加護と松浦が対峙する。
「へえ、ええ顔できるやないの」
「…ね〜え?どっちがいい?」
「何?」
「一瞬で倒されるのとじわじわ痛ぶるの」
「おもろいなぁ。どっちも御免や」
加護は再びタックルに来る。亜弥は避け様としない。真正面から受ける。
だが倒れはしない。亜弥のバランス感覚は比類するものがない。
舞台中央での力比べとなった。どうやら腕力と握力は亜弥の方が強い。
しかし体重を掛けた体全体の押し合いとなると加護に分がある。
また徐々に押されていく。また場外へ突き落とす気だ。
(…ってよいのかな?)
亜弥の目が少し細まる。
全体重を掛けて、加護は今度こそ亜弥を潰すつもりだった。
勢いのまま二人は再び場外へ落ちた。
「いやああああああああああああああああ!!!」
キーの高い悲鳴が聞こえる。
少し血に塗れた、氷の瞳と形だけの笑みを浮かべて、立ち上がったの松浦亜弥であった。
加護亜依は悲鳴をあげながら床を転げまわる。
その右腕があり得ない方向にひん曲がっていた。
(殺しちゃってよいのかな?)
落ちる瞬間、亜弥は加護の腕を逆に下から掴み取った。
そして二人分の体重が腕にそのまま落ちる様に仕掛けたのだ。
場外での出来事、傍から見る観客達は偶然の事故と思った。
限られたごく一部の者達だけが、松浦亜弥の恐ろしさをその脳裏に刻み込んだのだ。
審判と専属の医師が集まり、加護の状態を診る。やがて首を横に振る。
勝負あった。これ以上試合はできない、そう判断を下した。
状況説明と勝ち名乗りの為、審判が壇上に上がる。
亜弥も勝利宣言を受ける為に壇上へ上がろうとした…そのとき。
「うおおおあああああああ!!!!」
腕が折れて苦しんでいたはずの加護亜依が突然、背中から襲ってきた。
亜弥は完全に不意をくらった。加護の体当たりをまともにもらう。
石造りの舞台と加護亜依に思いきり挟まれ、にぶい音を鳴らす。
再開の合図も無し、場外での故意の攻撃。
当然反則だ。
しかし加護は止まらない。さらにもう一回亜弥の背中へプレス。
亜弥の口から紅い液体が零れ落ちた。
亜弥はようやく視線を後ろに向ける。加護亜依という娘を睨む。
「意外と甘いわぁ、もう勝った気でおったん?」
どこまでもあどけないしかし残酷な笑みで、自分を見下ろす娘がそこにいた。
亜弥の中で何かが切れた。
「やめろ!反則行為だぞ!」
審判が間に入って加護を押さえ込む。
しかし亜弥の視界にはそんなものもう映っていない。
加護亜依しか映っていない。
邪魔する奴はみんな邪魔だ。
亜弥の放ったパンチは、加護の前に立つ審判にクリーンヒット。
審判が倒れた。それを見た周りの審判一団が慌てて止めに入る。
しかし誰も松浦亜弥と加護亜依を止めることができない。
審判員は全員が夏美会館の有段者である。それでも誰もこの二人を止められない。
「エヘヘへ〜なんや、おもろいなぁ。なぁあややちゃん」
「殺す」
亜弥のソバットと加護の回し蹴りが同時に最後の審判を吹き飛ばした。
場外乱闘を制し、再び向かい合う二人。
「これで邪魔は消えた。次はお前」
「来いや、後悔させたるで」
もうこれは試合ではない。
二匹の野獣がその牙をついにぶつけ合う。
バシィィィン!!!
「はい、そこまで」
二本の手が、ぶつかる寸前の亜弥の腕と加護の腕を掴み取っていた。
(…動かない!)
(嘘やろ…)
松浦亜弥と加護亜依、あれほど荒れ狂っていた二匹の野獣が金縛りの様に固まる。
その二本の手の主、安倍なつみが静かにそして強く言った。
「悪戯が過ぎたね、君たち失格」
腕を放すと、安倍は目にも止まらぬ速さで二人の後頭部に手刀を打った。
その一発、たったの一発で誰も止められなかった二人はあっさり崩れ落ちた。
これが武神安倍なつみ!まさに最強の二文字を冠する女である。
しかし予想外の事態に観客達のどよめきは増す。
その混乱にさらに拍車をかける様に、飯田圭織が立ち上がった。
涼しげな顔でジョンソン飯田は安倍なつみの元へと向かう。
女子格闘議界の頂点に立つ二人が、ここに並び立った!
「久しぶりじゃない、飯田」
「フン、うちのもんが迷惑かけたな」
「松浦のこと?あなた、この子このまま育てるとトンデモナイことになるわよ」
「それは俺の勝手だろう。で、どうするんだこの大会は?」
「今の試合は両者失格…となると勝者は1人しかいないでしょ」
「高橋愛か。まぁそれはいいが、なんか締まらねえ大会になっちまったなぁ」
「決勝戦がないと締まらない?そうね〜」
「主催者も退屈でね、代わりになっちの試合で締めてもいいんだけど」
「そりゃ豪勢な話だ」
「ただ相手がいないんだよね〜」
「安倍なつみの相手ができる奴なんかそういねえだろうよ」
「例えば飯田圭織とか…」
電撃が走った。
最強と最強の視線が絡み合う。
夢の頂上決戦がここで実現してしまうのかと、周囲は騒然となる。
しかし真面目だったなっちの顔がふにゃっと綻ぶ。
「なんてね」
なっちの笑顔。それだけであれほど緊張の走った空間が一瞬で和らいでしまう。
飯田も思わず笑みを溢す。性質の悪い冗談…
パシュッィ!!
加護と亜弥に放った目にも止まらぬ手刀、それを瞬時に受け止める飯田。
周囲は何が起きたのか理解すら追いつかず凍りつく。
安倍はゆっくりと手を引いた。
「さすが」
「フン、俺が今更お前の笑みに騙されると思うか」
ジョンソン飯田となっちの体内に気が満ちてゆく。
これ以上対峙していたら、本当にやってしまいそうだ。
「飯田、今日はここまでにしとこう」
「自分からきて、勝手なヤロウだ」
「さっきから後ろでものすご〜く睨んでる人がいるもんで」
「あいつか…藤本ってのは」
なっちとジョンソン飯田の対峙に一番反応していたのはこの藤本美貴であった。
自分を差し置いて最強対決なんてやらせねえ!
いつでも飛び出せる位置で、そう二人を睨みつけていた。
「それにもしやるなら、もっと大舞台じゃないとね」
「俺は別に構わんが」
「来年の夏美会館全日本トーナメントをノールール異種格闘技にしようと思うの」
「ふーん」
「せひ、貴方にも出場して頂きたいのだけど」
「安倍、お前は出場るのか?」
「もし出ると言ったら?」
「…考えておこう」
飯田圭織は向き直り歩を進める。意識を失った亜弥を石黒が担いで後に続く。
もう1人意識を失った加護亜依は、折れた腕をのこともあり病院へと運ばれた。