1 :
名無し募集中。。。:
久々の長編小説。
【エピローグ】
亀井絵里の元に一通の手紙が届いたのは、それから二週間後のことであった。
送り主の名前を見て、絵里は屈託の無い笑顔を覗かせた。
彼女にとって人生そのものを変えてくれた恩人である。
手紙の内容はその人物からの催促であった。
「まだ入院中だっつーの」
ベットの脇に手紙を放り投げると絵里は悪態をついた。
本当に懲りない人だと絵里は溜息をつく。
テレビの横には一本だけビデオテープが置いてある。
さゆみが持って来てくれた、伝説となったあの決勝戦のテープだ。
何となく再生してみた。もう何十回と見た光景がそこにある。
地上最強の称号を掲げキラキラと輝く者。
(この人に勝ってみたいな)
絵里は投げ捨てた手紙を拾い直した。
保田圭に相談しようか迷ったが止めることにした。あの人も望まないだろう。
(自分の道は自分で決めろ…これが私の道かな?)
その日、絵里は医師に退院を申し出た。
検査の結果、全治三ヶ月の重症がすでにほぼ完治していたことに医師達は感嘆したという。
「ありがとうございました」
絵里はお礼を言って病院を後にした。行き先はもう決まっている。
【完】
第一話「宇宙一強いプロレスラーより」
緑葉が色付き始める季節――秋。
この頃になると高校の進路相談室では、毎日の様に同じ光景が見られる。
進むべき道に悩む生徒と、親身になって相談になる教師。
進学か?就職か?人生最初の分岐点といっても良いだろう。
「格闘家になるんです」
その女生徒はいたって真面目な顔つきでそう言った。
担任の教師である岡部はポカンと口を空けたまましばらく固まった。
生え際の後退しつつある額をポリポリかきながら、やがて岡部は苦笑を浮かべる。
「あのなあ高橋、ここがどこかわかってるやろ」
「進路相談室」
「そやって。なあ高橋。先生も忙しいんやわ、真面目に答えてや」
「先生、私は真面目やよ」
高橋と呼ばれた女生徒は、度の強い訛りで顔色一つ変えず答えた。
(変な子や)
結局、高橋は進路希望保留という形でその日の面談を終えた。
岡部は汗の混じった額をかきながら、次の生徒を呼んだ。
「あややの希望は日本一強いプロレスラーですぅ」
岡部の顔も引きつってきた。
(最近の女子高生はこうなんか?俺が歳なんか?)
満面の笑みを輝かせて希望を語る女生徒に、岡部は説得を試みる。
「松浦よぉ。お前は成績もそこそこだし、顔もいい」
「ありがとうございます」
「なんでプロレスだ?」
「強くなりたいじゃないですか!ジョンソン飯田みたいに!」
ジョンソン飯田―――今や日本に知らぬ者はいない女子プロ界の大スター。
松浦の顔には何処にもふざけた様子が見て取れない。
岡部は溜息をついて、進路相談の終了を告げた。
松浦が進路相談室を出ると、廊下にしかめっ面の高橋が待っていた。
「聞いたよ。あんたが日本一なら、私は世界一の格闘家になるんやって」
「ベーだ。じゃああややは宇宙一のプロレスラーになるもん」
「宇宙にプロレスなんてないわバカ!」
「やる気?」
「やるか?」
松浦が腰を落とす。重心を前に乗せ両手を軽く開き前に出す。
高橋も腰を落とす。こちらは重心を後方にやや半身の構え。
一瞬の間の後、松浦が低い姿勢のままタックルに入る。
それを高橋が右手で裁き、左足で松浦の側頭部目掛けてミドルキックを放つ。
松浦は腕で頭部をガードし、そのまま高橋の足を掴み取り、引っ張り倒す。
その流れに逆らわず高橋は自ら回転し、松浦の腕に足を絡めようとする。
腕ひしぎ十字固め。
完全には決まっていない。松浦は高橋の上になろうと動き続けている。
高橋も高橋で腕を放すまいと必死に、体の位置をずらし続ける。
「コラァ!廊下で騒ぐなっ!!」
「は、はいー!」
進路相談室から出てきた岡部教官に一括され、勝負はおあずけ。
柔術とは柔道や合気道の原型となった武道である。
柔術にも様々な流派が存在する。
高橋流柔術は戦国時代に開祖高橋堂狆にて生み出された実践武術である。
投げたり関節を決めるといった組技だけでなく打撃にも重点を置いている。
高橋愛の父が現在の高橋流32代目当主であった。
32代目は男子に恵まれなかった、愛という娘が一人いるのみであった。
そういう訳で高橋愛は幼き頃より自宅の道場にて高橋流を学ばされてきた。
ところがこの娘、才があった。
技を教えれば面白いくらいに伸びる。めきめきと腕をあげてゆくのだ。
32代目は喜んで、様々な技を愛の体に叩き込んだ。
そして事件が起きたのは愛が12歳の時。
「お父さん、お手合わせしてもいい?」
まだ中学校に入学したばかりの娘がそう申し込んできた。
これまで練習組み手は幾度も相手したが、試合形式でぶつかることはなかった。
どれ、少し揉んでやるか。そういう気持ちで32代目は愛の相手を受けた。
気がつくと天井が見えた。まだ12歳の娘によって仰向けに転がされる自分がいたのだ。
しかも愛は全力ではなかった。恥や悔しさを通り越して、32代目は己が娘を尊敬に思った。
翌日、32代目は現役引退を表明した。
高橋流道場には、その武術体系を学びに様々な格闘家が訪れる。
まったく無名の放浪者から、時には名の知れた一流ファイターまで。
石黒彩はその後者であった。
石黒はジョンソン飯田の興したハロープロレスの看板レスラーだ。
若手時代には飯田とタッグを組み、様々な団体を相手に暴れ回った猛者である。
そんな石黒までもが高橋流を学びに道場の門をくぐってきた。
彼女はプロレス界でも異端児であり、より真剣を好んだ。
ここで柔術を学ぶことは、いずれ総合系に挑む為の布石だという。
愛の父が石黒に柔術を教える代わりに、愛は石黒からレスリング技術を学んだ。
「愛ちゃん、いいねぇ。高校出たらうちに来ないか?」
「いやや」
「残念。金の稼げるレスラーになりそうなのに…」
石黒も高橋愛の才に興味を覚えた一人であった。
このとき高橋愛15歳。
すでに道場生はおろか外部から来る格闘家でも、愛に勝てる者はほとんどいなかった。
石黒と、伝統派空手の学生チャンピオンの男くらいであった。
愛は退屈していた。石黒も学生チャンプも強いが、大人である。
自分と同じ年頃で遠路なく思いっきりぶつかり合える相手を欲していた。
高一の冬、クラスに転入生がきた。
その子が教室に入るなり、男子から歓声と溜息が湧き出た。
とてつもなく可愛い子だった。その辺のアイドルなんか霞んでしまいそうなくらい。
福井の田舎の高校がたちまちお祭り騒ぎになった。
男子も女子も美少女転校生を囲み、あっというまに学校の人気者となった.
でも、なかには悪いことを企む奴もいる。
俗に不良と呼ばれる連中、こんな田舎の高校にだってチラホラいる。
「たまんねぇっちゃ、あいつ」
「おう、お前等、ちょっと呼んで来いや」
愛は転校生が不良どもに校舎裏へ連れ込まれる所を、偶然目撃してしまった。
(やれやれ…)
格闘は好きだが、暴力は嫌い。特に明らかに自分より弱い相手への暴力は。
だがら愛はそういう素人の不良連中とは、これまでなるべく絡まない様にしていた。
けれど、こんな場面を目撃してはそうも言ってられない。
転校生に特に義理もないが、さりとて見て見ぬ振りも目覚めが悪い。
それなりに正義感の強い愛は校舎裏へと向かった。
そこで見たもの…
「止めて下さい!」
「いいじゃねえか、ちょっとぐれえよ」
「暴力振るう人には手加減しませんよ!」
「ハァ?」
次の瞬間、美少女転校生の体が体格の良い不良の後ろに回っていた。
愛は目を見張る。信じられないスピードだった。当然不良には何が起きたか理解できない。
身長150台の女子が、180の男子をあっという間に投げ飛ばしたのだ。
不良は後頭部を地面にうち悶絶している。
鞭で叩かれた馬の様に残りの連中も転校生に向かって襲い掛かってきた。
しかし一分とかからず、その美少女転校生は不良グループ全員を倒してしまった。
転校生は息一つ乱さず、立ち上がった。そして愛に気付いた。
「あ〜〜見られちゃった?先生には内緒にしてくれる?」
「うん」
「良かった。話のわかる人でぇ」
転校生がそのまま立ち去ろうとしたとき、愛はそれを遮る様に構えた。
「その代わり、もう一度見せてや。今のやつ」
校舎裏に一陣の風が舞う。
高橋愛と転校生は向かい合ったまま、相手を見つめていた。
自分が何をしているのか、愛は自分自身に戸惑いを覚えた。
しかし体中が喜びと興奮に満ちているのが分かる。探し求めていたモノを見つけた感じ。
「見たいの?今のを?あなたの体を使って?」
「それでええ」
「おもしろい子。あなた名前は?」
「高橋愛。柔術とか色々やってるんや。あんたは?」
「松浦亜弥。いずれ日本一のプロレスラーになるんで、よろしく〜」
「よろしくね」
よろしくねの「ね」の音と共に、初対面の二人は同時に飛び出した。
しかし二人の手と手が重なり合おうというとき、校舎の向こうから人の話し声がした。
高橋と松浦はまた同時に停まった。
「転校早々、停学なんてやだよ」
「私も御免やわ」
「逃げろ」
二人は一緒に走り出した。これが高橋愛と松浦亜弥の出会いだった。
高橋と松浦はすぐに仲良くなった。
格闘技という共通の話題と夢も持っていたからだ。
松浦は小学校中学校とレスリングクラブに所属していた。
関西の大会中学生の部で優勝経験もあるらしい。
ところが、転校してきた福井のこの高校にはレスリング部など存在しない。
「じゃあ、うちの道場来ねや。現役のプロレスラーさんもいるよ。石黒さんっての」
「うそぉー!石黒さんってハロープロレスの!?私、大ファン!行く行く行く!」
という訳で、その日から松浦も高橋流の門下生となった。
しかし柔術はほとんど学ぼうとせず、もっぱら石黒にくっついてばかりであった。
石黒も松浦を可愛がった。高橋と違ってプロレスラー志望ということもある。
「松浦。高校卒業したらすぐうちに来いよ。私が社長に紹介するから。」
「はいー!絶対っすよ!」
「お前なら間違いなくハロプロの看板レスラーになるぜ!」
「なります!」
「愛ちゃん、ありがとな。いい子紹介してくれて。今度おごるわ」
「えへへへ〜よかったねぇ〜あやや」
「うん!」
高校三年の夏休み。ある日、高橋と松浦は石黒からチケットをもらった。
大阪でハロープロレスの大きな興行があり石黒も参戦するという、そのチケットだ。
二人は旅行がてら、福井から電車で大阪へ出た。
特に松浦は電車の中でも興奮しっぱなしで、抑えるのに高橋は苦労した。
「クロエ石黒」それが石黒のリングネーム。
派手なコスチュームに派手な技の数々で、クロエ石黒は観客達から歓声を浴び続けていた。
「ねえ見た見た愛?今のチョークスリープ最高!キャーキャーキャー!」
「見てるって!コラ!痛い痛い痛い!技かけんなって!亜弥!痛いって!」
「キャー!でたー空中殺法!美しすぎるぅ!彩さんサイコー!」
「(もうこいつとはプロレス観に行かん)」
対戦相手の外人ヒールレスラーを押さえ込み、3カウント勝利。
ライトを浴びて輝く彼女の姿は、普段道場で見るお姉さんとはまるで別人の様に映った。
「ねえ、愛。あややもあんな風になりたいんだ」
「…うん」
光り輝く四角のマットを見つめる亜弥の顔が、愛には不覚にも輝いて見えた。
(私はどうだろう?私は何を目指しているんだろう)
愛はその疑問をそっと胸のうちに秘め、会場をあとにした。
帰り道、辺りには二人と同じ興奮冷めやらぬ観客達がいる。
ふと愛の耳に騒がしい声が入る。体躯の良い三人組の男だ。
「つまらへんかったなぁ。所詮プロレスなんお芝居やんけ」
「ほんまや。二分でカタ付く勝負をダラダラ延ばし取るだけやないか」
「まぁまぁわいらの空手と同じにしたらあかんて。所詮格闘技やあらへん…」
三人とも明らかに鍛えていると見える体つき、どうやら空手をかじっているらしい。
マズイと愛が思ったときにはもう遅かった。亜弥はもう三人の前に立ち塞がっていた。
「訂正して下さい」
「なぁんやぁ?かわいい姉ちゃん?」
「プロレスがお芝居じゃないってこと!格闘技じゃないってこと!訂正して下さい!」
亜弥がプロレスを馬鹿にされて黙っている性格でないことを、愛はよく知っていた。
しかしいくら何でもあんな男三人も相手にするのは無茶過ぎる。
三人組が油断している隙をついて、愛は一人の後頭部に手刀を入れ気絶させた。
同時に亜弥は真ん中の男の足を取り転ばし、チョークスリープで眠らせた。
残りの一人が目を丸くしながら空手に構える。だがもう遅い。一対二なら相手じゃない。
愛が引き付けている隙に、亜弥がプロレス技で最後の一人も絞め落とした。
「逃げるよ亜弥!」
「まだあいつらが訂正してない!」
「馬鹿!もう十分でしょ!警察来るよ!」
愛は亜弥の手を引いて、人ごみを物凄い速さで駆け抜けた。
空手崩れの男三人が女子高生二人に秒殺される場面を見た群衆は、
プロレスの興奮もどこかへ消えた顔で、ポカンと二人の消えた方を見つめ続けた。
「ハァハァハァ…ここまで来れば大丈夫かな。もう亜弥ったら無茶しすぎやって」
「だってあいつらが…」
「ほっとけばいいやろ。巻き込まれるこっちの身にもなってや!」
「手を貸してなんて頼んでないわ」
「何やその言い方!私いかんかったらどうなってたともう?」
「私は愛より強いから、大丈夫ですぅ」
そのセリフに愛はカチンときた。冷静のタカが外れる。
繁華街の路地裏、気がつくと二人は睨みあっていた。
「いつから亜弥が私より強くなったって?」
「あら、最初からよ」
新スレおめ
ていうか新作おめ
今度はプロレスか まずは新スレ&新作乙おめ
23 :
名無し狩人:03/09/15 22:39 ID:1SQb45XP
新スレオメ!
辻豆タンの新作期待するにょろよ!
帰りの特急電車の中、二人は終始無言だった。
地元の駅に着いても何も言わずにそのまま別れた。出会って一年半、初めての喧嘩だ。
実を言うと前から思ってた。どっちが強いのかってこと。
互いにそのことを避けていたふしがある。でもいつか必ずぶつかる。
レスリング、柔術、スタイルは違えど同じ格闘家という道を歩んできた者同士。
避けては通れない出来事、それがたまたま今日起こっただけのこと。
単純にして究極のこと。『私とあんたのどっちが強いか?』それだけのこと。
それから二人は顔を合わすたびにピリピリとしたムードに変わった。
どっちが強いかなんて試合ってみればいいだけの話である。
しかし両者によほどの差がない限り、ルール、場所、体調…それらに結果は左右される。
互いになかなかきっかけが掴めずにいた。
そんな感じで季節は流れ、高校卒業後の進路を考える時期となったのだ。
松浦は石黒の誘いでハロープロレスに入団することが決まっている。
ハロプロの本部は東京にある。つまり松浦は卒業と同時に上京することになる。
「決着つけるなら、卒業までにってことか…」
落ち葉の積もる帰り道にて、愛は一人呟く。
高校最後の冬が訪れようとしていた。
いつもの様に道場でトレーニングをしていると珍しい人がやってきた。
「石黒さん!」
「よっ、愛ちゃん、元気してたか」
石黒彩だ。夏場から全国巡業を続けていた為、道場に顔を出す機会も減っていた。
久しぶりの再開に愛は心から喜んだ。
石黒は愛の父や他の門下生達にも顔を出し、また愛の元へ来た。
誰かを捜している顔つきである。誰かは分かっている。
「亜弥なら来ませんよ。最近は別のジムでトレーニングしてるみたいやし」
「ふぅん。なんだお前ら喧嘩でもしたか」
「え、いや…あの…」
「アハハ悪い悪い、実は亜弥に相談されてたんだ。愛ちゃんとのこと」
「え!」
「愛ちゃんはどうなん?亜弥と闘る気はあるか?あるなら私が立ち会ってもいいぜぃ」
「あります!」
愛は即答した。自分でも驚くぐらいの反応であった。
その答えを聞いた石黒は満面の笑みを浮かべ、OKと指で合図した。
それから一週間後、ハロープロレスの道場一つを石黒が借り、三人は集まった。
愛は高橋流柔術の稽古着を着て、亜弥はレスリングのコスチュームでそこに立った。
二人以外にいるのは審判役の石黒彩のみである。道場は静まり返っている。
妙な空気だと愛は思った。
これから目の間にいる亜弥と殴り合うのである。
喧嘩はしていたが嫌いな訳ではない。こんなに気の合う友人はいないとさえ思っている。
しかし絶対に負けられない。負けたら自分の人生が終わるくらいの気持ちがある。
それは亜弥も同じだろう。しかもこれからお世話になる石黒さんが見ているのだ。
体が震えてくる、怖くて仕方ない。
だけど怖い以上に全身を震えさせる気持ちがある。喜び。
幼き日から磨き上げてきたものを、全力でぶつけさせてくれる対等の相手。
ずっと望み続けたものがそこにあるのだ。嬉しくて嬉しくて堪らない。
愛は笑みを浮かべた。亜弥も笑みを浮かべた。
「ルールは特に決めない。常識の範囲でな。ヤバイと思ったら私が止めるから」
石黒が話す間も、愛と亜弥はずっと互いを見つめ続けていた。
最強を目指す女子高生二人の喧嘩の開始が、今石黒の口から告げられた。
「はじめっ!」
それは壮絶な闘いであった。
現役女子プロレスラーとして幾多の激闘を経験してきた石黒さえ冷や汗を浮かべる程。
(このガキども、何時の間にこんな…)
(本気で頂点目指す気か?)
愛の拳が亜弥の顔を殴る。
亜弥の足が愛の脇腹をえぐる。
愛の肘が亜弥の右肩を叩く。
亜弥の手が愛の頬を飛ばす。
二人はもつれあってマットに転がる。グラウンドの攻防に移る。
8本の手足が生き物の様に絡み合う。
互いに相手の手の内は知り尽くしている。なかなか決めきれない。
転がる内に体が離れる、二人は同時に立ち上がり後方へ飛ぶ。
愛と亜弥は再び正面から睨みあった。
「ハァハァハァハァハァ…」
「ゼェゼェゼェゼェゼェ…」
二人の顔にはまだ笑みが浮かんでいた。
これやって、これがやりたかったんやって。なぁ亜弥もそうやろ。
嗚呼、勿体無い。なんで喧嘩なんかしてたんやろ。もっと早くこれをやってたかったの。
楽しいわ、最高やって。真剣勝負。う〜ん、いい響きやわぁ。
ほら来ねや亜弥、まだ始まったばかりやよ。
おっ、すっごいタックル。こんなの正面から受けたらあっちゅう間に終わってまうわ。
そうはさせないよー。まだまだ終わらせるもんか。今度はこっちの番やって。
ほら、どや、このコンビネーション。普通の人やったらこんなの受けられんよ。
うわー凄い、そうやって避けるんか、さすが亜弥ちゃんやわ〜。
ああぁ…なんか気持ちよくなってきた。痛いのに変やの。
血が流れすぎてんか?ほら、亜弥ちゃんもほっぺた真っ赤やよ。
ごめんね可愛い顔そんなにして、もしかして私もそんな顔になってんの?
これでも亜弥が来るまで学校一の美人言われてたんやよ。
いやいや、亜弥が来た後でも言われてるんやけど。
そんな美人さんが何してるんやろな。お互い顔腫らしてね。
いやいや、これがやりたかったんやって、何言ってんの。
でもそろそろヤバクない?うわぁその間接本気で痛いんやけど…もうダメ。
いやいや、反対の足をこうやって絡めてこうすれば抜けるよ、どうや!
お返しやって、この技知らんやろ。高橋流の腕十字やよ。私とお爺ちゃんしか知らんもん。
ほらほら、決まるよ。決まっちゃうよ。亜弥の間接取れちゃうよ。私勝っちゃうよ。
プツン…
切れた?
何が?亜弥の腕?ううん、私はまだそこまではしてないよ。じゃあ何の音?
指?指が私の顔に向かってくる?亜弥の指?うわっ…
ちょっと待ってよ、今のはなんやって。思わず技解いてもたが…。
もし指が目にでも入ったらどうするんやって、失明してまうがの。
そこまでする約束じゃないでしょ、いや約束はしてないけど。
…って、亜弥!亜弥!聞いてる?
ねえ亜弥?あなた本当に亜弥なの?亜弥ってそんな顔だったっけ?
あの音がしてから何かおかしくない。あれは亜弥の中の音だったの?
何か変わったの?
ねえ気付いてる亜弥。貴方が今私に向けて放ってるそれ…
殺気だよ。
私達は友達で、喧嘩したりもするけど、でも同じ志持ってて。
この闘いだって「どっちが強いか」ってそれだけ決めればいいものよ。
殺すとか殺されるとか、そんなんじゃないでしょ。
そんな顔辞め…来た!凄い!早い!強い!亜弥!凄い!これが本当の亜弥!?
私が起こしたの?ヤバい!やられる!ちょっと…うわっ…コノ!亜弥!ヤバい!
ヤバい…楽し…
ドンッ!!
愛が我に返ったとき、亜弥は石黒に後頭部を打たれ倒れていた。
勢いの止まらない愛も、石黒に額を押さえ込まれ強引に止めさせられた。
「そこまでだ。常識の範囲って言ったろ」
「…ハァッハァッ…ハァッ…」
「世話になってる道場の娘とハロプロ期待のホープに、殺し合いなんてさせられねえし」
「……ハァ……ハァ……」
「今日は勝負なし。ほら、血拭きな」
急に力が抜け、愛はその場にへたり込んだ。
もう立ち上がることもできないくらい疲れていた。全身に痛みを感じる。
仰向けに寝転がり、闘いの記憶を断片断片拾い上げる。
(怖かった…亜弥が私を殺すくらいの勢いできた)
(でももっと怖いのは…それを楽しいと思った自分がいたこと)
(あの先にいる亜弥をもっと見てみたいって思ってたこと)
(私、やっぱちょっと変なんかなぁ…)
(亜弥が目を覚ましたら謝ろう…喧嘩してたこと)
(そして言うんや)
(またやろうね今日の続き…って)
緑葉が色付き始める季節――秋。
この頃になると高校の進路相談室では、毎日の様に同じ光景が見られる。
教師岡部は薄くなりかけた額をポリポリ掻きながら、次の生徒を呼んだ。
絆創膏だらけの顔が入ってきた。
「高橋どうした?かわいい顔が台無しやぞ」
「ちょっと階段で転んでしまって」
「お前ら転びすぎやって。松浦も同じことゆうてたわ」
「エヘヘ…」
「まあええわ。それで、志望の方は決まったんか?」
「はいっ」
「真面目やろなぁ?」
「私はいつも真面目ですよ先生」
「ほんならゆうてみ、進学か就職か?」
「はい」
「宇宙一強いプロレスラーより強い格闘家です!」
第一話「宇宙一強いプロレスラーより」終わり
更新乙です
ほしゅ
保
ほしゅ
保
第二話「なつみかん」
雄大なる北の大地を、少女はただひたすらに走り続けた。
北海道の冬は早い。秋といえど既に白い綿毛がちらついている。
土の上に舞い降りた粉雪に少女の足跡が何処までも続く。
一定の歩幅、一定の息遣い、一定のスピード。
黙々と、しかし止まることはなく少女は走り続けた。
景色は白い。吐く息も白い。少女が身に付ける物までが白い。真っ白な胴着であった。
胴着の下は薄手のTシャツを一枚着ているだけである。足は素足。
寒空の中、その様な出で立ちであるにも関わらず、少女の体は熱気に満ちていた。
だがその熱気は外部へギラギラと放たれるものではない。
内部に押し潜め静かに燃え上がらす…その様な何とも言えぬものであった。
そんな熱を奥底に秘めたまま、表情ひとつ変えることなく、少女は走り続けた。
少女の名は…
「たのもー!」
裾の破れた柔道着を纏った娘が、荒々しく高橋流道場の門を叩く。
その風貌と言動に、松浦亜弥は思わず吹き出しそうになった。
(イマドキこんな時代錯誤な子がいるんだぁ〜)
「ここで一番強い奴と勝負させろ!一番強いのは高橋愛だろ!高橋愛はどこ!?」
荒々しく吼える娘の対処に、道場生たちは戸惑う。
愛とその父は今、親交の深い他流派に出稽古に出ている所だった。
門下生も多くが同行している為、道場には亜弥を含めた少数の門下生がいるのみであった。
仕方がないと、留守を預かる者では一番年長の男が柔道着の娘に説明を始めた。
「師範と愛さんは外出中ですが」
「なんだと!私はわざわざ新潟から出てきたんだぞ!ふざけんな!」
「ふざけてるのはそっちじゃな〜い?」
「誰だ!」
「勝手にやってきて、一人で騒がないでよ。なんなら私が相手しようか?」
脇から口を挟んできた亜弥に、年長の男が心配そうな表情を見せる。
「亜弥ちゃん」
「平気、平気、私に任せて♪」
「いやそうじゃなくて、相手に大怪我させて問題にでもなったら師範に…」
「ああ、そっちの問題ですか。大丈夫、手加減しますんでぇ〜」
柔道着の娘がギロリと鋭い眼差しを亜弥に放つ。
負けじと亜弥も余裕を含んだ笑みで、柔道着の娘を見下ろした。
「あんた間違ってる。ここで一番強いのは愛じゃないよ。わ・た・し」
「誰だお前!?」
「人に名を尋ねるときは自分から先に名乗ったら?」
「小川麻琴!今日は高橋愛に昔年の借りを返しに来た!」
「ふうん。残念だけどそれ無理っぽいよ。この私に会っちゃったから」
小川と松浦の間に張り詰めた緊張が走る。
門下生達は動きを止め、二人の行く末を見守っていた。
先に動いたのは小川であった。
(速くはない。柔道だから襟を取りに来るのかな?)
亜弥は腰を落とし、じっくりと小川の動作の観察に徹した。
と、襟を取ると見せかけた小川の手が突然拳を握る。亜弥は咄嗟にガードを作る。
間一髪ガードが間に合う。遅ければ完全にヒットしていた打撃だ。
(なによこいつ!?柔道じゃないの?)
さらに小川は殴る。そして蹴る。どれも上手い。
柔道家が一朝一夕に覚えた打撃ではない、長年慣れしたんだ動きをしている。
(調子に乗るな!)
亜弥はガードを固めたまま隙を見てタックルに入った。
すると小川は拳を解く。向かってくる亜弥の足に自分の足を絡めとった。
内股。
今度は見事な柔道技だ。常人離れしたバランス間隔を持つ亜弥でなければ倒されていた。
後方へ飛び間合いを造り、亜弥は小川の顔をもう一度睨んだ。
「なんだ。雑魚っぽい顔のくせに強いんじゃん」
「誰が雑魚だ!私は越後の虎!高校柔道No1の小川麻琴だぞ!」
「越後の虎?センスないネーミング。まあいいわ手加減はやめてあげる」
「強がりはそれくらいにしな。お前も喧嘩柔道の餌食だ」
「喧嘩柔道…なるほど、そのままね」
亜弥の気が変わった。小川はそれを空気で察知した。
早い。さっきのタックルとはまるで別の動き。小川は横に避ける。
避ける速さ以上の速さで、亜弥は小川の後ろに回りこんでいた。
必殺バックドロップ。
技を防ぐため小川は足を絡める。二人は同時に崩れ落ちる。
落ちると同時にポジションの奪い合い、柔道の寝技とプロレスの寝技。
(打撃はまあまあだったけど、こっちはまだまだね…)
グラウンドでは亜弥が一枚上手であった。
執拗に腕を狙う亜弥を、小川は体力と気合で逃げ回る。
だが体力でも亜弥は負けていなかった。そして腕を…取った。
「はいおしまい。ギブアップは?」
「誰がするか!まだ終わってないぞ!」
完全に腕を決められた状態でも小川は負けを認めようとしない。
亜弥がもう少し力を込めたら折れてしまう。
(めんどくさいなぁ…ほんとに折っちゃうか?)
亜弥がヤバイ考えを頭に持ったとき、道場入り口からあの訛りが聞こえた。
「はいはい〜そこまでやよ〜」
ちょうど出稽古から帰ってきた愛は、亜弥と小川の試合を収め二人を自室へ呼んだ。
「ひさしぶりやね、まこっちゃん?今日はどうしたの?」
「愛に借りを返しに来たってさ。まぁ私が代わりにシメておいたから安心して」
「誰がシメただコラ!あんなんで勝ったと思うなよ、てめぇ!」
「強情な子ぉ〜。何処をどう見ても疑い様ないくらいあややの勝ちだと思うけど」
「やるか!?もいっぺんやるか!?このサル顔!」
「……ほんとに折っとけばよかった」
「ほらほら喧嘩はそこまで!もー」
愛は二人の間に入り、距離を作る。
亜弥はツンとおすまし顔、小川麻琴は未だ興奮冷めやらぬ様子であった。
なんとか話題を曲げようと、愛は小川との思い出話を始めた。
「それにしてもマコっちゃん、ひさしぶりやわ。いつ以来やろ?」
「チッ!やっぱり忘れてやがる。でも私は忘れていない。今日で1344日目だ」
「(そこまで覚えてる方が以上だと思う)」
「何か言ったかサル!それくらい私にとってこいつからの敗北は重かったんだ!」
「…の割にはあっさり私に負けたね」
「ワーワーワー!人の部屋で喧嘩せんといてー!」
柔道は元々柔術の一流派である。
江戸時代末期から明治維新にかけて、嘉納治五郎という男が
天神真楊流柔術と起倒流柔術を中心として柔道の体系を作り上げた。
後にオリンピック種目にまで認められる講道館柔道である。
昭和の初め、講道館に一人の天才が生まれる。
小川五郎。世が世なら日本中を騒がす英雄になったであろう男だ。
小川麻琴はこの小川五郎の孫にあたる。
愛と同様、幼き頃より柔道の技術をその身に叩き込まれてきた。
愛と麻琴が出会ったのは3年前、二人が中学生のときであった。
父と祖父に連れられて新潟まで出稽古に出たときである。
当然の様に二人は惹かれあい、そして試合うということになった。
結果は愛の勝ち。
しかし差は紙一重であり、負けん気の強い麻琴は涙して吼えた。
「覚えてろ!次に会うときは絶対勝ってやる!」
二人の間にはこの様な因縁があった。
しかし愛は妙に思う。麻琴の来訪があまりに突然であったからだ。
「麻琴ちゃん。何か別の目的ない?」
「さすが、感がいい。ひとつはお前の実力が落ちていないか確かめること」
「人の心配より自分の心配してなよ」
「サルは黙ってろつーの!…で実は目的がもうひとつあんだ」
「なんや?」
「なつみかん…って知ってるか?」
「柑橘系?」
「そっちじゃねえよ!空手の夏美会館(なつみかいかん)のことだ!」
「安倍なつみのか」
なつみかんこと夏美会館。
今や日本全土に支部を持つ国内最大の空手団体である。
総帥の名は安倍なつみ。
隆盛を誇る女子格闘技会の第一人者として数々の伝説を持つ女だ。
格闘技を志す者にとって、決して避けて通れない名前である。
当然、愛と亜弥もその名をよく知っていた。
「そうだ。安倍なつみだよ。あの人がまたおもしろい事を言い出した」
「おもしろいこと?」
「女子の格闘技人口は増えているのに、それを披露する場がない。と」
安倍なつみの言う通り、女性が公に闘える場所というのは限られていた。
男ならばその舞台はいくらでも存在する。強ければ金も名誉も手にできる。
しかしどれだけ強くても、女というだけでその道はあっけなく閉ざされるのだ。
「だから安倍なつみは言った。私がその舞台を造ると…」
「舞台?」
「女子総合格闘技の大会だ。まず18歳以下のトーナメントを開催するってさ」
ドクン!
大きく全身が震えた。体中に熱いものがこみあげてくる。それを見た麻琴が牙を剥く。
「決着をつける場所ができたんだよ。どうだ?」
「おもしろい話やの」
高橋愛は笑みで答えた。
「おもしろい話でしょ?」
ソファとテレビと観葉植物がひとつ置かれただけの質素な応接室。
女はソファに腰を下ろし、人懐っこい笑みでそう言った。
彼女の手に握られたスポーツ新聞の一面には、大文字で女子総合トーナメントとある。
この人懐っこい笑みを浮かべた女こそ夏美会館の総帥安倍なつみである。
ただ座っているだけで、何とも形容しがたいオーラを放っている。
ここは夏美館本部の館長室。部屋には安倍なつみ以外にもう一人いた。
窓の枠にもたれ掛かり、気だるげな空気を持つ女である。
「別におもしろくはねえよ。私は関係ないんだし」
「そう言うなって。いずれ美貴の為の大会も開催するべさ」
「これは誰の為の大会?」
「知ってるくせに。紺野だよ。あの子を貴方の所にまで持ち上げる大会さぁ」
「私の?笑えないね」
美貴と呼ばれる女、藤本美貴は凶暴な獣を潜めた口元をヘの字に曲げた。
全国に数千いる門下生の中でも、なつみにこの様な言葉遣いをするのは彼女だけだ。
紺野あさ美という娘の名は美貴も知っている。
それは今夏開催された夏美会館空手全国トーナメントの出来事である。
年に一度開かれ、全国の支部から猛者が集まり頂点を競う大会だ。
出場規約に18歳以上とあった。
今年の大会は、初出場の藤本が圧倒的強さで優勝を収めている。
決勝戦の相手は昨年の優勝者である怪物里田舞であった。
藤本はこれを秒殺、一回戦から決勝までの全てを秒殺で決めた。鮮烈デビューであった。
しかし怪物里田舞を破った者が、藤本以外にもう一人存在したのだ。
それが里田の一回戦の相手、紺野あさ美である。
紺野あさ美、初出場であり全くの無名。試合前は誰一人注目する者はいなかった。
実はこの紺野あさ美、当時まだ17歳。出場権利を持っていない。
年齢を偽装して出場したのだ。そしてなんとこの紺野、間違って里田を破ってしまった。
年端もいかぬ高校生が、全国優勝者を倒してのけたのだ。
それも何一つの不正も迷いもない、堂々たる空手技でである。
その試合の後、身元が割れ紺野は失格となり、里田が繰り上げ勝者となった。
里田が不調であった訳ではない。
その証拠に怪物は敗戦の傷を負いながら決勝にまで上り詰めている。
流石にそこで力も尽き果て、藤本に秒殺という恥ずべき結果を許してしまったのだが。
しかしこのようなこともあり、紺野の名は優勝者藤本と並び一気に全国へ広まった。
「なつみかんトップクラスの実力を秘めた謎の女子高生」として。
「なっちはね。女子格闘技界をもっともっとでっかくしたいんだ。
その為にはスターが必要なの。皆が憧れるくらいの強さを持ったスターがね」
「よく言うぜ。なっちさんよぉ。あんたが自分でなればいいんじゃねえの?」
「馬鹿ね。なっちじゃ圧倒的に強すぎておもしろくないでしょ?」
安倍なつみはこういうことを平然とした顔で言ってしまう女なのである。
そしてそれを否定させないだけの圧力を有している。
藤本はすでに慣れており、口端を少し動かしただけで、もはや何も言い返さない。
「で、今度の大会で紺野をそのスターに仕上げるのよ」
「それが大会の本当の目的か。きれいな建前並べてたくせによ…」
「アレはアレ。アレも本当に思ってたことだべ。美貴も舞台が欲しいでしょ」
「否定はしねえな。でも一番欲しいのは…」
「一番欲しいのは?」
「安倍なつみとやれる舞台」
藤本の体から獣臭溢れる闘気がほとばしる。
しかし安倍はそれを全く気にすることなく、満面の笑みで藤本の肩を叩き言った。
「エヘヘ!おもしろいねそれ。うん、いつかやろうね」
安倍なつみの笑顔には不思議な力が秘められている。
闘気むき出しの藤本が、すっかり毒を抜かれてしまった。
(…ったく、喰えない奴だ)
「でも今は紺野だべ。大会の事とかあの子に直接話したいな」
「たしか札幌支部だったな。いいぜ、私が連絡つけといてやるよ」
「へえ、美貴が?珍しいこともあるもんだね」
「別にぃ」
美貴は軽く肩を竦めて見せた。
なつみはテレビのリモコンをひょいと掴むと、無造作にチャンネルを切り替える。
「ほら、ちょうどやってるやってる」
スポーツ速報ニュースが流れていた。
なつみの顔写真と、18歳以下女子総合トーナメントの話題が流れる。
時は元旦、場所は武道館。来年度最初のビックイベントとなる。
そのニュースをニコニコと嬉しそうに見つめるなつみの姿があった。
変な奴…と藤本は思った。
元ネタ考えるのが面白いなー。
つーか、昔に比べて文章巧くなったね。
引き込まれるようになった。
「松浦、お前夏美会館の大会に出場するんだってな」
「はいっ」
ハロープロレスの道場で練習していた松浦に、訪れた石黒が声を掛けた。
なつみかんの大会の話はもう全格闘議界に知れ渡っている。
「俺も社長と一緒に観戦に行く」
「ジョンソン飯田さんと!本当ですか!?」
「ああ。わかってると思うが、お前はうちの代表として扱われる」
「はいっ」
「出場るからには当然、勝ってこい」
「そのつもりです」
「たとえ相手が高橋愛であってもだ」
「もちろん♪」
言うと同時に左右の拳をサンドバックへ叩きつける。
激しい音を立ててサンドバックは宙に揺れた。
松浦亜弥の顔には氷の瞳と強烈な笑みが張り付いていた。
「ただいまぁ〜」
「クオラァ!練習をさぼって何処ほっつき歩いとったんじゃ麻琴!」
実家の門を開けると、道場からけたたましい怒鳴り声が聞こえた。
その声の主こそ、かつて講道館で天才の名を欲しいままにした男、小川五郎である。
しかし麻琴は偉大な祖父を敬うどころか、顔をしかめて言い返す始末であった。
「うるせえじじい!人の勝手だろうが!」
「おのれ生意気な口叩きおって、根性叩きなおしてやるわ、来い!」
「もうその手にゃ乗らねえぞ!私は忙しいんだ!」
「フン!例のナンタラ言う大会のことか?」
「わかってんじゃねえか。だから私はてめえの柔道に付き合ってる暇ねえの」
「ケェー!柔道も満足にできぬお前に『ばーりちゅーど』なんか百年早いわ!」
「バーリ・トゥードだ!じじい!」
「コラ!待たんか!」
麻琴は荷物を放り投げると、そのまま家を飛び出した。街へ出て喧嘩する為だ。
(実践こそが何にも勝る修行!)
