それではありがたく頂きます。
−人生ゲーム−
◇
そうして、馬鹿みたいに降り続ける雨の中で、
ただ漠然と雨に打たれているとすべてが馬鹿らしく思えた。
無造作にポケットにつっこんであったピストルを取り出すと、
こっちを見ながらニヤニヤと趣味の悪い笑みを浮かべているカップルに向かって、
何のためらいもなく、2、3度引き金を引いた。
雨の中で乾いた音を立てたピストルを持つ右手は、やっぱり少し震えていた。
そして、私はなんだか泣いてしまっているようだった。
先程のカップルは血まみれになって、雨に打たれて、
なんだか汚いカタマリになってしまっていた。
それから、私はピストルをこめかみに当て、
フザケてるみたいな軽い気持ちで引き金を引いた。
それでも、やっぱり少し手が震えた。
『ゲームオーバー。』
耳元で、良く知っている声がした。
◇
目が覚めて、カーテンを開ける。今日の天気は曇り。
私は、曇り空ってのがなんだか好きだ。朝起きて曇り空だと、ほっ、とする。
別に天気が良い日が嫌だとか、そういうわけじゃ無いんだけど。
この曇り空は、雨を降らせることもしないし、
だからといって、太陽を見せることもしない。
曇り空は、そっくりそのまま私と同じ、一言で言うと、中途半端。
だから曇り空は、私の中途半端さをなんだか許してくれてる気がするのだ。
曇り空には、他の天気には無い、不思議な親近感を感じてしまうのだ。
そして、私は、そんな兄弟みたいな曇り空を見てほっとしながら、
時計を見て少しあたふたと準備を始める。
しょうがない。年頃の女の子の身支度には、少し時間がかかるからさ。
◇
人生ゲームって知ってる?
あのすごろくみたいな奴じゃなくって、自分の人生を懸けて遊ぶゲーム。
すっごいエキサイトするんだって、マジ、おすすめだよ。
◇
今日も、娘。の楽屋には、どこそこにおいしい店を見つけた、だとか、
あの店に最近入ったバイトの店員の態度が悪くてムカツク、だとか、
やっぱり梨華ちゃんって色黒すぎる、だとか、中身はいつもと同じような、
他愛も無いおしゃべりばかりが飛び交っていた。
そんなおしゃべりは楽しいんだけど、
なんだかふと物足りなさを感じる自分が居る。
何かしなくちゃ、と、もはや平凡な日常に恐怖する私が居る。
そんなところでふとよしこが言った「人生ゲーム」の話に、
みんなは熱弁を振るうよしこを笑うだけだったけど、私はとても興味が湧いた。
「自分の人生を懸ける」っていう仰々しさと、
「すっごいエキサイトする」っていうよしこの本当に興奮した顔が、
私の物足りないスペースにすっぽりと具合良くはまったのだった。
みんなはなんでこのゲームに興味が湧かないんだろう?面白そうなのに。
私は一瞬そう思ったけど、「自分の人生を懸ける」なんて言われても、
冗談としか思るはずがないと気付いて、あんまりにも素直によしこの話を、
受け入れた自分がすごく子供ぽくっておかしかった。
そして、いつも通りの仕事が終わった後で、よしこを食事に誘う。
よしこは珍しく私から食事に誘ってきたことにちょっと戸惑ってるみたいで、
そんな様子が、やけにかわいく感じられた。
加護や辻や梨華ちゃんが「私たちも行きたい。」とか言ってたけど、
今日はよしこと私で二人きりのデートなのよ、ってちょっと色っぽく言うと、
加護と辻は口々に「ごっちんのえっち〜。」とか、
「二人だけでずるい〜。」とか言いながらも了解してくれた。
ただ、梨華ちゃんだけ「よっすぃーは渡さないから……。」とか、
本気で言いだして、説得がどうにも大変だった。
年上のメンバーは、始終なんだか渋い顔をして、押し黙っていた。
食事へ向かう途中の空は、やっぱりちょっと曇ってたけど、
タクシーの中から見た町のネオンはいつもよりムカつくほど明るく見えた。
私の隣のよしこはファミレスにつくまでずっとMDを聴いていた。
俯いていて顔は見えなかった。
そんな様子を見ながら、ふいに思った。
――――私からよしこを誘って食事に行くなんて、ほんと、いつ振りだろう。
◇
「でさ、いきなりで悪いんだけど、
さっき話してた『人生ゲーム』って奴について教えてよ。」
「まあまあごっちん、あせらないで。まずは料理注文しようよ。」
ファミレスについて早々、こんなことを訊く私を、よしこがおかしそうに笑うから、
私はちょっと恥ずかしくなって、一緒になって笑った。
――――なにあせってんだ、私?
