愛」

辻の夢は加護の夢を叶えることである。
加護の夢は地上最強になること。
その為だったら辻はどんな苦労もいとわない。
そうやってずっと二人きりで生きてきた。あの出会いの日から…

「おとーしゃああああん!おかーしゃああああん!おねーちゃあああああん!」

希美は齢12にして家族を失った。
小学校卒業して初めての海外旅行。初めて乗った飛行機。事故による墜落。
泣き続けた。他に何もできない。ただ、ただ声が枯れるまで泣き続けた。
どうして自分一人だけが生き残ってしまったのか?
泣いても泣いても答えなんてみつかる訳ない。
どれくらいそうしていたかわからない。精も根も尽き、涙も枯れ果てた。

しばらくすると、遠くで物音が聞こえた。
希美は立ち上がった。また聞こえた。希美はそっちに向かって歩き始めた。
女の子が一人立っていた。彼女もこっちに気付いたみたいだ。
まるで鏡を見ているみたいだった。全てを失い放心状態となった少女同士が向かい合う。

巨大な機体の残骸の上。何百という屍の上。想像を絶する様な光景の中。
辻希美は加護亜依と出会った。
178辻っ子のお豆さん ◆Y4nonoCBLU :03/11/03 15:03 ID:6PRtCbCE
悠長に自己紹介をする様な状況ではない。
お互いに絶望と迷いの中を彷徨っているのだ。
自分以外にもう一人生き残っていた。だからってどうすればいいいのだ?

やがて人間の自然欲望から二人は同じものを求め始める。
水。
喉の渇き。水分を補給しなければいけない。
言葉を交わすでもなく、二人は共に歩き始めた。
ここが何処なのかも分からない。どこに目的の水があるのかも分からない。
隣にいる少女が誰なのかも分からない。分からないことだらけだ。
分からないまま二人は並んで歩き始めた。

夜になった。未だ水の一滴すら見つからない。
眠かったけど、それ以上に喉の渇きが深刻で、とても眠れそうにない。
あれだけ涙を流してしまったことを後悔さえする。
結局、夜通し二人は歩き続けた。まだ一言の会話もなく。

歩き始めて丸一日が過ぎたとき、ついに希美は倒れた。
乾いた土が顔に張り付く。うつ伏せになって考えた。
(ろうして、こんな辛い目に合わなきゃいけないの…)
(会いたいよぉ…おかあしゃん…おとうしゃん…)
(ののも…そっちいっていいれすか…)
179辻っ子のお豆さん ◆Y4nonoCBLU :03/11/03 15:04 ID:6PRtCbCE
「起きてぇ!」

その声は天から聞こえているみたいに聞こえた。

「ひとりにせんといてぇ!起きてよぉ!」

あの女の子だった。一晩中ずっと一緒に歩き続けた名前も知らない子。
希美を抱えて泣いていた。それが希美にはまるで、自分の様に映った。
ペロッ。

「うひゃあ!」

起き上がった希美が、いきなり自分の頬を舐めたので亜依は変な悲鳴をあげた

「涙、おいしいのれす」
「エヘ…アハハ…変な子」

(もうちょっとだけ、がんばってみよう)
希美は立ち上がった。自分が死んだらこの子は一人になってしまう。
だからもうちょっとだけ頑張ろう、そう思った。
しかしこの日も、二人の前に望むモノは現れなかった。
そしてその翌日も…。
三日三晩、二人は飲まず喰わずで歩き続けた。
180辻っ子のお豆さん ◆Y4nonoCBLU :03/11/03 15:05 ID:6PRtCbCE
木の根元に二人並んで横になった。

「うちら死んじゃうのかなぁ」
「…わかんない」
「嫌やなぁ…」
「嫌れすね」
「なぁ…将来の夢ってある?」
「将来の夢ぇ?……ん〜ん、ない」
「うちはある。あった。もう叶いそうにないけど」
「なぁに?」
「死んだおとん、格闘技してたんや。全然よわかったんやけど」
「フーン」
「そのおとんが褒めてくれたん。亜依は強い子やって、いつか一番になれるて」