彼女の視線の先には、すでに女子最強の文字しか見えていない。
夜遅く、高橋流柔術の道場には愛と父と祖父の姿しかない。
祖父の手には一本の巻物が握られている。
「どうしたんやって、お父さん、おじいちゃん」
「聞きなさい愛。いや高橋流33代目当主よ」
「え?当主?」
「今度公の大会に出場するそうだな」
「うん、ダメ?」
「止めはせん。これも時代の流れか…」
「高橋流柔術は400年もの間、その実践的性質より裏世界に徹してきた」
「なんか難しい話やの」
「愛、お前は高橋流400年最高傑作だ。お前ならば先代達も納得するはず」
「これから秘伝奥義を授ける。その瞬間からお前が当主だ。よいな?」
「よーわからんけど、わかった!」
あっけらかんと愛は返事した。
厳格な顔つきで父が頷く。祖父はゆっくりと巻物の紐を解き始めた。
この夜、高橋愛は高橋流柔術33代目当主となる。
雄大なる北の大地を、少女はただひたすらに走り続けた。
少女の名は…紺野あさ美。
この夏開催された夏美会館空手全国トーナメントに、年齢を偽って出場。
1回戦で王者里田を破り、一部で伝説となった少女である。
その大事件に関して、本人は特に顕著な反応を示してはいなかった。
「私の空手が里田さんの空手を上回っていた。それだけです。」
インタビューにはこんなコメントだけを残し、当人はとっとと練習に戻っていった。
とにかく練習が好きな少女だった。反復練習を苦に思わぬ性格をしていた。
誰かが止めなければ拳の皮が剥けるまで正拳を撃ち続ける。
誰かが止めなければ足が悪くなるまで走り続ける。
基礎を大事にし、空手を愛し、夏美会館に命を懸ける少女であった。
「紺野ちゃーん。本部からお客さんだよー」
先輩の呼ぶ声にようやく少女は足を止めた。
(本部から?誰だろ?)
札幌支部の道場に戻ると、見たことのある女性が待っていた。
「よぉ、私が誰だか分かるか?」
「はい…藤本美貴さんですよね。今年全国優勝した」
「フゥン、お互い顔と名は知ってるが、きちんと話すのはこれが初めてって訳だ」
「貴方の様な凄い人が、こんな遠方までどうしたのですか?」
「お前と闘りにきた…って言ったらどうする?」
ザワッ、空気が揺らぐ。
立ち聞きしていた周りの門下生達に緊張が走った。
今年の全国王者と、昨年の王者を粉砕した伝説の少女である。ただで済むはずがない。
近づくだけで切り裂かれる様な猛々しい闘気が、藤本の体から放たれている。
しかし紺野はそれにたじろぐどころか、まるで動じず答えた。
「館長がそう言ったのですか?」
「ハァ?」
「館長がやれと言うならやります。でも理由がないならやりません」
「なんだお前、人に言われなきゃ喧嘩もできねえのか?」
「はい」
表情一つ変えず、紺野は言い切った。呆れた藤本は闘気を引く。
(やれやれ…うちは変な奴ばっかだ)
「安心しろ、冗談だよ。今日はなっちの使いで来たんだ」
「館長の?」
「ああ、お前。正月に開く総合トーナメントの話聞いてるか?」
「いえ」
「何だぁ?練習ばっかしてニュースも見てねえのか」
「はい、練習ばっかりしてました」
「…あーそ。まぁいいや。詳しい話はなっちに聞け。ほら行くぞ」
「え?どこへ?」
「東京だよ。なっちがお呼びだ。まさか嫌とは言わねえよな」
紺野は目を丸くする。安倍なつみ、小さい頃から憧れてきた人。
その人が自分に会いたいと呼んできた。紺野にとってこれほど嬉しいことはなかった。
「はいっ、行きます!」
「ケッ、やっと表情を変えやがった」
紺野は足早に自宅へ帰り荷物をまとめた。
両親に旅立ちを告げると、振り返りもせずに家を走り出た。
北の台地で育ち、憧れの人物を追い空手に打ち込んできた少女が…今、飛び立つ。
紺野あさ美、東京へ。
第二話「なつみかん」終わり
初めてリアル更新で見れました
更新乙です
58 :
名無し募集中。。。:03/09/24 00:41 ID:irw/oxgY
コンコン期待
hozen
60 :
名無しん坊:03/09/26 12:51 ID:3eyiGrPf
>辻豆氏
「僕トメ」→「サウンドノベルシリーズ」→「赤青」→「トナメント」を読んでここまで来た!!
この作品はまだ読んでないけど、これからもがんがてくだされ。
第三話「陽の当たる場所に」
小鳥のさえずる音で愛は目を覚ました。
18歳以下総合格闘技トーナメント当日の早朝。
布団を出て顔を洗うと、ストレッチして体をほぐす。
コンディションは絶好調。今すぐに誰とだって闘えるくらいだ。
道場に入り、先日父と祖父から受け継いだ巻物を広げる。
「奥義かぁーおっかね!」
巻物には高橋流柔術の秘伝奥義が記されていた。
確かにとてつもない破壊力を秘めてはいるが、あまりに凄惨過ぎる技であった。
「こんなん使わんでも、勝ったるわ」
昨日の内にまとめておいた荷物をかつぐと玄関へ飛び出した。
先代当主でもある父が応援の為に東京まで付き添うと申し出たが、愛は却下した。
(もう18やのに親同伴なんて嫌やわ。せっかくの旅行気分が台無しやし)
祖父と祖母と母、そして渋り顔の父が玄関で見送ってくれた。
「いってきまぁす!日本一んなって帰ってくるでの!」
亜弥とは駅で待ち合わせ。彼女も絶好調の笑みを浮かべている。
ここから特急で米原に出て、新幹線に乗り換えて一路東京へ。
電車に乗っている間に愛と亜弥は、送られてきた大会に関する通知を再読する。
「打撃もグラウンドも何でもOKやって。やっぱ安倍さんはわかってるわ」
「フーン。3ラウンドで決着が着かなかった場合は判定で決めるんだぁ」
「1ラウンド5分?最高15分しかやれんのか?」
「みたいね。まぁ私はそれだけあれば誰でもKOできるけどね」
ルールの後に出場選手16人の簡単な紹介が載っていた。
二人は知ってる名前がないか探す。
「小川麻琴!まこっちゃんや。やっぱいたの」
「ああ、こないだのウルサイ子か。まぁ敵じゃないね」
「そんなことないって、まこっちゃんは結構強いって」
「知ってる。相手が私じゃなかったら勝つんじゃない?それよりこいつよ」
亜弥が麻琴の実力を認めているのかいないのかイマイチ分からない。
そんな亜弥が指差した所にあった名前。斉藤美海(夏美会館)
「石黒さんが言ってた。なつみかんにメチャクチャ強い子がいるって」
「それがこの斉藤って子なんか?夏美会館の子もう一人いるよ」
「ほんとだ。紺野あさ美?うーん、どっちだったっけなぁ〜」
「なんや覚えてえんのか」
「いいじゃん。実際に試合見ればすぐわかるでしょ」
「1回戦で当たんなけりゃの」
二人を乗せた列車は昼前に東京へと到着。
大会開始の12:00にギリギリ間に合った。
すでに出場選手のほとんどが、控え室で着替えを済ませている。
「あーもう、新幹線乗り疲れたわ」
「やっぱり一泊しとくべきだったね」
「うちのお父さんがスネて、ホテル代なんか出さんて言うからや」
愚痴りながら大急ぎで着替える二人に、近付いてくる柔道着の娘がいた。
「なんだなんだ!二人揃って遅刻かぁ!」
「あ、まこっちゃんや!」
「越後のヒバか」
「越後の虎だ!ぶっころすぞこのクソ猿!」
「だから試合前に喧嘩したあかんて、二人共ぉ」
試合場が見渡せる観覧室にて、足を組んでイスに座りスポーツ新聞を広げる女。
この女こそ本大会主催者にして夏美会館館長、安倍なつみその人であった。
「凄いよ美貴!日本チャンプの吉澤ひとみがヘビー級全米王者に挑戦だってさ」
安倍に話しかけられた美貴という女は、壁にもたれたまま頭を抱えた。
「あのなぁ、なっちさんよぉ。今はそれどころじゃなくねえか?」
「だって凄いんだもん。日本人がボクシングで世界一になるかもしれないんだよ?」
「悪いけど興味ない。蹴っちゃダメな格闘技なんて」
「そ〜お?…あ、こっちにも面白い記事あった。史上最年少の横綱誕生だって」
「いい加減にしろ!開会式始まんぞ!」
藤本美貴にスポーツ新聞を取り上げられて、ようやくなっちは立ち上がった。
(…ったく、子供みたいにへそ曲げやがって)
すでに会場には満員のお客さんと、出場選手16人の娘が並んでいた。
「うん。どの子もいい顔してる」
出場する娘達を見下ろしてなっちは微笑む。
そういう彼女が一番いい顔をしていた。
「夏美会館館長安倍なつみ氏より開会の挨拶です」
進行の言葉と共に、安倍なつみが会場へ降りてくる。
愛は初めて生で見るなっちの顔を、心に刻み付けた。
(あれが安倍なつみさんかぁー。いつか闘ってみたいわ)
そう思ったのは愛だけでない。亜弥と麻琴を含めた出場選手のほとんどが目標としている。
まさに女子格闘技界の顔と呼ぶべき女である。
「ども、安倍なつみです。みんないい顔してるね。エヘヘ…」
緊張感のない口調だったが、そのとびきりの笑顔が何故か憎めない。
どこか人を惹き付ける不思議な魅力を放っている。
「スポーツなんかじゃさ、勝ち負けにこだわらず全力出して頑張れって言うよね。
でもここでは違う。全力じゃなくてもいい、とにかく勝てばいい。そういう世界なの。
とっても厳しいと思うよ。この16人の中で最後まで笑えるのはたった一人だけだもん。
それでも皆には頑張って欲しい。この中から将来の女子格闘技界を背負う子が…。
いつかこの私の前に立つくらいの子が出ればいいなって、そう思ってる。
以上。みんな正々堂々と気持ちよく、頑張っていきま〜っしょい!」
頂上にいる安倍なつみからの激励、嫌が応にも気合が入ってくる。
開会式を終えた選手達は一旦退場し組み合わせ抽選を行う。
「まこっちゃん、何番目?」
「第三試合だ。お前は?」
「第一試合やって。体ウズウズしてたからちょうどええわ。亜弥は?」
「いいなぁ〜。私は一番最後、第八試合だよ。それよりさ愛の相手の子」
「うん。斉藤美海やって。例のなつみかんの。一回戦で当たってもた」
「一応気を付けなよ。いきなり負けたら許さないからね」
「おぅ!」
高橋流柔術の稽古着に身を包んだ愛は、勢いよく掛け声を上げた
やがて第一試合の選手、斉藤美海と高橋愛を呼ぶアナウンスが流れる。
(初めての公式戦や。ちょっと緊張してきたわ〜)
試合会場に出ると、満員の歓声が愛を待ち受けていた。
(こんなにたくさんの人の前で戦うの初めてや。でも何か気持ちいい)
ゆっくりと、段差で少し高くなった舞台に足を踏み込む。
400年の間、闇の武術とされてきた高橋流が今、
この天才少女によってついに陽の当たる場所へと降り立つ。
「あいつが斉藤美海。静岡支部が推薦してきた才女だとよ」
藤本美貴が手元の資料を読み上げる。
このVIP観覧室には、藤本となっちの二人しかいない。
なっちはまるで子供みたいにはしゃいで、試合会場を見下ろしていた。
「知ってる。紺野をライバル視して燃えてるらしいよ」
「相手の方は…高橋流?聞いたことねえな」
その名を聞いた瞬間、子供みたいにはしゃいでいた安倍なつみの表情が変わった。
「聞き覚えあるべさ。でも多分、気のせいだと思うけど…」
安倍なつみが興奮すると訛る癖を持っていることを、藤本は知っている。
(久々に聞いたな、北海道訛り。高橋流ねぇ…)
藤本が会場に目を向けていると、なっちが同じく会場を見下ろしたまま言った。
「美貴。念のために紺野をここに呼んでくるべ」
「高橋流柔術。高橋愛。18歳」
「夏美会館空手。斉藤美海。18歳」
審判が二人の所属、名前、年齢を順に呼称する。
「なつみかんにメチャクチャ強い子がいる」という亜弥の言葉を思い返す。
果たして目の前の娘がそうなのだろうか?
控え室で見たなつみかんのもう一人の方は、なんだかトロそうな顔をしていた。
(こっちの可能性が高そうや。体格もいいし…)
「何ジロジロ見てらっしゃるの?」
「フワァ。何でもね、イヒヒヒヒ…」
笑ってごまかす。斉藤美海はまるで下賤な生き物を見る目つきで愛を見下す。
「これだから田舎者は嫌ですわ。礼儀も知らない」
「んなことねーぞ。それに新幹線で見たけど静岡も結構田舎やったって!」
「っ!!失礼な人!いえ人と呼ぶのももったいない。オラウータンでいいわ」
「おめぇムカつくなぁー」
「オラウータンは言葉も下品ね。秒殺してさしあげますわ」
「それはこっちのセリフやぁー!行くぞー!」
斉藤美海。来年はようやく全国大会に出場できる年齢となる。
あの怪物里田舞に匹敵する潜在能力を秘めていると、褒められながら育ってきた。
さぞや派手な全国デビューを果たすだろうと静岡支部では期待されていた。
ところがその注目を横取りしていった娘がいた。
それが紺野あさ美である。年齢を偽って全国大会に出場し里田を破ってしまった。
東京の本部やマスコミを含めたあらゆる期待が、紺野に向けられてしまった。
「卑怯な真似を!許せませんわ。紺野あさ美!」
それで斉藤美海は打倒紺野を目指し、必殺技に磨きを掛けていった。
長く伸びた足と柔軟な間接から繰り出されるかかと落としである。
この必殺技を紺野あさ美に見舞う為に大会に出場したといっても過言でない。
(フフ…オラウータンで試し撃ちとしましょうか)
「はじめ」の合図と共に突進する愛。
斉藤美海は何度も練習してきたタイミングで右足を振り上げる。
(私の美技は回避不可能ですわよ。くらいなさい)
刃の様に鋭く、自慢のかかとを振り下ろそうとした…まさにその瞬間、視界が変わる。
(何ですの?天井?倒されている?私が?)
前を向くと、軸足を抱え込む愛の姿があった。
「自分から片足上げて、こんな不安定な体勢。倒してって言ってる様なもんや」
美海はすぐに起き上がろうと体を横に捻る。
それよりもさらに一回転早く、愛が美海の足を捻り締め付ける。
右足から激痛が美海の全身を駆け巡る。外そうにもガッチリ決められどうにもできない。
プライドが高かった。絶対に悲鳴なんてあげたくない。ギブアップなんてしたくない。
(紺野あさ美を倒す為にわざわざ静岡から出てきたのよ)
(こんな所でこんな奴に負ける訳には…)
「イヤアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!」
上品さもプライドもかなぐり捨てた悲鳴が、見海の喉から絞り出る。
同時に審判が試合を止める。そして勝者の名を高らかに発した。
「そこまで!勝者!高橋愛!」
「おっしゃあー!」
美海の足を離すと、愛は飛び起きて勝利のガッツポーズを見せた。
まだ起き上がれない美海は下から、自分をこんな醜態にした憎き相手を見上げる。
「斉藤美海!高橋流の記念すべき公式戦最初の犠牲者として覚えたげるわぁ!」
にこやかに語る愛。美海にとって倒さなければいけない敵が変わった瞬間。
そして会場にいる全ての選手観客達に高橋流柔術を知らしめた瞬間であった。
「強い…ですね」
普段から大きい目をさらに大きくして紺野は言った。
その瞳はずっと試合場に立つ一人の娘に向けられている。
隣で嬉しそうな顔をしながら、なっちは紺野の様子を見ていた。
「どうやら間違いじゃなかったみたいね。あれは高橋流柔術だ」
「それは何ですか?館長」
「戦国時代からずっと闇で伝えられてきたって武術さ。なっちも噂でしか知らないけど」
「闇…」
「倒すのに3秒、決めるのに6秒、計9秒だ。無駄な動きがまるで無い」
「…」
「怖いか?紺野」
「押忍。あ、…いえ、怖いのとは違うと思います。でも変な感じです」
「勝てそうか?」
「…勝ちます」
「そっか。いいよ控え室戻りな。そろそろウォーミングアップしなきゃね」
「押忍、失礼します」
拳を握って頭を下げ、紺野はVIP室を退出した。
それまで二人の会話を黙って聞いていた藤本美貴がようやく口を開く。
「変な感じだって。あいつ全然わかってねえな」
「初めてなんでしょ」
「全国大会でもこないだの北海道でも、仏像みたいに無表情だったくせによ」
「自分が喜んでいることに気付いていない。紺野らしい」
「…でもどうすんだ?マジで紺野が負けたら」
「別に。なっちの遊び道具が一つ増えるだけだべ」
なっちの表情に一瞬影が差したことを、藤本は見逃さなかった。
安倍なつみという女は愛嬌もあり自らを慕うものに優しいが、
自分の障害になる者を冷徹に廃除するという一面も持ち合わせている。
(大変だな高橋流。間違って紺野に勝っちまったら安倍なつみを敵に回すことになるぜ)
(まぁ私にはどっちでもいいことだけど…)
「だけど逆に良かったかも」
「ん、何が?」
「あの高橋って子が、隠れてた紺野の牙を表に出してくれるかもしれない」
安倍なつみが語る紺野の牙。
しかしその片鱗はすでに開眼し始めていた。
巨漢のサンボ選手が弧を描いて宙を舞う。
鮮やかな一本背負い。だがそれだけで終わらない。
倒れた所を馬乗りになり殴る、さらに殴る。
慌てて審判が止めに入った時には、サンボの娘はすでに意識を失っていた。
これが喧嘩柔道「越後の虎」小川麻琴。二回戦進出。
威風堂々と壇上を降りる麻琴を、愛が待ち受けていた。
「やりすぎやって、麻琴っちゃん」
「フン、弱い奴が悪いんだよ。愛、お前も準決勝は覚悟しとけ」
麻琴が愛を睨みつける。彼女は4年前のリベンジを忘れていない。
第一試合の勝者である愛と第三試合の勝者である麻琴は順当にいけば準決勝でぶつかる。
雑魚には興味ない、すでに麻琴の視線は愛のみに注がれていた。
そのとき二人の背後から芯の強い声が聞こえた。振り返るとそこに立っていたのは…
「どいてくれませんか?次、私の試合なんです」
「誰だお前?」
「夏美会館の紺野あさ美です。どいて下さい」
大人しそうな顔つきだが、物言わせぬ迫力を秘めている。
渋々道を譲ると、紺野は一瞬愛に目をやり壇上を上っていった。
これまでで一番の歓声が会場に沸き起こる。
第四試合、夏美会館の秘密兵器紺野あさ美の登場である。
大半の観客は、この紺野が昨年の夏美館王者里田を破ったことを耳にしている。
対戦相手は長身のキックボクサー、身長差は20cm近くある。
並び立つとその差が顕著に現れる。このハンデを紺野がどう捌くか?
「はじめ!」
先に動いたのはキックボクシングの女、右足のローキック。
これを紺野は教科書通りに左足でブロックする。ダメージはない。
お返しとばかりに紺野が同じ右ローキックを放つ。
相手も左足を上げ、これをきっちりガード。
互いに一発ずつ。挨拶代わりの小手調べといった所…のはずだった。
「うあああああああああああああああ!!!!」
立ちのぼる悲鳴。キックボクシングの女が左足を抱え、苦悶の表情で床を転げ回っていた。
慌てて審判が試合を止める。紺野は静かに構えを解く。
観客もまだ何か起きたのか理解できていない。審判が腕を振り叫ぶ。
「勝者!紺野あさ美!!」
物凄いどよめきに会場は揺れた。
ただのローキック。しかもブロックの上からの。
その一発。文字通り一撃で勝敗を決してしまったのである。
担架で運ばれる対戦相手を尻目に、紺野は無表情のまま壇上を降りる。
別段たいしたことはしていない。そんな顔だ。
「どいてくれませんか?」
通路で立ち尽くしていた愛と麻琴は、また先程と同じセリフを受けた。
退場の邪魔という意味だった。しかし麻琴はこれを挑発と受け取る。
「けっ!そ、それくらいで調子に乗んなよ、てめぇ!」
「乗っていませんけど」
「二回戦、楽しみにしとけよ!私はああはいかねえからな!」
驚きを隠す為の強がりだった。紺野は応えず、通り過ぎようとする。
愛が脇に下がったので、紺野はそちらから進んだ。
「おめぇ、強えな」
ちょうど前に来たとき愛が口を開いた。紺野は一瞬視線を愛に向けた。
何か言いかけたが、結局口は開かず会場を後にした。
76 :
まり好き:03/09/29 01:46 ID:p/LypC5s
やっぱ辻豆さんの小説はおもしろいですね。
続きがきになるなぁ…
77 :
あいぼん好き:03/09/29 23:33 ID:nrzGUQWt
サウンドノベル1から読んでやっと追いつきました。
格闘技すきなのでおもしろい。
たいへんでしょうが楽しみにしてますのでがんばってください。
78 :
あやや好き:03/09/30 18:32 ID:N+g/VJiR
楽しく読ませてもらってるだよ。
これからもがんばりやー。
79 :
―――:03/10/01 10:01 ID:YDSlQy0z
イ呆
安倍なつみは上機嫌だった。
人懐っこい笑みで「いいね」と何度も繰り返している。
「紺野って、ブナの木相手に一万回の蹴りを日課にしてるんだって」
「なるほどね。よくやるぜ」
「紺野のローもらったら、並みの女の子じゃああなるのも仕方ないよ」
高度な技やその応用を一切廃除し、ただひたすら基礎練習のみを繰り返した。
その手から繰り出される正拳突き。
その足から繰り出されるロー、ミドル、ハイ。
それだけを絶対的な武器に鍛え上げた。他は何もない。
来る日も来る日も、その拳とその足を打ち続けてきた。
それが紺野あさ美である。
小手調べなんて知らない、最初の一撃から常に全力の一撃。
己の信じてきたモノを全力で相手にぶつける、ただそれだけ。
それで頂点を目指そうと思った。
「いいねぇ。おもしろくなってきたね。ねぇ美貴」
「あんたが一番楽しんでいるよ」
「そりゃそうよ。だってなっちが主催者なんだもん」
安倍なつみは上機嫌だった。
「第5試合!加護亜依選手!加護亜依選手はいませんか!」
「はい!はい!はい〜!ごめんなさい〜!寝坊してもうたぁ」
先ほど紺野が消えた通路から小さな女の子が現れ、愛と麻琴の前を走り抜けていった。
「へーあんな小っちゃい子も出てるんやの」
「どうでもいい!それよりあいつだ!紺野あさ美!なめた態度とりやがって!」
「まあまあ。あれ、そういえば亜弥がいないね」
「あの猿ならお前の試合が終わってすぐどっか行っちまったぜ」
「ふーん。どしたんやろ?」
亜弥の試合は一回戦ラスト第8試合である。
そのときになれば来るだろうと思い、愛は試合観戦していることにした。
第5試合はさっきの小っちゃい子が3R判定でなんとか勝利を収めていた。
第6試合、第7試合と特に異変はなく進行してゆく。
そしていよいよ一回戦ラストという所で、事件は起きた。
一人の女が会場に姿を現したのである。
その姿を見つけた観客たちのどよめきは徐々に会場全体に広がってゆく。
(どうして彼女がここに?)
日本プロレス界最強の女、ハロープロレス社長、飯田圭織その人であった。
選手でもない、関係者でもない、ただ一人の観客として現れたのだ。
最前席にどっしりと腰を下ろす。足を組み、腕を組んで、静かに壇上を見つめる。
ただそれだけの行為で、会場全体が得体の知れないムードに包まれてしまった。
何かが起きる!?と…
愛と麻琴も、ジョンソン飯田の放つオーラに圧倒されていた。
安倍なつみと並び現在、女子格闘議界の頂点に君臨するだけのことはある。
「あの人がハロープロレスのジョンソン飯田さん。亜弥の目標とする人かぁ」
「確かに凄ぇな。こんなに離れているのに目立って見えるぜ」
「うん、生で見るとほんとにでっかいわ〜。強そ〜」
一方、VIP室ではなっちが反応している。
「カオリの奴ぅずるいなぁ」
「あんたが仕組んだのか?」
「まさか。うちとカオリん所は対立関係ってことになってんだよ、一応」
しかしどう見ても、この予想外の波乱をなっちが楽しんでいる様にしか見えない。
飯田に向けるなっちの瞳を見て、藤本は少し嫉妬した。
(ジョンソン飯田か…気に食わねえな)
「はじまるぜ、圭織」
「ああ」
飯田の隣に石黒が腰を下ろす。飯田をこの場へ連れて来たのは彼女だ。
これから始まる試合を…いやこれから登場する娘とその力を見せる為にである。
「第8試合!松浦亜弥選手の入場です!」
対戦相手である伝統派空手の娘はこの異様なムードに飲まれていた。
無理も無い。目と鼻先で超大物ジョンソン飯田が見つめているのである。
それに合わせて観客達の興奮も並ならぬものとなっている。
緊張するなという方が無理な話だ。
なのに、なのに目の前に立つ松浦という娘はまるでそれが見られない。
入場から堂々としていた。開始前の今でさえまるで気負いが見られない。
プレッシャーに押し潰されてもおかしくない状況なのにだ。
「はじめ!」
松浦亜弥が飛んだ。いきなりのジャンピングソバット。
空手の娘、これに反応するも対応ができない。ガードごと吹き飛ばされる。
寝てはいけない。相手はレスラー、自分は打撃屋だ。すぐに起き上がり構える。
打撃なら負けない、負けてはいけない。左右の拳を打ち込む。松浦はまるで避けない。
避けずにまっすぐ向かって来る。松浦も打撃で反撃してくる。それは防御する。
打ち合いとなった。こちらは攻撃と防御、松浦は攻撃のみ。手数が違ってくる。
押されている。当てた数は断然多いはずなのに、押されている。
そのうち分かってきた。違うんだと。この松浦という女は違うんだと。
打撃とか、寝技とか、攻撃とか、防御とか、緊張とか、そんなのは関係ないんだと。
そういうのを超えた所で強いんだ。違うレベルにいるのだと。
打撃屋がレスラーに打撃で負けたからどうだって話じゃないんだと。
強い。倒された。松浦が掴んできた。だが寝はしない。立ったままだ。何をする気だ?
「いっくよ〜1!2!3!」
亜弥は掛け声と共に、両腕に力を込めた。
相手の腰を掴んだ手でそのまま一気に彼女を持ち上げた。
バーベル上げの様に、対戦相手の娘を上空に持ち上げたまま静止してみせたのだ。
相手も女子といえどある程度の体格は備えている。亜弥よりも重いはずである。
もちろん彼女も大人しく持ち上げられているつもりはない。抵抗はする。
だがどうにもできないのだ。亜弥の両手がガッチリと掴んで放さない。恐るべきパワー。
試合を見ている者全員にその光景が見える様、そのまま亜弥は壇上をグルッと回り始めた。
観客に、選手に、高橋愛に、安倍なつみに、石黒とジョンソン飯田に…
「自分を見ろ!」と言わんばかりの大胆不敵なアピール。
存分にその視線を堪能すると、亜弥は再び壇上の中央に位置を戻した。そして…
「グッバイバイ!」
パワーボム!ではない…松浦亜弥風味が効いている。
とにかく派手に!目立つように!思いっきり上から下へ相手を叩き落とした。
それだけの技だが、亜弥のパワーで床に叩きつけられた衝撃は想像を絶する。
伝統派空手の娘は、その時点で意識を失った。
「勝者!松浦亜弥!!」
「イエ〜イ!ありがとうございま〜す♪」
あの異様な空気が、この松浦亜弥の笑みで一気に興奮のるつぼへと変化した。
デビュー戦とは思えない圧倒的倣岸たる戦いぶり。まさにサイボーグ。
闘いを魅せる為に生まれてきた様な娘。松浦亜弥!一回戦突破!
「どうだった?」
試合を終えた亜弥が、通路で観戦していた愛と麻琴の元へ戻ってきた。
「相変わらずのバカ力やわ。それに私と闘ったときよりもまた強くなってる」
「もっちろん。優勝はもらっちゃうからね」
「ケッ!そうはさせねえぜ。優勝すんのはこの小川麻琴様だからよ!」
「無理ね。第一あんたの次の相手って…」
言いかけた亜弥が口を止める。その視線の先に一人の娘が入った。
愛と麻琴も振り返る。三人の前に姿を見せたのは夏美会館のホープ、紺野あさ美。
紺野は麻琴を指差し、それから愛、亜弥と順に指差して口を開いた。
「まずあなた、次にあなた、最後にあなた、三人とも私が倒しますから」
紺野は二回戦で麻琴と、順当にいけば準決勝で愛と、決勝で亜弥とぶつかる。
この大胆不敵な宣戦布告に麻琴、愛、亜弥、それぞれがそれぞれに表情を変える。
「上等…」
「それは楽しみやわぁ。私も負けんからの」
「まぁ本当に決勝で会えたらいいけど」
この3人を前に紺野は一歩も引かない。
本気で3人共倒すつもりでいる。
「そういうことなんで、覚悟しておいて下さい」
「そりゃあこっちのセリフだ!」
麻琴がつっかける。しかし紺野は少しも動じない。
一瞥をくれるとそのまま控え室へと戻っていった。
「マジでぶっ飛ばす!」
吼えながら、麻琴も二回戦に備える為、控え室へと下がっていった。
あとには愛と亜弥が残る。愛はこのあとすぐ二回戦第一試合が出番である。
気合を入れなおし入場口へと向かう愛に、亜弥が声を掛ける。
「愛、負けんなよ」
「亜弥もね」
「当たり前だ」
「二ヒヒ…」
二人は小さく笑みを交わし別れた。果たさなければならない決着があるのだ。
18歳以下の女子日本一を決める大会も二回戦へ。
残り8人。若き狼達の戦いはさらに熾烈を増してゆく。
(やっぱ凄えのがいっぱいいるなぁ。でも日本一になるのは私やよ!)
陽の当たる場所へと舞い降りた少女、高橋愛は逸る胸を堪え駆け出した。
87 :
―――:03/10/02 18:00 ID:UXsgGCh5
更新乙 イ呆
ここまで読んだ。
ののたんは?
更新乙乙
ののたん・・・・
90 :
―――:03/10/04 16:09 ID:CRB7lvIh
今回は出番なし?
んなこたぁないか!!
こいつまだ懲りずにやってんのか。
「合格だ」
ジョンソン飯田の口から漏れた言葉を、隣にいた石黒は聞き逃さなかった。
だが石黒はもう一度念を押すように聞き返す。
「圭織。今、何て言った?」
「合格って言ったんだ。松浦亜弥はうちのエースに育て上げる」
飯田圭織という女は唯我独尊、他人を認める発言をほとんどしない。
その飯田がたった一試合で認めたのだ、松浦亜弥の才能を。
しかもハロープロレスのエースにするとの発言まで。これはただごとではない。
驚嘆に震える石黒を尻目に飯田は席を立ち、会場を後にしようとする。
「おい、どこ行くんだよ?」
「もう用は済んだ。帰る」
「この先の試合は見ていかないのか?」
「ああ」
長い髪を振りかぶり飯田は歩き出した。
頑固な女である、こう言い出したら止められない。石黒も諦めて立ち上がる。
ところが無謀にも、そんなジョンソン飯田を止めに入った娘がいた。
「ちよっと、むぁったぁ〜!」
「愛!」
飯田の後ろにいた石黒と、通路で二回戦を待っていた亜弥が同時に叫ぶ。
ジョンソン飯田の前に恐れ多くも立ち塞がったのは高橋愛であった。
「飯田さん。私の試合も見てってや」
「誰だ?お前は?」
「私が以前通っていた道場の娘で、松浦の友人の高橋愛だ。愛ちゃん何を!」
すかさず石黒がフォローに入る。しかし愛は少しも悪びれない。
長身の飯田が目を細め、高みからスーッと愛を見下ろした。
「お前、強いのか?」
「強えよ!」
「このジョンソン飯田を引き止めるからには、それだけのものを見せてくれると?」
「おお!例えば両手を使わずに勝つってのはどや?」
「愛ちゃん!バカなこと言って何を…」
「おもしろい。見せてもらおうか」
ジョンソン飯田がUターンする。
心配そうに見やる石黒に向けて、愛はピースサインを造って微笑んだ。
相手は今大会最重量!女子相撲関取、谷絵瑠!愛との体重差は倍以上!
細身の愛と並ぶとその違いは歴然。ハンデをもらってもおかしくない体格差である。
それを逆に両手不使用というハンデを背負って相手するというのだ。
「高橋流柔術。高橋愛。18歳」
「大相撲。谷絵瑠。18歳」
二回戦第一試合、高橋愛vs谷絵瑠
開始の合図。愛は少し下がり距離をとる。問答無用と言わんばかりに谷絵瑠は突進。
彼女にすれば体当たりが強烈な必殺技と化す。一回戦もそれで勝ち上がってきた。
それを愛は華麗な足捌きで難なく交わす、と同時に膝へローキックを打ち込む。
また距離を置く。谷絵瑠はまた突進。それを愛はまた同様に対処する。
(恐ろしく速い!無闇にいっては捕まえられない!)
気付いた谷絵瑠は戦法を変える。手のひらを大きく広げ胸元に添える。
じわじわと追い込み、その巨大な張り手で叩き潰す作戦に出た。
「そうきたか〜。んじゃ、今度はこっちがいくよ」
すると今度は愛が突進してきた。慌てて谷絵瑠は張り手を放つ。
愛はしゃがんで交わす。そのまま物凄い速さで谷絵瑠の懐へ!
腹!胸!肩!まるで階段を駆け上がる様に、愛は蹴り足で谷絵瑠の巨体を昇る!
まるで映画の様なアクロバティックに、会場中が驚嘆の渦に染まる。
そのまま両足を谷絵瑠の首に絡め、空中を横に回転した。
これは堪らない!激痛で谷絵瑠は自ら体をよじる。関取が宙を回った。
ズドーォォォン!!!
足で首を絡めたまま一回転して床に叩き落した。谷絵瑠はもう立つことができない。
審判が止めるまでもない。観客達の歓声が決着を表していた。
「勝負ありぃぃ!!勝者高橋愛!!!」
愛は拳を高々と掲げる。壇上に上がってから初めて手を動かした瞬間。
この小さな娘は、本当に両手を使わずに勝ってしまった。
闇の武術が生んだ天才、高橋愛!堂々の準決勝進出!
最前席でこれを見届けた飯田が、腕を組んだまま石黒に尋ねる。
「石黒、あいつの名前何だったっけ?」
「高橋愛です」
「…高橋愛。覚えておこう」
足を組み替え、独り言の様に飯田はそう言った。
そのまま退場しようとしない。愛がジョンソン飯田を引き止めたのである。
「そうこなくっちゃ」
通路で観戦していた松浦亜弥がひとりごちた。
口元は笑みの形をしているが、目は笑っていない。
同様に、刺す様な視線で愛を見つめる人物がいた。紺野あさ美である。
紺野は自分の手のひらが汗で濡れていることに気付く。
今の試合で自分が高ぶっている、熱くなっていると悟った。
その様な感覚は今まで一度もなかった。落ち着きを戻す様に帯を締めなおす。
(いつもの様に、いつもの拳を、いつもどおり撃つだけ)
「押忍!」
空手特有の気合を入れ、紺野あさ美出陣!