それから料理を注文して、またしばらく他愛もないおしゃべりをしてるうちに、
美味しそうな料理が届いた。
よしこの端正な顔立ちが、嬉しそうな表情で子供みたいに見える。
私達はしばらく喋るのを止め、食べることに集中した。
最近は、娘。の仕事をしている時よりも、
メンバーや友達とおしゃべりしてるときよりも、
外のお店で食べることが私の何より楽しみ。
メニューが多くて、飽きっぽい私にも飽きる事が無いし、何より、
食べることは人間の根源的欲求だからだろう。
そんな私の目の前で、よしこはお子様ランチ×2を美味しそうに食べていた。
その顔は本当に無邪気な子供みたいに見えた。よしこのこんな顔も、
見るのは久し振りだった気がする。
「ねぇねぇ、そろそろ『人生ゲーム』について教えてくんない?」
料理を食べ終えても、また他愛もないおしゃべりが、
いつ終わるともなく続くもんだから、
思い切って、前後の会話の流れを無視して、よしこにまた問い掛けた。
――――やっぱり、なんであせってんだろね、私は。
「うーん、まあ……ねぇ。エキサイティングなゲームだよ。」
「――――人生狂っちゃうくらい。」
今まで子供みたいにキラキラしていたよしこの顔が一瞬曇った。
さっきからちょっとおかしいと思ってたけど、
よしこは「人生ゲーム」について話したがっていないみたいだった。
むしろ、今の口調からは、これ以上は訊かないで欲しい、って感情が表れてたようだった。
それが何故かは分からない。楽屋ではあんだけ揚々と喋ってたっていうのに。
よしこらしくもない、私はそう思った。
それでも、私がまだ何か訊こうとしてるのを感じ取ったみたいで、
私の口が開く前に、詳しくはこれ見て、と早口で言って、一枚の紙切れを渡してくれた。
私がその紙切れをちょっと確かめて、顔を上げると、
もうよしこは私の前に座っては居なかった。
帰るんなら、帰るって一言言ってくれれば良いのに……。
それに、自分が食べた分ぐらいはお金払ってよ……。
私はその紙切れをカバンにしまい、よしこと私と、二人分のお金を払って外へ出た。
なんだか今日のよしこはよしこらしく無かった。そんな気がした。
帰り道、タクシーの中で、運転手さんに、
「モーニング娘。の後藤さんですか?」と訊かれなかった。
訊かれるのもめんどくさいけど、これはこれで寂しいもんだなぁ、
と、後藤真希、17歳にして諸行無常を感じました。
タクシーの中から見る空は、雲がだいぶ厚くなって、町のネオンは相変わらずムカつく。
ふと私は、明日雨降るだろうなぁ、と思った。明日の仕事めんどくさいや。
家に着くともう午前0時で。
お母さんがわざわざ玄関まで迎えに出てくれたのが、ちょっと嬉しかった。
そして、何故だか私は、部屋に戻ると溶けるような眠気を感じて、
服も着替えず、メイクも落とさず、
マイベッドの優美なる招きに応じて眠りについた。
――――あぁ、明日の仕事めんどくさいなぁ。
◇
更新終了。
落ちない程度にぼちぼちとやって行きたいと思っています。
作者さん乙です、って更新ということは
どこかのスレの続き? どこですか?
