ベスト4最後の1人、加護亜依。
彼女も愛や紺野と同じ病院に運ばれたのだが、その晩意識を取り戻し
折れた腕が固定されていることを知ると、すぐに何処かへ逃げ出してしまった。
「ただいまぁ」
河川敷の小さな掘っ立て小屋、そこが加護の住まいである。
寝食を共にする相棒と二人で何も無い所から作り上げた家だ。
「おかえりなさい!あいぼん!」
扉を開けるとその相棒――辻希美が出迎える。
彼女はギブスと包帯に巻かれた加護の腕を見て目を丸くした。
「まさか、負けたのれすか?」
「アホ!負ける訳あらへん!途中で邪魔入ったんや」
「れすよね!私のあいぼんが負ける訳ないよね」
「ウワ!くっつくなて!痛いんやから!」
テーブルには、辻が作ったご馳走が所狭しと並んでいる。
加護はそれを食べながら、今日の大会の出来事を事細かに話した。
辻は本当に楽しそうにそれを聞きながら、片腕が使えない加護の為にご飯を食べさせる。
「…っちゅう訳や。あそこでなっちが邪魔せんかったら、うちが勝っとったのに」
「うん、しょうれすね。私もあいぼんが優勝らと思う」
愛くるしい八重歯を覗かせて、辻は微笑み返す。
「だってあいぼんは地上最強になる人らもん」
「せや!」
「ののはあいぼんが地上最強になる為らったら何でもするのれす」
「ほな、飯食ったらまたトレーニングや」
「れも大丈夫れすか、この腕」
「こんなん唾でもつけときゃ直んねん」
「ダメれす。あいぼんにもしものことがあったら…」
「わかったわかった、明日ちゃんと病院行くて」
「うん。ところで、それいつまで付けてる気れすか」
「あー忘れとった」
加護は靴下を脱ぐと、中から重りを取り出した。
ゴトッと音を立てて落ちる。片方3kg、両方で6kgはある。
足を鍛える為に常時これを着用していたのだ。大会の間もずっと。
「やっぱり、本気だったらあいぼんが優勝れすよ」
裸足になると、加護はピョンと身軽に跳ね起きた。
「腕が治ったらすぐあの松浦と、安倍なつみも倒したるわ」
大会翌日、安倍なつみの元にスポーツ紙の朝刊が届く。
その一面を見て、安倍なつみは顔色を変える。
乱闘で決勝が流れたとはいえ、あれだけの盛り上がりを見せ、
最後になっちとジョンソン飯田の掛け合いもあったというのに、
大会のニュースが一面にはなかった。
それを上回るビックニュースが海外から舞い込んだのだ。
『UFAボクシング女子世界ヘビー級チャンピオンに日本人女性が輝く!』
写真の中でベルトを掲げ輝く娘の顔を脳裏に刻み込む。
ボクシング世界一の称号を手にした娘の名―――――吉澤ひとみ。
「こいつはおもしろいことになってきたべさ」
安倍は朝刊を藤本に渡す。藤本はそれを一瞥する。
記事のコメントにこう書かれていた。
『ベルトは返上する。来月、日本に帰る。そこに待ってる奴がいる。
そいつと安倍と飯田を倒して、次は日本最強の称号を手にする』
記事の中で吉澤ひとみはこう語っていた。
藤本は軽く苦笑いを浮かべ、朝刊を返した。
「気にいらねえ」
病院のベットの上で愛は目覚めた。
日本一。
どんな形であれ、この称号を手にできた嬉しさは計り知れない。
隣のベットでまだ眠る紺野を起こさない様、静かに窓辺へと移動する。
冬空は青く澄み渡り、久しぶりの快晴が愛を出迎える。
すると何だか無性に叫びたくなってきた。体が動かなかった昨日の分まで。
「優勝したぞーーー!!」
最高の気分だった。
しかしその後、叩き起こされた紺野にどつかれて最低の気分になったのは言うまでも無い。
愛はまだ知らない。
未だ顔も知らぬ本当の実力者達の存在。
そしてその時は、もうすぐそこまで近づいていることも。
第五話「本当の優勝者」終わり