「松浦亜弥。高橋愛。いいねえ。本当にいい。紺野と闘らせたいねぇ」
VIP室ではさっきからなっちがこの調子である。
半ば呆れた藤本はもう相槌も打たない。すると突然ノックの音が鳴り響いた。
「誰だろ?これから紺野の試合だってのに。美貴、開けてあげて」
「へいへい」
藤本が扉を開けると、廊下には白髪でこじんまりとした老人が立っていた。
いや、こじんまりとしてはいるがその服の下は見事な体躯が備わっている。
藤本は人目見て、その老人が只者でないことに気付いた。
「誰だ、あんた」
「安倍なつみさんに会いたいんじゃが?」
呼ばれて部屋の中から顔を覗かせたなっちは、その老人の顔を見て声を高らげた。
「いやー!小川五郎さんじゃない!」
「ひさしぶりじゃの」
「小川五郎!?マジで!このジジイがあの?」
講道館の天才小川五郎が安倍なつみの元へ訪れていた頃、その孫娘は燃えていた。
幼い頃から叩き込まれた柔道と、実践の場で鍛え上げた喧嘩の腕を握り締め、
越後の虎!小川麻琴出陣!
「講道館柔道。小川麻琴。17歳」
「夏美会館空手。紺野あさ美。17歳」
同い年、身長も体重もさほど変わらない二人が並ぶ。異なるのは進んできた道。
空手だけを打ち込んできた紺野。柔道に独自の喧嘩スタイルを加えた小川。
敗北はその信じてきた道を否定することに等しい。互いに負けられない。
「はじめ!」
二回戦最注目の試合が始まった。
この試合の勝者がすでに準決勝進出を決めた高橋愛と当たる。
紺野は一回戦と同じ、空手の基本半身の構え。麻琴は柔道スタイル。
(襟を掴むまで、そこまでが勝負だ)
物心ついたときから柔道をしていた自分が、紺野に組み技で劣るはずがない。
ただ紺野の打撃が本当に危険であることは一回戦で見た。
しかし毎日殴りあいの喧嘩を続けていただけに麻琴は打たれ強さに自身があった。
(一発に耐えられるかどうか?そこが分け目だな)
麻琴は賭けに出ることにした。どのみち無傷で襟を取れるとは思えない。
だったら一発打撃を受けてでも強引に掴みに行かなければならないだろう。
(それでやられる様なら、私もそこまでだったってことだ)
意を決し麻琴は前へ飛び出す。待っていたとばかりに紺野のローが襲いかかる!
一回戦一撃で相手を葬った殺人ローキックが小川のふとももを叩く。
死ぬほど痛かった。痛かったが麻琴は止まらなかった。そして手を伸ばす。
(もらっ…!)
その瞬間、紺野の右拳が稲妻となる。
色んな喧嘩をしてきた。ボクサー崩れともやった。空手野郎ともやった。
だがいなかった。こんなのは一度もなかった。
襟を取りにいって、掴みかけた。もらったと思った。なのに急に目の前がまっくらに…
(拳?正拳?紺野が撃ったのか?あの体勢から?嘘だろ?)
(でもマットが気持ちいいや。ん、マット?待て!ダウンしてるのか?私が?冗談!)
(やれるぞ!まだやれる!すぐに立ってやるさ。痛っ!右足がいかれてる)
(さっきのローか?ふざけんな!私は小川麻琴!越後の虎だ!)
(こんなんで終われるかよ!)
「立った!小川が立ったぞ!」
立ち上がった麻琴に審判が確認する。まだやれるか?聞くな。当たり前だ!
試合続行!
「行くぞオラー!」
麻琴が吼えた。少しも臆することなく紺野に突撃する。
蹴った!殴った!喧嘩だ!なんと紺野相手に打撃を仕掛けていった。
紺野あさ美、これを真っ向から受ける。
(負ける訳がない!)
何百万回と繰り返した正拳突き。
それを同じタイミングで、同じ力で、同じ速さで、相手に打ち込むだけ。
打撃の基礎が違う。紺野の拳が再び小川の胸を直撃する。小川、二度目のダウン。
(あれ…?)
動揺。およそ闘いの場において、紺野はその感情を抱いたことはなかった。
年上でも、男でも、どんな相手でも、自分の拳を受け立ち上がってきた奴はいなかった。
なのに目の前で小川麻琴がまた起き上がろうとしている。
もう二発。二回も倒したはずなのに。
「へっへっへ。ちっとも効かねえぜ」
強がりに決まっている。現に足元がふらついている。
もう一発。もう一発与えれば、絶対に起き上がれないはずだ。
三度目の激突、ふらふらと雑な攻撃を仕掛ける小川に向けて三度目の拳。
(決まった!これでもう…)
紺野は目を剥く。まるでゾンビの様に、小川は立ち上がっていた。
絶対的な自信を誇っていた正拳突きで倒せない。この事実が紺野の動揺を揺さぶる。
(そんなはずは!そんなはずはない!)
紺野は飛び出した。立ち尽くす麻琴にとどめを刺す為に!
朦朧とした意識が幼き頃から叩き込まれた麻琴の柔道の技を呼び覚ます。
向かってきた紺野の腕を麻琴が掴み取る。
天才小川五郎の血脈を受け継ぐ最高のタイミング。
紺野は咄嗟に足を絡める。強靭な足腰でバランスを保とうと…だが追いつかない。
電光石火の一本背負い!
宙を舞った。地面に叩き落された。同時に上に載られた。逃げても逃げられない。
もがいても離れられない。勝てない。右腕と首を固められた。息ができない。
意識が飛んでゆく。
消え行く意識の中で紺野の脳裏に敗北の二文字が浮かんだ。
「紺野、あんたの為の大会だからね」
そのとき暗闇の中に、尊敬し憧れてきたあの人の顔が浮かんだ。
あの安倍なつみ館長が自分の為に大会を開いたんだと名言した。
まだ二回戦、負けられない。こんな所で負けられるはずがない!
指の一本一本を確かめる様に折り曲げていく。もう一度紺野の手が拳を造る。
――――眠れる牙が
仰向けの体勢から紺野は、自分の上で首と右腕を締め付ける小川に向けて、左拳を放った。
鈍い音と共に、紺野の拳が小川の背中に突き刺さる。
「〜!!」
悲鳴。声にならない悲鳴。麻琴は決まっていた技を解いて転げまわる。
ようやく息を吸い、起き上がる紺野。
常識はずれの破壊力。あの体勢で撃たれ強い小川をこれほどまでに苦しめる一撃。
もしこれがちゃんと立って構えていたならば、どれ程すさまじい威力になるか!
大きな瞳で相手を凝視し続ける紺野。その佇まい、今までの紺野とはまるで違う。
背中を突かれ苦しむ小川は、必死で立ち上がろうとする。
(ふざけんな!負けてたまるか!)
(愛の奴に借りを返すんだ…優勝するんだ…この小川麻琴が…)
中腰の状態で足がふらつき前のめりに落ちる。小川麻琴、立ち上がれない。
横になったまま上を見上げると、紺野は構えたまま待っていた。
(寝てる奴は襲わない。あくまで空手一本って訳か)
審判が決着を告げる。越後の虎、破れる。
VIP室では、安倍なつみ、藤本美貴、小川五郎の三人がこの試合を観覧していた。
決着がつくと、五郎は溜息をつき回れ右した。
「やれやれ、だから『ばーりちゅーど』はまだ無理だと言ったんじゃ。バカ娘め。
逆らわずわしの言う通り柔道に専念しとったら、あの一本背負いで決まとったよ」
「そうかもしれませんね」
「まぁこれで麻琴もわかったはずじゃ。あいつはワシが一から鍛え直す」
「感謝していますよ。あなたのお孫さんのおかげで紺野の牙が目覚めた」
紺野あさ美は優し過ぎた。自分では全力のつもりでも、どこかで相手を気遣っていたのだ。
しかしさっきの最後の一撃は違った。相手へ気遣いを捨てた本能の一撃。
小川が紺野をギリギリまで追い込んだことで、その力が解放されたのだ。
「安倍さんや。これで空手が柔道に勝ったとは思わんことじゃ」
「はい」
「知っとるじゃろ。講道館には今、当時のワシを上回るかもしれぬ天才がおる」
「ええ、有名人ですから」
「矢口真里。いずれ彼女があんたの所へ挨拶に来る。覚悟しておきなされ」
捨て台詞を残し、小川五郎は部屋を出て行った。
ともあれ、紺野あさ美はこれで準決勝進出。
ついに高橋愛と激突する。
麻琴は担架で医務室まで運ばれた。それを見送った愛。
絶対的不利であったあの状況をたったの一撃でひっくり返す破壊力。
次は自分の番かもしれない。そう考えると身が竦む、怖くて仕方ない。
なのにワクワクが止まらない。早く紺野と戦いたいと思っている自分もいる。
(病気やわ、治す気はないけど)
二回戦第三試合はなかなか決着が着かない接戦となった。
3R闘いきり、かろうじて加護亜依という娘が判定で勝利を収めた。
加護は恥ずかしそうに愛想笑いを浮かべて退場してゆく。
そして二回戦第四試合、あややの登場。一転して大歓声。
対するはアマレスの高校生チャンプ、レスリング対決が期待された。
しかし内容は一方的なもの、松浦が次から次へとプロレス技を魅せてゆく。
その一挙手一投足に観客の声援が飛び交う。とどめは豪快なブレーンバスター。
圧倒的実力差で高校チャンプをマットへ沈める。
強さと、派手さと、魅力、全て兼ね揃えたまさに完璧なファイター松浦亜弥、準決勝進出。
こうしてベスト4が決定した。いずれ劣らぬ、最強の名に恥じぬ娘たちが相並ぶ。
高橋愛(高橋流柔術)
紺野あさ美(夏美会館空手)
加護亜依(フリー)
松浦亜弥(ハロープロレス)
第三話「陽の当たる場所に」終わり
>>88-90 もちろん辻が出てこない訳ありません。
そのうち登場します。
おぉ、初めてリアルで見れた。
105 :
―――:03/10/06 20:36 ID:H/Be4H8u
>>103 ヤパーリ
大漁更新乙れす( ´v`)ノ
更新乙です!!!
ののたん劇的な登場まってます!
ほ
108 :
―――:03/10/10 10:14 ID:ZB9WSbzC
ぜ
ん
第四話「高橋愛vs紺野あさ美」
準決勝を前にしばしの休憩。安倍なつみは相変わらずニコニコしている。
本当に楽しくて仕方ないといった感じだ。
「さすがにここまでくる子は皆強そうだね」
「そうか?どいつもまだガキ臭えよ」
「美貴はどの子が優勝すると思う?」
「一応立場上、紺野って言わなきゃダメなんだろ」
「本音は?」
「さぁ、ガキの大会にゃ興味ねえってのが本音かな」
夏美会館全国王者である藤本美貴の目には、その先しか見えていない。
最強の二文字、すなわち安倍なつみである。
それを邪魔する奴は飯田圭織であろうが矢口真里であろうが叩き潰すつもりだ。
だから18歳以下のこんな大会は、正直いって藤本にはどうでもよかった。
しかし藤本美貴は知らない。
数年後、ここに残る4人の内の1人と血が血で争う死闘を繰り広げることになる未来を。
「興味ないか。フフ…まぁいいや。それじゃいこうか」
「どこへ?」
「紺野の控え室。激励にね」
「館長自ら?」
「そうよ。試合前の子を呼び出す訳にもいかないでしょ」
紺野は足を肩幅に開き拳を腰に据えると、深呼吸をひとつ吐いた。
先の小川戦のダメージはもうほとんど回復している。
万全に近い状態、いやそれを上回るといった方がいい。
小川麻琴という強者との闘いが、自分の殻を破ってくれた様に思える。
(もう誰と闘っても負ける気がしない)
ノックの音。場違いなくらい明るいなっちの声が聞こえる。紺野は振り返り返事をした。
夏美会館館長安倍なつみ、全国王者の藤本美貴、この両名が控え室に現れた。
「紺野、いよいよ準決勝だね。コンディションはどう?」
「完璧です」
「相手はあの高橋愛だ。あの子にはうちの美海もやられちゃってるからなぁ」
「私は負けません」
「だよね。流石に二連敗もしちゃったら夏美会館も面目無いよ」
紺野は負けられなくなった。
自分が負けるということは夏美会館の…安倍なつみの名を汚すことになる。
それだけはどんなことがあっても許されない、と思っていた。
「絶対に勝ちます!」
「よし!」
大きな瞳が燃える。
頭の中にイメージはできあがっている。高橋愛を叩き潰すイメージ。
安倍なつみと藤本美貴に見送られ、紺野は控え室を後にした。
「ありゃあ、化け物だ」
医務室のベットの上で、麻琴はそう語った。
あの気の強い麻琴にそんなセリフを吐かせるくらい、紺野あさ美は強い。
それを聞いた愛は苦笑いを浮かべた。
「女の子に化け物は失礼やろ」
「色んな奴と喧嘩した。でもあんな一撃は初めてだったよ、大の男も含めてな」
「ん〜、なんとかやってみるわ」
冗談ではない、麻琴の顔は本気だ。
愛は医務室を出た。廊下では亜弥が、壁に寄りかかり待っていた。
「震えてんじゃん」
「武者奮いやって」
「正直うらやましいよ。あんな面白そうな子と闘れるなんて」
「でしょ?」
「愛が負けたら、決勝でやれるからいいけど」
「あーそりゃ無理やわ」
「どして?」
「私勝つから」
愛と亜弥は互いに笑みを浮かべた。とてもこれから戦いの場へ向かう顔には見えない。
ポニーテルを揺らし、愛は廊下を駆け出した。
(さぁ!いくぜぇ!紺野あさ美!)
まず愛が闘技場に駆け上がる。
続いて紺野が静かに闘技場を上がる。
互いに言葉を交わそうとはしない。その瞳で見つめている。
審判の男を除けば、この四角い舞台に二人きり。ゾクゾクする状況だ。
二人ともこれまで圧倒的実力で勝ちあがってきた。
二人とも戦うことに人生を賭けてきた。
そんな二人が今から雌雄を決しようというのである。
開始の合図が鳴る。ついに幕は切って落とされた。
じりっ。
空気が振動の様に愛を襲う。
構えたまま紺野が少しずつ近づいてくる。
その距離が一歩一歩縮まる度、空気が揺れている。
愛は構えたまま、しかし下がりはしなかった。
最初に引いたらずっと引いてしまう気がしたから、下がらないと決めた。
紺野が前に出た。一撃必殺の破壊力を秘めた4つの手足が前に出た。
どれが来るか読めない。どれが来ても危険極まりない。
右のローが来た。一瞬の迷いが判断を鈍らせる。回避しきれない。
なんとか自慢の俊敏さで直撃は避けた、はずなのに重心が揺らぐ。
愛は目を覚ました。
こんなローを未だかつて受けたことがない。
高橋流の道場には空手のチャンプを始め、色んな格闘家が訪れていた。
そのどこにも、これほどのローを持つ相手はいなかった。
麻琴の言った通りだ。
紺野あさ美は化け物だ。
そんな化け物と闘える場所にまで私は辿り着いたんだ!
「愛ちゃんの目つきが変わった。これはおもしろくなってきたぞ」
「どういうことだ石黒」
最前列で観戦するジョンソン飯田とクロエ石黒。
石黒は高橋流の道場に通っていたこともあり、愛の本領を良く心得ていた。
「あの子のスピード、動体視力、反射神経は尋常じゃない。
本気になったらそれこそ触れることさえ困難になる」
「だが相手は安倍の送り込んだ一撃兵器だぞ」
「だからおもしろくなったと言ったんだ。あの空手娘がどうでるか?」
それしか知らないとばかりに紺野は拳を連打する。だが当たらない。
愛は全てを交わす。そして目を疑う速さで背後へ回り込む。
紺野は裏拳で対応。しかし愛はさらに半回転して背後から前へ周り足を掴む。
一気に倒そうと仕掛けたが、紺野は強引にそこへ拳を放つ。
どんな不安定な体勢であろうが、紺野の一撃はそれで必殺となる。
たまらず愛は後方へ飛ぶ。肩で息をしている。全身が汗でベトつく。
一発も受けてはいけないという緊張感がこれ程のものとは思わなかった。
まるで抜き身の刀を相手にしている様だ。たまらなく怖い。
(こんな恐怖をくれたのは二人目やって)
(亜弥のときは途中で止められちゃったけど)
(お前は最後まで付き合ってくれるんやろ、紺野あさ美!)
1R終了のゴングが鳴る。
愛と紺野は同時に動きを止め、互いに睨み合った。
「これからです」
「ああ、これからや」
しばしの休憩、そして2Rの始まり。
また同じ攻防が繰り返される。互いに一瞬の油断も許されぬ激闘。
紺野とて少しでも腕を止めたら、その隙をついてすぐに愛に倒される。
だから止まることはできない。いや元より止まる気はない。
まっすぐでシンプルな、こんな闘い方しかできないのだから。
そしてそれを信じて来たのだから。
2R終了のゴングが鳴る。
合計10分間動き続けた。それでもまだ決着は着かない。
互いに肩で息を吐く。疲労が全身を包む。両サイドに別れ呼吸を整える。
(一発。一発でいいんだ。私の全てをこの拳に託す)
強く拳を握り締め、紺野は立ち上がる。この闘い負けられない。
(楽しい〜いい感じやわ。ノッてきたって、次で決めるよ)
深呼吸して愛は目を開く。音も立てずに立ち上がった。
残り5分。それで決着を着けなければならない。
均衡は3R開始後すぐに破られた。
パァン!
風船が割れた様な見事な音が場内に響き渡った。
愛のハイキックが紺野の頭部を捕らえた音だ。紺野は膝から崩れ落ちた。
紺野が自分の攻撃に気を取られ過ぎたせいもある。
だがそれ以上に愛のスピードが尋常なものではなかったのだ。
果たしてそのハイを見極めれた者が、この会場に何人いたであろうか?
(闘れば闘るほど強くなる。お前はそうだったよな)
亜弥の胸中に恐れと歓喜が渦巻く。果たして自分だったら今のを回避できたか?
実際の所やってみなけりゃ分からない。そしてもう体の疼きが抑えきれない。
「見えたか?石黒」
「見えたよ。だが見えただけだ。反応できたかは分からん」
「フフフ、クロエ石黒にそこまで言わせるか」
「圭織、あんたはどうなんだ?」
「…愚問」
ジョンソン飯田は意味あり気な笑みで壇上に立つ愛を見つめる。
その瞳の冷たさに、十年来の付き合いである石黒すら寒気を感じた程。
一方、VIP室では安倍なつみが静かに舞台を眺めている。
隣で藤本美貴が溜息交じりに言った。
「ありゃあきついな。紺野は見えてなかったぜ」
「そうね。でも紺野は立つよ」
「どうして分かる?」
「なっちと約束したからよ」
「なるほど」
安倍なつみの予言通り、紺野は立ち上がった。
だが効いている。まだ意識がはっきりとしていない。でも構えることはできる。
意識しなくても構えはとれる。一日と欠かすことなく続けてきた構えだ。
目の前の高橋愛という娘を紺野は恐れを持って見返した。
自分と同世代にこれほどの相手がいたのか!
恐ろしく速く、恐ろしく強い。動きがまるで見えなかった。
開始の合図、来た。見えないのだからどうしようもない。まだ攻撃する態勢にない。
ガードを固めるしかできない。とりあえず頭部は守るんだ。
もう一度今のを頭に受けたら立ち上がれない。だが他の場所だったら我慢できる。
殴れ、蹴れ。今はガードしかできない。
残り時間は3分?十分です。それまでに反撃の態勢を作る。
高橋流柔術。闇の武術。確かに凄い。組み技だけじゃない、打撃でも超一流だ。
怖い。震えている。尊敬しますよ。だからこそ勝ちたい。
ガードするだけ、サンドバックみたいに叩かれ放題。みっともない。
みっともなくてもいい、どんなに格好悪くてもいい、最後に勝てればいい。
なるべく左腕でガードしよう、右腕に一撃分の余力を残しておくんだ。
さぁ、もっともっと攻めて来い。私はその時まで待つ。
高橋愛、お前がほんの一瞬でも息をつく時。その瞬間を逃さない。
よし、いい。段々と意識が戻ってきた。もう分数の割り算だってソラで解ける。
攻撃の手が緩んできた。3秒で5撃だったのが4秒で5撃にまで落ちています。
そうだ、彼女だって人間だ。恐れることはない。彼女だって私の一撃を恐れているはずだ。
その証拠に視線がずっと私の右腕を見ている。見ればいい。
外さない。逃げても追って必ずこの拳をその顔にぶち当てる。
もう余計なことを考えるのはよそう。
この拳をあいつの顔にぶち込む。それだけ。
そしてその機会はついに訪れた。
数百にも及ぶ連続攻撃に限界が、愛は大きな呼吸を余儀なくされる。
その瞬間を紺野は逃さない。他の事はもう何も考えちゃいない。打!拳が牙に変わった。
愛の尋常ならぬ反射神経が牙を避ける様に、上半身を後ろへ反らす。
牙は止まらない!前へ!ついに牙が愛の胸を噛み付いた!
…と思った刹那、愛は自ら宙を舞う。圧巻のカウンター。
オーバーヘッドキックの様に後ろへ下がる勢いのまま、向かい来る紺野の顎を蹴り上げた。
(どうや!)
あまりに華麗過ぎる反撃を受けた紺野の顔には、意外にも笑みが張り付いていた。
(…その体勢)
他の事なんて考えちゃいない。自分が反撃を貰ったことなんて少しも考えてない。
彼女の目に映るのは、カウンターを放った為床に腰を落としてしまった相手のみ。
(…その体勢、もう身動きできない。終わりです)
(しまっ…)
反撃したことは失敗と愛が気付いたときには遅い、紺野の牙が目の前に迫っていた。
ビィーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!!!!
拳が目の前で止まった。
(何の音?)
愛は思った。愛は考えた。視界に映るのは拳しかない。
(なんでこの拳が目の前で止まってるんや?)
(ああそや、あの音は試合終了のブザー…え?試合終了?)
床に尻餅をついた体勢で愛は辺りを見渡した。
目の前に拳を突き出したまま動きを止める猛者の姿があった。
(まさか…まさか紺野、お前)
あの体勢で、紺野あさ美の正拳突き、受け流せるはずがない。一撃で勝負は付く。
目を疑ったまま愛は立ち上がった。そして叫んだ。
「止めたんか!紺野!お前、何で止めた!」
「…ルールだ」
「なんやそれ。何言ってんやお前」
ブザーとお前の正拳付きは同じタイミングだった。止めなくても気付くもんか。
まして紺野、お前は主催者なっちの夏美会館やろ。誰も文句なんて言うか!
お前が勝ってたんや。どう考えても私が負けてたんや。なのに…。
『3Rで決着が付かなかったので、ただ今から審判員による判定を行います』
ちょっと待ってや。何やそのアナウンス。誰が判定なんて頼んだ?
まだこっちの話は終わってないって、のー。
『3−0で、高橋愛選手の勝利です!』
判定で私の勝ち?いい加減にしてや!みんな、何で拍手とかしてるの?
おい、紺野、どこ行くんや。まさかこのまま退場しようってんじゃないやろの!?
「紺野っ!!」
騒がしい会場で、その愛の声はよく通った。予想外のことに会場が静まる。
紺野あさ美は振り向かず、背中を向けたまま歩みを止めた。
「やるぞ!続き!」
「もうルールで決まった時間は終わりましたよ、高橋さん」
「ルールなんて知らん!関係ないわ!」
「ルールを破ると失格になります。もう大会には出られない」
「ええよ、それでも。紺野あさ美。お前ときっちり決着が付けれるんやったらの!」
その言葉がどんなに嬉しかったか。
どんな素敵な愛の言葉より胸に響く。体中が震えてくる。
だが紺野はその誘いに乗る訳にはいかない。
だって紺野は紺野あさ美である前に、夏美会館の紺野あさ美なのだから…。
館長の主催するトーナメントでその門下生が規律を乱せるはずがない。でも…だけど…
「私も…もっと貴方と闘いたい」
振り返った紺野の瞳が涙に濡れていた。
叶うことの無い望み。精一杯の気持ちを吐き出した。
(何故あのとき拳を止めた?)
自分だって分からない。終了の合図に体が勝手に反応してしまったんだ。
非情になりきれていなかった。本当に相手が憎ければ撃ち抜いたはずだ。
(憎い?そんなはずない。私の胸をこんなに高鳴らせる奴はお前しかいない!)
高橋愛と紺野あさ美は再び向き合った。
二人の気配を察した審判達が間に割って入り、それを阻止する。
「何をしている!もう試合は終わったんだぞ!」
「早く壇上を降りなさい!」
予想外の波乱に会場は騒然となった。力ずくで下ろそうとする男たち。
抵抗する二人。大会の存続さえ危ぶまれたそのとき――――あの女が姿を現した。
「はい、そこまで!」
安倍なつみ、その一声であれだけの騒ぎがピタリと止まった。
なっちは愛と紺野を順番に見渡し、いつもどおりの笑みを浮かべたまま言った。
「高橋ちゃん。闇の真剣武術が勝負に負けちゃあねぇ〜」
「…っ!!」
「紺野。まさか夏美会館代表のあんたが試合で負けないよね〜」
「…押忍」
「こんなイイ喧嘩。他人の判定なんかで勝敗決めちゃもったいないよ」
「しかし、館長…」
「やるか?時間無制限の特別延長戦」
「いいんか?だってルールじゃ…」
「バカ」
安倍なつみは微笑んだ。
「なっちがルールよ」
122 :
―――:03/10/11 14:08 ID:TMI1bXFG
辻豆氏キタ―――!!
更新乙でした。
延長戦!
安倍なつみの提案に会場はヒートアップする。
紺野は両拳を腰元で握り締め、館長に頭を下げた。力が湧き上がってくる。
愛は初めて間近で安倍なつみという女を知った。
こんな暴挙を何故か納得させてしまう力を秘めている女性。
「安倍さんって結構いい人なんや」
高橋愛の言葉に安倍なつみは満面の笑みをもって応えた。
「フフ…高橋ちゃん」
「はい?」
「紺野に勝ったら、お前をコロす」
他の誰にも聞こえない大きさで安倍は愛にそう囁いた。
頬に一筋の汗が落ちる。目を輝かせたまま愛は言葉を返した。
「それは…なおさら勝ちたくなったわ」
笑顔を少しも崩すことなく、安倍なつみは試合場を降りた。同様に審判達も降りる。
これで完全に邪魔するものはなくなった。
「さぁ決着をつけよう、紺野あさ美」
四角いリングの上、満身創痍の二人は再び向かい合った。
館長の許しを得た。この相手と好きなだけ闘り合っていいのだ。
そのことが限界に来ていた紺野の体に新たな力を湧き起こす。
もうどちらかが倒れるまで誰も止めはしない。
もうこの拳を止めることはない。
勝ちに行く!
逆に疲労が溜まってきたのは、攻め続けていた愛の方であった。
これだけの時間、これほどの相手と、こんな緊迫した闘い、経験が無かった。
延長戦、前へ出たのは紺野あさ美の方だった。
その蹴りが、その突きが、徐々に愛の四肢を蝕んでゆく。
頭では反応しているのに、体がそれに付いて来ない。スタミナが切れかけていた。
(まいったわ、本当にヤバい)
(自分で再戦誘っておいて、このザマはないやろ)
紺野の本当の恐ろしさがここに来て明るみに出た。
揺るがない信念が支える、途切れることなき無尽蔵のスタミナ。
「ハアッ…ハァ…ハッ…フーフー…ハァ…ハア…」
肩で息をし出す愛。もう疲れが目に見えて分かる。しかし紺野は慌てない。
(高橋流柔術。どれだけ疲労しようと、決して過小評価はしません)
(確実に正確に一本ずつ潰す。あなたの可能性を)
じわじわと距離を詰める。無尽蔵の怪物が射程距離に愛を追い込む。
強烈な右の正拳突き。もうかわす余力もない愛は、仕方なく左腕でガードを試みる。
紺野の本気の正拳にガードなど意味はない。想像を絶する衝撃。左腕が死んだ。
一気に形勢逆転。しかし紺野は慌てない。
相手に少しの隙も油断も与えない。完璧に追い込む。
紺野の地を裂く様なロー。愛の右足が衝撃と共に崩れる。
続けざま蹴りと突きの連続攻撃。残された右腕と左足で逃げる。
(あなたは本当に強かった。高橋愛さん)
(延長をしてでも最後まで闘えたこと嬉しく思います)
(でも…もうおしまいです)
(何百万と撃ってきた正拳で、一番最高の拳で…あなたを葬る!)
理想的な構え、理想的な間合い、理想的な流れ。
限界を超えたここにきて究極の空手家像に相応しき輝きを放つ紺野。
「うん」
安倍なつみが思わず頷いた。
紺野あさ美、最高の一撃。パァンという快音と共に愛の体が後方へはじけ飛ぶ。
「ダウーン!!高橋愛!ダウーーーン!!!」
紺野は朦朧としていた。
審判の声。アナウンスの音声。観客の歓声。色んな物が耳を入って出てゆく。
その中で確かに感じる気持ち。最高の試合だった。自分は勝ったんだ。
あの高橋愛に勝ったんだ。今にも叫び出したい衝動に駆られる。
(勝っ…おや?)
異変。目の前で異変。
ダウンした高橋愛が起きようと悶えている。
片腕片足がもう動かないはずだ。最高の一撃を受けたはずだ。
右腕が赤く腫れあがってる。そうか、右腕を犠牲にして致命傷を避けたのか。
両腕をブランとさせたまま、左足一本で高橋愛はヨロヨロ立ち上がった。
何とも形容しがたい表情を浮かべていた。
笑ってもなく、怒ってもなく、苦しんでもなく、冷静でもない。
その顔でじっと紺野のほうを見ていた。
―――――――怖い。
そう思った。背中が急に冷たくなった。
何でだ。もう左腕も右足も右腕も使えない。立つことが精一杯の相手を?何故怖がる?
「…使いたくなかった」
――――――――何を言っている?
「…お前を殺したくなかった」
――――――――だから何を言っている?
(高橋!その状態で!まだ闘るというの?何ができる?もう終わりだ!)
(お前はもう避けることもできない。いいよ、終わらせる。私が!)
まだ誰も高橋流柔術も見てはいない。
遠く戦国の世に生まれ数百年、闇に徹してきた戦闘術。その本性。
手足が残り一本になっても敵を滅ぼす術がある。
とどめを刺す為に突進する紺野。
その瞬間、残り一本の左足で愛は宙に浮いた。そのまま左足を紺野の頭部目掛け放つ。
(大丈夫。問題ない。さっきまでの速さはない。かわせる。かわせば私の勝ちだ)
愛の左愛が紺野の頭部をかすめる。紙一重、それは紙一重の差であった。
(かわせた!ギリギリかわすことができた!)
(勝った!)
…と思った瞬間、何かがアゴを掴んだ。そして目の前が揺らいだ。
紙一重でかわしたはずの左足、その親指と人差し指だ。
紺野には何が起きたのか理解できていない。
二本の指がアゴを掴み、蹴りの速度のままアゴを傾け、脳を揺らす。
そんな常識外れの超技が行われたことなど知るよしも無い。
気合とか根性とか信念とか…そういうものを一掃させてしまう脳神経への一撃。
(なっち館長の為にも…負ける訳には…)
(さぁ続きだ…高橋…)
(私はまだやれ…)
前のめりに、紺野あさ美は崩れ落ちた。
もう着地すらできない愛もそのまま地に落ちた。その足先に確かな勝利の感触を携えて。
安倍なつみの表情から笑みが消えたのを、藤本美貴は見た。
(やっちまったな…)
紺野はピクリとも動かない。愛は唯一動く左足でゆっくり立ち上がった。
その瞬間、激闘の決着を告げるアナウンスが大音量で流れる。
「勝負ありぃ!!!!勝者!!高橋愛!!!」
夏美会館のスタッフ達の手を借り、未だ意識の危うい紺野あさ美は退場してゆく。
高橋愛はたった一人、動かない両手右足をひきずりフラフラと退場してゆく。
そんな両者に観客達の熱い声援がそそがれる。
本物と本物がぶつかりあった、実に素晴らしい勝負であった。
しかし勝者は高橋愛。あの夏美会館に敗北の二文字を与えた娘。
これからの女子格闘技界を間違いなく騒がせるであろうと、誰もが期待を持った。
そんな愛も今はしゃべる力もないくらい疲労しきっていた。片足でフラフラ進む。
最後の力で控え室の扉を開けると愛はそのまま倒れ込んだ。
手も足も、もう動かす力も残っちゃいない。ここまで辿り着けたのも奇跡に近い。
(紺野あさ美…めっちゃ強かったわぁ)
(あ〜つかれた)
そのまま愛は眠りについた。
目を覚ましたとき、予想さえしなかった事態が待つことも知らず。
一方、静まり返った会場は再びざわめき立っていた。
もう一つの準決勝が始まろうとしているのである。
松浦亜弥の控え室を訪れた石黒が、ジョンソン飯田の元へ戻ってきた。
「いい感じでピリピリしてる。愛ちゃんの試合が相当堪えた様だ」
「そうか」
「ちょっとやりすぎちまうかもしれん」
「そのくらいの方がちょうどいいさ」
「フッ、まったく対戦相手の娘が可哀想になってくるよ」
石黒は心からそう思っていた。
ところがその対戦相手である加護亜依は、試合直前であるにも関わらず
のんきに携帯でおしゃべりしているのであった。
「うん。うんそー。これから試合やねん。えっ自分も出場たかったて?もう遅いわ。
でも見とったけど、あんまたいした子えーへんて。あ、もう時間かな、じゃまた後ね」
携帯を切ると、加護は意気揚々と立ち上がった。
赤ちゃんみたいなあどけない笑顔の裏に潜む仮面を、未だ誰も知らず。
準決勝第二試合 加護亜依vs松浦亜弥
始まる。
第四話「高橋愛vs紺野あさ美」終わり
130 :
名無し募集中。。。:03/10/14 02:43 ID:pAb6q2Tz
更新乙です!
あややVSあいぼん楽しみにしてます!
131 :
―――:03/10/14 10:39 ID:+861TcIr
更新乙
電話の相手はもしかして―――!!
ほ
133 :
―――:03/10/17 08:36 ID:gEFD/Ryh
ぞ
を
135 :
―――:03/10/18 10:34 ID:GtHbFTyT
み
第五話「本当の優勝者」
「あややーー!!」
「いけー!あややー!」
会場中をあややコールが埋め尽くす。
一回戦二回戦ですでにアイドルの様な人気を得ているあやや。
とびきりのあややスマイル。派手で力強いプロレス技の数々。そして圧倒的強さ。
人気が出ない訳が無かった。
そんな中を加護は、初めて海外に来た日本人旅行者の様にキョロキョロ物珍し気に登場。
加護はここまでの二試合共に判定勝ち。地味でダラダラした戦いに人気は今ひとつ。
アウェーと呼んでいい状況であったが、加護には少しも臆した様子がない。
「ホエェ〜、ごっつい人気やのぉ」
「まあね」
ついに舞台上で向き合った加護と松浦。
のん気にしゃべりかけてきた加護に、松浦はアイドルばりの笑みのまま応える。
「その作り物の笑顔にみんな騙されとんのかなぁ?」
「おもしろいこと言うね、キミ」
「その余裕だらけの顔、変えてみたいわ〜」
「できると思う?それ」
「せやな、まずはこのあややコールをあいぼんコールに変えたろか」
「無理ね」
『はじめっ!!』
亜弥はいつもどおりのレスリングスタイルに構える。
すると加護亜依も同じ戦闘スタイルをとった。亜弥に対しレスリングを挑もうとしている。
(フリースタイルとは聞いていたけど、どうやらバカの様ね)
よりによって松浦亜弥とプロレスしようとは、バカ以外に言葉が無い。
亜弥が手を出す。その手を加護が掴む。亜弥の指と加護の指が絡み合う。
手四つ。
力比べ。格の比べあい。自分に有利な体勢へ引き込む為のせめぎ合いだ。
パワー自慢の亜弥と手四つで渡り合える娘など、それこそ頂上にいる飯田石黒ぐらい。
なのにこの小さな加護亜依という娘はまるで平気な顔をしている。
「なんやこんなもんか?たいしたことないわ」
「…」
「うちの知り合いに、もっと馬鹿力の奴いてるし」
すると加護は重心を下げて、突然タックルに入った。
亜弥も腰を落としタックルをきる。しかし加護の圧力は想像を絶するものであった。
勢いを止めることができない。倒されはしないものの後ろへズンズン押されていく。
壇上の端が近づく。しかし加護は止まらない、さらに勢いを増していく。
「落ちいや」
加護に押されて亜弥は壇上から落ちた。加護は自分の全体重を乗せて亜弥を潰す。
さらに上になった状態で殴る。馬乗りになって殴る叩くぶつどつく、怒涛のラッシュ。
「場外!!場外だ!ストップ!」
「あ、すんまへん。夢中で気付きませんでしたぁ」
ぺロッと舌を出して加護がようやく立ち上がる。その両手はもう紅く染まっていた。
あややコールに包まれていた会場中が、驚きの騒ぎに変わる。
この試合。誰もが松浦亜弥の圧勝で終わると予想していた。ところがどうだ。
亜弥はまだ起きてこない。場外で仰向けになっている。顔を腫らし出血すらしている。
「あの加護ってやろう、とんでもねえ奴だな」
藤本が声を抑え漏らした。隣にいる安倍なつみは応えない。
高橋紺野の試合後から無言が続いている。藤本には安倍が何を考えているか分からない。
安倍が聞いていようがいまいが藤本はしゃべる。言わなきゃ気が済まない性質なのだ。
「遊んでやがった…今までの試合」
場外でのことなのでダウン扱いはされない。しかし見ている者にはそんな理屈は通じない。
「松浦亜弥が加護亜依に倒された」という目に映った事実が全てだ。
亜弥はその手で顔に付いた血を拭った。手に付いたベットリとした血を確かめた。
何故かその口元には笑みが張り付いている。
さっきまでのアイドルレスラーの笑みではない。もっと何か違う笑みが…。
「起きたぁ?早よ続きしようや」
加護はふてぶてしく壇上で亜弥を待つ。ようやく起き上がった亜弥は静かに壇上を上る。
亜弥のソレを知るのは、控え室で眠る愛を除けば石黒彩1人しかいなかった。
そして石黒は亜弥のその変化に気付いた。
「まずい!同じだ…あのときの顔と殺気」
かつて愛と亜弥が対決したときに亜弥が見せた殺意の本性。
アイドル的表面に隠された、限りなく危険極まりない裏あやや。
その恐ろしさは同じ志を持つ親友を平気で殺そうとする程の…。
「止めなきゃ!」
石黒は立ち上がった。このままほっといてはどうなるか分からない。
TV放映すらされているこの大舞台で、トンデモナイ事件を起こす事も在り得る。
(まだ間に合う。試合を止めるんだ)
しかし、駆け出そうとした石黒の腕を掴むものがった。
ジョンソン飯田であった。いつもの冷静かつ凶暴な瞳を開かせている。
「やめろ石黒」
「だけど止めなければ!松浦は相手を殺してしまうかも…」
「構わん」
「な…!」
飯田の瞳が鈍く光った。その視線は確かに亜弥を捕らえている。
更新乙です
いろんな意味で楽しみな展開 次も期待してます
あいぼんさんいったれ!