ハッと目が覚める。
午前10時。
窓の外からはザーザーといういやな雨の音。
………。
………………。
すっかり寝坊した。
時計を見てしばらくぼーぜんと固まっていた私は、
回らない頭でパニックになりながら、
ベットから飛び起きて、軽くメイクをし直して、髪をセットして、
服と帽子とサングラスをささっと選んで、カバンを引っつかんで、
どたばたと階段を駆け下りた。
今日は朝から収録があるからって、前からお母さんにも言ってあったはずなのに、
なんで起こしてくんないわけ?
しかも、よりにもよってこんな日に限って雨。
ほんと、サイテーだよ。
「あら?真希、今日は早いのね。どこか行くの?」
お母さんはごくごく普通に、私が早く起きて、
しかも焦ってることを不思議がってるみたいだったけど、
仕事に遅刻が確定して焦っておりますこの真希さんに、
そんな言葉をかけている余裕があるんでしょうか、母上様?
「今日は早いのね、じゃないよ!
今日は朝から仕事だって、前から言ってたじゃん!
なんで起こしてくんないのよ!」
私の言葉にお母さんは怪訝そうに顔をしかめた。あの顔は怒ってる。
背筋がふと寒くなる。
「仕事って何よ?あんたバイトも何もしてないでしょ。
今日は学校も休みだし、と思って寝かせといてあげたのに、
そんな言い方無いんじゃないの?」
えっ、と思って、リビングに掛けてあるカレンダーを見る。
そのカレンダーは、私が仕事の予定を書いてお母さんに渡しといた物なんだけど。
けど、そこには私の仕事の予定なんて一つも書かれていなくて、
代わりに、「23日、参観日。来なくていいよぉ〜(照)」なんてのが、
私の字で書かれてたりした。
参観日ってなんだ?(照)ってなんだ?
私は訳がわからずに、頭に疑問符がたくさん浮かんだまま、
お母さんの「親に対する言葉遣いがなってない。」
とかいうお小言を聞くはめになって、
しまいには、今日は反省してなさい、と外出禁止令まで出されてしまった。
普段の私ならこの理不尽なお母さんの行動に腹を立てるべきなんだけど、
この訳が分からない状況や、
早く家を出ないと仕事にますます遅れる。
という仕事をする者としての一種の本能が、
私の心の定まらない焦りや疑問ばかりを大きくして、
怒りを抑えこんでしまっているみたいだった。
そんな本能的な意識の一方で、現実では、
カレンダーには私の仕事の予定は書いて無くって、
私は学校へ通ってるらしくって、バイトもしてないらしくって、
おまけに、念のために仕事場へ行こうったって、
外出禁止令を出されているわけだから、
私はしょうがなく、すごすごと部屋に退散するしかなかった。
そして、そんな私の心の葛藤を知ってか知らずか、
お母さんは、元気が無さそうに階段を上る私の背中を捕らえて言い放った。
「あ、真希!」
はい、なんでしょうかお母様。
「朝とお昼のご飯、抜きね。」
そ、そんな……。
大量の疑問符と、朝とお昼抜き、という深刻な問題を抱え、私は部屋へと戻り、
とりあえず、起きてそのまんまのぐちゃっとしたベッドに、ばさっと倒れてみた。
ふわりと漂う化粧品の臭い。嫌いじゃない。
けど、今はそんないつもは気にも留めないことにちょっとムカッと来た。
「なんなのよ。外出禁止とか、ご飯抜きとか、ふざけてんじゃないの……」
さっきまで出てこなかったお母さんに対する文句を、
布団に頭を押し付けながらブツブツと呟く。これは私の癖みたいな物で、
これがなかなか地味ながらにすっきりとするストレス発散方法なのだ。
そうして、そうやってる内にだいぶ気分も落ち着いて、
ようやく、自分の置かれてる状況を整理しよう、
と思える気持ちの余裕が出てきた。
よしよし、真希ちゃん、真希ちゃんは悪くないのよ。うんうん。
私はベッドの上に突っ伏していた体を起こし、カーテンを開ける。
窓の外は雨。雨が降ってる。雨の日はイルカの雨の物語を思い出すなぁ。
なんてことはどうでも良くって、今までの状況を頭で整理し始める。
