第五話「本当の優勝者」
「あややーー!!」
「いけー!あややー!」
会場中をあややコールが埋め尽くす。
一回戦二回戦ですでにアイドルの様な人気を得ているあやや。
とびきりのあややスマイル。派手で力強いプロレス技の数々。そして圧倒的強さ。
人気が出ない訳が無かった。
そんな中を加護は、初めて海外に来た日本人旅行者の様にキョロキョロ物珍し気に登場。
加護はここまでの二試合共に判定勝ち。地味でダラダラした戦いに人気は今ひとつ。
アウェーと呼んでいい状況であったが、加護には少しも臆した様子がない。
「ホエェ〜、ごっつい人気やのぉ」
「まあね」
ついに舞台上で向き合った加護と松浦。
のん気にしゃべりかけてきた加護に、松浦はアイドルばりの笑みのまま応える。
「その作り物の笑顔にみんな騙されとんのかなぁ?」
「おもしろいこと言うね、キミ」
「その余裕だらけの顔、変えてみたいわ〜」
「できると思う?それ」
「せやな、まずはこのあややコールをあいぼんコールに変えたろか」
「無理ね」
『はじめっ!!』
亜弥はいつもどおりのレスリングスタイルに構える。
すると加護亜依も同じ戦闘スタイルをとった。亜弥に対しレスリングを挑もうとしている。
(フリースタイルとは聞いていたけど、どうやらバカの様ね)
よりによって松浦亜弥とプロレスしようとは、バカ以外に言葉が無い。
亜弥が手を出す。その手を加護が掴む。亜弥の指と加護の指が絡み合う。
手四つ。
力比べ。格の比べあい。自分に有利な体勢へ引き込む為のせめぎ合いだ。
パワー自慢の亜弥と手四つで渡り合える娘など、それこそ頂上にいる飯田石黒ぐらい。
なのにこの小さな加護亜依という娘はまるで平気な顔をしている。
「なんやこんなもんか?たいしたことないわ」
「…」
「うちの知り合いに、もっと馬鹿力の奴いてるし」
すると加護は重心を下げて、突然タックルに入った。
亜弥も腰を落としタックルをきる。しかし加護の圧力は想像を絶するものであった。
勢いを止めることができない。倒されはしないものの後ろへズンズン押されていく。
壇上の端が近づく。しかし加護は止まらない、さらに勢いを増していく。
「落ちいや」
加護に押されて亜弥は壇上から落ちた。加護は自分の全体重を乗せて亜弥を潰す。
さらに上になった状態で殴る。馬乗りになって殴る叩くぶつどつく、怒涛のラッシュ。
「場外!!場外だ!ストップ!」
「あ、すんまへん。夢中で気付きませんでしたぁ」
ぺロッと舌を出して加護がようやく立ち上がる。その両手はもう紅く染まっていた。
あややコールに包まれていた会場中が、驚きの騒ぎに変わる。
この試合。誰もが松浦亜弥の圧勝で終わると予想していた。ところがどうだ。
亜弥はまだ起きてこない。場外で仰向けになっている。顔を腫らし出血すらしている。
「あの加護ってやろう、とんでもねえ奴だな」
藤本が声を抑え漏らした。隣にいる安倍なつみは応えない。
高橋紺野の試合後から無言が続いている。藤本には安倍が何を考えているか分からない。
安倍が聞いていようがいまいが藤本はしゃべる。言わなきゃ気が済まない性質なのだ。
「遊んでやがった…今までの試合」
場外でのことなのでダウン扱いはされない。しかし見ている者にはそんな理屈は通じない。
「松浦亜弥が加護亜依に倒された」という目に映った事実が全てだ。
亜弥はその手で顔に付いた血を拭った。手に付いたベットリとした血を確かめた。
何故かその口元には笑みが張り付いている。
さっきまでのアイドルレスラーの笑みではない。もっと何か違う笑みが…。
「起きたぁ?早よ続きしようや」
加護はふてぶてしく壇上で亜弥を待つ。ようやく起き上がった亜弥は静かに壇上を上る。
亜弥のソレを知るのは、控え室で眠る愛を除けば石黒彩1人しかいなかった。
そして石黒は亜弥のその変化に気付いた。
「まずい!同じだ…あのときの顔と殺気」
かつて愛と亜弥が対決したときに亜弥が見せた殺意の本性。
アイドル的表面に隠された、限りなく危険極まりない裏あやや。
その恐ろしさは同じ志を持つ親友を平気で殺そうとする程の…。
「止めなきゃ!」
石黒は立ち上がった。このままほっといてはどうなるか分からない。
TV放映すらされているこの大舞台で、トンデモナイ事件を起こす事も在り得る。
(まだ間に合う。試合を止めるんだ)
しかし、駆け出そうとした石黒の腕を掴むものがった。
ジョンソン飯田であった。いつもの冷静かつ凶暴な瞳を開かせている。
「やめろ石黒」
「だけど止めなければ!松浦は相手を殺してしまうかも…」
「構わん」
「な…!」
飯田の瞳が鈍く光った。その視線は確かに亜弥を捕らえている。