加護と松浦が対峙する。
「へえ、ええ顔できるやないの」
「…ね〜え?どっちがいい?」
「何?」
「一瞬で倒されるのとじわじわ痛ぶるの」
「おもろいなぁ。どっちも御免や」
加護は再びタックルに来る。亜弥は避け様としない。真正面から受ける。
だが倒れはしない。亜弥のバランス感覚は比類するものがない。
舞台中央での力比べとなった。どうやら腕力と握力は亜弥の方が強い。
しかし体重を掛けた体全体の押し合いとなると加護に分がある。
また徐々に押されていく。また場外へ突き落とす気だ。
(…ってよいのかな?)
亜弥の目が少し細まる。
全体重を掛けて、加護は今度こそ亜弥を潰すつもりだった。
勢いのまま二人は再び場外へ落ちた。
「いやああああああああああああああああ!!!」
キーの高い悲鳴が聞こえる。
少し血に塗れた、氷の瞳と形だけの笑みを浮かべて、立ち上がったの松浦亜弥であった。
加護亜依は悲鳴をあげながら床を転げまわる。
その右腕があり得ない方向にひん曲がっていた。
(殺しちゃってよいのかな?)
落ちる瞬間、亜弥は加護の腕を逆に下から掴み取った。
そして二人分の体重が腕にそのまま落ちる様に仕掛けたのだ。
場外での出来事、傍から見る観客達は偶然の事故と思った。
限られたごく一部の者達だけが、松浦亜弥の恐ろしさをその脳裏に刻み込んだのだ。
審判と専属の医師が集まり、加護の状態を診る。やがて首を横に振る。
勝負あった。これ以上試合はできない、そう判断を下した。
状況説明と勝ち名乗りの為、審判が壇上に上がる。
亜弥も勝利宣言を受ける為に壇上へ上がろうとした…そのとき。
「うおおおあああああああ!!!!」
腕が折れて苦しんでいたはずの加護亜依が突然、背中から襲ってきた。
亜弥は完全に不意をくらった。加護の体当たりをまともにもらう。
石造りの舞台と加護亜依に思いきり挟まれ、にぶい音を鳴らす。
再開の合図も無し、場外での故意の攻撃。
当然反則だ。
しかし加護は止まらない。さらにもう一回亜弥の背中へプレス。
亜弥の口から紅い液体が零れ落ちた。
亜弥はようやく視線を後ろに向ける。加護亜依という娘を睨む。
「意外と甘いわぁ、もう勝った気でおったん?」
どこまでもあどけないしかし残酷な笑みで、自分を見下ろす娘がそこにいた。
亜弥の中で何かが切れた。
「やめろ!反則行為だぞ!」
審判が間に入って加護を押さえ込む。
しかし亜弥の視界にはそんなものもう映っていない。
加護亜依しか映っていない。
邪魔する奴はみんな邪魔だ。
亜弥の放ったパンチは、加護の前に立つ審判にクリーンヒット。
審判が倒れた。それを見た周りの審判一団が慌てて止めに入る。
しかし誰も松浦亜弥と加護亜依を止めることができない。
審判員は全員が夏美会館の有段者である。それでも誰もこの二人を止められない。
「エヘヘへ〜なんや、おもろいなぁ。なぁあややちゃん」
「殺す」
亜弥のソバットと加護の回し蹴りが同時に最後の審判を吹き飛ばした。
場外乱闘を制し、再び向かい合う二人。
「これで邪魔は消えた。次はお前」
「来いや、後悔させたるで」
もうこれは試合ではない。
二匹の野獣がその牙をついにぶつけ合う。
バシィィィン!!!
「はい、そこまで」
二本の手が、ぶつかる寸前の亜弥の腕と加護の腕を掴み取っていた。
(…動かない!)
(嘘やろ…)
松浦亜弥と加護亜依、あれほど荒れ狂っていた二匹の野獣が金縛りの様に固まる。
その二本の手の主、安倍なつみが静かにそして強く言った。
「悪戯が過ぎたね、君たち失格」
腕を放すと、安倍は目にも止まらぬ速さで二人の後頭部に手刀を打った。
その一発、たったの一発で誰も止められなかった二人はあっさり崩れ落ちた。
これが武神安倍なつみ!まさに最強の二文字を冠する女である。
しかし予想外の事態に観客達のどよめきは増す。
その混乱にさらに拍車をかける様に、飯田圭織が立ち上がった。
涼しげな顔でジョンソン飯田は安倍なつみの元へと向かう。
女子格闘議界の頂点に立つ二人が、ここに並び立った!
「久しぶりじゃない、飯田」
「フン、うちのもんが迷惑かけたな」
「松浦のこと?あなた、この子このまま育てるとトンデモナイことになるわよ」
「それは俺の勝手だろう。で、どうするんだこの大会は?」
「今の試合は両者失格…となると勝者は1人しかいないでしょ」
「高橋愛か。まぁそれはいいが、なんか締まらねえ大会になっちまったなぁ」
「決勝戦がないと締まらない?そうね〜」
「主催者も退屈でね、代わりになっちの試合で締めてもいいんだけど」
「そりゃ豪勢な話だ」
「ただ相手がいないんだよね〜」
「安倍なつみの相手ができる奴なんかそういねえだろうよ」
「例えば飯田圭織とか…」
電撃が走った。
最強と最強の視線が絡み合う。
夢の頂上決戦がここで実現してしまうのかと、周囲は騒然となる。
しかし真面目だったなっちの顔がふにゃっと綻ぶ。
「なんてね」
なっちの笑顔。それだけであれほど緊張の走った空間が一瞬で和らいでしまう。
飯田も思わず笑みを溢す。性質の悪い冗談…
パシュッィ!!
加護と亜弥に放った目にも止まらぬ手刀、それを瞬時に受け止める飯田。
周囲は何が起きたのか理解すら追いつかず凍りつく。
安倍はゆっくりと手を引いた。
「さすが」
「フン、俺が今更お前の笑みに騙されると思うか」
ジョンソン飯田となっちの体内に気が満ちてゆく。
これ以上対峙していたら、本当にやってしまいそうだ。
「飯田、今日はここまでにしとこう」
「自分からきて、勝手なヤロウだ」
「さっきから後ろでものすご〜く睨んでる人がいるもんで」
「あいつか…藤本ってのは」
なっちとジョンソン飯田の対峙に一番反応していたのはこの藤本美貴であった。
自分を差し置いて最強対決なんてやらせねえ!
いつでも飛び出せる位置で、そう二人を睨みつけていた。
「それにもしやるなら、もっと大舞台じゃないとね」
「俺は別に構わんが」
「来年の夏美会館全日本トーナメントをノールール異種格闘技にしようと思うの」
「ふーん」
「せひ、貴方にも出場して頂きたいのだけど」
「安倍、お前は出場るのか?」
「もし出ると言ったら?」
「…考えておこう」
飯田圭織は向き直り歩を進める。意識を失った亜弥を石黒が担いで後に続く。
もう1人意識を失った加護亜依は、折れた腕をのこともあり病院へと運ばれた。
148 :
名無し募集中。。。:03/10/20 02:41 ID:l7YI6x4Q
更新乙です!
あややのブチギレしびれました!
それとジョンソン飯田と安倍館長の絡みワクワク物でした!
この二人のバトル楽しみにしてます!
149 :
134:03/10/20 17:31 ID:+3LuQR5Q
ん
>うちの知り合いに、もっと馬鹿力の奴いてるし
辻キター!!
辻っ子のお豆さんにちょっと相談です。
「モームス最大トーナメント」をおいらのHPに載せてもいいでしょうか?(隠れモーヲタなので登場人物の名前、タイトル等を変更して)
友達に見せるだけで、公にふれることはまずありません…というか、もう載せてるんですが…(汗
152 :
―――:03/10/21 10:30 ID:bVItXUSx
>>151 黙って載せていたら嫌な気分になるけど
ちゃんと言ってくれたからいいよ。
でも「モームス最大トーナメント」は書き直したい箇所が多々あって
今でも悔やむ所がある。なっち負けた所とか。第二部の手抜きとか。
なちかお来てたー!!
現実のなちかおは最近殺伐としてなかったので物足りなかったんっすよ〜。
なちかおはこうでないと♪
155 :
名無し募集中。。。:03/10/24 10:02 ID:47aHjiUG
マターリ保全。
>>151 転載自体は本人許可もらってればいいと思うが
>登場人物の名前、タイトル等を変更して
これはマズイと思うぞ。
私文書改竄じゃんか・・・。
俺もオモタ(w
許可取る取らない以前の問題じゃないか??って
なんに?どうすればいいの?
まぁとりあえず更新しとこう。
「高橋さん!高橋さん!」
控え室を叩く声に、眠りについていた愛は目覚める。
大会運営委員の男性が大声で入ってきた。
「なんやも〜うるさいな〜」
「高橋さん。あなたの優勝です」
「あー優勝かーうん、わかった、おやすみ」
「起きてください!これから表彰式です。早く会場へ…」
「もうわかったって!だから優勝やろ。はいはい…ゆうしょ……えーーーーー!!!」
目が覚めた。飛び起きようとしたが手足が動かずまたコケタ。
「決勝戦は?亜弥は?どうなったんやって!」
「それは向かいながら説明します。とにかく急いで下さい!」
自由の効かない手足を引きずりながら、愛は会場に入った。
何とも言い難い周囲の空気と、中央に安倍なつみが待ち構えていた。
『18歳以下総合格闘技トーナメント優勝!高橋愛!』
アナウンスが流れると、あちこちから拍手が起こる。
その中を愛は進んだ。安倍なつみの待つ壇上へと。
「こんな形の優勝だけど、受け入れてくれる?」
開口一番、安倍なつみはそう尋ねてきた。
亜弥と加護亜依の試合の結末はすでに聞いていた。自分が優勝になった訳も。
「安倍さんこそいいんですか?私が優勝で?」
「貴方はうちの紺野に勝ったんだ。誰も文句は言わないさ」
「じゃあ優勝するわ」
日本一に…優勝する為に来たのだ。断る理由なんてこれっぽっちもない。
愛は素直にその権利をもらいうけた。18歳以下女子最強の称号。
ただひとつ気になるのは、あの亜弥と引き分けたという娘。
「優勝者には来年開くオープントーナメント出場権利が与えられる」
「もっと強い奴とやれるんか!楽しみやわ」
「必ず勝ち上がりなさい…夏美会館が叩きのめしてあげるから」
最後の一言は小声で愛だけに聞こえる様囁かれた。
すでに高橋愛は、安倍なつみのターゲットとしてロックオンされているのだ。
トロフィーを受け取る。それを脇に抱え、愛は笑顔で会場を後にした。
もちろんこの状態で福井へ帰れるはずなく、近くの病院へ直行となった。
こうして若き娘たちの激闘は、幕を下ろした。
しかしこれはこれから始まる真の闘いの序章にしか過ぎないのである。
愛は診断の結果、三日の入院となった。改めて紺野の正拳の恐ろしさを感じる。
「ハァーしかしよくあんな化け物に勝てたわ」
「誰が化け物ですか?」
「うわぁ!紺野!いたんか!何してんの!」
「見ればわかるでしょう」
隣のベットに紺野が寝ていた。よく見ると包帯グルグル巻きだ。
「そっか、お前も入院か!」
「でも私は二日だけです。貴方の方が重傷です。だから本当は私の勝ちです」
「なんや意外と負けず嫌いなんやの」
「そ、そんなことない!」
紺野はポッと頬を紅く染めた。闘いの場では決して見せなかった表情だ。
「結構かわいい所あるんや」
「茶化さないで下さい。殴りますよ」
「うえ〜もういいよ〜」
「次やるときは絶対勝ちますからね。覚悟しておいて下さい」
「うん」
「それまで誰にも負けないで下さいよ。あなたを倒すのは私と決めたんですから」
紺野の言葉に愛は微笑を返す。彼女はきっと戻ってくる、さらに強くなって。
愛は約束した。誰にも負けない!
バケツに入った水を思いっきり浴びせかけられる。
亜弥が目を覚ましたそこはハロープロレス本部道場のリングの上だった。
そして目の前に立つのはずっと憧れ続けたあの人。広い道場に二人きり。
「気がついたか」
「…ジョンソン飯田さん!?」
「お前の試合、みせてもらったよ」
「え?…はい」
亜弥はようやく思い出す。加護亜依の顔、高橋愛の顔、そして安倍なつみ…
「大会は、どうなったんですか?」
「お前と加護亜依は共に失格。優勝は高橋愛。それが安倍なつみの出した結果さ」
「愛が優勝…」
「だが俺から言わせりゃ本当の優勝はお前だ、松浦」
「え?」
「ベスト4の残り三人は全員今ごろ病院のベットの上だ。立ってるのはお前だけ」
「…!」
「だから俺はお前が優勝だと思っている。俺は間違っているか?」
プロレス界に燦然と輝くカリスマが、自分を認めてくれた。
その一言一句が亜弥の胸に染み込んでゆく。
(そうだ、この人の言っていることは正しい、私はこの人の元でもっともっと強くなる!)
「いえ。飯田さんは間違っていません。一番強いのはあややですから」
更新乙です!
これからハロプロ総出演で話は進んでいくんですかねぇ
「モームス最大トーナメント」読んでいなかったけど楽しめますね
でも、ここまでの話を読んで読み始めました!
おもしろいっす
ベスト4最後の1人、加護亜依。
彼女も愛や紺野と同じ病院に運ばれたのだが、その晩意識を取り戻し
折れた腕が固定されていることを知ると、すぐに何処かへ逃げ出してしまった。
「ただいまぁ」
河川敷の小さな掘っ立て小屋、そこが加護の住まいである。
寝食を共にする相棒と二人で何も無い所から作り上げた家だ。
「おかえりなさい!あいぼん!」
扉を開けるとその相棒――辻希美が出迎える。
彼女はギブスと包帯に巻かれた加護の腕を見て目を丸くした。
「まさか、負けたのれすか?」
「アホ!負ける訳あらへん!途中で邪魔入ったんや」
「れすよね!私のあいぼんが負ける訳ないよね」
「ウワ!くっつくなて!痛いんやから!」
テーブルには、辻が作ったご馳走が所狭しと並んでいる。
加護はそれを食べながら、今日の大会の出来事を事細かに話した。
辻は本当に楽しそうにそれを聞きながら、片腕が使えない加護の為にご飯を食べさせる。
「…っちゅう訳や。あそこでなっちが邪魔せんかったら、うちが勝っとったのに」
「うん、しょうれすね。私もあいぼんが優勝らと思う」
愛くるしい八重歯を覗かせて、辻は微笑み返す。
「だってあいぼんは地上最強になる人らもん」
「せや!」
「ののはあいぼんが地上最強になる為らったら何でもするのれす」
「ほな、飯食ったらまたトレーニングや」
「れも大丈夫れすか、この腕」
「こんなん唾でもつけときゃ直んねん」
「ダメれす。あいぼんにもしものことがあったら…」
「わかったわかった、明日ちゃんと病院行くて」
「うん。ところで、それいつまで付けてる気れすか」
「あー忘れとった」
加護は靴下を脱ぐと、中から重りを取り出した。
ゴトッと音を立てて落ちる。片方3kg、両方で6kgはある。
足を鍛える為に常時これを着用していたのだ。大会の間もずっと。
「やっぱり、本気だったらあいぼんが優勝れすよ」
裸足になると、加護はピョンと身軽に跳ね起きた。
「腕が治ったらすぐあの松浦と、安倍なつみも倒したるわ」
大会翌日、安倍なつみの元にスポーツ紙の朝刊が届く。
その一面を見て、安倍なつみは顔色を変える。
乱闘で決勝が流れたとはいえ、あれだけの盛り上がりを見せ、
最後になっちとジョンソン飯田の掛け合いもあったというのに、
大会のニュースが一面にはなかった。
それを上回るビックニュースが海外から舞い込んだのだ。
『UFAボクシング女子世界ヘビー級チャンピオンに日本人女性が輝く!』
写真の中でベルトを掲げ輝く娘の顔を脳裏に刻み込む。
ボクシング世界一の称号を手にした娘の名―――――吉澤ひとみ。
「こいつはおもしろいことになってきたべさ」
安倍は朝刊を藤本に渡す。藤本はそれを一瞥する。
記事のコメントにこう書かれていた。
『ベルトは返上する。来月、日本に帰る。そこに待ってる奴がいる。
そいつと安倍と飯田を倒して、次は日本最強の称号を手にする』
記事の中で吉澤ひとみはこう語っていた。
藤本は軽く苦笑いを浮かべ、朝刊を返した。
「気にいらねえ」
病院のベットの上で愛は目覚めた。
日本一。
どんな形であれ、この称号を手にできた嬉しさは計り知れない。
隣のベットでまだ眠る紺野を起こさない様、静かに窓辺へと移動する。
冬空は青く澄み渡り、久しぶりの快晴が愛を出迎える。
すると何だか無性に叫びたくなってきた。体が動かなかった昨日の分まで。
「優勝したぞーーー!!」
最高の気分だった。
しかしその後、叩き起こされた紺野にどつかれて最低の気分になったのは言うまでも無い。
愛はまだ知らない。
未だ顔も知らぬ本当の実力者達の存在。
そしてその時は、もうすぐそこまで近づいていることも。
第五話「本当の優勝者」終わり
次回予告
亜弥と引き分けた加護亜依。その相棒の辻希美。
彼女達には地上最強を志す原因となった戦慄の過去があった!
そして今、二人にあまりに残酷な決断の刻が来る。
一方、ついにあの吉澤ひとみが日本に帰国。女子格闘議界に嵐を呼ぶ。
彼女が最初に狙うターゲットの名とは!?
数々の新キャラと新展開を迎える第六話!乞うご期待!
ノノ*^ー^)ノ 辻豆さん更新乙です!
170 :
名無し募集中。。。:03/10/27 06:22 ID:fAaMexNU
辻豆さん大量更新乙です!
171 :
151:03/10/27 17:18 ID:zAObgMJg
>>156 マママジですか!?
原作「モームス最大トーナメント」より、って書いただけなんですが・・
友達しかHPに訪れないし、いいかな・・・なんて言ってみたりして・・・
( `_´)<保全は恥ずかしいことではありません
173 :
―――:03/10/30 09:37 ID:fziR4afe
>辻っ子氏
これからまだまだ続きそうな予感。
楽しみにしてまする。
174 :
―――:03/11/01 11:36 ID:3c/AGXWK
そして
ホゼム
期待ほぜん
>>171 友達しか見ないならメールで送ればいいじゃん送ればいいじゃん
第六話「亜依の望み、希美の愛」
辻の夢は加護の夢を叶えることである。
加護の夢は地上最強になること。
その為だったら辻はどんな苦労もいとわない。
そうやってずっと二人きりで生きてきた。あの出会いの日から…
「おとーしゃああああん!おかーしゃああああん!おねーちゃあああああん!」
希美は齢12にして家族を失った。
小学校卒業して初めての海外旅行。初めて乗った飛行機。事故による墜落。
泣き続けた。他に何もできない。ただ、ただ声が枯れるまで泣き続けた。
どうして自分一人だけが生き残ってしまったのか?
泣いても泣いても答えなんてみつかる訳ない。
どれくらいそうしていたかわからない。精も根も尽き、涙も枯れ果てた。
…
しばらくすると、遠くで物音が聞こえた。
希美は立ち上がった。また聞こえた。希美はそっちに向かって歩き始めた。
女の子が一人立っていた。彼女もこっちに気付いたみたいだ。
まるで鏡を見ているみたいだった。全てを失い放心状態となった少女同士が向かい合う。
巨大な機体の残骸の上。何百という屍の上。想像を絶する様な光景の中。
辻希美は加護亜依と出会った。
悠長に自己紹介をする様な状況ではない。
お互いに絶望と迷いの中を彷徨っているのだ。
自分以外にもう一人生き残っていた。だからってどうすればいいいのだ?
…
やがて人間の自然欲望から二人は同じものを求め始める。
水。
喉の渇き。水分を補給しなければいけない。
言葉を交わすでもなく、二人は共に歩き始めた。
ここが何処なのかも分からない。どこに目的の水があるのかも分からない。
隣にいる少女が誰なのかも分からない。分からないことだらけだ。
分からないまま二人は並んで歩き始めた。
…
夜になった。未だ水の一滴すら見つからない。
眠かったけど、それ以上に喉の渇きが深刻で、とても眠れそうにない。
あれだけ涙を流してしまったことを後悔さえする。
結局、夜通し二人は歩き続けた。まだ一言の会話もなく。
…
歩き始めて丸一日が過ぎたとき、ついに希美は倒れた。
乾いた土が顔に張り付く。うつ伏せになって考えた。
(ろうして、こんな辛い目に合わなきゃいけないの…)
(会いたいよぉ…おかあしゃん…おとうしゃん…)
(ののも…そっちいっていいれすか…)
「起きてぇ!」
その声は天から聞こえているみたいに聞こえた。
「ひとりにせんといてぇ!起きてよぉ!」
あの女の子だった。一晩中ずっと一緒に歩き続けた名前も知らない子。
希美を抱えて泣いていた。それが希美にはまるで、自分の様に映った。
ペロッ。
「うひゃあ!」
起き上がった希美が、いきなり自分の頬を舐めたので亜依は変な悲鳴をあげた
「涙、おいしいのれす」
「エヘ…アハハ…変な子」
(もうちょっとだけ、がんばってみよう)
希美は立ち上がった。自分が死んだらこの子は一人になってしまう。
だからもうちょっとだけ頑張ろう、そう思った。
しかしこの日も、二人の前に望むモノは現れなかった。
そしてその翌日も…。
三日三晩、二人は飲まず喰わずで歩き続けた。
木の根元に二人並んで横になった。
「うちら死んじゃうのかなぁ」
「…わかんない」
「嫌やなぁ…」
「嫌れすね」
「なぁ…将来の夢ってある?」
「将来の夢ぇ?……ん〜ん、ない」
「うちはある。あった。もう叶いそうにないけど」
「なぁに?」
「死んだおとん、格闘技してたんや。全然よわかったんやけど」
「フーン」
「そのおとんが褒めてくれたん。亜依は強い子やって、いつか一番になれるて」
悲しげに語る亜依の横顔を、希美はじっと見つめた。
とっくに涙も枯れ果てたその双眸が、夢の終わりを告げていた。
「一番…なりたかたなぁ…」
この子を死なせたくない、と希美は思った。
その想いが限界をとっくに超えた希美の体に奇跡を呼び起こす。
希美は亜依を担いで起き上がった。
「うわっ!なんや!」
「行こ!あとちょっとらけ!行こ!」
「え?」
「あきらめないれ!ののも亜依ちゃんの夢を追いかけたいよ」
「…!」
(どのみちもう助からへん。それなら夢追いかけて死んでも同じか)
(この変な子につきおうても…ええやろ)
亜依も自らの足を地に踏みつけた。弱々しい笑みをこぼす。
二人は肩を抱き合い、フラフラの体を互いに支えあって、また果て無き道を歩き始めた。
…
それからどれくらい歩いてだろう。二人の前に澄んだ湖が姿を現す。
死の狭間で、二人は命を得た。
「そういえば名前、まだちゃんと聞いてへんかった」
「辻希美!ののって呼んで!」
「加護亜依や。あいぼんでよろしゅう」
「エヘッ」
「エヘヘヘヘへヘ」
「アハハハハハハハハハハ!!」
意味もなく二人は大笑いした。
共に死を乗り超えて初めて自己紹介なんて、なんだか可笑しくて仕方なかった。
救助隊が二人を発見したのは、それから半日後。
病院に担ぎ込まれた二人は治療よりもまず、たらふくの御飯を要求したそうだ。
それから約3年間は、二人は同じ病院と施設で過ごした。
中学卒業と同時に上京。多額の保険金を元に、二人暮らしを始める。
もちろん夢を追いかけるために。
あいぼんはののの太陽なのれす
あいぼんの夢があるから、ののは生きることができたのれす
違うで、のの。
うちは何度も諦めようとしてた。
ののがいたから、うちはまだ夢を追えてるんや。
ほんまの太陽はお前や、のの。
ありがとう、あいぼん。
あいぼんは絶対一番強くなれる。ののが言うんだから絶対!
ねぇあいぼん…
あいぼ…
あい…
…
「残念だが、この腕、もう完治には至らん」
夢の時計がその針を止めた。
医師は淡々と淡々と夢の終わりを告げる。
「大丈夫、日常生活に差し障りない程度には戻るよ。
だが激しい運動は避けてくれ。取り返しのつかないことになる」
希美は亜依の背中を凝視した。
亜依はピクリとも動かない。一言も声を出さない。
だから代わりに付き添いの希美が医師に尋ねた。
「格闘技は?試合はできるんれすか?」
「試合?冗談じゃない!そんなことしたらもう二度と、その腕使えん様になるぞ」
「嘘れすよね…」
「医者が嘘いってどうなる?そうか、これは格闘技で折れたものか。
偶然かもしれぬが、この折り方は酷いの。そうなる様に折ってある」
偶然を医師は願った。
こんな折り方が故意にできるとすれば、それはもうヒトではない。
「嘘ら嘘ら嘘らぁーーー!!!」
希美の狼狽は尋常なものではなかった。大声で泣き叫んだ。
(あいぼんは絶対一番強くなれる。ののが言うんだから絶対!)
二人の夢が、希望が、道が、消えた。
キタ━━━━━━(゚∀゚)━━━━━━!!!!
185 :
名無し募集中。。。:03/11/03 23:53 ID:H42zGHmr
更新乙です!
辻っ子のお豆さんにちとうかがいたいのですが、前99のANNで岡村さんがフジっ子のお豆さんやね的な発言をしてたの思い出したんですよ、もしかして辻っ子のお豆さんのNEMEもそこからもじったのかなーと思いまして・・・
まちがってたらごめんなさい!
>>186 まぎれもなく「フジッ子のお豆さん」をもじったものです
後で恥ずかしい名前だと気付いたときにはもう遅かった
188 :
―――:03/11/05 09:06 ID:6pwrXo5e
ノノニー禁(ry
いや自分的なんか親しみやすくていい感じですよ!
それにおもしろいしエロい要素入ってていいNEMUだと思いますよ!これからもいい作品お願いしますね!
いや別にエロ要素なんて無いわけだが
考えようによってはエロイと言うだけで
おお〜前の話がリンクしてるとはね・・・
やりますな、辻豆氏。
193 :
―――:03/11/06 09:00 ID:AOBUd6lB
>>192 リンクしてるようでしてないような・・・
>希美は齢12にして家族を失った。
>辻希美は加護亜依と出会った。
最初、モー娘。最大トーナメントの続編かと思った
「ま、しゃーないわ」
病院を出たあいぼんは、以外にもあっけらかんとしていた。
希美はどうしていいか分からずうろたえるばかり。
「普通の生活はできるみたいやし、違う夢でも探せばええやろ」
「違う…それれいいんれすか」
「ええよ。次はもっと女の子らしい夢でも探そかな」
「…あいぼんがそう言うなら」
元々、希美がどうこう言う問題じゃない。
格闘技で一番になることは加護亜依の夢なのだ。
希美はそれにくっついてきただけ。亜依が夢を変えるなら、希美に止める権利はない。
そう割り切ったつもりだった。だけど…でも…。
家に帰った二人は普通に食事をして、普通にTVを見て、夜になったら普通に布団に入った。
希美には、夜の闇が、何だかいつもよりも深く感じた。
やがて、隣の布団からすすり泣く声が聞こえてきた。
「ウッウッ…ウエッ…ウッウ…」
あいぼんの声。あいぼんの悲しみ。平気な訳がなかったんだ。
(らけろ、なんて声かければいいんれすか?)
(ののに何がれきるんれすか?)
希美には、布団にくるまって寝ている振りしかできなかった。
翌朝、目覚めた希美の隣には、主のいない布団だけが残されていた。
「あいぼん?」
希美は起きて部屋を探した。
何も変わらない、いつもどおりの風景。
ただそこに相棒の笑顔だけがない。
「あいぼーん!何処ぉー!!」
希美は近所を探した。隣町まで走った。アテのある所を全部走って回った。
しかし加護亜依の姿は何処にもなかった。
「やだやだやだ!本当にやだ!やだよ!嫌だよ!」
家族を失ったあの恐怖。もう一人になりたくない。
ずっとずっと一緒に生きてゆくって、そう信じていたのに…。
「なんでいなくなっちゃうんだよーーー!!あいぼーーん!!」
夢を失くした娘、加護亜依はいなくなった。
辻希美はまた、ひとりぼっちになった。
孤独の生活は1ヶ月以上続く。
亜依のアテを探し回り、涙に暮れる日々。
そして希美は一つの結論に辿り着く。
(ののが、誰より一番強くなればいい!)
(そうすれば、ののより強かったあいぼんが地上最強らって証明になるんだ!)
(そしたらきっと!絶対!あいぼんは戻ってくる!)
「あいぼん!ののが地上最強になるのれすっ!!」
こうして一人の娘が、ここに地上最強を志す。
その声をたまたま、本当に偶然に通りがかった一人の女が聞いた。
女は一目で、辻希美に秘められたもの、その強さに気付く。
「ほぉ」
これは何かの巡り合わせであろうか?
地上最強を志したばかりの娘と
地上最強に最も近き女が出遭う。
ジョンソン飯田が、辻希美を誘う。
「来るか?俺の場所に」
誰も知らない場所で、後の女子格闘議界を震撼させる出会いがあった頃、
世の中の注目はある女の凱旋に注がれていた。
『UFAボクシング女子世界ヘビー級チャンピオン!吉澤ひとみ!帰国!』
明るく染め抜かれた髪、サングラスに遮られた視線、見事な体躯。
その立ち振る舞いにはすでに王者の貫禄さえ伺える。
空港では大勢のマスコミやファンが待ち受けていた。
フラッシュと歓声が飛び交う中、とある格闘技誌記者がこんな質問を投げかけた。
「最初のターゲットは?」
吉澤は、ボクシング界最強の次に全格闘議界最強を明言していた。
そんな彼女の口から漏れた名は、安倍なつみでも飯田圭織でもなかった。
「最優先で決着つけようって、約束してる奴がいる」
吉澤ひとみにとって、その相手への勝利は
ヘビー級世界王者の称号をも上回る。
「待たせたな、真希」
更新乙です!
あいぼーん帰ってこーい!
希美とジョンソン飯田との出会い劇的でした!
氣になるのが希美とあややの出会いと絡みが氣になります!
それから帰国した吉澤、早急に決着を付けたい相手真希に期待してます!
あいぼーん
辻希美がジョンソン飯田の弟子になったら松浦と同門になるのか。
このへん後で何か起こりそう。
後藤真希。世間は未だその名を知らぬ。
「つー訳で、おたくらの相手してる暇もあんまりないんだ」
すると吉澤がマスコミ達の視界から消えた。
いや違う。ヘビー級とは思えないステップとフットワークで人ゴミを駆け抜けたのだ。
ときに強引に、ときに鮮やかに、これが世界を制した動き。
あっという間に吉澤は騒がしい空港を駆け出てしまった。
そのまま目指す相手のところまで一足に…
「キャ!」
「うわっ!」
勢いつきすぎたのか、いきなり角から出てきた女性にぶつかってしまった。
誰も止めることができないと思われた吉澤ひとみを、その女性は止めた。
「ご、ごめん、大丈夫?」
「はい、大丈夫です。こちらこそすいませんでした」
その女性を見て、吉澤は思わず目を見開いた。
「きれい」という言葉では表現が物足りないくらい、あまりに美しい女性だった。
血を滲ます格闘技の世界で生きる自分とは、およそ縁が無いであろう。
「じゃ、急いでいるから、ごめん」
何だか恥ずかしくて吉澤は逃げ出す様に、その場を離れた。
ぶつかったその女性は、吉澤ひとみの背中を見えなくなるまで見続けた。
やがて、傍にサイフが落ちているのに気付く。
結構な額のお金とカード類、証明書が入っていた。
「吉澤ひとみ…」
そこに書かれた名を呟く。
やがてハッと我に返り、その女性は立ち上がった。
吉澤ひとみの財布を抱えたまま、通路の脇に身を隠した。
しばらくして黒コートに身を包んだ男達が、探る様な目つきで現れる。
「いたか?」
「いや、向こうにはいません」
「何としても見つけ出せ、いいな」
黒コートの男たちは四方に散らばって言った。
通路の脇で、吉澤とぶつかった女性は安堵の息を吐く。
そして、もう一度その財布をジッと見つめる。
この美しき女性の名、石川梨華。
彼女は後に、再び吉澤ひとみと再会することになる。
悲しすぎる運目と共に…。
一方、財布を落としたことに気付いた吉澤は困り果てていた。
「なんてこったー!ガッデム!」
探しに戻ろうにも、大勢のマスコミを前にそんなの恥ずかしすぎる。
電車代もなく、実家にも後藤家にも行けない。
「どうすっかなー」
しばらく考え、歩いていける距離に一人知り合いがいるのを思い出す。
「あの人かー、ちと苦手だけど仕方ねえか」
考えが決まったら即行動。
1時間かけて歩き、吉澤が辿り着いたその場所「市井流柔術道場」
ここの道場主の女性、市井紗耶香。後藤真希の師である。
事情を話すと、市井は快く吉澤を道場へ招きいれた。
「久しぶりだね。お前と真希が中学卒業してからだから、約4年ぶりか」
「そうっすね」
「しかしチャンピオンになっても、ドジは変わってねえのな。財布落とすかいきなり」
「ほ、ほっといて下さいよ」
UFA王者になっても、この人にはどうも頭が上がらない。
「ところで真希は?どうしてます?」
吉澤がその名を出した途端、市井紗耶香の顔色が変わった。
(そう、さっきから気付いていたんだ…市井さんの…)
後藤真希は幼少の頃からこの市井道場で柔術を学んでいた。
その才能は突出しており、13にして近辺に敵はいなくなっていた。
やがて、同じくボクシングをしていた吉澤と中学で出会い、ライバル関係となる。
師である市井を除き、初めて本気でぶつかり合える相手だった。
それは吉澤にとっても同じ、最高のライバルで最高の親友だ。
中学卒業と共に吉澤はアメリカに渡る。ボクシングの本場で頂点を目指すため。
「戻ったら決着をつけよう!」そう真希と約束した。
「後藤は今、ブラジルにいる」
努めて冷静に、市井は語りはじめた。
吉澤がアメリカにたってすぐの話だ。誘ったのは市井である。
市井自身もブラジルの柔術に興味を覚えていた。自分が通用するか否か?