まず、カレンダーには私の仕事の予定は書いて無くって、
私は学校へ通ってるらしくって、バイトもしてないらしくって、
おまけに、念のために仕事場へ行こうったって、
外出禁止令を出されているわけだから、私はしょうがなく、
すごすごと部屋に退散して、今にいたる。
って、ここまではもうさっきから分かってることで、
なんで、いきなりこんな状況になってしまってたのか、
ということが問題なのだけど。
私はちょっと、というかさっぱり検討が着かないまま、
ベッドに腰かけてでボーゼンとしばらくの時を過ごした。
そして、ボーッとしているうちに、
部屋の散らかり方が気になってどうしようもないので、
掃除を始めることにした。
掃除は一時間ぐらいで終わって、ふとカバンを手に取る。
そして思い出した。いつまで寝ぼけてるんだ私は。
私はカバンをひっくり返して、
化粧ポーチだとか漫画だとかお菓子だとかをポイポイッとどけて、
昨日よしこに貰った一枚の紙切れを手にとり、そして、読んだ。
◇
「人生ゲーム」
あなたは今の人生に満足していますか?
今の人生に飽きていませんか?
このゲームは、今の人生に飽きてしまったあなたに、
新しい人生をすごしてもらうというものです。
準備は何も要りません。
あなたがこの紙を受け取った瞬間から、
もうゲームは始まっていますので、
良く考えて行動してくださいね、後藤さん。
それでは、良い人生を。
◇
私は、それを読んで、納得しつつも、なんだか気持ちが悪くなった。
私は気味悪がりながらも、一番常識的に、
よしこやメンバーや私の家族や仕事先のスタッフさんがみんなでグルになって、
私をかつごうとしてるんじゃないか?
なんて考えたけど、今日は別にエイプリルフールでも無ければ、
私の誕生日でも無くって、
第一、エイプリルフールとかそんな程度の理由でここまでするとは考えにくいし、
他には、何があるっけ……?
と、
私はふと可笑しくなった。乾いた笑い声が勝手に漏れた。
昨日はあんなに、その人生ゲームって何?それってどんなの?とか、
真剣に、大真面目に訊いてたのに、
実際その人生ゲームらしきものに足を踏み入れると、
途端に信じられなくなっている自分が、
平凡で変わりのない日常を不満に思いながら、
その平凡な日常が崩れると不安になってしまう自分が、
やけに可笑しくって、やけに作り物めいていて、やっぱり可笑しかった。
そうして私は全てを納得することにした。
これはゲームだ。もう始まってる。
そう思うが早いか、外は未だに雨が降っていて、
「家から出るのはめんどくさいよ、やめときな。」って、
私に語りかけてるんだけど、私はまたメイクをし直して、
髪をセットして、服と帽子とお気に入りの傘を選んで、家を出た。
雨に塗れた道路はなんだか懐かしい臭いがして、私は子供の頃に帰った気がした。
そういえば、外出禁止令が出されてたんだっけ、すっかり忘れてた。あはは。
ばいばい。お母さん。ばいばい。モーニング娘。の後藤真希。
ワタクシ、真希は新しい人生をしばらくエンジョイします。
そういえば、携帯も忘れたなぁ、まあ必要ないかな。あはは。
新しい人生に、前の人生の関係なんて無意味だもんね。
なんて、やみくもに愉快に思いながら、
傘に当たる雨の音を聞きながら、
ウキウキした気分で、自ら、この人生ゲームの駒を一つ進めた。
◇
更新終了。とりあえず最初なので連日更新しましたが、
次の更新からはペースも分量も遅め、少なめになるかと思います。
それでも、週末ごとぐらいには更新したいと思っていますので、
この駄文を見つけられた方は、まったり、ごゆるりとご鑑賞ください。
>>70 ごめんなさい。日本語変でした。
別に他のスレの続きってわけではなくて、
>>57からが始まりです。
分かりにくくてごめんなさい。
更新乙です。
面白いです。なんか、ごっちんらしさがいいです。
次回更新楽しみにしています。
ほぜむ
人目も気にせず、服が汚れるのはちょっと気にしつつ、