悲しげに語る亜依の横顔を、希美はじっと見つめた。
とっくに涙も枯れ果てたその双眸が、夢の終わりを告げていた。

「一番…なりたかたなぁ…」

この子を死なせたくない、と希美は思った。
その想いが限界をとっくに超えた希美の体に奇跡を呼び起こす。
181辻っ子のお豆さん ◆Y4nonoCBLU :03/11/03 15:22 ID:6PRtCbCE
希美は亜依を担いで起き上がった。

「うわっ!なんや!」
「行こ!あとちょっとらけ!行こ!」
「え?」
「あきらめないれ!ののも亜依ちゃんの夢を追いかけたいよ」
「…!」

(どのみちもう助からへん。それなら夢追いかけて死んでも同じか)
(この変な子につきおうても…ええやろ)
亜依も自らの足を地に踏みつけた。弱々しい笑みをこぼす。
二人は肩を抱き合い、フラフラの体を互いに支えあって、また果て無き道を歩き始めた。

それからどれくらい歩いてだろう。二人の前に澄んだ湖が姿を現す。
死の狭間で、二人は命を得た。

「そういえば名前、まだちゃんと聞いてへんかった」
「辻希美!ののって呼んで!」
「加護亜依や。あいぼんでよろしゅう」
「エヘッ」
「エヘヘヘヘへヘ」
「アハハハハハハハハハハ!!」

意味もなく二人は大笑いした。
共に死を乗り超えて初めて自己紹介なんて、なんだか可笑しくて仕方なかった。
182辻っ子のお豆さん ◆Y4nonoCBLU :03/11/03 15:23 ID:6PRtCbCE
救助隊が二人を発見したのは、それから半日後。
病院に担ぎ込まれた二人は治療よりもまず、たらふくの御飯を要求したそうだ。
それから約3年間は、二人は同じ病院と施設で過ごした。
中学卒業と同時に上京。多額の保険金を元に、二人暮らしを始める。
もちろん夢を追いかけるために。

あいぼんはののの太陽なのれす
あいぼんの夢があるから、ののは生きることができたのれす

違うで、のの。
うちは何度も諦めようとしてた。
ののがいたから、うちはまだ夢を追えてるんや。
ほんまの太陽はお前や、のの。

ありがとう、あいぼん。
あいぼんは絶対一番強くなれる。ののが言うんだから絶対!
ねぇあいぼん…
あいぼ…
あい…
183辻っ子のお豆さん ◆Y4nonoCBLU :03/11/03 15:23 ID:6PRtCbCE
「残念だが、この腕、もう完治には至らん」

夢の時計がその針を止めた。
医師は淡々と淡々と夢の終わりを告げる。

「大丈夫、日常生活に差し障りない程度には戻るよ。
 だが激しい運動は避けてくれ。取り返しのつかないことになる」

希美は亜依の背中を凝視した。
亜依はピクリとも動かない。一言も声を出さない。
だから代わりに付き添いの希美が医師に尋ねた。

「格闘技は?試合はできるんれすか?」
「試合?冗談じゃない!そんなことしたらもう二度と、その腕使えん様になるぞ」
「嘘れすよね…」
「医者が嘘いってどうなる?そうか、これは格闘技で折れたものか。
 偶然かもしれぬが、この折り方は酷いの。そうなる様に折ってある」

偶然を医師は願った。
こんな折り方が故意にできるとすれば、それはもうヒトではない。

「嘘ら嘘ら嘘らぁーーー!!!」

希美の狼狽は尋常なものではなかった。大声で泣き叫んだ。
(あいぼんは絶対一番強くなれる。ののが言うんだから絶対!)
二人の夢が、希望が、道が、消えた。