それに後藤を誘ったのだ。もちろん後藤は喜んで付いていった。
「二人でブラジルに渡ったのさ。そして去年、私だけが日本に帰ってきた」
「それは、どういうことですか?」
質問する吉澤が震え始めていた。
薄々気付き始めていたんだ。もしかしてって、だって…
だって市井さんの腕が…片方しかない。
始めに再会したときから気付いていた。あえて口に出さない様にしていた。
だが、もう吉澤の視線はそこに氷付けになっていた。
4年前は確かに存在した市井紗耶香の腕が、今は片方欠けている。まさか…
「これか、後藤だよ」
吉澤ひとみの背中に冷たいものが駆け抜けた。
「後藤が切り落としたんだよ。だから私だけが帰ってきたんだ」
「…!」
「吉澤、お前後藤と決着付ける為に帰ってきたんだろ。確かにお前は強くなった。
日本人がボクシング世界王者なんて本当に凄いと思う。尊敬すらするよ。
だけどやめておけ。後藤真希だけはやめておけ!」
市井は本気でそう訴えかけていた。
吉澤は震えていた。恐怖で全身が包まれていた。拳を強く握る。
「市井さん。それを聞いて私がどう思ったか、わかります?」
「え?」
「実を言うとちょっと心配していたんだ。もし私が強くなりすぎていて、
真希を物足りなく思ったらどうしようって。だけど、そんな心配無用だった。
嬉しいんですよ。やっぱり真希はまだ私をこれだけ震えさせてくれるから」
吉澤は震えながら笑っていた。市井は説得がムダだと気付く。
(そうだった…こいつも本物の…バカだった)
「後藤はまだ帰らない」
「いつまでです?」
「半年後、ブラジルでバーリトゥードの大会がある。
真希はそこで頂点に立って帰ってくると言っていた」
「半年…夏か。よし決めた。それまでに私がこの日本の頂点に立つ!」
「それは、夏美会館やハロープロレスにケンカ売るってことか?」
「元々そのつもりだったし。市井さん、場所教えて」
「場所?何処の?」
「安倍なつみと飯田圭織の居場所」
「そこに行ってどうする?」
「決まってるじゃん!ぶったおすんだよ!」
市井は思わず笑みをこぼした。
なんという無茶苦茶。だけどその勢いがあまりに眩しすぎる。
(私にも昔、こんな時代があったのかな)
(だがこいつなら、本気でやりかねん)
(もしかして…あの後藤を止めることも…)
市井は賭けることにした。この吉澤ひとみならば何かを変えられると。
「あちこち動き回ってる飯田は分からんが、安倍なつみの居場所ならはっきりしている」
「何処!」
「夏美会館本部だよ。ただし何百という道場生も一緒だが」
ハロープロレスに新しいレスラーが加入する。
若干17歳で格闘技は素人同然の娘であった。
ただ一つ異例であったのが、社長の飯田圭織直々の推薦だということ。
若手レスラーの一人、新垣里沙はやや不安気に思ってその娘を見た。
(こないだも推薦で一人入ったばかりなのに、またぁ?)
何のツテもコネもなく、実力のみで入団テストをくぐり抜けてきた新垣が
不信に思うのも無理は無い。それは他のレスラー達にとっても同じ事。
もちろん社長の推薦だから、表立って文句を言う者はいない。
(こないだ入った松浦も凄く特別扱いだし、教育係もソニンさんだし)
ハロープロレスには教育係という制度がある。
新人のレスラーはデビューまで担当となった教育係の指導を受けるのだ。
ソニンというのは、飯田石黒に次ぐハロプロのNo3的存在だ。
それだけで松浦の特別扱いが伺える。
(今度は一体、どなたが教育されるのでしょうね)
「新垣、おい、新垣」
「へ?あ、はい!!」
「ボーっとすんな。お前が教育係だ」
「あーえっ?えっ!えっ!え〜〜〜!!」
「文句あるのか?社長が決めたことだぞ」
「い、いえいえいえ」
新垣里沙は横目に、新人を見た。
「辻希美れす。よろしくお願いなのれす」
「お、おう新垣だ」
小さくてドン臭そうで、なんか舌足らずだ。どう見ても使い物にならない雰囲気。
(推薦だけど期待されてねえのかな?私なんかに教育係させるなんて)
新垣は、少しだけこの娘を不憫に思った。
新垣に挨拶すると、希美は他のレスラー達にも順に挨拶に回る。
石黒やソニンといった上層部から新人に至るまで。一番最後に、松浦亜弥の前に来る。
「辻希美れす。よろしくお願いなのれす」
「うん、よろしく〜」
希美は覚えていなかった。加護亜依の夢を奪ったその人物の名を!
亜弥は知らない。彼女が加護亜依と深い関係を持つという事実を!
挨拶だけ交わすと、希美も亜弥もそれぞれの教育係の元へ戻った。
松浦亜弥。辻希美。二つの巨星がすれ違う!
(あいぼん、ののはここでがんばるのれす!)
(そしていつかきっと、地上最強になってみせるのれす!)
(それまで待っていてね、あいぼん)
辻希美の闘いは始まった。
第六話「亜依の望み、希美の愛」終わり
(・∀・)イイ!
>>82 >「まさか。うちとカオリん所は対立関係ってことになってんだよ、一応」
今のところ、この「一応」が一番気になる。
>>212 細かいところを気にしたり突っ込んだりするとネタバレになりやしないか
心配してみるテスト。
ho
mo
期待ほぜむ
第7話「ターゲットの名」
南風が春の匂いを誘う。
一人の娘が見事に咲き誇る桜並木道を進んでいた。
その先にそびえ立つ大きな建物「夏美会館空手本部道場」
百を超える門下生が稽古に励む中、その娘はごく普通に門をくぐった。
「安倍なつみに会いたい」
動きやすそうな長袖のシャツとズボンに身を包むその娘は、また普通にそう述べた。
応対した若き門下生が眉をひそめる。
「どの様なご用件でしょうか?」
「ぶっ倒しに来たんだ」
その娘は、また普通に答えた。
だがその声は道場中に響いて聞こえた。百の練習生達が一様に動きを止める。
視線の雨に少しも堪えることなく、その娘は再び口を開いた。
「聞こえなかった?安倍なつみをぶっ倒しに来たって言ったんだよ」
「正気ですか?」
「当たり前だ!早く、吉澤ひとみが来たと伝えろ!」
ボクシング世界王者が吼えた。
夏美会館の門下生にとって「安倍なつみ」は絶対的存在である。
何よりも尊敬し、雲の上のような人物だ。
その名を呼び捨てにし、あまつには「ぶっ倒す」とのたまう。許せるはずがない。
腕に覚えのある師範クラスが数人、吉澤を囲む様に集まってきた。
「なんだぁ?やる気か?」
「やめろっ!」
師範クラスが一斉に動きを止める。
道場の一番奥にいた女だった。
戸田鈴音。全国大会でも常にベスト4、8に残る実力者である。
「お前達では勝てない。私でもな。それも分からないのか」
「戸田さん、しかし…」
「この女の相手ができるとなれば里田か藤本しかいないだろう。
だが二人とも遠征中だ。仕方ない、私が館長に報告してくる。それまで待ってろ」
戸田は吉澤を一瞥すると、上へと続く階段を上がっていった。
そしてすぐに降りてきた。
「館長からのお答えだ。『上がって来い』だそうだ」
「良かったよ。話の分かる人で。あんたも館長さんも」
「勘違いするな。結果次第では、お前を無事に帰すつもりは無い」
戸田の鋭い視線に、吉澤は思わず笑みをこぼした。
最上階には館長室と館長専用の練習場がある。
安倍なつみはその練習場に、吉澤を招き入れた。
ボクシング界の頂点と空手界の頂点が、ここに初めて合間見える。
扉を開けた瞬間、吉澤は尋常ならぬ気をその身に受けた。
思わず構えて前を見る。だがそこにいるのはあどけない笑みを浮かべる女一人だった。
(なるほど…これが安倍なつみか…おもしれぇ)
「ウフフ、よく来てくれたね吉澤さん。なっちも会いたかったよ」
「とぼけるなよ、何しに来たかは分かってるんだろ?」
「なっちと闘いにでしょ。やめといた方がいいよ」
「何だと?」
「ここじゃ貴方に分が悪すぎるよ。だってうちの道場だよ。
貴方が勝っても負けても、五体満足では帰れないことになるからさ。
まぁ勝つことは無いでしょうけど」
一言多い。この絶対的自身と実力の塊が安倍なつみなのだ。
もちろんそんな事で引き下がる吉澤ではない。むしろ闘争心に火がついた。
「上等…」
問答無用!邪魔者はいない!吉澤はなっちに襲い掛かった。
風を裂く右フック。なっちはこれに前受身で反応。
そこへ、世界を制した左ストレートが飛ぶ。
バシィィィィン!!!
安倍なつみの鼻先寸前で、そのストレートは止まった。
正確に言えば止めざる負えなかった。吉澤の首筋になっちの手刀。
もう一歩、吉澤が踏み込めば、首を貫かれていたかもしれない。
「今日はここまでだべさ」
「流石だな。私のストレート、止めることができたのはあんたで二人目だ」
「へぇ、誰よ?」
(んあ〜よっすぃー、危ないよ〜)
吉澤の記憶に、一人の娘の顔が浮かぶ。
「いや、誰でもない。それより続きだ!」
「残念だけどなっちも忙しいの。こう見えても館長だし。まぁ条件次第で続きもいいけど」
「条件?」
「なっちと闘りたいって子は貴方以外にもたくさんいるの。人気者はつらいべ。
その中にちょっと生意気な子がいてね。その子に勝てたら続きしてもいいよ」
「そんな手前勝手な条件、受けると思うか?」
「正月に開いた18歳以下の総合トーナメントがあってね、それの優勝者なの。
柔術やってる子なんだけど」
柔術。その言葉に吉澤の顔色が変わる。
(よっすぃーはボクシングで、後藤は柔術で、一番になろう!)
(おお)
(そしたらさ、次は日本一賭けて決着つけようね)
(あぁ約束だ)
遠い日の約束。誓い合った親友の顔。
だが真希のいない今、柔術で日本一をとった女がいる。
他の奴ならともかく…それだけは黙っていられるはずがない。
(誰を差し置いて柔術日本一を名乗る!)
吉澤は構えを解くと、静かに安倍なつみの顔を睨みつけた。
「そいつの名は?」
安倍なつみは嬉しそうに答えた。
吉澤ひとみの最初のターゲットとなる娘の名を。
「高橋愛」
〜作者近況〜
辻写真集に萌え死む
更新キタ━━━━━━(゚∀゚)━━━━━━!!!!
225 :
名無し募集中。。。:03/11/16 08:00 ID:pZy5C87L
さしみよ
「T・E・N」の更新はまだか?
高校を卒業した高橋愛は実家で悶々とした生活を続けていた。
名目上は高橋流柔術の当主。道場に通う生徒を教える立場にある。
だけど親友の松浦亜弥は大会の後、すぐ高校を中退しハロープロレスに入団してしまった。
なんだか自分だけが取り残された様な気になっていた。
そんなときだ、あの電話が届いたのは。
「愛!デビュー戦決まったよ!」
東京にいる亜弥からだった。早くもプロデビューが決まったとの知らせ。
絶対見に行くと約束した。親友の成長を喜んだ。だけど…
あの大会の優勝から早2ヶ月。自分は一体何が変わったのだろう。
(あさ美ちゃんとの試合、間違いなく私は輝いていたって)
(でもなんや、今は何にも変わってえんよ)
着実に自分の道を進む亜弥を見れば、何か変わるかもしれない。
悩む愛は東京行きのチケットを握り締めた。
ハロープロレス春の一大イベント開催。
ジョンソン飯田、クロエ石黒、EE・ソニン等メイン所は総登場。
さらに超大型新人アヤヤのデビュー戦も控える。
アヤヤの対戦相手は、今最も勢いのあるヒールレスラー、デビルお豆。
そのデビルお豆こと新垣里沙に指導を受けている辻希美は、一人ワクワクしていた。
「ついにガキしぇんしぇーの試合が見れるのれす」
「辻!ガキしぇんしぇー言うなっていっつも言ってんだろ!」
「はい!ガキしぇんしぇー!」
「ダメだこりゃ。お前って本当に頭悪ぃよな。私も人のこと言えねえけど」
「ごめんなしゃい」
「まぁ辻、この試合でお前にプロレスってもんを教えてやるよ」
「アーイ!」
(ガキしぇんしゃーは強いからきっと勝つのれす!)
辻希美はまだプロレスを知らない。
吉澤ひとみは困っていた。
高橋愛が福井にいると聴いたものの、財布を落とし金欠状態で交通費がない。
ボクシングで稼いだ莫大なドルは全部アメリカに残してきてしまった。
どうするか思考している所へ、茶髪の変な奴が近づいてきた。
「アニキ!アニキじゃねえっすかぁ!おひさしぶりっす!」
(うわーなんだこの気持ち悪いの。関わらねえ方がいいな)
有名になるとこういうのも多い。相手するのもうっとおしい。
吉澤は顔をそむけて、早歩きになった。
「ちょ、ちょっと何処行くんすかアニキ!私ですよ!」
「悪いけど、あんたみたいな知り合いいないんで」
「ひでえ!私ですって!小川麻琴ですって!」
「小川…?あー、もしかしてお前ピーマコか!!」
「そうっす!アニキの一番弟子、越後の虎、小川麻琴っすよ!おひさしぶり!」
小川麻琴。吉澤が中学の頃、よく一緒に悪さした後輩であった。
家が柔道の名門でケンカも強く、気も合ったので可愛がったものだ。
(昔はもうちょっときれいな奴だったのに、変わるもんだなぁ…)
「ちょっとアニキ何見とれてるんですかぁ。照れますよぉ」
「いやいやいや。それよりピーマコ今何してんだ?新潟から出てきたのか?」
「実は、こっちの講道館でまた柔道やってるんですよ」
大会の後、麻琴は祖父の小川五郎に東京の講道館へ連れ込まれた。
大会に負けてしまったので言い訳もできない。柔道漬けの日々が続いたのだ。
「へーそっかぁ。ピーマコもちゃんと柔道やってんのか。そりゃ良かった」
「ちっとも良くねえっす!地獄っすよ地獄!」
「ところでさピーマコ、高橋愛って知ってるか?」
「高橋…!なんでアニキがあいつを?」
「ちと野暮用で会いたいんだ。けどそいつ福井にいるんだろ。今金がなくてさ」
「愛なら今度、こっちに来るって言ってましたよ。確かハロープロレスを見に…」
麻琴の言葉に、吉澤の目がギラついた。
「ハロープロレスってことは飯田圭織もいるんだよな」
「多分…」
「高橋愛に飯田圭織。そりゃあ一石二鳥じゃねえの」
「何をする気っすかアニキ?おもしれえことなら誘って下さいよ」
「へへっ、とりあえずそのハロプロのチケット取ってくれピーマコ」
こうしてハロープロレスのビックイベントが始まる。
松浦亜弥。
新垣里沙。
辻希美。
飯田圭織。
吉澤ひとみ。
小川麻琴。
高橋愛。
それぞれに異なる思惑の中、事態は異なる方向へと向かう。
その異変を呼び込むのは石川梨華という娘であった。
期待sage
( ^▽^)<ドキドキ
233 :
名無し募集中。。。:03/11/17 15:25 ID:aJ31+oS/
ミ彡三○|||||||||||||||||||||||○ミ三彡
ミ彡||||||||||||||||||||||||||||||| ミ彡
||||||||||||||〆||||||||||||||||
|||||||||||//( _、, ,,._ )
|||||||||| ,,●、 ( ●(
ノ( (6;:::. _ ⌒( 、 ,)⌒ ヽ
/;;;;;;;;;;:::.. i'\_,,,,,,,, !,,,,,,,,_i ノ
;;;;;;;;;;;;;;;|;:::. ! ヽ、王王王ツ' j、 のので妄想してくらしゃい
;;;;;;;;;;;;;;;;|;::: ニ ,,ノ \
;;;;;;;;;;;;::::ヽ;::: / ゙ヽ、
;;;;;;;;;:::::.... ヽ┗〓〓┛ |
234 :
な:03/11/17 17:09 ID:QQMw8yxs
保全さげ
>>何のツテもコネもなく、実力のみで入団テストをくぐり抜けてきた新垣
W
少なくとも吉澤ひとみにとって、その再会は偶然以外の何物でもなかった。
ターゲット高橋愛を探す為、訪れたハロープロレスの会場入り口。
甲高い声をあげ、その美しき女性は吉澤の前に舞い降りた。
そう、帰国してすぐ空港前でぶつかったあの…。
この再会が自分の未来に巻き起こすものを吉澤は未だ知らぬ。
今はただ少し…その胸が鼓動を早めただけ。
「吉澤ひとみさん…ですよね。これ」
「あ!私の!」
半ば諦めかけていた財布が、意外な所から戻ってくる。
吉澤は改めて、目の前に立つ美しき女性を眺めた。
「君が拾って?まさか、わざわざ私を探してくれてたの?」
「うん、絶対困ってるって思ったから」
「あ、ありがと」
不思議な子だと思った。今まで回りにこういうタイプの子はいなかった。
お礼は述べたものの、吉澤はこの後どうしてよいのか分からず困り果てた。
「それじゃ」
すると彼女の方から去っていこうとする。
(お礼、まだしてない。一割?違う、そうゆうんじゃなくて…)
(ここで別れたら、もう一生会えない気がする…だけど)
「キャー!」
その悲鳴に、吉澤は顔を上げた。
去りゆく彼女の周りを黒コートの男達数人が取り囲んでいる。
その瞬間、小ざかしい迷いは吹っ切れた。吉澤は駆け出していた。
例えるなら稲妻。吉澤はあっという間に黒コートの男達を彼女から引き離した。
ただそこに立つその威圧だけで男達は思わず息を呑む。世界レベルの実力差。
「行くよ」
その間に、吉澤は彼女に手を差し出す。
彼女は、何処までも美しいその顔に笑みを浮かべ、吉澤の手を掴んだ。
「はい」
二人は手をとって走り出した。
倒すのは屁でもないが、彼女を巻き込みたくないから逃げた。
黒コートの男達は追うことができなかった。気迫だけで吉澤に圧倒されてしまったのだ。
吉澤は彼女の手を引いて、ハロプロ会場内へと逃げ込んだ。
流石に人目の多いこの中では、奴らも手が出せないだろうと思った。
「あいつらビビッて追ってこねえみたいだ、アハハ…」
「ウフフ…本当ね」
二人は笑い合った。まるでずっと昔から仲の良い親友同士みたいに。
「助けてくれてありがとう。私、石川梨華って言います」
「まぁ財布の恩人だし、この程度じゃまだ恩を返したって思えないかな」
「いいですよ、そんなつもりじゃ」
「まぁ私の問題だから気にしないで。それよりさ、あいつら何者?」
「え、ええっと…」
「言いたくないならいいよ。でも危ないぜ、警察行ったら?」
「…は、はい」
そのとき、二人の下へ大きなゴングの音が届く。
「やっべー!始まってる」
「プロレスですか?」
「見たことないの?じゃあ一緒に見ようか。チケットちょうど2枚あるし」
「うん」
吉澤と石川が客席に向かうと、リング上ではレスラーが組み合っていた。
アヤヤとデビルお豆の二人である。
控え室のテレビで飯田圭織が。リングサイドで辻希美が。観客席の一つで高橋愛が。
それぞれがそれぞれの想いで、このプロレスを観戦していた。
「アニキー!どこ行っちまったんだよぉ〜!」
一方、会場の外。自分の分のチケットが石川に使われたことも露知らず。
はぐれた兄貴分を探す小川麻琴の姿があったという。
マコ、、、(´д`)
( ^▽^)<ドキドキ
あややこと松浦亜弥とデビルお豆こと新垣里沙の試合。
先に主導権を握ったのは先輩の新垣であった。
新人への優しさなど微塵も感じさせない激しい攻撃に、松浦は押されていた…様に見えた。
だが徐々に、徐々に周りの者も気付き始める。
手数や繰り出す技の数は確かに新垣が多い。
なのに一つ一つの技の印象と感動は、松浦が圧倒的に強いのだ。
いつしか、彼女がデビュー戦だと思い出すものは誰もいなくなっていた。
スター。
こう呼ばれる人物は極少数ではあるが、確かに存在するのである。
同じことをしても何故かスターは人を惹き付ける。選ばれた存在なのだ。
「いっくよ〜!あややスペシャル!!」
劣勢だったあややが、デビルお豆の一瞬の隙を突いてバックを取った。会場が沸く。
そのまま力任せに持ち上げて、回転しながら豪快に叩き落す。
押さえ込んで3カウント。スーパースターあややはデビュー戦を見事な勝利で収めた。
巻き起こる「あややコール」
たった一試合で、松浦亜弥は絶大なる人気を手にした。
対して敗者であるヒールレスラーは、声援もなく通路を孤独に歩み去る。
その後を、苦虫を噛み潰した様な顔で弟子レスラーが追いかけた。
会場を出た通路で、辻希美は師であるデビルお豆を問い詰めた。
「どうしてわざと負けたんれすか!?しぇんしぇーはまだ闘え…」
「松浦は社長が売り出そうとしてるスター選手だ。
あいつが勝つ方が会社的にも興行的にも都合がいいんだよ」
「フェ?意味わかんねーのれす」
「プロレスったって金がなきゃできねーんだよ。そんくらい分かるだろ、辻」
辻希美はさらに顔を紅潮させて、新垣を問い詰めた。
新垣はそれをひどく冷静な顔で受け止める。
「地上最強になりたくて、毎日トレーニングしてるんじゃないんれすか?」
「あ、何言ってんだお前?」
「負ける為に練習してるんれすか?」
「しょがねえよ。負けなきゃ給料もらえねえんだ」
「そんなのおかしいのれす…」
「泣くなよ。お前はまだわかんねえし。
社長に気に入られたら、松浦みたいに勝ち組に行けるかもよ」
「勝ち組?」
「まぁ飯田社長には逆らわないことだよ」
ポンと肩を叩き、新垣は控え室へと去っていた。
表現しがたい感情に辻は一人、泣きながら立ち尽くした。
教育係である新垣の実力は身をもって知っている。本当はもっともっと強いんだ。
(なのにガキしぇんしぇー、勝っちゃいけないなんて…そんなの)
会場からは未だ、勝ち続けなければいけない娘の声援が聞こえてくる。
(まぁ辻、この試合でお前にプロレスってもんを教えてやるよ)
「こんなの…知りたくなかったのれす」
(あいぼん…ののは…地上最強に…)
(あいぼん…ののの道は…これれいいんれすか?)
(あいぼん…会いたいよ)
( T▽T)
「すっごーい!プロレスっておもしろいね〜」
隣ではしゃぐ石川を見て、吉澤もなんだか楽しくなってきた。
今の試合を二人で観戦していたのだが、吉澤は勝者のレスラーに興味を覚えた。
(あの松浦っての、強いな。闘ってみてぇ)
強い奴を見るとすぐに反応してしまう、戦士の性である。
そのとき携帯の着信が鳴る。見ると麻琴からのメールであった。
「やっべ!ピーマコのこと忘れてた」
慌ててメールを開く。そこに書かれていた内容に、吉澤の目は覚める。
『アニキ、愛が外に出てきたぞ。今一緒にいる』
後藤真希を差し置いて柔術日本一を語る女、高橋愛。
石川と再会し、吉澤は彼女と闘いに来たことを失念していた。
「ごめん、ちょっと用事ができちゃったんだけど…」
「ううんいいよ、じゃあ出よっか」
石川は意外にもあっさりと我侭を承諾してくれた。
続く試合、ソニンの登場アナウンスが流れる中、二人は会場を出た。
退場ゲートには恨めしげな顔の麻琴が一人でいた。
「アニキ、ひでーっすよ。せっかく無理してチケット取ったのに…」
「悪い。今度おごるからさ。それより高橋は?」
「行っちゃいましたよ。先輩紹介するって止めたんすけど」
「行っちゃった?どっち?」
「公園の方。ところでアニキ、この人誰すか?」
麻琴は石川を指差し尋ねた。吉澤の知り合いとは思えない程上品で美人だったから。
しかし吉澤はその問いに答えず、走り出してしまった。
「後で説明するから!彼女と待ってて!」
「えー!ちょっとアニキ!」
残された麻琴はそっと石川の顔を覗き込んだ。
寒気がする程美しい微笑みに、麻琴は何故か鳥肌が立った。
一方、松浦の試合終了と共に会場を抜け出た高橋愛。
彼女は落胆していた。リングの上で輝く親友と自分の差を感じて。
「あややコール」の中、いたたまれず会場を走り抜けた。
出口で麻琴と再会し、先輩を紹介すると言われたがとてもそんな気分ではない。
ほぼ強引に振り切り走り去った。
(来るんじゃなかった、何してるんや私)
(亜弥はちゃんと自分の道を見つけ、進んでいる。だけど私は…)
人気のない公園のすべり台に頭を当てて、愛は考え込んだ。
そのときだ…!
悩みとか迷いとか、そんなちっぽけなものを吹き飛ばすくらい強烈な…!
少しも隠そうとしない猛々しい闘気が…!
「やぁ〜〜〜っと、見つけたぜ。高橋愛」
名を呼ばれ振り返ると、そこに一人の女が息荒く立っていた。
「誰?」
「吉澤ひとみ…って知ってる?」
「ボクシングのチャンピオン…?まさか嘘やろ」
「嘘じゃねえ。お前を捜してたんだ、何でか分かるか?」
しゃべりながら、吉澤はじわじわと間合いを詰める。
「なんとなく…分かるわ。ううん、他に思いつかん」
「お前の柔術、見せてくれよ」
ドキドキしてきた。それ以上にワクワクしてきた。愛は身構える。
吉澤がジャブを撃つと同時に、愛は腰を落とし低空タックルに入る。
世界を制したスピードと、常識外れの愛のスピードがぶつかる!
数秒の攻防の後、二人はまた間合いを取り相手を睨む。
この数秒の間にどれだけの駆け引きがあったことか。
「いきなりなんて、人が悪いチャンピオンやの」
「文句言う割には顔が笑ってるぜ」
「えっ?へへ…やっぱこれや」
「何だ?」
「これが私の道やわ」
すでに愛の中で、さっきまでの詰まらない悩みは一掃されていた。
実に紺野戦以来となる真剣勝負に、愛のポテンシャルは最大限に高ぶっていた。
愛独特の掴みづらいテンポに吉澤は少なからず撹乱させられる。
ボクシングの世界では体験することのなかった動きだ。
すべり台の柱を使い三角飛び。宙空からの連続蹴り。着地間際の関節技。
(なるほど…高橋流柔術…おもしろい…結構おもしろいな)
(真希とのケンカを思い出してきた…)
(やっべえ…あんまりおもしろいから、本気になっちまいそうだ…)
瞬間であった。牙が剥いた。
恐ろしく強烈な右フックが愛の顔面を打ち抜いた。
公園を三回転くらい転げ飛ばされ、愛はすぐに立ち上がった。
「痛ってぇ〜」
「自分から飛んでダメージを半減させたの?やるじゃん」
「そっちこそ!全然見えんかったぞ今の」
「悪ぃな。もう我慢できねえや。本気で喰うぜ」
このとき吉澤が初めて構えた。世界を制したボクシングの構え。
と同時に、愛は今まで体験したこともないくらい圧倒的な闘気を感じた。
(イヒヒ…これがチャンピオンか…ちょっとありえんて)
「おめぇ、めちゃくちゃ強ぇな」
「降参するか?」
「したいんやけど…体がまだやりたがってるんやわ」
「ヘッ…おもしれえ奴だ。行くぜ」
( ^▽^)<ドキドキ
249 :
名無し募集中。。。:03/11/26 12:32 ID:biQ/XCmj
( ^▽^)<ワクワク
さげ保全
( ^▽^)<ウキウキ
( ^▽^)<ちゅらちゅら♪
この小説は梨華ちゃんしか読んでないのか
愛の視界には吉澤ひとみの間合いが映っていた。
この間合い内に入ったらその瞬間、彼女のパンチが飛んでくる。
(間合いに入ったらやられる。だけど入らないと倒せない。どうすればいいんや?)
名案が浮かぶまで愛は避けるしかできなかった。その避けることすら並大抵ではない。
ボクシングヘビー級世界王者。
この代名詞の破壊力は想像を絶するものであった。
(まともに相手したらあかんわ。不本意やけど地の利を生かすか)
ここは武道場ではない。ただの公園だ。場所に合わせた戦い型というのもある。
愛はブランコの後ろに止まった。合わせて吉澤も止まる。
「そいつをぶつけて隙を作ろうってのか?好きにすればいいけど無駄だぜ高橋」
「好きにするわ」
予告通り愛は吉澤に向かってブランコを蹴り上げた。
吉澤は少しも動じない。逆にフックでブランコを叩き割った。
すると割れた間から足の裏が飛んで来た。ブランコの裏で愛も飛んでいたのだ!
(だから無駄…)
その飛び蹴りも吉澤のガードに阻まれ…
(えっ!違…!)
蹴りの感触があまりに軽すぎた。吉澤は気付く。靴だけが飛んで来たのだと。
視線を上げると目の前に裸足があった。もう間に合わない。
裏の裏をかき、ついに愛の蹴りが世界王者を打ち抜い…。
(あれ…?)
だが吉澤は倒れていなかった。額で愛の蹴りを受けきったのだ。
「惜しかったな」
「嘘やろ、今のでも倒れんのか。頑丈すぎやわ〜」
「一つ教えてやる。私はボクシングでも喧嘩でも倒れた事が無い。ただの一度もね」
「あーそー。じゃあ何が何でも倒してやりたくなった」
「フッ」
「なんや!馬鹿にした?」
「いや、昔お前と同じこと言ってた奴がいて。それ思い出した」
「へー」
「タイプは違うが、ちょっと似てるぜ。どっちも柔術使いだしな」
「柔術!誰?」
「知らない方がいい。安心しろ、あいつに殺される前に、私が倒してやる」
公園に西日が差してきた。二匹の野獣が夕色に染まる。
共に決着をつけるべく動き出そうとした、しかしその意思は動きになる前に止まる。
愛と吉澤、両者共に知る声が二人の耳に入ったからだ。
「アニキー!石川さんが攫われた!!」
公園入口の石段に身を預けて叫ぶ娘、小川麻琴であった。
吉澤はすぐに構えを解いて麻琴の元へ走る。
訳がわからず、何事かと愛も駆け寄った。
「攫われたってどうゆうことだよ!」
「わかんねえっす。だけどあれは摩天楼の奴らだった」
「まてんろう?なんだそりゃ?ピーマコ!お前が付いていながら!」
「すんませんアニキ。いきなりの事で、それに相手がメロンだったから」
「メロン?デザートか?」
「違いますって。裏社会では有名な摩天楼最強の4人組ですよ!」
「聴いた事ねえな。さっきの黒コートもそいつらの部下だったのか?」
「一体何者ですかあの石川って人。メロンに狙われるなんて」
「知らない。ところでピーマコ、動けるか?その摩天楼って所に案内してくれ」
「アニキ!?助けにいく気ですか?」
「彼女には貸しが一つあるんだよ」
「摩天楼は…特にメロンはマジヤバイっすよ」
「この吉澤よりもか?」
「…いや」
「決まりだな。メロンだかスイカだか知らねえが、叩き潰してやるよ」
そこまで言うと、吉澤は残念そうに愛の方へ振り返った。
「という訳で悪いな、急用ができた。続きはまた今度…」
「何言ってんやって吉澤さん。そんなの納得すると思う?」
「…」
「そのメロン、私にも食わせてや」
「フッ…摩天楼ってのはかなり危険な場所みたいだぜ」
「望む所やわ。ねえ麻琴っちゃん」
「あ、当たり前だ!足ひっぱっても助けねえぞ愛!」
夜の東京。ミダラ摩天楼と呼ばれる無法地帯と化した一角がある。
その最も大きなビルの最上階に、その4人はいた。
「石川梨華は監禁しておきました」
「オウ、これで後はあの人が来るのを待つだけか。なぁボス」
「まったく楽な仕事だったわ」
「…」
最年少でメロン一のスピードを持つ柴田。
気が強くメロン一のパワーを誇る大谷。
無口なメロンの頭脳、村田。
そしてメロン最恐最悪のボス斉藤。
この4人こそが裏社会で恐れられる戦闘集団メロン。
その強さ、凶悪さ故に、摩天楼でもすでに刃向かう者はいなくなっていた。
そんなメロンにたった3人でケンカを売ろうとする奴らが現れる。
「ここが摩天楼だぜ。アニキ、愛」
「ほーお、いかにもって感じ」
「準備はいいか?行くぜ!」
吉澤ひとみ、小川麻琴、そして高橋愛。
恐いもの知らずの3人が攫われた石川梨華を救う為、いま摩天楼に乗り込んだ!
第7話「ターゲットの名」終わり
更新乙
辻豆氏の作品にメロンが出るのは初か?
メロンキタ━━川σ_σ||━━ノリ川σ)━━(川川)━━(・oノ川━━(・∀・o川━━!!
メロンヲタとしては期待大です
( ^▽^)<ハラハラ ドキドキ
>>258 サウンドノベル「ハッピーエンド」にちょっとだけ出てる
>>261 サウンドノベル「街れす」にもちょっとだけ出てる
( ^▽^)<ハラハラドキドキワクワク
アンジャッシュキタワァ*・゚゚・*:.。..。.:*・゚(n‘∀‘)η゚・*:.。. .。.:*・゚゚・* !!
( ^▽^)<ソワソワ♪
( ^▽^)<モジモジ
( ^▽^)<ルンルン
第8話「激闘!メロン」
監禁されているとは思えない程、豪華な部屋に石川梨華は一人でいた。
さっきからどうも表が騒がしいが、石川にはどうする術もない。
やがてノックの音が響く。自分を攫った一味の一人が姿を見せた。
彼女の名前は柴田あゆみ。
氷の様に表情を変えず、口数も少ないが、何処か優しさを感じる。
この様な出会いでなければ、友達になれたかもしれない。
だが今は空気が重い。耐え切れず石川から言葉をかける。
「どうかしたの?」
「侵入者らしい」
「そう…」
「三人組だが、その内の一人はボクシングのチャンピオンだって」
「えっ!」
「やっぱり君の知り合いか」
「どうして?会ったばかりの私なんかの為に…吉澤さんが…」
「残念だけど生きて帰す訳にはいかないな」
「やめて!あの人は関係ないでしょ!」
「関係?あるよ。彼女達は君を助けに来たのだろ。それで十分だ」
苦悶する石川を残し、柴田は再び扉の鍵をかける。
ボス達の所へ戻ると彼女達三人はモニターを眺めていた。
モニターには、部下達を倒しこのビルに入ろうとする侵入者の姿があった。
柴田は静かにその中の一人、吉澤ひとみを睨み付けた。
モニターを見ながら、ボス斉藤が三人に声を掛ける。
「これだけビックな獲物も久しぶり…いや初めてだね、大谷」
「ああ、あの吉澤ひとみを倒せばメロンの名も一気に上がるぜ」
「柴田。お譲ちゃんの様子はどうだったい?」
「別に…普通でした」
「そうかい。それじゃあ作戦タイムといこうかい、村田さん」
「ええ」
メロンの頭脳担当、村田が声をあげる。
普段無口な彼女が口を開くのはこのときだけだ。
「データは三人とも取れてますよ。まず高橋愛。18歳。
かなりの柔術の使い手で、冬に夏美会館が催したトーナメントで優勝している。
特筆すべきはそのスピードと技の数々。だが今ひとつ決定力に欠ける部分もある。
次に小川麻琴。17歳。同じトーナメントに出ているがこちらは二回戦止まり。
柔道と喧嘩の融合を公言してはいるが、中途半端の域は出ていない。
やはり最も警戒すべきはこの女ですね。ボクシング世界王者、吉澤ひとみ。19歳。
パワー、スピード、タフネス、全て超一流。弱点らしい弱点も無い」
村田の説明に、斉藤はおどけてみせる。
「たいしたデータね。それじゃ、私達に勝ち目は無いのかい村田さん」
「勝てませんね、1対1なら。だけど2対1なら話は別です。
そこで吉澤ひとみにはボスと大谷君をぶつけます。
いくら世界王者といえど貴方達二人は手に余る。よろしいですね?」
「OK」
「おっし!任せろ!」
「高橋愛は柴田ちゃんお願いね。あなたなら問題無いでしょう」
「…わかりました」
「残りの小川麻琴は私が軽くひねります。以上、質問は?」
「ねえよ。お前の作戦はいつも完璧だ。それじゃあ行こうか!」
斉藤の合図で、4人は一斉に廊下へと向かう。
最後尾の柴田がふと立ち止まり、モニターを向き直った。
モニターに映る吉澤ひとみの姿を睨む。
(石川梨華が慕う女…)
すぐに向き直ると、柴田はまた歩き出した。
( ^▽^)<ドキドキ
( ^▽^)<ワクワク
(; ^▽^)<柴ちゃん'`ァ'`ァ
( ^▽^)<ハラハラ ハラハラ…
( ^▽^)<ホゼホゼ♪
摩天楼に入ると、メロンの部下らしき男達が次々と襲いかかっていた。
吉澤、小川、高橋の三人はこの脅威を払いのけ、ついにメロンのビルへと辿り着いた。
「ハァハァハァ…まったくとんでもねえ所だぜミダラ摩天楼ってのは」
「ほんと、おもしろい所やの。麻琴ちゃん」
「おいおい二人とも。本番はここからだぜ」
自動ドアが開いた。吉澤を先頭に3人は並んでドアをくぐる。
1Fは大きなホールになっていた。そしてその奥に4人の個性的な女が立ち並ぶ。
「なぁ〜んだ。お待ちかねって訳か」
「世界王者がわざわざこんな所までご苦労ですわね。何の御用でしょう?」
「とぼけんなよ!石川梨華って子がここにいるんだろ」
「いるわね」
「返せ」
「お断りね」
「ぶっ飛ばすぞ」
「やれるものなら」
ボス斉藤のその一言で、メロンの4人と吉澤高橋小川の3人、計7人が一斉に構えた!