浅めの水溜りをどこともなくパシャパシャッと駆け抜ける。
傘に当たる雨の音は、どこか私の想い出を蘇らせる。
爽やかというか、純真というか、純粋に、ただ楽しい。
訝しそうに私を見る視線を感じるけど、ちっとも気になんかならない。
私は私ではあるけど、新しい一個の個体だ。気にすることなんか、ないさ。
なんてね。
子供じみているくせに、ちょっと気取った自分がなんだか面白くって、
あははっ、って声を出して笑ったもんだから、
ますます変な視線が私に突き刺さった。
今はもう何にも考えずに、その時その時の思うままにやりたいことをやりたかった。
そして、やった。だから、水溜りを駆けてみるなんて子供じみたこともしたし、
まあ、そのせいでちょっと服が汚れちゃったんだけど。
その他にも、娘。に入ってからしてなかった、出来なかった、色んなことをした。
例えば、山手線に乗ったり、ハチ公前に立って一人でピースしてみたり、
スクランブル交差点のど真ん中に立ってみたり。
娘。に入る前の私にしてみれば、息をするのと同じくらい、
意識すらしたこともない普通のことなんだけど、
今の私にしてみれば、人ごみの中に居るってことは、
テレビに出ることなんかより非日常的で、
そして、新鮮で、快活で、若さとはこれではなかろうか、
なんて思ったりもするぐらいの快感だった。
そんな中でも、一番、非日常的で新鮮で快活な若さの快感ってのは、
やっぱりゲーセンだ。
一人でゲーセンなんか行っても楽しく無い、とか思ってた私だけど、
これがまたまんまと楽しかったのだ。
あいにく、財布にはどうしてだか知らないけど、たくさんお金が入ってて、
久し振りに来たってことも手伝って、もう地味なスロットゲームから何から、
片っ端からやりまくった。
特に、自分がもし娘。のメンバーだったら、
そうそうやる機会の無い、ダンスするゲームとかは、何度もやりまくって、
店員さんに「お客様、失礼ですがお待ちになられている方に迷惑ですので……」
とか言われちゃったぐらい。さすがにその時は、
楽しさよりも気まずさと気恥ずかしさが勝っちゃったけど、とにかく楽しかった。
だけど、楽しい時間はあっ、と言う間に過ぎていくもので、
私は今日の一日を振り返って、ふふっ、って思い出し笑いをしたり、
一生は何事かをするには短いが、何もしないには長すぎる。
なんていう誰かの言葉が頭によぎったり、
あれ?誰の言葉だっけ?カオリだっけ?圭ちゃんだっけ?
まあ、誰だっていいんだけどさ。
それにしても、もう夜かー、もっと遊びたかったなー。
別に何するってことも無いけど、時間さえあれば、
遊びなんていくらでも見つけられるしねー。
と、そんなどうでもいい思考を巡らせながら、雨が止んだような、
止まないような、変な空模様の下の人気が無いところで、私は、
ぼけーっと、非日常的で新鮮で快活な若さと快感とに溢れていた町が、
夜に呑まれて、別の輝きを放つのを見ている。
その輝きは、街のネオンと、サラリーマンの陰気で媚びるような活気から来るもので、
私はその輝きの一片を感じると、なんだか反吐が出そうになった。
夜の街は作り物だ。
「ねえ、いくら?」
ふいに背後から声がした。
私がその声のした方を振り向くと、
くたびれきった中年サラリーマンと言った風な感じの人が、
気持ちの悪い愛想笑いを浮かべ、油っぽい汗を額に浮かべながら、
私の胸元をいやらしい目つきで見ていた。
私は違います、と叫んで、全力で走り出す。
後ろで「5万!いや、6万でも7万でも払うから!待って!」という声が聞こえた。
私はとにかく気持ち悪くって、反吐が出そうで、吐き気がして、
後ろも振り向かずにとにかく全力で走った。
その時、ピュン、というよく分からない音がして、後ろで何かが倒れる音がした。
私は振り返らなかったから、それが何だか分からないけど、なんだかすごく嫌な感じがした。
それから走りつづけて、ふと目に入ったファミレスに逃げ込んだ。
更新終了。
こんな感じでぼちぼちやっていきます。
