人目も気にせず、服が汚れるのはちょっと気にしつつ、
浅めの水溜りをどこともなくパシャパシャッと駆け抜ける。
傘に当たる雨の音は、どこか私の想い出を蘇らせる。
爽やかというか、純真というか、純粋に、ただ楽しい。
訝しそうに私を見る視線を感じるけど、ちっとも気になんかならない。
私は私ではあるけど、新しい一個の個体だ。気にすることなんか、ないさ。
なんてね。
子供じみているくせに、ちょっと気取った自分がなんだか面白くって、
あははっ、って声を出して笑ったもんだから、
ますます変な視線が私に突き刺さった。
今はもう何にも考えずに、その時その時の思うままにやりたいことをやりたかった。
そして、やった。だから、水溜りを駆けてみるなんて子供じみたこともしたし、
まあ、そのせいでちょっと服が汚れちゃったんだけど。
その他にも、娘。に入ってからしてなかった、出来なかった、色んなことをした。
例えば、山手線に乗ったり、ハチ公前に立って一人でピースしてみたり、
スクランブル交差点のど真ん中に立ってみたり。
娘。に入る前の私にしてみれば、息をするのと同じくらい、
意識すらしたこともない普通のことなんだけど、
今の私にしてみれば、人ごみの中に居るってことは、
テレビに出ることなんかより非日常的で、
そして、新鮮で、快活で、若さとはこれではなかろうか、
なんて思ったりもするぐらいの快感だった。
そんな中でも、一番、非日常的で新鮮で快活な若さの快感ってのは、
やっぱりゲーセンだ。
一人でゲーセンなんか行っても楽しく無い、とか思ってた私だけど、
これがまたまんまと楽しかったのだ。
あいにく、財布にはどうしてだか知らないけど、たくさんお金が入ってて、
久し振りに来たってことも手伝って、もう地味なスロットゲームから何から、
片っ端からやりまくった。
特に、自分がもし娘。のメンバーだったら、
そうそうやる機会の無い、ダンスするゲームとかは、何度もやりまくって、
店員さんに「お客様、失礼ですがお待ちになられている方に迷惑ですので……」
とか言われちゃったぐらい。さすがにその時は、
楽しさよりも気まずさと気恥ずかしさが勝っちゃったけど、とにかく楽しかった。
だけど、楽しい時間はあっ、と言う間に過ぎていくもので、
私は今日の一日を振り返って、ふふっ、って思い出し笑いをしたり、
一生は何事かをするには短いが、何もしないには長すぎる。
なんていう誰かの言葉が頭によぎったり、
あれ?誰の言葉だっけ?カオリだっけ?圭ちゃんだっけ?
まあ、誰だっていいんだけどさ。
それにしても、もう夜かー、もっと遊びたかったなー。
別に何するってことも無いけど、時間さえあれば、
遊びなんていくらでも見つけられるしねー。
と、そんなどうでもいい思考を巡らせながら、雨が止んだような、
止まないような、変な空模様の下の人気が無いところで、私は、
ぼけーっと、非日常的で新鮮で快活な若さと快感とに溢れていた町が、
夜に呑まれて、別の輝きを放つのを見ている。
その輝きは、街のネオンと、サラリーマンの陰気で媚びるような活気から来るもので、
私はその輝きの一片を感じると、なんだか反吐が出そうになった。
夜の街は作り物だ。
「ねえ、いくら?」
ふいに背後から声がした。
私がその声のした方を振り向くと、
くたびれきった中年サラリーマンと言った風な感じの人が、
気持ちの悪い愛想笑いを浮かべ、油っぽい汗を額に浮かべながら、
私の胸元をいやらしい目つきで見ていた。
私は違います、と叫んで、全力で走り出す。
後ろで「5万!いや、6万でも7万でも払うから!待って!」という声が聞こえた。
私はとにかく気持ち悪くって、反吐が出そうで、吐き気がして、
後ろも振り向かずにとにかく全力で走った。
その時、ピュン、というよく分からない音がして、後ろで何かが倒れる音がした。
私は振り返らなかったから、それが何だか分からないけど、なんだかすごく嫌な感じがした。
それから走りつづけて、ふと目に入ったファミレスに逃げ込んだ。