最初に動いたのは吉澤。物凄い勢いでボス斉藤に殴りかかる。
そこへ横合いからパワー自慢の大谷がぶつかり、二人は組み合ってもつれる。
囲まれた吉澤の手助けにと愛が飛んだ。
大谷を蹴り飛ばそうと足を出した瞬間、その足を別の角度から絡む取るもう一つの足。
愛の蹴りを止めたのは柴田であった。
大谷を弾き飛ばしようやく立ち上がった吉澤を、後ろから斉藤が締め付けてきた。
これだけ密着されると自慢のパンチも使えない。
パワーのある大谷と執拗な斉藤の二人がかりに、吉澤は苦戦していた。
一刻も早く吉澤の手助けにいきたいと考える愛であったが、動けずにいた。
(なんやこいつ…)
目の前に立つ柴田あゆみという女のせいである。
自慢のスピードで振り切ろうとしても、表情一つ変えず付いて来る。
グラウンドに持ち込もうとしても、その類まれなるセンスで弾かれる。
(こいつ…強い)
愛は改めて、向かい合う柴田の顔を見た。
メロンの中でも明らかに頭一つ抜けた実力を秘めている。
これほどの実力者が、どうしてこんな所でくすぶっているのだと思った。
「お仲間がピンチみたいですよ。小川麻琴さん」
「うるせえっ!」
吉澤高橋から少し離れた入口付近で、麻琴は村田と向かい合っていた。
「さて、雑魚はとっとと片付けて、私も世界チャンプ狩りに加わろうかな」
「あ?」
「3対1じゃ、流石の世界チャンプも死亡確定でしょ」
麻琴の目つきが変わった。村田の連打をガードしながら前へ突進する。
自分の事はいい。だけどアニキ分の吉澤を罵倒することだけは許せなかった。
吉澤ばりの右ストレートが村田の顔面を捕えた!
「どっちが雑魚だコラ!」
一気に勝負を決めようと、麻琴は倒れた村田に向かって突進する。
マウントを取りかけたそのとき、村田が驚く様な動きでその隙間をすり抜けた。
「な、なんだぁ」
「失礼。ですがやはり雑魚は貴方の方です」
麻琴は目を見張った。村田の顔にさっきまではなかった異様なマスクが被さっているのだ。
いつの間に被ったのか、気付きもしなかった。
「何の真似だそりゃあ!ふざけてんじゃねえぞ!」
「ふざけてなんていないさ。おっと、私のことはXとでも呼んでくれたまえ」
「エックスゥ?やっぱりふざけてんじゃねえか!」
麻琴はまた突進した。Xは異様な構えでそれを待ち受ける。
「自由の毛がに!」
異様な技であった。しかし麻琴は吹き飛ばされた。
さっきまでとはまるで別人。その言動。その佇まい。全てが異様であった。
麻琴は驚嘆の表情でXを見上げた。
(裏社会で最強最悪と恐れられている…これがメロン)
(やっぱり、こいつらには手を出すべきじゃなかった…)
マスクマンX キタ━━━━━━(゚∀゚)━━━━━━ !!!!!
よくわからんけど
マスクメロン キタ━━━━━━(゚∀゚)━━━━━━ !!!!!
更新乙です
( ^▽^)<キタ━━━━━━(゚∀゚)━━━━━━ !!!!!
(;^▽^)<マスクメロソ・・・ハァハァ
「おやおや、村田さんがXになってしまったか。あの小川って娘終わったね」
村田と小川の様子を遠巻きに眺めながら、ボス斉藤が呟く。
その両腕は未だに吉澤の背中を掴んで離さない。
「フフフ、世界チャンピオンさん。私の羽交い絞めの気分はいかが」
「サイテーだ」
「そして貴方ももう終わり。さぁやってしまいなさい大谷」
「おっしゃあああああああああああああ!!!」
大谷の豪腕が、身動きの取れない吉澤の顔を叩く。
1発。2発。3発。みるみる内に吉澤の頬が紅く染まってゆく。
「吉澤さんっ!!」
「行かせない」
駆けつけようとした愛を遮ったのは、またしても柴田であった。
「どけっ!」
「どかないよ」
「お前等!卑怯やと思わんのか!二人がかりなんて!」
「勘違いをしているな。これはルールのある試合じゃない」
柴田のこの一言が、愛の目つきを変えた!
「わかったわ」
「ふうん」
「それなら私も…試合じゃ使えない技ってのを使う」
「使えばいいさ。それで勝てると思うなら」
「後悔しねや」
戦国の世より闇の武術として脈継がれてきた血が猛る。
柴田あゆみは、高橋愛を本気にさせてしまった。
また、その熱き闘気がもう一匹の野獣の本性をくすぶる。
「やれやれ、こっちまで熱くなるぜ」
「なんだ?殴られ過ぎて頭でもイカれちまったか世界チャンピオン」
大谷のセリフに吉澤は思わず吹き出す。
「あーこれ殴ってたんだ。悪ぃな、軽過ぎて気付かなかったよ」
「んだとっ!!」
「本当に殴るってのはこういうことを言うんだぜ」
次の瞬間、吉澤は締め付ける斉藤ごと腕を振り上げ、大谷に叩き付けた。
たった一振りの豪腕で、斉藤と大谷という体格の良い二人が吹き飛んだ。
「うぐっ…」
「う、嘘だろ」
「お前ら確かにちっとはできるが、今回は相手が悪かった様だ」
勢いのついた吉澤は麻琴にも激を飛ばす。
「ピーマコ!いつまでそんなのにてこずってる!」
「だ、だけどアニキ!このマスク女…かなり」
「落ち着けよ。お前の方が強い」
「!」
吉澤の言葉に、麻琴を改めてXを見直す。
しかしさっきからこの異様な技と動きに、付いて行くことができない。
「く、くそっ…落ち着けったって、こんな奴を前にして…」
「ムダです。このXの方がはるかに強いのですから!」
そのとき何故か、祖父の小川五郎の言葉が脳裏に浮かんだ。
「なにをしとるバカ娘!とっとと稽古を始めるぞ!」
(ったく、毎日毎日うるせえジジイだぜ…空想にまで出やがって)
「よいか!大事なのは相手を見極めること。闇雲に突っ走れば良いものではない」
(うるせえな何度も同じことを!もうわかってるよ)
(そういえばこのマスク女…確かに動きは変だけど、最終的には全部同じ…)
(全部私に向かってくる。それさえわかりゃあ…)
Xの変則的なハイキック。その足を麻琴は掴んだ。
(こんなのジジイや矢口さんに比べたら全然遅えや!)
「ま、待っ…!!」
「うおおおおおおおお!!!」
それはまるで模範の様な見事な背負い投げであった。
マスク女Xこと村田がコンクリートの床に叩き落される。
ピクリとも動かない。意識を失った様だ。
「おっしゃあーーー!!!」
越後の虎が吼えた。
最後に勝利へ導いたものは喧嘩柔道ではない。
幼き頃から叩き込まれてきた正真正銘の柔道そのものであった。
この勝利が、小川麻琴をさらに上へ導く道しるべとなる。
「まさか、あの村田さんがあんなガキに…」
一方、驚くのは残るメロン達であった。
メロンの頭脳と呼ばれ数々の成功を収めてきた村田自身が、敗れたのだ。
特にボス斉藤は酷く取り乱している。
「おいおい、驚く暇はねえぞ。すぐにお前らもぶっ倒されるんだ」
「ぐっ…」
吉澤の挑発に、斉藤も大谷も返す言葉すら出ない。
たったの一振りのパンチで、自分と彼女の圧倒的な実力差を知ってしまったのだ。
見ると柴田は高橋愛とほぼ互角の死闘を続けている。
しかし自分たちは二人がかりでも、勝てる見込みがまるで見えてこない。斉藤は考えた。
(どうする…どうする…)
そして斉藤の脳裏に浮かんだ最後の策。
(依頼主には無傷でと言われていたが、こうなったら仕方ないわ)
(石川梨華を面前で人質にすれば、きっと奴は手を出せない!)
「大谷!ここは頼んだわよ」
「え?ちょっとボス!何処へ?」
「人質よ!」
言うが早いか、ボス斉藤は一つしかないエレベータにと乗り込んだ。
人質!そのセリフに吉澤の顔色が変わる。
「待てっ!!」
「おっとボスの邪魔はさせな…」
「邪魔!!」
左フック一閃。吉澤の一発で大谷は10m近く吹き飛び気絶した。
しかし間に合わない。斉藤を乗せたエレベータはすでに上昇を始めてしまった。
「アニキ!あいつまさか石川さんを…」
「ああ。くそっ!迂闊だった」
吉澤と麻琴はエレベータの前で、焦りを露にした。
二人は辺りを見渡す。ホールで立っている者はもう4人しかいない。
吉澤に小川、そして高橋とメロンの柴田。単純に状況は3対1だ。
「おい愛、手ぇ貸そうか」
「余計なお世話。この人は私がやる。それより攫われた子がやばいんやろ」
「いいのか?」
「ここは任せて早く行きねや」
「わかったよ」
「悪いな高橋、勝てよ」
「そっちこそ。きっちり助けてあげなあかんよ」
吉澤と麻琴は階段で駆け上がっていった。目指すは最上階。
そしてホールにはこの二人だけが残る。
高橋愛。柴田あゆみ。
「さってと、これで邪魔者はいなくなったと」
「バカだな。3人がかりでくれば楽に勝てたろうに。私達がした様に」
「そんなもったいないことできんわ」
「もったいない?」
「そや。あんたみたいに強い人はめったにえんからの」
「フン、可笑しな奴だ」
「そういえば、まだ名前聞いてんかったの。私は高橋愛やよ」
「これから敗北する相手の名前くらい知りたいか。柴田、柴田あゆみだ」
「結構かわいい名前なんやの、あゆみちゃん」
「殺す」
対メロン。最後の決戦。互いにスピードとテクニックに絶対の自信を持つ者同士の激突。
決着の刻は近づいていた。
一方、ボス斉藤を追って最上階へと上がった吉澤と麻琴は、そこで意外な光景を目にする。
「な、なんだこりゃあ?アニキ!」
「わからん」
「何でメロンのボスが倒れてるんだ?」
麻琴の言うとおり、メロンのボス斉藤は廊下で血を吐いて倒れていた。
その奥にある洋室から泣き声が聞こえる。
吉澤が恐る恐る入ると、そこでは石川梨華が一人で泣いていた。
「石川さん?」
「…!あっ!吉澤さん!」
「大丈夫?」
「本当に来てくれたんだ。嬉しい」
「ねえ、どうしてメロンのボスが倒れているの?」
「分からない。突然やって来て、勝手に転んで倒れちゃったみたいだけど…」
「そっか。バカな奴で助かった」
「うん!助けに来てくれてありがとう吉澤さん」
石川は吉澤に抱きついた。吉澤はそれを温かく抱きとめる。
二人の空気に入れず、麻琴は廊下で斉藤の観察をしていた。
(これ、どう見ても転んだって感じじゃねえけど…まぁいいか)
誰も気付く者はなかった。
このとき石川梨華の中指に血が滲んでいたということ。
( ▼▽▼)<フッフッフ
吉澤、安倍や飯田とはるには、少し苦戦しすぎかと思ってたけど、
やっぱり強かったね。よかったよかった。
保
田
高橋愛と柴田あゆみの死闘は続く。
愛はとっくに本気で、高橋流の技も存分に披露している。
なのに彼女を倒せない。柴田あゆみという女が本物だということだ。
「あゆみちゃん。格闘技の試合に出てみたら?きっと有名になれるって」
「興味ない」
「もったいないわ。こんな所であんな人達といつまでもメロン続けるんか?」
柴田は静かに目を伏せ、静かに口を開いた。
「あんな人達でも、私にとっては大切な家族の様なもの…
孤児だった私をここまで育ててくれた人達だ。裏切ることはできない」
「裏切りじゃない。話せばわかってくれるよ」
「それでもできない。私はメロンの柴田だ」
「頑固やの。じゃあ、こうしよう。私に勝ったら好きにすればいいよ。
でも私に負けたら、格闘技の大会出てみてよ」
「勝手な奴だな」
「強い奴っていっぱいいるんやよ。絶対おもしろいって」
「説得したいなら、私に勝ってみせろ」
「おっ、いいんか」
愛はその場でピョンと飛んで見せた。体が軽い、今なら何でもできそうだ。
「吉澤さんと麻琴を上に行かせた理由、実は他にあるんやって。
手の内を見せたくなかったんや。いずれ闘う可能性もあるしの」
「それを見せてくれるのか」
「ああ、新必殺技や。使わな勝てなそうやし」
「必殺技ならば私も持っている。勝負だ」
「おおっ!」
能面の様だった柴田の表情に変化が現れていた。
戦いたかったのは、石川梨華が慕う吉澤ひとみだった。
しかし今はこの高橋愛という娘に全てをぶつけたいと思っている。
(不思議な奴だ…勝ちたい)
「行くぞ!」
「行っくぞー!!」
二人は同時に前進した。
「赤いフリージア!」
「ラブ・クロス!」
偶然にも、二人が放ったのは共に蹴り技であった。柴田の右足と愛の右足がぶつかる。
(負ける訳がない!全霊を込めたフリージアがっ!!)
柴田の必殺技「赤いフリージア」は敵を打ち抜く槍。
相手の血により赤く染まる。その姿、華麗なる純潔の華の如く。
(メロンの名に賭けて!私は負けない!)
地力が柴田を押し切った。愛の足が体ごと弾き飛ぶ。
勝利を確信した柴田のアゴに、愛の左かかとが飛び上がってきた。
(えっ…?)
愛の必殺技「ラブ・クロス」はその名の通り十字架を示す。
蹴り飛ばされた右足の反動をそのまま込めて、左足を一気に打ち上げたのだ。
右足が横に、左足が縦に、十字を切る。
言葉にするのは容易いが、人の反射神経を凌駕する動作である。
尋常ならぬ反射神経と柔軟さを兼ね揃えた愛だからこそ、可能な技なのだ。
宙に浮く程アゴを強打された柴田は、そのまま地面へと崩れ落ちた。
意識を失う直前に脳裏をかすめたのは古き思い出。
孤児だった自分を拾ってくれた優しい三人のお姉さん達の笑顔。
柴田あゆみ堕ちる。
彼女の人生において初めての敗北であった。
「ハアッ…ハアッ…ハアッ…いって〜。右足、当分使えんわこれ」
フリージアに突き刺された右足を抱えながら、愛は倒れた柴田を見下ろす。
「強かったぞ、あゆみちゃん。今度は格闘技の試合場で待ってる」
痛手を負いながらも、高橋愛は勝利を収めた。
彼女にもまた負けられぬ強き理由があった。
(これが私の道やよ、亜弥)
(もう一度決着を付けるまで、私は誰にも負けんからの)
更新乙です
柴ちゃんが強くてよかったー
更新乙です。
柴ちゃんには勝って欲しかった・・・・
更新乙です。
柴ちゃんこれからも優遇したって。
柴田との激闘を終え、愛はその場に座り込んだ。
やがてエレベータが下りてくる。笑顔の3人が戻ってきた。
「おお!勝ったか。高橋」
「当たり前や。吉澤さんこそ、ちゃんと助けたんやね」
「当たり前だ」
「アニキ、何にもしていな…」
吉澤のゲンコツで麻琴の言葉はそれ以上声に出ることはなかった。
愛は吉澤が助けた女性を見た。
(すっごくきれいな人…だけど、なんか…)
彼女も愛の視線に気付く。
「はじめまして石川梨華です。全然他人の私なんかの為に…ありがとう」
「別に、自分が来たいから来ただけや。お礼なんていらん」
「ううん、でもありがとう。あ、怪我してるわ!ごめんなさい」
「あんたが謝らんでいいって。のー吉澤さん」
「残念。怪我人を殴れねえしな。再戦はまた今度だな」
「なんや?私は別に今からでもええよ」
にらみ合う吉澤と愛を見て、麻琴は頭を痛める。
(本当にバカだ。まだやる気かよ)
不安気に見つめる石川を見て、吉澤はふっと頬を緩ませた。
「いや、やめとこう。石川さんもいるし。続きはまた次だ高橋」
「約束や」
こうして摩天楼の激闘は幕を閉じた。
行くアテのない石川を、吉澤は一緒に住もうと誘った。
この闘いできっかけを掴んだ麻琴は、柔道をさらに極めようと稽古に励む。
愛は怪我療養と更なる修行の為、一旦帰郷した。
戦士達に束の間の休息が訪れる。
それから約1ヶ月、女子格闘議界は大きな動きもなく過ぎていった。
安倍なつみが主催する夏のビックトーナメントに向けて、嵐の前の静けさである。
そんな中、ついにあの娘が動き出す。
「ダ、ダ、大ニュースです!」
畳敷きの道場に、大慌ての小川麻琴が流れ込んで来た。
声を掛けられた小さな娘はまるで聞こえていないかの様に、黙々と打ち込みを続けている。
「こ、国民栄誉賞の受賞が決まりましたよ!」
オリンピック48kg以下級、無差別級、金メダル。
世界女子柔道選手権、全階級制覇。
公式試合108試合無敗。オール一本勝ち。
かの小川五郎をして、自分より強いと言わしめた娘。
若干145cm。「柔を良く剛を制す」の体言。
「矢口さん!ちょっと聞いてますか!矢口さん!!」
「うっさいなぁもぅ。ずぅーっと聞こえてるよ」
打ち込みを止めた矢口真里は、不機嫌そうに騒がしい後輩の元へ近づいた。
「嬉しくないんですか?」
「嬉しいよ!」
「…の割りに、不機嫌ですね」
「べっつにぃ〜。彼から一週間も連絡がないとか関係ないしぃ〜」
「またっすか。男なんてシャボン玉っすよ矢口さん」
「うっさい!お前に言われたかねえや!」
「うげっ!」
矢口はあっという間に麻琴を投げ飛ばし、走り去っていった。
起き上がった麻琴は背中を押さえ呟く。
「イテテ…なんで私の周りはこんな人ばっかりなんだろ…」
男運は無い国民的ヒロイン、矢口真里。
彼女の一言で女子格闘議界が再び動き出す。
その始まりは、矢口の国民栄誉賞授与式場、まさにその場で起きたのだ。
第8話「激闘!メロン」終わり
306 :
名無し募集中。。。:03/12/13 17:52 ID:eOOCZ0iz
更新乙です!
ついに登場矢口真里!
どう進展してしていくか楽しみです!
矢口に期待
(* ^▽^)<ワクワクワク♪
( ^▽^)<お肉スキスキ♪
310 :
名無し募集中。。。:03/12/15 16:35 ID:HpFEocvw
元ネタ探しに走ってしまいがちな自分としては…
斎藤=グラップラー○牙の花○薫かなと思っていたのですが、単なるチンピラで終わってしまいましたねw
これからも続き期待してます。頑張って下さい。
今回もドラゴンボールの末期状態になってきましたな
( ^▽^)<やぐやぐ♪
第9話「枠」
神話がある。
「矢口真里は倒れない」
可笑しな話である。
これが立ち技のみの格闘技ならば話は別だ。「倒れる」=「負ける」だからだ。
しかし矢口真里は柔道家である。柔道にはもちろん寝技がある。
柔道においては「倒れる」=「負ける」ではない。
自ら体を横に倒し、相手を倒す技も存在する。寝技の攻防は試合を大きく左右する。
なのに、なのにだ。
誰も矢口真里が倒れた所を見たことが無い。誰も矢口真里の寝技を見たことが無い。
つまり、世界中の偉大なる柔道家の誰一人として、矢口真里を寝技にまで持ち込めない。
倒れた相手に矢口から寝技に持ち込むこともない。その必要が無いからだ。
その必要が無い=勝負ありということ。一本ということだ。
矢口真里の投げは全て一本。誰にも逃げられない。
「ヤグ嵐」
もはや伝説とまで化したその技の前には、あらゆる柔道家が一本負けを余儀なくされた。
「矢口の前にヤグ嵐は無く、矢口の後にヤグ嵐は無い」
世界中、歴史上の誰一人として、矢口真里以外にヤグ嵐を使える者は存在しない。
そして矢口真里は世界柔道全階級制覇という驚愕の記録を柔道史に刻み込んだ。
人々は神話の様に語り合う。
「矢口真里は倒れない」
矢口真里こそが最強であると。
国民栄誉賞授与式の当日。
汗臭い柔道着とは一転、美しいドレスに身を纏った矢口真里の姿があった。
普通ではとてもお目にかかれない各界の首脳が顔を並べ、盛大なる歓迎を催す。
矢口真里は精一杯の笑顔を振りまき、道を進む。
それは今まで経験したこともないくらい豪華な式典だった。
(おいらが国民賞栄誉賞だって、笑っちゃうよな〜)
(ガキの頃から夢見てたっけ…小っちゃいってバカにしてた奴ら投げ飛ばして…
いつかオリンピックで金メダルとって…そんで国民栄誉賞をとる…)
(夢か…。もうこれで全部叶っちゃったのかな…)
ずっと憧れてきた夢だった。嬉しいはずだった。
なのに何故か矢口の心は空虚に包まれていた。
「さて美貴、行くべさ」
「ったく、かったりぃなぁ。何だってわざわざこんな…」
「ウフフ〜いいから。おもしろいもん見せてあげる」
「まぁどうでもいいけど、巻き添えは御免だぜ」
珍しく正装した安倍なつみと藤本美貴が、式場に姿を見せる。
二人が入場した時間、まさに式のメインイベントが始まろうとしていた。
重々しく矢口真里の名が呼ばれる。
国民栄誉賞の証となるメダルを携えた大臣の元へ、矢口は歩き出す。
(このメダルを貰ったら、終わっちゃうのか…矢口の夢)
(ちびっと寂しいな…他にもなかった?夢ってさ…)
(他に…)
カクン。
人々が並ぶ位置からメダルを持つ大臣の位置まで、多く見積もっても4〜5m。
たったそれだけの距離を矢口真里が前に進むだけの時間であった。
出席者には重鎮が多い。警備や護衛は抜かりなく配置されている。
ただ、その動きがあまりに自然―まるで我が家の玄関をくぐる様―であった為、
止める者はおろか反応できた者すらいなかった。
カクン。
子供同士が冗談で後ろから膝を膝で付き、カクンと転ばせる遊びそのまま…
―――――――――――矢口真里が床に膝を付いた。
「神話、く〜ずれた」
無邪気な子供そのままの笑みで安倍なつみがニィっと笑った。
「さすがの矢口さんも、まさかここでこうくるとは思わなかったでしょエヘヘ」
矢口真里は身動き一つせず、正面の何も無い床を見続けている。
「…」
「…!」
「〜〜〜!!!」
「捕まえろ〜〜〜〜〜〜〜〜!!!!」
あっけにとられしばらく呆然としていた警備の者達が、徐々に我を取り戻し叫んだ。
安倍なつみはあっという間に警備と護衛達に取り囲まれた。
騒然とする会場の中でただ一人藤本美貴だけが、苦笑いを噛み潰していた。
「エヘヘじゃねえだろ…ったく」
「矢口真里は倒れる!」
安倍なつみが大声で言った。
「もう取り消せないね。報道記者さんも大臣さんまで、み〜んなこの目で見ちゃったから」
「そいつを取り押さえろ!!!」
誰かが叫ぶと護衛の者達が一斉に安倍なつみを取り押さえた。
安倍なつみは抵抗もせず、ただ矢口に向けて言い続けている。
「矢口真里は倒れる!!」と。
なっちに背を向けたまま、矢口はスクッと立ち上がった。
そのまま振り返りもせず大臣の元まで歩み寄る。
事態の混乱に戸惑う大臣に向け、矢口真里は頭を下げた。
「ごめんなさい!まだそれを受け取れなくなりました!!」
「や、矢口さん…」
「夢は終わってなかった」
(なんて単純で、なんてバカバカしくて、なんて気持ちがいい)
(ここまで真正面に喧嘩売られたことなんてあったか)
矢口真里は振り返り、ようやく自分を地に付けた相手の顔を見た。
(不覚にも忘れてた。矢口真里にはもっともっとビックな夢があったしょ!)
「皆さん!いいから!いいから!その人を放して!!」
矢口が叫ぶ。護衛の男たちは顔を見合わせ混乱した。
大臣が腕を振り、ようやく彼らは職務を離れた。
中央で安倍なつみはまだ微笑んでいた。
「よぅ」
「はじめまして。矢口真里を倒した安倍なつみです」
「へー!お前があの。噂で聞いたな。格闘技界で最強って呼ばれているって」
「そう、最強だよ」
安倍なつみは平然と答える。
矢口真里の胸の中はもう熱くて熱くて堪らない状況になっていた。
「まあいい。お前が最強でもいい。おいらを倒したことにしてもいい。…今は」
「今だけじゃないべさ。ずっとだよ」
「お前がおいらに倒されるまでね」
矢口真里の気と安倍なつみの気がぶつかる。
それはとんでもない圧力を有していて、もう誰もその空間に入り込めずにいた。
「へ〜え。国民栄誉賞をとるお方がケンカを売ってくれるんだ」
「売ったのはお前だぜ」
「そうかも」
「で、どうしたらいい?どこにいったら安倍なつみと闘える」
「変な質問だね。なっちは目の前にいるよ」
空気が変わる。
安倍なつみと矢口真里の間の空気が歪んで渦巻く。
「それ以上、挑発してくれんな。おいら乗りやすいんだ」
「じゃあ乗ればいい」
遮るものはなかった。矢口真里のタカは外れかけた。
それを影が遮った。
誰にも入り込めないと思わせた空間――安部と矢口の間に一人の女が割り込んだ。
「藤本!」
「…」
なっちを背に、現れた藤本美貴は無言で矢口真里を睨んだ。
冷静さを戻した矢口が言った。
「そうだろ。こういう奴がいっぱいいるんだろ。頂点の安倍なつみに辿り着くまでには」
藤本美貴は答えない。安倍なつみは残念そうに頷いてみせた。
「いいぜ。おいら格闘技ではまだ白帯のひよっこみてえなもんだ。
一番下から昇っていってやるさ。安倍なつみ、お前の喉元に噛みつける場所まで!」
矢口真里の格闘技転向宣言!
この一言が、日本中に吹き荒れる嵐の発端となった。
319 :
名無し募集中。。。:03/12/19 21:35 ID:EmdxgSBS
更新乙で〜す。
“不倒の精神”を柔道に持ってくるとは不意をつかれました。
まさか講道館四天王みたいなのがいるとか…
これからも期待してます。
国家の催しを妨害したにも関わらず、安倍なつみは警察の注意だけですんだ。
その帰り道、安倍なつみは藤本美貴だけに本音を漏らした。
「いやぁ〜美貴を連れて来て正解だったよ」
藤本は横目に見た。
安倍なつみの手のひらが汗で濡れている。
「大会に誘うだけのつもりだったのに、本気で始めちゃいそうだった」
「…」
「あの矢口ってえのは相当だよ」
「…」
「だがこれで役者が揃ってきた」
「…」
「そろそろなっちも応じなきゃいけないね」
藤本は無言で、安倍なつみの語る言葉に耳を傾ける。
その瞳は冷たく燃えている。
そして翌日、矢口真里の大会出場に呼応する様に、吉澤ひとみが出場を明言した。
元々、格闘技日本一を宣言していただけに、この対応の速さは流石である。
これに合わせ大会主催者である安倍なつみがついに詳細を発表。
各スポーツ紙は一斉にこのニュースを取り上げた。
優勝者には安倍なつみと闘る権利を与えること。
この大会出場者を8名に絞り込むこと。
記者会見でなっちは、その8名の内訳を語った。
「まず矢口真里と吉澤ひとみ。この二人は実績も実力も申し分ないからね。
それと、冬に開催した18歳以下トーナメントの優勝者にも、
この権利を与えると約束している。そう、あの高橋愛ね。
約束といえばもう一つ。飯田圭織のハロープロレス。
あそこからも一名選抜されることになってる。誰が来るかはあっちの社長次第だけど」
続々と語られる名前達。いずれも夏美会館、安倍なつみの打倒を掲げる者達。
これだけの名を相手に、夏美会館の最強神話は守りぬけるのだろうか?
そんな記者たちの不安を一層する様に、安倍なつみは堂々と言葉を続ける。
「うち(夏美会館)からの代表は当然、藤本美貴だ」
藤本美貴。圧倒的強さで昨年の夏美会館空手全国大会を制した女だ。
だがその全国大会も彼女の全てを引き出したとは考えがたい。
真の実力は未だ闇に隠されたなっちの片腕が、ついにそのベールを脱ぐ。
矢口真里。
吉澤ひとみ。
高橋愛。
ハロープロレスの選抜者。
藤本美貴。
明らかになるビックネームの数々に、その場にいる記者たちの興奮も際立ってくる。
「ここまでで5人。実を言うと残り3枠はまだ決まってないんだ。
だから予選をしようと思う。東日本と西日本からそれぞれ1名ずつ優勝者を」
「東と西で2名?もう1人は?」
記者の質問に、なっちは笑みを浮かべる。
「とりあえず館長推薦枠ってことにしておくべ」
記者会見は終わった。
仕事を終え、夏美会館本部の館長室に戻ったなっちを、藤本が待っていた。
「なにが館長推薦枠だ」
「名案でしょ」
「それは何だ。館長が自分自身を推薦するってこともあり得るのか」
「アハハ、どうだろうねぇ〜」
「まぁいいさ。誰が来ても倒すだけだ」
「予選も楽しみだね〜。どんな隠れた凄い奴が出てくるかわかんないし」
「それより当面はあそこだろ。ハロープロレス」
「そだね。飯田本人が来るか?相方の石黒か?ソニンってのもいるね。それから例の…」
「松浦亜弥か。デビューから一ヶ月で人気も実力もエース級だってな」
「ありえる線よ。ああ、もう一人、おもしろい娘が手に入ったって飯田が言ってたっけか」
「おもしろい娘?」
ここで舞台はハロープロレスに移る。
格闘議界が安倍なつみの総合トーナメントで揺れ動いている頃、ここハロプロでも
波乱が巻き起こっていた。それは一人の娘のデビュー戦に起因する。
( ^▽^)<ドキドキ
(・∀・)イイ!
ののたんキタ━━━━━━(゚∀゚)━━━━━━!!!!
ハロープロレス本部の社長室。
飯田、石黒、ソニンというハロプロの上層部、そして新垣と辻の姿があった。
「呼び出した理由は分かるな」
石黒が口を開いた。口調はやや強めである。
その言葉は新垣と辻に向けられている。
「すいません。こいつも反省してますから…」
「本当か新垣?」
「もちろんですよ。ほらっ、お前も社長達に謝れ」
「悪いことしてないのに、なんれあやまるんれすか?」
「おい…辻!」
石黒はやれやれと頭を振った。飯田は黒塗りの椅子に腰を掛けたまま、無言だ。
原因は数時間前の出来事だった。
この日は辻希美、待望のプロレスデビュー戦。
相手は中堅程度のレスラーであった。
試合前に「勝て」とも「負けろ」とも言われはしなかった。
飯田からは「好きにしてこい」とだけ言われた。
辻はそれを素直に受け入れた。
ゴングが鳴った。
観客の一人がくしゃみをした。
顔を上げると、プロレスは終わっていた。
気絶した中堅レスラーの上に被さり、3カウントを待つ。
開始のゴングからわずか6秒後、終了のゴングが打ち鳴らされた。
平然と花道を去る辻希美に、この日一番の歓声とブーイングが注がれた。
辻と教育係の新垣が、社長室に呼び出されたのも至極当然と言えた。
「好きにしていいって言われたから、好きにしただけなのれす」
「何処の世界にパンチ一発で終わるプロレスがある?」
「ここ…れす」
「いいか辻!お客さんは金を払って見に来てくれてるんだ。
お前だって、楽しみにしていた映画がすぐ終わったらつまらんだろ」
「らって…」
優しさと厳しさを含ませ諭す石黒に、辻は返す言葉も出てこなかった。
下を向いて落ち込む辻を見かねた新垣が間に入る。
「まぁまぁまぁ、後は私がよ〜く言い聞かせときますんで、今日の所は…」
「しょうがねえよな。教育係がだらしねえから」
ソニンの声であった。卑下た笑みで新垣を罵倒する。
新垣は愛想笑いでかわそうとした。ところがその言葉に辻はカッとなった。
「ガキしゃんは悪くない!!訂正してくらはい!」
「おい!止めろっ辻!」
「礼儀も知らねえ。落ちこぼれの弟子は落ちこぼれってな!」
「なんらと〜!」
荒れる辻を抑え、新垣はソニンに頭を下げた。
厳しい縦社会。上の言葉は絶対である。
「ソニンさん。すいませんでした。私の教育不足です」
「だろ」
新垣が自分のせいで頭を下げる事が、辻には我慢ならなかった。
もうどうなってもいい!ぶん殴ってやる!
そう辻が思ったとき、新垣が頭を上げて言った。
「ただ、辻が落ちこぼれだという言葉だけは訂正して下さい」
「ハァ?」
「私は落ちこぼれ扱いされても構いません。だけど!だけどこいつは違う!
辻希美は私と違って、もっともっと上にいける器です!」
「ガキしゃん…」
無言のままの飯田の口端が、僅かに上がったことに気付く者はなかった。
ソニンは腹を抱えて笑い出す。
「アハハハハ!こんな舌足らずのガキが?上に?笑わせるなって新垣」
「それくらいにしておけ、ソニン」
いい加減見かねた石黒が止めに入った。
しかしソニンは暴言を止め様とはしない。
「上にいくってのはね。例えば私や私の弟子の松浦みたいなのを言うんだぜ」
「…ええ、しかし辻も」
「そこまで言うなら実際に試してみようか?私と松浦、お前と辻、タッグマッチだ」
「そ、それは!!」
無茶苦茶だ。新垣は思った。
ハロプロNo3の実力者ソニンと、天性の才で瞬く間にスターとなった松浦亜弥。
そんな二人に最下層の自分とデビューしたばかりの辻で挑むなんて。
謝ろう。上司に反抗した所で利がある訳でもない。大人しく身を引こう。
しかし新垣が謝罪の言葉を述べようと口を開くその前に、隣で辻が吼えてしまった。
「やるのれす!ののが勝ったらもう文句は言わないれくらはい!」
「威勢だけはいいチビだ。お前たちが負けたら二度と逆らうんじゃねえぞ」
「ののは負けないのれす!」
そこで、それまで口を硬く結んでいた飯田圭織がようやく声を漏らした。
「おいソニン」
「は、はい!」
それまでふてぶてしい態度をとり続けたソニンが、飯田に呼ばれ瞬く間に固まる。
ソニンだけではない。あれほど騒いでいた新垣と辻も一瞬で静まった。
飯田圭織から発せられる圧力が、それほど凄まじいものだったからだ。
社長の承諾を得ないで勝手に話を進めたことに皆危惧した。ところが…
「おもしろいな。その話」
「えっ、タッグマッチのことですか?」
「来月の武道館。それをメインイベントにする」
その場の全員に異なる衝撃が走った。
立ち上がった飯田は、舞台俳優の様に一人一人の顔を眺め、言った。
「決まりだ。よし、今日はもういい」
飯田の合図で、石黒を除く全員が挨拶をし、回れ右をする。
ソニンが部屋を出て、新垣と辻も部屋を出ようとした所で飯田が呼び止めた。
「辻!」
「へ、へい!」
「負けたら、皆の言うことを聞くんだぞ」
「…へい」
「だが勝ったら、やりたい様にやれ」
それだけ言うと飯田は、また黒塗りの椅子に腰を下ろした。
辻は大きな目をさらに大きく見開いて、社長を見つめた。
「へいっ!」
大きな声で返事をして辻希美は駆け出していった。
辻豆さん更新乙です!
ぁゃ・ソニVS辻豆のタッグマッチ楽しみです!
波乱の予感
( ^▽^)<ワクワク
更新乙です!!!
ののたんがんばれ
(* ^▽^)<心臓バクバク♪
今回の話しはガキさんの扱いが良いな
辻が猪木祭り参戦のようですな、TVでもやるかな〜
ののたんが活躍するに1k
ラブ・クロスがどういった動きなのか未だにワカランのだが
誰か説明して
( ^▽^)<ど〜なるですかぁ〜?
339 :
辻っ子のお豆さん ◆Y4nonoCBLU :03/12/27 10:59 ID:EpY0yAgO
>>331 このタッグマッチは最初から最後までかなり熱くなりそう
>>334 この役似合う人が他にいなかったんで。
>>337 右足のミドルキックを打って、体が半回転するときに
前に倒れ込む様に左足を後ろへ垂直に蹴り上げる。
今回は柴田のフリージアと打ち合いだったので、さらに変則的になってた。
デビューからわずか三ヶ月で、あややの名は絶大なものへと進化していた。
次々と組まれる他団体のトップクラスとの試合を、すべて勝利で収める。
実力、パフォーマンス、ビジュアル、すべてが完璧に近く、付け入る隙も無い。
もはや誰も疑わないハロプロの、プロレス界全体のエースとなっていた。
そんなあややの元へ、ソニンが武道館タッグマッチの話を持ち込んだ。
「…て訳だ。まぁ楽勝だろうけどよ」
「わかりましたぁ。ソニンさんが目立つ様に、私は控えめでいきますね」
「おう、頼むぜ松浦」
いつもの笑みで受け答え、亜弥はまたトレーニングへと戻っていった。
(まったく、困った先輩だ。勝手にくだらない話を…)
上しか見ていない松浦にとって、最下層の連中とのカードなど何の興味も湧かなかった。
TVではしきりに安倍なつみのトーナメントが持ち上がっている。
もちろん亜弥もそれを気に留めない訳がなかった。
ハロープロレスからの代表一名は誰か?