n日ルールが多少恐いですが。
更新乙です。
とても読みやすい文章で面白いです。
ごっちんの今後が楽しみ。
n日は12月16日あたりでしょうか。
文体が好みです 今後の展開も楽しみ
その逃げ込んだファミレスにはあんな陰気な活気は見当たらず、
まあ、その分若さや快活さなんてのも無く、要するに、お客さんがえらく少なかった。
快活な若さなんてのに快感を感じてたはずの私は、
そんな空気に無責任にもホッとしてしまった。
だけど、ふとさっきの中年のサラリーマンを思い出して、
やっぱり胃の方がムカムカとして吐き気がした。
――――援交なんてふざけんなよ、クソジジイ。
そして私は、ウェイトレスさんの「ご自由にどうぞ。」という言葉に従って、
一番落ち着きそうな端っこの席に腰かける。
よっこいしょと。
瞬間、思いもよらず身体全体からガクガクと力が抜けた。
「へっ?」
びっくりした私はどうにも変な声を出して、さらにそれに畳み掛けるように、
お腹がぐぅ〜、とダイナミックに、タイミング良く鳴った。
騒がしくも無い店内からは、誰からとも無くクスクスッ、という笑い声が届いた。
私は恥ずかしくって、思わず赤面する。
「すいません。」
別に変な声を出した事とか、お腹が鳴った事に対して謝ったわけではなくて、
この恥ずかしい空気がとても居心地が悪くて、ウェイトレスさんを呼んだだけだ。
間もなく、ウェイトレスさんがやって来て、注文を取る。
だけど、そこで私は注文するものを何にも考えてないことに気付いた。
我ながらバカらしいけど、えーっとえーっと、と言っているうちに、
なんだかどーでも良いような気がして、
適当にこのお店のお奨めを出してください。と言って、
また一つ、私の行動を恥じた。
料理が出てくるのを待つ間に、実は私の身体がすごく疲れていて、
それでもって、すごくお腹が空いてることに、今更ながら、気付いた。
よくよく考えてみると、朝起きてから何も食べてないし、
電車の人ごみの中で揺られるとか、ゲーセンではしゃぎまくる、
なんて普段しなれないことばっかりして、さらに、
さっきまでずっと全力で走ってたんだから、そりゃ当然だと思った。
と同時に、なんで今までこんな自分の身体の状態に気付かなかったんだろう?
なんて、思い始める。
するとまた、ぐぅ〜、とお腹が、今度は控えめに鳴った。
やめた。考えるのはよそう。今は自分の欲求に素直になってればいい。
そんな気がする。
しばらくして、にっこり顔のウェイトレスさんがやって来て、
「どうぞ。」と置いていったその料理は、
別に何の変哲も無い、ただのハンバーグだった。
だけど、ハンバーグのストレートな美味しそうな臭いは、
私の食欲をガシガシと刺激し、私は何も考えずに、黙々と食べた。
ハンバーグの分かりやすい美味しさは私の身体の隅々に行き届く。
そして、コーンの一粒も残さずにすっかりきれいに食べ終わると、
眠たくなった。
食べて、寝る、これこそ真の人間の姿だね。
なんて思いながら私はここがファミレスだなんてことなんかには、
全く抵抗を感じずに、目を閉じた。
確信は無いけど、目を閉じる時、どこからか視線を感じた気がした。
ふと、さっきの気持ちの悪い中年のサラリーマンが頭をよぎった。
――――援交なんてふざけんなよ、クソジジイ。
またそう思ったけれど、私は、すぐに浅く心地よい眠りについた。
そして、夢を見た。
更新終了。
n日まで約2ヶ月。なんとかその日までには一生懸命終わらせたいです。
あと、レス貰って俄然やる気がでました。ありがとうございます。
更新ペースはちょっと早目に、週2ぐらいで行けたら良いな。と思います。
更新乙です
ハンバーグが美味しそうだったので
近くにあったベーグルを食べながら読みましたw
◇
私が誰に声を掛けても、相手をしてもらえなくて、
私の存在はまるで無いようで、
そんな中で、私に向かって、私には見えない誰かがこう言っていた。
――――新しい人生はいかがですか?