(そんなの決まっている)
亜弥は目の前のサンドバックを思いっきり叩き飛ばした。
「待ってろ」
テレビ画面に映る出場確定選手名の一つを見つめて、そう呟いた。
(愛…)
「とんでもない事になっちまったぜ」
「なに言ってんれすかガキしゃん!勝っていいんれすよ」
最下層と位置される二人は正反対の感情でいた。
新垣は溜息を繰り返し、辻はひたすら盛り上がっている。
「お前は知らねえんだよ。ソニンさんがどれだけ強いかを」
「でも、ガキしゃんだって本当は強いのれす。ののは知っているのれす」
「辻、いいことを教えてやる。私はハロプロで一度も勝ったことがないんだ。
ずっと下っ端で、ずっとヒールなんだよ。スターを輝かせる為のひきたて役なんだ」
「…」
「華も人気もまるで無いからな、当然だ」
「ガキしゃん…」
「反対にあの松浦はな、ハロプロで一度も負けたことがないんだ」
辻も頷く。松浦の試合は幾度も見てきた。彼女の試合はいつも満員。
圧倒的な華と人気、そしてその強さ。
「勝ったことのない女が負けたことのない女に、勝てると思うか?」
「勝つんれす!その為に練習するんれす!」
辻は叫び、走り出した。
その後姿を虚ろな瞳で、新垣が見つめる。
(どんなに足掻いてもな…辻)
(人には、生まれもったどうしようもない才ってのがあるんだよ)
時は疾風の様に駆け抜けた。
ソニン・松浦亜弥 vs 新垣理沙・辻希美
ついにその日は訪れる。武道館は超満員に盛り上がっていた。
大方は、ソニン松浦という新旧エースの揃い踏みに期待を胸膨らませていた。
一部コアなファンは辻希美圧巻のデビュー戦を知り、波乱を期待していた。
そしてこのカードに注目しているのは一般人だけではない。
飯田圭織の手配により、この試合は全国にテレビ中継される。
「さ〜て、おいらの獲物になるのはどいつだ?」
矢口真里も。
「よっすぃー、こないだ見に言ったプロレスの子がテレビでやってるよ」
「おおっと。あっぶねー見逃す所だった」
吉澤ひとみと石川梨華も。
「まったく飯田圭織ってのは。なっちと同じくらいおもしろいことをしてくれる」
「フン…」
安倍なつみと藤本美貴も
「亜弥〜がんばるんやよ〜」
そして高橋愛も、このテレビ中継を見ていた。
それらはもちろん夏のトーナメントの為。
ハロープロレスの代表がこの中から選出される可能性が高いという理由だ。
まもなく熱闘が始まるであろう四角いリングを見下ろす二人の姿。
ハロープロレス社長の飯田と副社長の石黒だ。
「武道館は超満員。TV放送の注目度も高い。興行は大成功になるだろうな」
「ああ」
「だがその為にこのカードを組んだのか?飯田。どうケリを付ける気だ?」
問われた飯田は、いつもどおりの無表情だ。
「ソニンと新垣の力は大体わかっている。だが松浦と辻、この二人の力は…」
「力は?」
「俺にも読めない」
石黒はひどく驚いた。あの飯田がそんな台詞を吐くことなど、過去にありもしなかった。
飯田でも、このカードの結末を推測できない。
無事に終わらないかもしれない…ハロプロを揺るがすことになるかもしれないのだ。
石黒の心に不安めいたものが湧き上がる。
だがそれ以上に、楽しみだという感情が体中を覆っていた。
そしてそれはきっと自分だけではないだろう。
―――――――――今宵、何かが起きる―――――――――――
第9話「枠」終わり
次回予告
異なる道を歩みながらも、同じ地上最強を志す二人の娘。
ついに、その道と道とが交差する。
そしてそこに待ち受ける衝撃の結末。
ソニン・松浦亜弥・新垣理沙・辻希美
最後の鐘が鳴るとき、リングに立っているのは誰だ!?
熱戦のタッグマッチを収録した第10話!乞うご期待!
更新乙です
最近ののパートなので更新が楽しみだったりします
猪木祭りでの辻の対戦相手がギリシャのカリオピ・ゲイツイドウという選手なわけですが
カオリピと読み間違えました…ギリシャだし
( ^▽^)<ドキドキ
「辻っ子のお豆さん」
って、やっぱり
辻っ子=ののたん
お豆さん=ガキさん
からとってるんだろうな
>>347 ちなみに五期加入前からこのコテハンでした
_| ̄|○
第10話「お前か!」
「辻豆タッグの入場です!」
最初に会場へ駆け込んできたのは辻希美。体中に元気が満ち溢れている。
一方の新垣里沙はやや緊張した足取りで、顔色もすぐれない。
(絶好調!やってやるのれす!)
(なんて人の数だ。こんな注目される試合なんてしたことねーよ、クソッ)
次にスポットライトが反対側の入場口を照らす。会場に静寂が舞い降りた。
「夢の師弟タッグの実現だぁ〜!!ソニンあややの入場です!!」
スポットライトに二つの影が浮かび上がると、静寂が一気に大歓声へと爆発した。
なかでも松浦亜弥への声援が際立って多い。いつものあややスマイルでそれに応える。
ソニンはさすがにベテランの風格を漂わせ笑みなど浮かべず堂々と進む。
(格の違いってのをわからせてやろう)
(へぇ〜すっごい数のお客さんだ。ちょっとやる気だしちゃおっかなぁ〜♪)
こうして四人がついに一つのリングに並び立った。
レフリーがルールの最終確認を行なう。
「フォールでの3カウント、タッグを組む2名の試合続行不能、以上が敗北条件だ」
松浦と辻はコーナーの外へ出る。リング上にはソニンと新垣が残る。
スタートは教育係同士でという暗黙のルールがあった。
「ガキしゃん!ファイトれす!」
「任せましたソニン先輩」
ゴングが鳴った。
リングの中央でソニンと新垣が睨み合う。
「足が震えているぜ新垣」
「そ、そんなことない!」
「怖いか。こんな大舞台で赤っ恥かくのが」
新垣は答える代わりに、頭から突っ込んでいった。
ソニンはそれを真っ向から受け、そのまま腰を掴んで投げ飛ばす。
すぐに起き上がった新垣に向けパンチとキックの連打。新垣はまるで手が出せない。
(なんてえ連続攻撃だ。やっぱソニンさんは私なんかが敵う相手じゃない…)
ソニンの大技、パイルドライバーが決まった。
ヒールとして技をくらう事に慣れている新垣はすぐに起き上がった。
しかしまたソニンの攻撃に反応ができない。攻撃の応酬に弾き飛ばされる。
(ガキしゃん、動きが硬いのれす…)
もう我慢できない辻はコーナーから強引に手を伸ばし、新垣を引張った。
「交代交代!タッチれす」
「辻…すまん」
「任せろれす!いっくぞーーーー!!!」
新垣と辻が入れ替わった。辻はリングに上がるとすぐさまソニンに向けて突進した。
バコォ!!
見えない角度からの強烈なソバットがソバットを吹き飛ばした。
その瞬間、会場が大歓声に沸いた。
「あややーーー!!」
松浦亜弥だった。辻がリングに上がると同時に、死角のロープに上ったのだ。
リング上のソニンしか見ていなかった辻は、何が起きたのかもわからず倒される。
倒れた辻をソニンが軽々と持ち上げた、恐るべし膂力。
「おい松浦、やるぞ」
「は〜い」
ソニンが辻の右腕を、松浦が左腕を掴みロープへと投げ飛ばした。
ロープで跳ね返ってきた辻の体目掛けて、ソニンと松浦が飛んだ。
ダブルジャンピングソバット。
小さな体に二つの足がめり込み、辻は再びロープへと飛ばされる。
そして再び跳ね返ってきた所に今度は二本の腕が迫る。
クロスラリアット。
ソニンと松浦という脅威の身体能力を持つ二人だからこそ出来たコンビネーションだった。
新旧エースの連携技が決まるたび会場が沸く。
二人がかりのパワーボムで叩き落とされた辻。
ソニンと松浦は決めに入った。
うつぶせに倒れる辻の上に乗り、右左それぞれにアームロックを掛ける。
「うぎぐぅぅぐぃううぅ〜」
激痛から漏れた辻の悲鳴。
成す術がなかった。
最初の不意打ちで脳が揺れた。
だからそのあとの連携技は、何もできない。
両腕の間接が軋む。背中に乗る二人分の体重が内臓を圧迫し呼吸もできない。
絶対絶命であった。
(ガキしゃん…)
パートナーを想った。
向こうが二人同時にきているのだから、こっちだって…
だが儚くもその想いはパートナーには届かなかった。
「だから…無理だって…」
新垣里沙はリングの外で俯いていた。
(辻を助けなければ!)
頭ではそう想っても、足の震えが止まってはくれない。
絶対的な力の差が、新垣の体からその支配を奪ってしまっていた。
2対1。
いや違う。辻希美にとってこの状況は…。
頼りたいパートナーが来てくれない不安からの精神的ダメージの深さ。
辻希美にとってこの現状は3対1なのであった。
更新乙です!
( ´д`)ノ<ガキしゃ〜ん!ガキしゃんならできるのれす!
更新乙で〜す
題がイイっすね。波乱の予感がするです
亜弥は退屈していた。
こんな奴らに勝っても、自分の評価はちっとも上がりはしない。
ソニンさんに合わせて適当にパッパと終わらせよう。
そんな考えでいた。
二人がかりでアームロックを決めた。これは外せない。もう決まった。
結局、亜弥の中に眠る熱が吹き荒れることはない。
そうだ、いつからだろう、ずっと、ずっと私は退屈している。
加護亜依…あいつ以来だ。
何処にいったんだろう。あれ以来、噂も聞かない。
私が怖くなって逃げ出したのか…?
いや、今考えても仕方ないか。さ、こんなつまらない試合はもう終わり…。
――――熱。
亜弥は、自分の下にうずくまる者から熱を感じた。
まさか…なんだこいつ…?
熱が…静かに沸き立ち始める。
ミラクルが起きる。
それは目を疑う状況であった。
150cm台の小さな娘が、間接技をかける二人を上に載せたまま立ち上がろうというのだ。
その小さな体の何処に秘められているのかわからない程のパワー。
(ののは負けられないのれす…)
額と膝をリングにつける。
(一日でも、一分でも、一秒でも早く)
腹と背中に力を込め、少しずつ…
(あいぼんに見える場所までいくのれす!)
ゆっくりだが、間違いなく、辻は立ちあがっている。
2対1だろうが3対1だろうが負けられない。辻の熱が会場の空気を変えだす。
その熱は、リング外で震えていたパートナーにも届く。
「嘘だろ、こいつ!」
ソニンが叫ぶ。
亜弥の瞳の色が変わった。
掴んでいた辻の腕を品定めする様にその瞳で見つめる。
(…いいのかな?)
そのとき、ソニンと亜弥の後方から何かがぶつかってきた。
並外れたバランス感覚の二人は空中で体勢を建て直し、着地して構える。
「ガキしゃん!」
辻を庇う様に、ソニンと亜弥の前に立つのは、まぎれもなくあの新垣里沙であった。
「なんだぁ新垣、まだ震えているじゃねえか?」
(違う、これはもう怖くて震えているんじゃない…)
「あんた達を倒す」
「あぁ?聞こえなかったが」
「もう一度言うか!勝つのは私と辻希美だ!」
(今起きた、そしてこれから起きるであろう奇跡に、私は震えているんだ!)
「ガキしゃん!」
「ごめんな辻、勝つぞ!」
「あいっ!!」
辻の想いが、新垣を変えた。
(負ける為に練習してるんれすか?)
(そんなのおかしいのれす…)
そうだよな、違う。お前の言う通りだ。勝つためだ。
勝ったことのない奴が、負けたことのない奴を倒す。
最高におもしれえじゃねえか!
新垣は突進した。その矛先には松浦亜弥がいた。
亜弥がタックルを受けると、二人はコーナーポストまで転がっていった。
(才能も!華も!人気も!関係ない!同じ人間だ!)
一方の辻はソニンに向かって走り出した。
最下層コンビの舐めた態度にソニンは逆上する。
「雑魚が!いい気になるなよ!」
ハロープロレスのNo3としてのプライド、その実力が辻を跳ね飛ばす。
高知から裸一貫で上京し、ここまで昇りつめるのにどれだけの努力と苦労を重ねたか。
血の滲む様な努力の結晶であるこの一撃一撃。その重みが辻を打つ。
(負けられないのは、私の方なんだよ!)
圧倒的攻撃力に辻は手も足も出ない。
殴られて蹴られて、コーナーへと追い込まれる。
コーナーへ追い込んでもソニンはまだ殴る、まだ蹴る。
ハロプロのNo3というものがどういうものかを、この無知な小娘に叩き込む様に。
(訳もわからねえ新人が、軽々しく地上最強なんざ口にするんじゃねえ!)
(私がこれだけの努力を重ねても、血を吐いて泣いてもがいても、ここまでなんだぞ!)
(ハロープロレスの3番手というのが限界だったんだ!)
(プロレスでは飯田さんと石黒さんという壁、さらに外にはまだまだ強い奴はいる!)
(地上最強なんてものが、どれだけ遠く、どれだけ無謀な夢か!)
(今ここでわからせてやる!)
鬼気迫る様なソニンの一発一発。辻はじっとガードを固めて耐える。
打つ。耐える。打つ。耐える。打つ。耐える。打つ。耐える。打つ。耐える。
観客達も静まりかえっていた。その異様なプロレスに、異様な有様に。
反対側のコーナーで、新垣と組合いながら亜弥はじっと見つめていた。
ソニン対辻。もはや精神力の勝負。
どちらが先に折れるか否か?
打つ。耐える。打つ。耐える。打つ。耐える。打つ。耐える。打つ。耐える。耐える。
ソニンは気付き始めた。
攻撃しているのは自分なのに、少しずつ少しずつ押され始めていること。
(まさか、そんなまさか…)
すでに辻の背中はコーナーポストを離れている。
叩かれながら、じっと耐えながら、前へ、前へと。
(私はこんなに!こんなに強いんだ!ハロプロのNo3だぞ!なのに…!)
ガードの隙間から、辻の瞳と目があった。
揺るぐことなきまっすぐな瞳。
ゾクッ。
寒気!ソニンは思わず目をそらす。――――その一瞬。
「…バカ」
亜弥が小さな声で呟く。
バイィィィィィンッ!!
その一瞬を辻は見逃さなかった。
手のひらをソニンの腹目掛けて突き出す。
その体に秘めたありったけのパワーを乗せて、突き出す!
ソニンはくの字に体を曲げたまま、リング外へとふっとばされた。
数千の観客、それを遥かに上回るTV視聴者の前で、ソニンは意識を失った。
奇跡は起きた。
デビュー1ヶ月の新人が、ハロープロレスのNo3を打ち倒したのだ。
容易いことなん思ってはいない、すぐ近くにあるとも思ってはいない。
ちっとも軽々しくなんて思ってはいない。
だけど辻はもう一度言う。ボロボロで右腕を前に突き出したまま。
決して揺るぐことなきその信念を。
「ののは地上最強になるのれす」
武道館中に沸き起こった大歓声にて、その声はほとんどの者には届かなかった。
だが、あの娘には聞こえてしまった。
地上最強。この等しい夢を昇り続ける松浦亜弥には…。
「おわっ!!」
新垣が吹き飛ばされた。その体が辻に当たり二人は一緒に転ぶ。
転んだ二人の前に亜弥が駆け寄る。
右腕で辻、左腕で新垣を掴むと、なんとそのまま二人を同時に持ち上げた。
そして派手に叩き落す。あややスペシャル!
驚愕の大歓声。
辻希美によって変えられた場の空気を、その娘はあっという間にまた変化させた。
パートナーがやられたにも関わらず、2対1という不利な状況にも関わらず。
松浦亜弥はリングの中央で不適に二人を見下ろしていた。
「無理ね」
辻希美の熱が、ついに松浦亜弥を本気にさせた。
>>352 >見えない角度からの強烈なソバットがソバットを吹き飛ばした。
↓訂正
>見えない角度からの強烈なソバットが辻を吹き飛ばした。
>>356 もうこんなに年月が経ったのかと思うと…
そしてまたひとつ年が過ぎていく。
みなさん、よいお年を。
364 :
ただすん:04/01/01 01:18 ID:axMNpKSm
あけおめ!いつも読んでます。
「僕とケメコ」読んでたときは辻っ子のお豆さんを女性だと思ってましたw表現力が凄いですね。
今年も期待しまくってます!特にえりりん!どんな戦いを見せてくれるのかドキドキです
+☆ノハヽ
ノノ*^ー^)+
|⌒/つ つ
川 ノ +
ι^∪
+
あけおめ
このスレも間もなくn日ルールの対象になりますね
保全に注意
あけおめでーす!
今年も楽しませてくださいね!
応援してます!
頑張れよ、辻豆さん(今回の事に関して)
起き上がった辻と新垣が左右から亜弥に迫る。
亜弥は絶妙な体さばきで二人を誘導し、自爆を誘う。
ダメージを負うのは、有利なはずの辻と新垣ばかりである。
亜弥は、未だ余裕の笑みで二人を見下ろしていた。
「ハアッ…ハアッ…ハアッ」
辻の息づかいが荒いことに新垣は気付いた。
(当たり前だ。あの二人相手にあれだけやられて)
新垣は松浦亜弥を睨む、そして決断した。
「辻、お前は下がってろ!」
「ふぇ?」
「お前はソニンさんを倒した!こいつは私が倒す!」
「でも…ガキしゃん!」
新垣はもう答えなかった。代わりに辻をリングの外へ突き飛ばした。
落とされた辻はすぐに上を見上げて叫ぶ。
「ガキしゃん!ろうして?」
「こいつを倒さなきゃ、私は変われないんだよ。わかってくれ、辻…」
勝利の象徴、松浦亜弥。敗北に生きた自らを変える為に…。
(倒す!)
果敢にも、最下層レスラーの新垣里沙がスーパースター松浦亜弥に挑む。
二人は正面から手四つで組み合った。
「先輩、役不足ですよ」
足を刈る。新垣が崩れた所で簡単に後ろを取ってバックドロップ!
ヒールレスラーである新垣は技を受け慣れている。すぐに立つのだ。
しかしその後の攻防ではどうやっても勝てない。立っては技をもらう。
あややのショウタイムが始まった。
「ガキしゃん…」
辻にはリング下で歯ぎしりを抑えることしかできなかった。
こいつは私が倒す!
新垣里沙がそう言ったのだ。だから辻がリングに上がる訳にはいかない。
ただ信じるだけ。
(ガキしゃんは本当は…強いのれす!それを皆に証明するのれす!)
もう十は技を受けただろうか。
それでも新垣は立ち上がる。亜弥は少しずつ不機嫌になっていった。
「まるでゾンビですね〜」
「何とでも言え。私はお前を倒すまで何度だって立ち上がる」
「冗談は顔だけにして下さいよ〜先輩♪」
「冗談じゃあねえよ。このサイボーグ女」
自慢の眉毛に手を添え、そこからビームの様に真っ直ぐチョップを繰り出す。
何千回、何万回と繰り返し練習した。いつか、いつか輝く勝利を得る為に。
「まゆげっビーム!!」
新垣里沙、唯一の必殺技が炸裂!松浦亜弥の喉元に当たり弾き飛ばす。
亜弥がこの試合、ついに初めてのダウンを喫した。
いやこの試合だけではない、それはこれまでの全試合においても初めての出来事。
無敵のエースと呼ばれた松浦亜弥が倒されたのだ。会場中に驚きの声があがる。
「やった!」
辻が歓喜の声を上げる。新垣里沙は強いのだと叫ばんばかりに。
新垣は慌てて亜弥をフォールする。
審判によるカウント。この声があと3つで勝敗が決する。
最下層コンビがエースコンビに勝つ。あと2つで奇跡が現実になる…。
あと1つ。あと…。
(勝つんだ!勝つぞ辻!私たちがプロレスの歴史を覆すんだ!もう落ちこぼれなんて…)
グルン。新垣は体がひっくり返される感覚に陥った。そして寒気。
(足をとられた。離れなければ。まずい。上に乗られた。私は負けな…)
ドクン…。
目の前で起こる出来事が辻希美の鼓動を打ち鳴らす。
松浦亜弥がチラリと辻に視線を向けた。その口元が笑っている気がした。
ドクン…。
辻は動くことができなかった。目の前の出来事にただ目を奪われて…。
ボキッ!
音が響いた。
そのあとに悲鳴が響いた。
松浦亜弥が立ち上がる。冷たい、あまりに冷たいその瞳。
「もう立てない」
足元には、右足が270度の方向に捻られた新垣里沙が転がっていた。
立ち上がった松浦亜弥はゆっくりと悶え苦しむ新垣里沙をフォールする。
レフリーが3カウントを数える間、辻希美は動かなかった。
ゴングが鳴り響く。試合が終わる。勝利コンビの名が轟く。
『ソニン・松浦コンビの勝利だあぁーーーー!!』
武道館が大歓声に揺れ動くその間中ずっと、辻希美は微動だにせず立ち尽くしていた。
その瞳にはずっと一人の娘が映り続ける。
(腕が治ったらすぐあの松浦と、安倍なつみも倒したるわ)
松浦、まつうら……。
辻の中で忘れかけていた記憶が蘇る。
あいぼんの腕を奪った女の名前。あいぼんの夢を奪った女の名前。
目の前で新垣里沙の足をいとも容易く笑みを浮かべながら折ってのけた女とだぶる。
「そのおとんが褒めてくれたん。亜依は強い子やって、いつか一番になれるて」
あいぼんはののに夢をくれて、生きる力をくれた。
「普通の生活はできるみたいやし、違う夢でも探せばええやろ」
あいぼんは作り笑いを浮かべて…
「ウッウッ…ウエッ…ウッウ…」
あいぼんは泣いた。あんなに強いあいぼんが、泣いたんだ。
身の毛が立つ。震えが止まらない。
(…か)
試合は終わった。リング上にはすでにたくさんの関係者が上がってきている。
新垣はすぐに担架で運ばれた。ハロープロレス関係者やマスコミが松浦亜弥を囲む。
だが松浦亜弥の瞳はリングの下で微動だにしない辻希美を見下ろしていた。
辻が呟く。
「…お前か」
夢を。
相棒の夢を奪った女。
目の前で自分を見下ろしている女。
「お前かあああああああああああああああああっ!!!」
辻希美を繋ぎとめる全ての鎖が、弾けてちぎれ飛んだ!
獣だ。辻は吼えた。牙をむいて飛び掛った。
全てを奪った女、松浦亜弥に!
その目はもはや正気ではなかった。
勝利者である松浦亜弥を囲むレスラー達が、突然暴れ出した敗北者を止めにかかる。
自分の倍はあるレスラー達が次々に辻希美に飛び掛る。
だがその小さき獣の力はすでに、常識の範疇をはるか凌駕していた。
レスラー四人を抱えたまま辻希美はリングに上がった。試合後のボロボロの体でだ。
止まらない、叫び続けている。危険を察知したマスコミ達はリングから逃げる。
だが松浦亜弥はリングの中央でこの光景を悠然と見下ろしていた。
むしろこの事態を楽しんでいるかの様に見える。
十人近い巨漢のレスラー達が、たった一人の辻希美を止める為に一団となっている。
だが辻の目は他の何も見てはいない。たった一人、たった一人だけ。
「松浦ぁぁぁぁぁぁ!!!」
狙われた本人は、微笑を浮かべたまま冷やかにその光景を見つめていた。
次の瞬間、試合後の波乱に困惑した観客達の視線が一点に集中した。
「ジョ、ジョンソン飯田だ!!」
誰かが叫んだ。するとその名は次々に場内へとこだましていった。
ハロープロレスの長、ジョンソン飯田、リングイン。
飯田はまっすぐに辻希美の前に歩み寄った。
「辻。負けたら、言うことを聞く約束だったな」
「どけぇ!!どけぇぇぇ!!」
「お前はクビだ」
ハンマーの様なジョンソン飯田のナックルが、辻希美の後頭部を叩き伏せた。
辻希美の頭はバスケットボールの様にバウンドしてそのまま落ちた。
会場が静まる。一撃。十人がかりでも抑え切れなかった獣が、たったの一撃で葬られた。
それからジョンソン飯田は後ろに振り返った。
「松浦。またお前だけが生き残ったか」
「はい」
「今日からお前がうちのNo3だ。反論はあるか?」
「もちろんありません」
松浦の言葉が終わるやいなや、滝のような大歓声が飯田と松浦を包む。
こうしてソニン・松浦vs新垣・辻の激闘は幕を閉じた。
この闘いも終わってみれば松浦亜弥の一人勝ちであった。
他の三人は全て担架で退場したにも関わらず、あややはいつものスマイルで花道を去った。
観客にもTV視聴者にも、松浦最強伝説だけが強く印象付けられたのであった。
「こいつ来るな」
TVを見ていた矢口真里の独り言に小川麻琴が尋ねる。
「どうしたんすか〜矢口さん」
「夏の大会。ハロプロからはこの松浦が出場しそうだって言ったの」
「あ、あんなサル!矢口さんの敵じゃないっすよ!」
「マコ、油断は禁物。たとえ相手が誰でも。ほら、練習つきあえ」
柔道で頂点に立った矢口真里の辞書に、油断という二文字は無い。
小川麻琴相手に打撃対策をこなし、トーナメント完全制覇に死角はない。
「松浦亜弥。やっぱ強えな〜」
「もう一人の小さい子も凄かったね」
「お、梨華ちゃんもそろそろ格闘技がわかってきた」
吉澤ひとみと石川梨華も今のプロレスを見て盛り上がっていた。
「わかんないけど…でも、よっしーならきっと誰にも負けないよ」
「当ったり前!約束するぜ、ぜったい日本一になる!」
「うん、ファイ!」
「亜弥、また強くなってるわ〜」
「そうですね」
「こりゃ、私もうかうかしてられんて」
「そうですね」
高橋愛が振り返ると、すぐ傍で座敷童みたいに紺野あさ美がいた。
「うっわ〜びっくりしたぁ〜!いつからそこに!?」
「ちゃんと扉から入りました。ノックはしてませんが。TVに集中しすぎです」
「紺ちゃん。北海道帰ったんじゃないの?」
「この試合を見てウズウズしてるんじゃないかと思って、来てあげました」
「ハァ〜?」
すると紺野はバックから空手着を取り出した。
「大会まで4ヶ月しかありません」
「まさか、特訓につきあってくれるってゆうんか?」
「仮にも貴女は私に勝った人だ。不様に負けてもらっては困るだけです」
「ええんか?夏美会館は?私はなっちの敵やざ」
「自惚れですね。貴女なんかまだ館長の足元にも及びませんよ」
「うっ…」
「だからせめて足元くらいまでになる様、私が鍛えなおしてあげますんで、宜しく」
「紺ちゃん!」
「はい?」
「サンキュー!」
「とっとと準備して下さい。はじめますよ」
辻希美が目覚めたのは、人気の無い夜の河原だった。
頭がガンガンするし、体中が痛くて仕方ない。
「ここは…」
「お前と初めて出会った場所だよ」
声を聴いて辻は跳ね起きた。
飯田圭織の声だった。そこで辻希美はようやく思い出した。
「いいらさん、ののはクビれすか?」
「そうだ」
「ののはろうすればいいんれすか?」
「自分で考えろ。ハロプロだけが最強を目指す道じゃない」
飯田は冷たく言い放ち、立ち上がった。
脱退。
あらためてその言葉の重さが辻希美の胸を潰す。
立ち去る飯田の背中目掛けて、辻は言った。
「いいらさーん!!今まれお世話になりましたぁー!」」
飯田は一瞬立ち止まり、やがて返事も返さずに去っていった。
このとき飯田の肩が僅かに震えていたことに、辻が気付くことはなかった。
辻は回れ右して河原をガムシャラに走り出した。
(あいぼんがいなくなって…)
(ハロプロにもいられなくなって…)
(ののはまたひとりぼっち…)
それでも、それでも夢はあきらめない。あいぼんに託された儚き夢だけは。
「アイヴォォォォォォォォォォォォォォン!!!…イテッ!」
何かにぶつかって転んだ。
「ちょっとなんだべさ、いったいなぁもう」
「ご、ごめんらさい。余所見してて…」
「あー!スカート汚れてる。ついてないな。あいつがこんな場所に呼び出したせいだべ。
いっくら待っても来ないし。もう、帰っちゃおうかな…んっ、あれ、君どっかで?」
「ふぇ?」
終わりは次の始まりである。
別れは新しい出会いに繋がる。
安倍なつみの道と辻希美の道が重なり始める。
辻希美は今、新しいスタートラインに立ったのだ。
第10話「お前か!」終わり
>>364 あけおめ!えりりんはラスボ…ゴホッゴホッ!いや何でもないです。
6期もぼちぼち出てくる予定です。
あと「僕とケメコ」じゃなくて「僕とトメコ」です。一文字で全然違うことになるので。
>>365 あけおめ!n日ルール気をつけます。「僕とトメコ」も一度やられたから。
>>366 あけおめです!応援ありがとうございます。
>>367 今回の件、重過ぎました。
小説にまでさっそく影響が…。
辻豆さん今年も頑張れ!
可愛かったのでコピペ
(~ヽ γ~)
|ヽJ .あ |し'|
| (~ヽ .け γ~)| .|
(~ヽー|ヽJ ま し' |ーγ~)
|ヽJ | | お .し .| | し''|
☆ノノハヽ| め .て |ノノハヽ|
リノノ*^ー^))彡 で ミ从・ 。.・*从彡
⊂ミソミソ彡ミつ. と ⊂(/ミソ彡ミソつ
》======《. う 》======《
|_|_|_|_|_|_|_| |_|_|_|_|_|_|_|
`u-u´ `u-u´
最終的に辻も加護も死にそうだ
382 :
364:04/01/04 22:24 ID:ir2Q3+ca
や、やだなぁ、辻豆さん。わざと間違えたんですよ。素で間違えるわけないじゃないですかアハハハ…;y=―(゚∀゚)‥:.:ターン
…ところで以前2ch対抗バトロワにいませんでした?人違いかな?
僕とケメコ読んでみたいと言ってみるテ(ry
辻ちゃん!!!!これからの辻に期待しつつ更新お待ちしております。
次回予告
ついに開催される東日本予選と西日本予選。
日本一を決めるトーナメントの出場枠を巡り、全国の猛者がぶつかりあう!
強烈な新キャラの登場で、事態はさらに困惑化。
それぞれの道で頂点を狙う娘たち。高橋、吉澤、矢口、松浦。
迎え撃つ夏美会館は安倍、藤本、辻の最強布陣を完成させる。
さらにあの飯田がついに初バトル!驚愕のその相手とは果たして…?
衝撃に次ぐ衝撃!怒涛の展開を見せる第11話!乞うご期待!
>>380 きゃわ!ここ最近6期株が上がりっぱなしだ。
実を言うと今、6期メインの小説案があるんですよ。
「僕とトメコ」の続編的ものなんだけど、創作意欲がそっちに奪われまくってます。
一旦こっちを休載して「僕とえり(仮タイトル)」を書こうかなぁ…。
>>381 死人を出す気はありません。
あ、でもそれに近い状態になる予定の人は一人いるなぁ。
>>382 バトロワ物は書いたことないです。
TもUも小説は読んだから、いつか挑戦したいとは思っているんですが。
この小説の最後、全員集合でバトルロイヤルさせようかな…。物語破綻するけど…。
>>383 「僕とケメコ」ですか。
熟考したら吐き気をもよおしたので止めときます。
>>384 なちみきのの。
ここからはこの三角関係がおもしろくなる予定。
387 :
(○´ー`):04/01/06 01:31 ID:QDlkuXqH
急浮上!
なちみきのの!!!!うぉーーー楽しみです!
辻!
ぁゃゃとバトリそうな予感!期待!
390 :
名無し募集中。。。:04/01/06 18:32 ID:KvkfPnaZ
DBみたいに紺野やみうなが雑魚化するのかなぁ…6期の踏み台…?
僕とえり(・∀・)イイ!!
>>392 絞め技で落とされて喜ぶKとか(w
…想像したらマジで出して欲しくなった。
ガキさん・・・松浦にリベンジしてくんないかな・・無理か
なちみきののー!!・・・辻豆さんサイコーっす
めちゃ期待しております
396 :
ただすん:04/01/09 13:59 ID://UWde6U
高橋流柔術は400年の歴史があり、愛タンで33代目・・・
平均して、100年の間に8回当主が入れ替わるなんてありえるのだろうか・・
なんて回転の早い家系・・・ゴホッゴホッ!
当時の越前国の平均寿命は極端に短かったんだ、きっと。
常に当主争いをしてたんだろ
まるで、鎌倉将軍家みたいに
ついでに400
第11話「東の光、西の闇」
その人が尋ねてきたのは、快晴の気持ち良い初夏でした。
もうすぐトレーニングから戻ってくるヨッスィーの為に、いつもの様にエプロン姿で
夕食を作っていると、長袖のシャツにジーパン姿の女性が玄関に立っていました。
「こんちは〜吉澤いる?」
「えっと…どちらさま…でしょうか?」
「おっ、可愛い!君、名前は?もしかして吉澤と暮らしてるの?あいつ、やっる〜!」
矢継ぎ早にまくしたてる彼女に、私は返答する間もありませんでした。
へ、変な関係じゃない…と弁解したかったが、このエプロン姿では効果は薄いと諦めた。
「石川梨華です。私はその…ただの居候みたいなもので…」
「にしちゃ〜な〜。あの吉澤の部屋がやけに女の子っぽくなってるし〜」
確かに。私が趣味で揃えたピンクグッズがあちこちに…。
とてもヨッスィーの趣味とは思えない。しかし何なんだこの人、突然現れて。
私が口をへの字に曲げたせいか、彼はあわてて苦笑いを浮かべて見せた。
「悪い悪い。気を悪くした?まいったなぁ〜。で、吉澤は何処?」
「…後ろ」
「ぬおっ!吉澤!いつの間に!」
「何してんすか?市井さん」
「セクハラ」
このセクハラ姉さんは、ヨッスィーの友達の先輩で市井紗耶香というらしい。
おかげで私は急遽、夕食を三人前に作り直す羽目になった。
「いや〜良かったな。吉澤にも可愛い彼女ができて」
「ふざけないで下さい、市井さん」
食卓を囲んで団らんの始まり。もっとも私は二人の話に聞き耳立てるだけですけど。
ヨッスィーが嗜めると市井さんは短かく揃えた髪を掻きながら、一通の手紙を取り出した。
「後藤からのエアメール」
ヨッスィーの目つきが変わった。今までこんな視線を見たことが無いくらい鋭く。
私の胸が―とくん―と鼓動した。
「へっへ〜。やっぱり反応しやがった」
「当たり前じゃないすか。ごっちんが何て?」
「吉澤が日本に戻ったってニュースを聞いて、慌てて書いたらしい」
市井さんが拡げた手紙にはマジックで太く書かれた一文字「バカ」
よっすぃーは顔を引きつらせて手紙の表と裏を何度も確かめる。
が、どう見てもその二文字しか存在しない。
「それだけ?」
「それだけ」
「わざわざブラジルから?バカはごっちんだ!」
「嫉妬してんだよ。先に世界で結果を残して凱旋されたからって。あいつもまだガキだな」
ガキとか言うレベルの問題では無いと思ったが、私は黙っていた。
ただ、その後藤という人の話をしている時のヨッスィーの笑顔が、なんか気に障った。
「吉澤。後藤はブラジルのバーリトゥードで、頂点に立って帰ってくるぞ」
「そんな簡単に…。それがどれだけトンデモナイことかわかってるんすか?」
「ヘビー級世界チャンプが言うなよ。わかるだろ、あいつがお前しか見ていないこと」
ズキン。さっきより大きく胸が痛んだ。
ヨッスィーの顔はもう笑っていなかった。市井さんも。
「吉澤、お前が世界の頂点に立ったから、自分もそうする。あいつの頭にはそれしかない」
「だ、だけど…」
「後藤が決めたなら間違いなくそうなる。後藤真希は別格…怪物だ」
市井さんはそう言って、シャツの長袖を捲くって見せた。
そこにあるべきはずの腕が無い。
私にはその理由が分からないが、よっすぃーは分かっている様だ。
「私が後藤を怪物にしてしまったんだ。もう誰もあいつを止められない」
「…止める。私がごっちんを倒す」
「ああ。私も後藤は吉澤にしか倒せないと思う。だから今日ここへ来た」
「いいんですか?私があなたの愛弟子を倒してしまって」
「あいつはとっくに私を超えている。むしろ頼む。あいつを倒してくれ。
後藤にもう一度、まっとうな人間の心を…」
市井さんが頭を下げた。それをヨッスィーは黙って受け取った。
私はもちろん話についていけるはずもなく。ただ黙って座っていた。
体が震えていた。きっと怖くて震えているんだ。
だけど、どうしてだろう…今の話を聞いて、こんなに指が疼くのは…?