それはとても悲しくて、でも、それはとても望んでいた事だった。
◇
夢から覚め、それでもまだうつらうつらしていると、誰かの気配を感じた。
ウェイトレスさんが注意でもしに来たのかな……、
なんて思いながら目を開けると、
そこには、ニコニコ顔でお子様ランチを食べているよしこが居た。
こんな光景前にも見たな、なんて思いながら、窓の外を見ると、
ネオンの嫌な輝きがここまで届いて、
更にまた、雨足が強くなっているみたいだった。
深い夜の暗闇は若々しい活気を蝕む。
今、よしこが私の目の前に居るというのは、やたらに現実的な夢みたいなもので、
例えば、気持ちよく空を飛んでる夢を見ていたら、飛行機と衝突した、みたいな、
そんなどうにも理不尽な状況なわけで、私はちょっとむかついた。
「何してんの。」
私はひどく冷めたというか、雑然とした調子でよしこに問う。
だけど、当のよしこにはその私の様子が伝わらなかったのか、
やけにあっけらかんとしていた。
「何って、ご飯食べてるに決まってるじゃん。」
そう言うと、よしこはニカッと笑って、「冗談、冗談。」と言った後、
今度は声を立ててケラケラと笑った。
私は無意識に両手を握り締めていて、手にはやけに汗をかいていた。
「ごっちんさぁ、そういう顔やめなよ、せっかくかわいいんだからさぁ。」
「台無しだよ?」
私は、ペラペラと喋るよしこの顔をじっと見つめる。
よしこの顔からは皮肉めいた笑いが覗いていて、
分かってはいたけど、また反吐が出そうになる。
よしこの持つ雰囲気は、あの陰気な活気と一緒だった。
「で、あんたは、何してんの。」
さっきよりますます刺のある言い方になったのが自分でも分かった。
よしこはわざとらしく「ひぇ〜、怖いねぇ〜。」なんて、
言いながらまたケラケラと笑ってる。
そのよしこのケラケラした笑い声は店の中に良く響いた。
私はそれを訝しく思って、周りを見回して気付いた、この店には人が居ない。
それどころか電気さえもこのテーブルの上のだけしかついていない。
だからなおさら、よしこの持つ嫌な雰囲気が私に突き刺さった。
私が拳を握る手にさらに力を込めたその時、
よしこは唐突に真面目な顔をしてしゃべり始めた。
「そろそろ本題に入るけど、どんな感じかな、人生ゲームは。楽しい?」
私がぶすっと黙っていると、よしこはさっきまでの雰囲気はどこへやら、
いつもみたいにふわっと笑ってまた言う。
「楽しい?」
「全然。」
私は即答した。
よしこはアハハと笑って、「かっけ〜なごっちん。」と何度も大声で言った後、
「じゃあ、これなら楽しい?」
と言って、見慣れないモノの先端を私に向けた。
銃。
私は一瞬目を疑ったけど、間違い無い。
吃驚して目を見開いて固まっている私を、
また愉快そうにケラケラ笑いながらよしこは続ける。
馬鹿みたいに丁寧に、ゆっくりと、小さい子供に言い聞かせるかのように、よしこは続けた。
「ごっちんね、たぶん勘違いしてると思うんだ。人生ゲームについて。」
「昨日、いやもう一昨日か。言ったじゃん?」
「自分の人生を懸けて遊ぶゲームだって。」
「まあ、ごっちんのことだからさー。」
「きっと普通の女子高生として人生を送れるんだ。」
「とか思ってそうだよねー。」
「まあごっちんじゃなくったって、誰でもそう思うか。」
よしこはケラケラ笑ってた顔を、また瞬間硬くして言う。
「でもさ、人生を懸けるっていうのは、そんな甘っちょろいもんじゃないよ。」
よしこはそこで私に向けていた銃を私の額に押し付けて、さらに固まる私を見て、
今までで一番愉快そうに笑った。
更新終了。
更新キタ━━━━━━(゚∀゚)━━━━━━!!!!