「やれやれ、ごっちんが帰ってくるまで。今度の大会、絶対に負けられなくなった」
「吉澤。大会まで残り三ヶ月。私がスパーの相手してやろうか?」
「えっ!いいんすか!でもその腕で…」
「ちょうどいいハンデ…とは言えないか。まぁ心配無用だ」
そこで私は思い出した。新聞のテレビ欄。東日本予選の文字。
「あー!今日だよ!よっすぃー!予選の日!」
「あ、そうだっけ?忘れてた。テレビテレビ」
テレビをつけるが、残念ながら予選はちょうど終わりを迎える時刻であった。
画面には優勝者の顔がアップで映されていた。
「え?嘘?」
私はそこで一瞬、目を疑った。
そこにいるはずのない人がそこに映っていたから。
ヨッスィーにも話していない、私の秘密を知っている人が…。
>>387 なっち!物語の一つのテーマ。「誰がなっちを超えるか!」
現実のモーニング娘。でもその答えが見たい。
>>388 なちみきのの!個性バラバラだけど、何処か共通点もある。
ユニット組んだらおもしろそう。
>>389 タッグマッチはああいう形で終わったけど。
実際に辻vs松浦なんてことになったら、困るな〜
どっちも負けさせたくないキャラだし…
>>390 紺野は雑魚化させたくないなぁ。今後、六期と闘う予定もあるけど。
みうなはチャパ王…。
>>391 「僕エリ」極秘進行中。
「僕とトメコ」を超える作品にする為、構想を練りに練っています。
>>392 早く出したかったんですよ、この人。もうすぐです。
>>393 締められるとむしろ回復。クネクネ寝技マスターK。(・∀・)
>>394 常に勝ち続ける人間。常に負け続ける人間。
ラストまでに、何処かで答えを書かなきゃいけないだろうな…
>>395 この夏美会館3強の牙城を、挑む娘たちが崩せるか?
あぁ〜はやくトーナメント書きたい。特に藤本vs○○
>>396 ムダな裏設定@【高橋流柔術】
平和な現代だからこそ祖父、父、愛と血脈で受け継がれている高橋流柔術ですが、
開祖高橋堂狆より本来、血脈ではなく純粋に強き弟子や後継者にて当主の座は受け継がれてきた。それで、血の絶えない戦国の世では数年で当主交替という事が多々あった。
戦国時代末期の頃には、時期当主の座を巡り同門で血を流してきたこともあったという。
その争いがより高橋流柔術の技を磨き上げた事実も、語らない訳にはいかない。
ちなみに33代目当主の愛を含めて、女性の当主は過去3人いたらしい。
( ^▽^)<ドキドキ
408 :
396:04/01/10 15:54 ID:JZDyp/Yy
辻豆さん、わざわざ説明ありがとうございました!申し訳ないので氏んでお詫び致します。
;y=―(゚-ン‥:.:ターン。oO(裏設定@…他にも設定が…!?)
>>402 >市井さんが拡げた手紙にはマジックで太く書かれた一文字「バカ」
1文字で「バカ」ってどう書くんだろう?
ネタにマ(ry
ほ
夏美会館オープントーナメント東日本予選。
大会の総責任者である安倍なつみは、観覧席で行く末を見守っている。
その隣にはすでに本大会出場が決まっている夏美会館空手王者、藤本美貴の姿。
そして逆隣には、安倍なつみのもう一人の片腕が腰を下ろしていた。
この1ヶ月で恐ろしい急成長を遂げた辻希美である。
「うわぁ、色んな人がいるのれす!」
日本全国から多種多様の武術家が集まるのを、辻は嬉々として眺めていた。
「雑魚ばっかり集まっても、仕方ねえけどな」
対する藤本はいつもの様にクールな感想を述べる。
二人の間で安倍は、ニコニコと出場選手達を見定めている。
「まぁ楽しみじゃん。今度はどんな子がなっちに刃向かってくるのかさ」
「どんな奴が来ても潰すから同じだ。安倍なつみを倒すのは私って決まってるからね」
「どんな子が来てもだいじょぶなのれす。ののがなっつぁんを守るのれす」
ここに微妙な三角関係が生まれていた。
なっちを倒す為、邪魔者を廃除する藤本。なっちを慕い、なっちを守る為に闘う辻。
しかし目的は違えど二人は共に同じ方向を向いている。
藤本美貴と辻希美。この二本柱を越えて安倍なつみに辿り着くことは、
もはや雲をも掴む程遠い夢物語となってしまった。
そんな夢物語に挑む新たな娘がここにまた一人。
その頃、高橋愛は修行の為山に籠もっていた。
『修行するなら山に籠もる』と紺野あさ美が強引に推し進めたからだ。
だから東日本予選の様子はラジオで聞いていた。
『一本!それまでっ!!』
実況者の大声と歓声の後、優勝者の名がラジオから流れる。
その名を聞いて、愛はトレーニングの手を止めた。
汗の張り付いた顔に笑みが浮かぶ。
「来たか」
その娘は圧倒的な強さで、名の知れた武術家達を倒していった。
オール一本勝ち。その全てが蹴り技による勝利である。
まったくの無名であったが、その正体は知る人ぞ知る摩天楼最強の娘。
全身にライト浴びて輝く彼女の姿に、裏社会の戦闘集団だった面影はもうない。
『東日本予選優勝者!柴田あゆみ!!』
純潔の赤き花が、闇の世界から光の当たる舞台に。
(約束は果たしたぞ、高橋)
東日本予選を制し、見事本戦出場を決めたのは、摩天楼で愛と互角の激等を繰り広げ、
格闘技へ挑戦すると約束を交したメロン最強の娘、柴田あゆみであった。
たった今終わったばかりの東日本予選の結果を伝える為に、あるスポーツ記者が
講道館の門を叩いた。そこでとてつもない光景を目の当たりにする。
「な、なんですか…これ」
「決まっとるじゃろ。乱取りじゃよ。一対十ではあるが」
答えたのはかつての講道館の天才、小川五郎。
視線の先では、プロレスラー、空手家、ボクサーを始めとした、
色々な格闘技で一流を極めた男達が床にはいつくばっていた。
「次っ!」
道場の中央で矢口真里が吼えると、今度は長身のキックボクサーが立ち向かう。
強烈なミドルキック一閃。それをさらに上回る動きで矢口は足を掴み取る。
ヤグ嵐!!
また一人。強靭な男が床に投げ飛ばされる。
「次っ!?」
体躯のいい男達の中でも一際目立つその巨体。身長体重共に190の力士が前に出た。
ただでさえ小柄な矢口が、並ぶとまるで小人に見える。
「ま、まさか…」
目を丸くしたスポーツ記者が尋ねると、小川五郎は髭をさすりながら言った。
「フォッフォッフォッ…投げるじゃろ」
まるで大型トレーラーの様に、巨漢力士が矢口を押し潰しにかかる。
次の瞬間。その記者がずっと信じてきた重力の法則が無視された。
ズドオォォォォォォォォン!!!
「145cm40kgが…190cm190kgを投げた…」
「矢口真里。あれはもう…天才という言葉でも片付けられぬ」
十人の男達との乱取りを終えた矢口は、休む間もなく隅で腹筋を始めた。
投げ飛ばされた格界の一流選手達は口を揃えて言う。
「今度の大会は100%、矢口が優勝する」と。
「じゃからのぅ。予選の結果等、矢口真里には関係も無いことなんじゃよ。記者さん」
今のとてつもない光景を見せられては、反論する余地も見当たらない。
どんな相手も投げ飛ばす圧倒的技のキレ。
10人の男を相手にしてまだ尽きぬ脅威のスタミナ。
国民栄誉賞という名誉を前にしても、決して過信しない飽くなき執念。
安倍なつみでもない。飯田圭織でもない。
矢口真里こそ、最強にもっともふさわしき者ではないか、そう思わせる力があった。
放心する記者を尻目に、腹筋を終えた矢口が着替えて出かけようとしていた。
「や、矢口さん、どちらへ?」
「ちょっとね。挨拶。忘れてたから」
「誰に?」
「ジョンソン飯田」
>>408 イ`。
裏設定…気分次第で他にあるかも…
>>409 すみません。またやってしまいました。二文字に脳内訂正、お願いします。
417 :
ただすん:04/01/12 18:48 ID:c0i/ZiRz
更新乙です!辻豆さんは自分のホムペ持ってますか?
辻豆さんがホムペ作って、そのホムペが口コミで広がって、ジブンのみちが映画化されたら(゚д゚)ウマ-なんて言ってみるテスッ
このスレはもうn日に適用ですか?
>>417 烈しく見たいけど
いちー&クロエの降臨は難しいのではないかと(他にも色々と問題がありまくりっぽい)
>>418 明日から・・・・・・かな?
420 :
名無し:04/01/14 15:33 ID:ho2Jgijw
保全したほうがいいかな?
飯田圭織、石黒彩、矢口真里。
一つの空間にこの三人が顔を並べると、何か不思議な因縁を感じる。
突然訪れた矢口を、飯田は二つ返事で応接室まで通した。
「悪いね、急に」
「いや」
「安倍なつみに宣戦布告しといて、貴女にしないのは失礼だと思って」
「別に私は気にしないが…」
飯田はすっと手を差し出した。握手の手つきだ。
矢口は一瞬考え、その手を握った。
「今度の大会で優勝して、安倍なつみを倒したら、その次は貴女だ。飯田さん」
「金メダリストにそう言ってもらえるのは光栄だ。楽しみにしていよう」
二人は微笑を浮かべたまま、まだ握手を交している。
やがて、どちらからともなく静かに手を離し合った。
それから矢口は、飯田の隣に立つ女に視線を移した。
「私が誰か知っているか?」
「勉強したよ。ジョンソン飯田のパートナー、クロエ石黒だろ」
「どうも、握手するかい?」
「いや、やめとく。流石のおいらでも飯田さんの後に貴女の相手は無理だ」
答えた矢口の右手には、赤黒い痕跡ができあがっていた。
「ところで今度の大会、どっちがでるんだい?飯田さんか石黒さんか?それとも松…」
「松浦を出す気は無い」
きっぱりと飯田は答えた。
その答えは矢口だけでなく、石黒までもを驚かせた。
「へ〜驚いた。巷では松浦の参戦が有力だって噂だったからさ」
「素人が勝手に騒いでいること。俺は松浦を安倍なつみの大会に出す気は無い!」
「大事にされてんだ。まぁおいらが口挟むことじゃないけど」
用事は済み、矢口はくるりと向きを変えた。
矢口が退出した後、石黒は長い付き合いの相棒に問う。
「おい!聞いてないぞ、そんな話」
「俺もだ。今、思いついたからな」
「何だそりゃ?私はてっきり松浦を出すつもりだとばかり…」
そこで石黒は目を止めた。
飯田の手にくっきりと指の跡が残っているのだ。
「目の前で矢口真里を見て考えが変わった。松浦は出せない」
その言葉の意味すること。『松浦亜弥では矢口真里に勝てない』
飯田の手の痺れがその事実を深々と物語っていたのだ。
東日本予選から遅れること一週間。
大阪城ホールにて夏美会館オープントーナメント西日本予選が幕を開けた。
残り一枠となった本戦出場権を賭けて、全国の強豪達が集う。
開始前からすでに東日本予選を上回るレベルになるであろうと噂されていた。
その当日、大阪にやはりこの3人の姿が見せた。
「お好み焼き、たこ焼き、いか焼き、明石焼、最後にミックスジューチュ♪」
「コラ、てめえ何しに来たんだよ」
「藤本しゃん。食い倒れじゃないんれすか?」
「一生そこで逝き倒れてろ!なっちさんよぉ、こいつ置いてとっとと行こうぜ」
「そうね、とりあえず鶴橋行くべさ」
「お前もかよ!」
「あれ?美貴は食べないの?焼肉」
「アホ!行くに決まってるだろ!辻!トロトロすんな!行くぞオラー!」
「藤本しゃん、おもしろいのれす」
安倍、藤本、辻の夏美会館TOP3が焼肉を囲んでいる頃、西日本予選は始まった。
「いいのかよ、主催者がこんな所にいて」
「いんじゃない?準決勝くらいまでは」
「美味いのれす」
こんなのん気な会話とは裏腹、大阪ドームは激震に揺れていた。
『そこまでっ!!』
磨きに磨きを掛けた技に誰もが息を呑む。相手に指一本触れさせず彼女は勝利した。
洗練された和の武術がついに総合の場に!日本拳法の闘姫、前田有紀!
「ボクシング世界一はヨシザワではナイ。それを証明するわ」
南国のハワイからモンスターが来日。小さな体にサイクロンが潜む。
狙うは帰国したヘビー級王者の首!ボクシングミニマム級統一世界王者。ミカ=トッド!
「若ぇ者には死んでも負けへんわ」
安倍・飯田が頭角を現すさらに昔、女子格闘技界を暴れまわった伝説の女豹達がいた。
その最後の生き残りが復活を賭けここに蘇る。T&Cの稲葉貴子、電撃参戦!
前田、ミカ、稲葉。前評判通り、この3人が他を寄せ付けぬ実力で勝ちあがっていた。
なっち達がようやく大阪ドームに到着したときには、すでにベスト4が決定。
この3人の誰が優勝するかに観衆の注目は奪われていた。
「さ〜て、どいつが来るべさ?」
準決勝第一試合
ミカ=トッド(ボクシング)― 前田有紀(日本拳法)
準決勝第二試合
稲葉貴子(T&Cレスリング)― 田中れいな(八極拳)
八極拳キタ━━━(‘д‘)━━━!!
八極券んーーーー
保
田はいつどんな形で出てくるのだろう?
保全
保。がんがれ
431 :
ただすん:04/01/17 14:08 ID:g2vGuQkY
>>24で、亜弥と愛が真剣勝負する前に高校最後の冬が訪れようとしてる。
進路相談が高校最後の秋だから、流れとして進路相談(秋)→真剣勝負(冬)ということに…
これはミス?
人気や知名度を得る為に、格闘技を始めた訳ではない。
前田有紀は純粋に強くなりたいが為に日本拳法に打ち込んで来た。
この大会も周囲の人達に推されて出場しただけ。
「ゆきどん程の実力者が、もったいないよ」
周りの人々がそう言う。もったいないとは何事だろうか。
私はただ強くなりたいだけだ。優勝して名声を得ることがそんなに素敵なことか?
よし、それなら世間を批判してやろうと思った。
派手なパフォーマンスも、奇抜な技も無い。地味と言われてもいい。
本当の強さってのを世間に教えてやろう。
そして前田有紀は勝ちあがった。準決勝という舞台にまで昇ってきたのだ。
相手はボクシングのミニマム級世界王者。これ以上ない地位と名声の持ち主。
小さな体とピョーンパンチというユニークな技で、チビッコを中心に絶大な人気を誇る。
この全く異なる人生を歩んできた二人が一つの舞台でぶつかりあう。
ミカと前田の試合は幕を開けた。
(えっ?)
ミカを前にして、前田有紀は驚いた。
体が動かない。恐怖で縛られているのだ。そんなはずはないと全身に力を込める。
だが震えは止まらない。目の前の相手を見た。ミカが徐々に近づいてくる。
(これが…世界を征した者の…圧力)
ようやく前田は己の過ちを悟る。名声や人気に捕らわれていたのは自分の方だと。
本当の強者から逃げていただけなのだと。
前田有紀は歯を噛みしめた。
これだけの圧力を放つミカですら吉澤ひとみを追っている。
その吉澤ひとみですら安倍なつみを追っている。
そしてその安倍なつみも、きっと私には分からない目指す場所があるのだろう。
上にはまだまだ上がいるのだ。私はまだスタート地点にも立っていなかった。
(いや違う。今、ここが、私のスタートなんだ)
前田有紀は瞳の色を変えた。そして世界王者を睨みつける。
「いくぞ!!」
体が動いた。真正面から殴りかかる。己を信じて毎日鍛え上げてきた突きと蹴り。
殴る。殴られる。蹴る。殴られる。殴られる。殴る。かわされた。殴られた。殴られた。
赤と白に色分けされたミカのグローブが交互に私の顔に殴ってくる。
赤上げて、白上げて、赤…白…赤…
あぁ、これが噂に名高いピョーンパンチなのかと思った。
思った瞬間、目の前にマットが迫ってきた。
『勝負ありぃ!!ミカ=トッドの圧勝だぁぁぁぁ!!』
気が付くと私は担架の上にいた。負けたんだ。気持ちの良いくらい完璧に負けた。
体に無理を言って担架から降りた。
せめて退場ぐらいは自分の足でさせてくれ。これは私のスタートなんだから。
私が起きたことに気付くと笑顔のミカが近づいてきて言った。
「nice fight」って。
どういたしましてこちらこそ、ナイスファイト。それとサンキュー。
それと、いつかリベンジするからなコノヤロー。
準決勝第1試合が終了すると、実況の連中は口々にミカの強さを絶賛する。
「ミカにとって体重差は問題にならない」
「生で見るピョーンパンチは本当に凄い。あれは誰にも回避できないよ」
「本戦でミカと吉澤の対決が実現したら楽しみですね」
流行り物好きな実況連中に稲葉貴子はムカムカ腹を立てていた。
「どうしたの貴子?落ち着きなさいよ。」
そう言って後ろから肩を揉んできたのは、セコンドを引き受けてくれた小湊。
T&Cレスリング全盛時代からの旧友、今は普通のお母さん。
「いや、なんでもない。ただ、負けられねえなって」
「…そうね。負けられないわね」
昔から小湊は、すぐに熱くなる私たちを後ろで支えてくれた。
この大会の為にセコンドを引き受けてくれたこと、本当に感謝したい。
だけど感謝の気持ちは言葉では返さない。勝利という二文字で返す。
「この大会での優勝を裕ちゃんに送る。だから、負けられねえ」
それはもう私にしかできないこと。
たった一人、最後まで格闘技という魔物にしがみついている私だけにしか。
いやまだだ。まだうちらの時代は終わっちゃいねえ。それを今から証明するんだ。
そうだろ、裕ちゃん。
『準決勝第二試合!稲葉貴子vs田中れいな!始め!!』
「若い奴らには死んでも負けねえ」って意気込みで挑んだ訳だが、目の前に立つ相手の
若さには流石に引いた。高校生?下手したら中学生じゃねえか?
でも風貌は幼いくせに、目つきだけはやけに迫力がある。ただのガキじゃなさそうだ。
まぁ、当たり前か。曲がりなりにもここまで勝ち進んできたんだ。
「貴子!油断しちゃダメよ!」
舞台の下から小湊の声が聞こえた。わかってるって。油断なんかしねえよ。
油断じゃないが勝つ自信はある。このガキの今までの試合は全部見てきた。
動きもキレもパッとしない。辛勝辛勝でなんとか勝ち上がってきたって感じだ。
どうシュミレーションしても負けない。負ける要素はまるでない。
何も特別なことはしない。タックルで倒して押さえ込んで関節を決める。
王道を攻めれば良い。それで勝てる。
膠着が破れる。稲葉が動いた。闘いを知り尽くしたベテランのキレがあるタックル。
田中は捌ききれない。捕まって倒された。ここからの稲葉は早い。
より有利な体勢に持っていく為、押さえつけたまま動き続ける。田中は右手を動かす。
稲葉は完全に上をとった。田中の右手が稲葉の胸元に触れた。
ズンッ!!
それまでリング上をせわしなく動き回っていた二人の動きが突然止まった。
やがて、上に被さる稲葉を横にどけて、田中だけが上半身を起こした。
「八極拳士に密着するなんてバカたい」
大半の観客は何が起きたのか理解らず、唖然とした。
審判すらも一瞬自分の仕事を忘れかけた。慌ててカウントをとる。
「必要なかと」
田中はうつ伏せの稲葉をゴロンと転がす。
稲葉貴子は泡を吹いて気絶していた。
「もう行ってよかね?」
「しょ、勝負ありーーーー!!!勝者田中れいな!!」
関を切る様に、驚きの声が周囲に広がる。
しかし田中れいなは顔色一つ変えず、騒然とする試合場を後にした。
一方、今の試合がどうも理解できなかった辻希美は隣の安倍に尋ねる。
「ふえ?どうやったんれすか。今の?」
「寸勁ね」
「すんけい?気れすか?」
「そんな神秘的なものじゃないよ。コツと練習次第で誰でも使えるもの…」
そう言って、なっちは持っていた空き缶にゆっくり拳を付けた。
パアンという音共に空き缶は数メートル先へ弾け飛んだ。拳の位置は動いていない。
「こんな感じ」
「…なっつぁんは何でもできて凄いのれす」
辻は心から尊敬の眼差しで安倍を見つめた。
「いやぁ昔ね、めっちゃ強くてやばい八極拳の使い手がいてね。
そいつに勝つ為に必死で覚えただけよ。エヘヘ…」
「あんたが必死になるなんて想像つかねえな」
安部と辻の会話を横で聞いていた藤本が口を挟む。
「美貴。なっちだって最初から強かった訳じゃないべ。がんばったんだよ」
「ふ〜ん。それで、そのヤバイ八極拳の使い手さんは今、どうしてるの?」
「さぁ、なっちに負けてから噂も聞かない。結構ボコボコにのしちゃったからなぁ」
「ご愁傷様」
「でも今の子も、あの年齢にしちゃ中々ね」
「それでも中々ってとこ。あんたに負けた八極拳さんよりは格段に下だろ?」
「まあね」
「じゃあ敵じゃねえ」
「決勝はピョーンパンチ対寸勁ね。どっちが勝つかな?」
「アーイ!ののはピョーンパンチがいいのれす!ピョ〜ン!」
「私はどっちも興味ない。まだ、昔あんたに負けたヤバイ使い手って方が興味ある」
「…あの人は確かに強かった」
「自慢?あんたはそれに勝ったんだろ」
「エヘヘ〜なにしてるんだろ…保田圭」
パンッ!
ひと気の無い薄暗闇の一室に、威勢の良い音が響く。
叩かれた田中れいなの頬にうっすら赤みが差し込んだ。
「情けないわね」
「約束は守ったと。準決勝は30%、あとの試合は20%の力しか出しとらんばい」
田中れいなは鋭い視線を暗闇に立つ人物に向ける。
その人物は田中よりもさらに鋭い目つきで、反抗する弟子を睨み返した。
「れいな。私の目はごまかせないわよ。最後の寸勁、わずかに30%を超えたわ」
「そぎゃん細かいこと知らなか」
「いい?次破ったらお仕置き。じゃあ、決勝は50%の力でいきなさい」
「お師匠。相手は世界チャンピオンやけど?」
「あら、怖気づいた?」
「怖くはなかと。面倒臭かだけたい」
そう言って回れ右すると、田中はスタスタと部屋を出て行ってしまった。
暗闇には田中に師と呼ばれた女だけが残された。
(ウフフ…もうすぐ…もうすぐよ。安倍なつみ)
切れ長の目がさらに細く伸びる。どうやら笑っている様だ。
気のせいか周りの闇がさらに深まった様であった。
『西日本予選決勝!!ミカ=トッドvs田中れいな』
激戦を勝ち抜いた二人が並ぶ。
ミカは入場からずっと笑みを絶やしていない。田中は入場からずっと表情を変えていない。
「お互い全力で、いい試合にしましょう」
試合前、ミカが田中に声を掛けてきた。田中はこれに答えずコーナーに下がる。
「それは無理たい…」
ゴングが鳴る。決勝は始まった。
田中は右足を半歩前に出し、半身に構えた。
八極拳の動作は、他の武術と異なり一回の動きで全てを行なう。
「受けてから殴る」では無く「受けと攻撃を同時に行なう」のである。
他の武術以上に、相手の間合いや攻撃を見極めることが重要視される。
ミカが来た。評判高い赤と白のグローブがやけに大きく見える。
(今たい!)
田中は半歩踏み出し、肩をミカに向けて突き出した!…がそこにミカがいない。
(やられた!)
ミカの緩急を付けた動きに田中は騙された。ミカは手前で一時停止していたのだ。
経験の差がここに出てしまった。50%の速度ではもう間に合わない。
八極拳の動きは技を外したときカウンターをもらい易い諸刃の剣となる。
赤のグローブが田中の頬を叩き、続いて白のグローブが反対の頬を叩く。
必殺ピョーンパンチ発動!こうなったらもうミカは止められない。
赤上げて、白上げて、また赤上げて、白上げて…
(ちっとは下げてもよかとよ)
冗談交じりに思いながら、田中は徐々に前へ出る。殴られながら前へ。
世界チャンピオンのパンチを浴びれば普通は下がろうとする。
しかし彼女の精神力と怖いもの知らずは並大抵では無かった。そして前足を強く踏み出す。
震脚!
踏み込みによる地面の反発力を前進力に変え、ついに田中の肩がミカの胸元に辿り着いた。
「どうも」
「ッ…!」
ミカが叫ぶ前に、田中の全力…の半分がミカに注がれた。
寸勁!
稲葉戦とは違う。今度は誰の目に見えた。
田中が触れただけで、ミカの体が舞台の外まで吹き飛んで落ちた。
「嘘でしょ…」
ミカに負けた前田有紀が呟く。嘘だと言いたくなる程の強さであった。
日本拳法の秘密兵器、ボクシング世界チャンプ、老獪なベテランレスラー等々、
強豪ひしめく西日本予選を勝ち抜いたのが若干15歳の少女なのだから。
しかしその強さすらも、真の実力の50%に過ぎないこと、世間は未だ知らない。
『勝負ありぃ!!西日本予選!優勝は田中れいな選手!!』
「ピョーンって落ちてったばい」
表彰式の後、報道記者達はこぞってこの無名の新星に群がった。
「田中さん、その技は何処で教わったのですか?」
「秘密たい」
「田中さん、本戦では誰との対戦を希望します?」
「誰でもよか」
「やはり、最終目標は安倍なつみですか?」
「安倍って誰?」
新人とは思えないこの傲慢な態度が、逆に記者たちの心を捉えた。
さんざんな質問攻めにあった後、田中はようやく人のいない所まで逃げてこれた。
「師匠、いると?」
「ここにいるわよ」
やはり暗闇の中にその人物はいた。
「今度は文句は無かとね?言われた通り師匠の名前も出さなかったたい」
「ええ、上出来よ。れいな」
珍しく師匠が褒めてくれたことに、田中は逆に寒気がした。
(春なのに雪でも降るとよ)
西の優勝者が決まる。それは闇の到来をも意味していた。
東日本と西日本の予選が終わり、これで本大会出場者の内6名までが決まった。
藤本美貴(夏美会館空手)
高橋愛(高橋流柔術)
吉澤ひとみ(ボクシング)
矢口真里(講道館柔道)
柴田あゆみ(フリー)
田中れいな(八極拳)
残り2枠が主催者推薦枠とハロープロレス枠である。
この内、ハロプロ枠は松浦亜弥の出場が有力視されていた。
ところが西日本予選から半月後の記者会見の場で、飯田の口からこんな言葉が漏れた。
「松浦は出場させない」
矢口真里が乗り込んできたときに漏らした内容を、ついに公の場で発表したのである。
このとき松浦本人は全国巡業で東北に出向いていた。
ニュースを聞きつけた松浦は、その日の試合をキャンセルし東京に戻った。
その行為自体、社長への反逆といって良い。
冷酷な瞳を携えた松浦亜弥が社長室の扉を叩いたのは、その日の夕刻であった。
―――――――――この日、ハロプロに激震が落ちる!
第11話「東の光、西の闇」終わり
まずはごめんなさい。
>>385の次回予告に書いた飯田さんの初バトル、間に合いませんでした。
予想以上に西日本予選で筆が進んでしまって。
その代わり次回はもう…。なんとなく想像つくと思いますけど…。
>>428 ヤスは何気に
>>8で名前だけ出ている。
>>431 「冬が訪れようとしている」=「秋」
真剣勝負も進路相談も秋の出来事です。
>>432 いきなり投票されてるんでビビッた。ありがとう。頑張ります。
更新乙です!
前田VSミカ戦はなにかあっさり終わりすぎなような気がしました、
前田さんの攻撃が安直すぎてリアリティーに欠けた気がします、
もう少し絡みを入れたほうがもっとおもしろく読めるような気がします。
稲葉VS田中戦は両サイドにサブストーリがあって今後のストーリ展開にどを繋がっていくのか楽しみです!
素人が生意気なこと言うて申し訳!
これからも応援していくんで頑張ってください!
ノノ*^ー^)<まだですかー?
乙です。
まさかジョンソンと闘うのって・・・(ブルガク
それと
>>437 パアンという音共に
>>441 今度は誰の目に見えた。
↑は書き損じでしょうか?
ノノ*^ー^)<保ぃっ
保全
( ^▽^)<ワクワク
>>447 そうだとすれば俺はジョンソンに勝ってほしいが。。
>>447 同感。これであややが勝ったら興ざめ・・
まあ戦うとしたらですが・・・
俺は今のところ
安倍≧飯田>藤本=吉澤≧矢口>>>>>>松浦>高橋
って感じで捉えてるけど、他の人はどうすか?
保
安倍≧飯田>藤本=吉澤=後藤≧矢口>辻>>>>>>松浦>高橋>田中
最終的には
安倍≧辻>藤本>飯田>矢口>吉澤>後藤>高橋>田中>松浦
になってくれるとうれしいけど・・・まあ無いよな・・・
エピローグの人はどこら辺なんだろう・・・
457 :
ただすん:04/01/21 22:56 ID:BnAp8jII
なっち 悟空
かおりん ベジータ
矢口 トランクス
ヨッスィー ブロリ-
ミキティ セル
のの 悟飯
あやや フリーザ
高橋 悟天
田中 ピッコロ
从‘ 。‘从<人気と強さが比例してるならあややが飯田さんに勝つに決まってるわよ
超新星えりりんと道重の強烈キャラがトーナメントにでないとはっΣ(゚Д゚;)
第12話「プロレスの神様」
あの光景は生涯忘れることは無いだろう。
四角いリングの上、金色の光を全身に浴びて立ち尽くす後ろ姿。
聖なる鐘が鳴り響いたとき――――
そう。
飯田圭織はプロレスの神様になったんだ。
あの頃はまだ若かった。怖いものなんて何にも無かった。
デビューして、とにかく目立つことばかりやって、名を上げようって。
私は鼻にピアスを開け、圭織は前髪揃いすぎ。外見からしてそりゃあ派手だったさ。
「クロエ石黒よろしくぅ!!」
「ジョンソン飯田よぅろしく!!」
二人でタッグ組んでデビューして、すぐにプロレス界のトップスターになるつもりだった。
けど、いつの時代でも、出る杭ってのは打たれるもんだ。
ある晩、私と圭織は呼び出された。
「服従か?半殺しか?」
当時の女子プロレス…いや全格闘技界において、最強という二文字はこの女の為にあった。
中澤裕子。その名は絶対的な存在。
彼女とその門下T&Cが格闘技界を仕切っていたと言っても過言じゃない。
私たちを呼び出したのは、その中澤裕子とT&C四天王の5人だった。
中澤は後ろで悠々と椅子に座り、四天王が私達を脅迫するのを眺めていやがった。
T&Cの一人、稲葉貴子の問いに対する答えは私も圭織も同じ。声を揃えて言ってやった
「お前らを半殺し」
怖いものなんて何にも無かった。
中澤裕子の合図で奴らは一斉に襲い掛かってきた。上等!
トップレスラー4人vs新人レスラー2人。
勝負なんておキレイなものになるはずもなく、どっちかっつうと集団リンチだったな。
顔の形変わるくらい殴り飛ばされて、私は鼻ピアスも千切り取られた。
圭織なんか命より大事にしてた長い黒髪を切り裂かれてた。
本当に半分死んじゃいそうな状況で、それでも私は瞳にこいつらのツラを焼き付けた。
稲葉。信田。小湊。ルル。それから後ろで見下してるてめえ。
覚えてろよ、いつかてめえら全員ぶっ殺す!
5人のツラが脳内保存された頃にゃ、うちら二人はボロ雑巾になってた。
「…圭織」
「…うん」
「…生きてるか?」
「…うん」
「…あいつら、いつかコロス」
「…うん」
この時代、中澤裕子に逆らって上がることのできるプロのリングは無い。
おまんまの食い上げさ。
リベンジという何にも勝る目標以外の全てを、このとき失った。
思えば、プロレス以外に何もできない二人だったんだな。
圭織はあれ以来アパートに引きこもり、一日中ボーっとする様になった。
私はアテも無く街をさまよい、やがてストリートファイトに明け暮れる様になった。
もう二度とプロレスはできない。そんな葛藤を振り払う様に凶拳を振るい続けた。
そんな日々が数ヶ月続いた…
「圭織っ!」
久しぶりに相棒のアパートを訪れた私は驚嘆に声を震わせた。
圭織が死んでいるのかと思ったのだ。
目は虚ろで、手足はミイラの様に細まり、壁にもたれて身動き一つとらない。
一体いつからそうしていたのだろうか?
私は大声で呼びかけ、圭織の手を握った。脈もあり、息もしている。
死んでいないと分かった私はコップに水道水を注ぎ、圭織の口に無理矢理流し込んだ。
ゲホッと水を吐き出し、圭織の瞳にようやく焦点が戻る。
「圭織!大丈夫か!!何してんだよ!?」
「…ん」
圭織が何かを呟いたが小さくて聞き取れなかった。
もう一度聞き返すと、どうやら『交信』と囁いている様だ。
私は訳がわからず首を傾けた。
すると圭織はミイラの様な細い腕をゆっくりと上げ、天井を指した。
「…会えたよ」
「はぁ?誰と?」
水の垂れる唇を三日月形に笑んで、圭織は答えた。
「プロレスの神様」
半年後、T&Cのスペシャルマッチが開催される。
稲葉・ルルvs小湊・信田
実現することの無かった四天王同士のタッグマッチという夢のカードだ。
この演出の仕掛け人はもちろん中澤裕子である。
女帝中澤裕子の最強神話は揺るぐどころか更に固まるばかりであった。
「行くぞ、圭織」
「うん」
私と相棒は裏口から侵入すると、目的の場所まで一目散に駆けた。
そのまま止まることなく目的の部屋の扉をぶち破った。
扉に張られた張り紙が落ちる。『小湊・信田ペア控え室』
スペシャルマッチは予定の時間になっても始まらない。
リング上で稲葉・ルルペアが苛立ちの表情を浮かべる。観客からもブーイングの声。
対戦相手の小湊・信田ペアがいつまで経っても入場してこない。
当たり前だ。バーカ。その二人なら今私の腕の中で悶絶してる。
様子を伺いに来た下っ端レスラーを圭織が次々と蹴り倒して進む。入り口が見えてきた。
「準備はいい?」
おいおい圭織。聞くなよ。この日をどれだけ待ちわびた?
導火線にはもうとっくに火が点いているんだ。
「最高にいい!」
静寂、それから一気にボリューム最高の大音量。
私と圭織の登場で会場のヒートは目盛りを振り切っちまった。
リング上で凍りつく稲葉とルル。おいおい何てえ顔してやがる。うちらを覚えてるか?
ああ、私の両肩に乗ったモノが気になってそれどころじゃねえか?
「まいど。ボロ雑巾二枚、お届けに伺いました」
「信田!小湊!」
私がリング下にその二つを投げ飛ばすと、奴らは声を張り上げて叫びやがった。
アハハ、お前らもすぐにこうなる。
あの日この眼に焼き付けたあの顔と顔を全力でぶん殴ってやった。
2分。要していなかっただろう。リングの上に四つのボロ雑巾を並べる作業。
最強軍団と称されるT&Cがこの有様だ。どうだ!見たか!
おっと、祭りの本番はまだここからだった。
圭織がマイクを握り、大きく息を吸う。さぁ言ってやれ!
「出て来い!中澤!!」
女帝さん。あんたが出ざる負えない状況はもうできあがってる。
直属の四天王は仲良くおねんね。せっかくのイベントも台無しにしちゃいました。
大観衆の中、この暴言暴動。あんたがケツ拭くしかねえだろ。なぁ。
『中澤裕子が来たぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!』
実況のアナウンスとスポットライトが会場中の注目を一点に集めた。
これが歴史的一戦の幕開け。
>>445 いえいえ、こういう意見はどんどん聞きたいです。
それと本大会の方は嫌という程、絡みまくる予定ですので。
>>447 ごめんなさい。おっしゃるとおり書き損じです。最近多いなあ…反省。
「パアンという音共に」→「パアンという音と共に」
「今度は誰の目に見えた。」→「今度は誰の目にも見えた。」
>>453 作者はこのテの話題に口挟まない方がいいですね。
466 :
トミー・ボンバー:04/01/22 15:42 ID:2ufufA15
「おっしゃ出来た!よしっ!」
地下室に響き渡る歓喜の声。
次の瞬間、その声をかき消すかのように
地鳴りが部屋全体を覆い尽くす。
新垣は完成したばかりのデッキから、音のした方向に視線を移した。
「…近いな。」
あいかわらず、外では悲鳴や爆発音が続いている。
急いでデスクの上にある自分のデッキをポケットの中にしまい、
完成したばかりの2つのそれをバッグに放り込んだ。
床に散乱している工具を飛び越え、地上に続くはしごをかけあがり、
錆び付いたコックを一気に回す。
蓋を勢いよく開け放った瞬間、彼女は外の世界に飛び出した。
まず視界に映ったのは赤黒い空。次に焼け崩れたビル。そして無数に横たわる人。
「遅くなってゴメンなさい。」
誰にいうでもなく、そう呟いた。そして目を瞑り、
大きく一回深呼吸したあと、両眼を一気に見開いた。
「石川さん…。亀井…。待ってろよ!今行くからな!」
新垣は走り出した。彼女を待ち続けている仲間のもとへ。
すいません。書き込みを間違えました。
スレを汚してしまって申し訳ございませんでした。
(〜^◇^)<やぐやぐ