作者さん乙!
次の展開が楽しみでつ。
(;゚∀゚)=3 イイヨイイヨー
更新乙です
◇
ねえ、ワカルカナ?
人間は外面じゃない中身だ。なんてよく言うけどさ。
実際、人間ってのは他人の目から見える面が一般に真実じゃん?
だから、周りが変わっちゃえば自分も結局変わっちゃうんだよね。
恐いよねー。
まあそういうわけで、
もうあんたは私の友達だったゴトウマキじゃないし、
あんたはこの人生ゲームに参加した時点で、
こうなる運命だったわけだから。
サヨナラだよ、ごっちん。じゃあね。バイバイ。
◇
そう言いながら、よしこが引き金に指をかけるのが分かった。
よしこは愉快そうな笑いを崩さない。
私も終わりか、なんというか、あけっない人生だった。人生わずか17年。
死ぬ直前には過去の出来事が走馬灯のように駆け抜けるっていうけど、
別にそんなこともないし、死ぬってのも、実は……。
そこで、私の額の銃が、カチッと鳴った。
よしこの笑いが歪んだ。だけど、何も起きなかった。
よしこはチッと舌打ちして、その銃を床に投げ捨てて、
そして、私をものすごい顔で睨んだ。
私はふと、銃を額に当てられてから今まですごく冷静な自分に気付く。
そして私は、そんな自分に勇気をもって、よしこを同じように睨み返す。
よしこの顔がふっとやわらかくなった。
「ほんと、あんたはついてるよ。」
「殺そうと思えばいつでも殺せたんだけどさ。」
「私があんたの家に行った時には、もうあんたは家を出た後で。」
「あんたのお母さん、怒ってたよ。」
よしこは私のお母さんの怒りぶりを思い出したのか、ニタニタと笑った。
私はお母さんがどんだけ怒ってたのか想像して、条件反射で背筋が寒くなった。
よしこは続ける。
「面白かったよ、あいつ。」
「あんまりうるさいんで、コレ見せたら。」
「途端に青白くなっちゃって。ヘコヘコしちゃって。」
「なんかその態度の変化がむかついたから殺しちゃったよ。」
「頭ぶち抜いてやった。」
「そしたら、その音が聞こえたみたいで。」
「奥からあんたの弟が出てきたから、ついでにそいつも殺してやった。」
「下手に運動神経良いんだろうねー、避けて急所外しちゃって。」
「しばらく苦しんでたなー。」
よしこのニタニタとした笑みに、私はゾッとしながらも、徐々に頭に血が上るのを感じた。
よしこがその時の事を思い出して、ニタニタと笑っているんだと思うと、
悲しみより、ただよしこに対する怒りばかりが湧き上がって来る。
そうすると、私はもうどうにもこうにも歯止めが利かなくなった。
握り締めていたこの正義の拳に怒りを託して、怒りの鉄拳。
ふざけんな、と言いながらよしこに飛びかかった。
よしこの顔が私の目前まで迫った時、すぐ耳元で、
バンッ
と乾いた音がした。
肩に、するどくしびれる痛みを感じて、私はテーブルの上に勢い良くつっぷした。
よしこの食べかけのお子様ランチが、お気に入りの服にぐちゃっと付いた。
「あーぁ、汚いなー。」
「あんたなんかいつでも殺せるって言ってるじゃん?」
そのまま視線を上げると、よしこの右手には、さっきの銃とは違った銃が握られていた。
私は今度こそ終わりか、と思って、目を瞑って言う。
「じゃあ、殺せば?」
目を瞑ってるから表情は分からなかったけど、よしこは心底愉快そうにアハハと笑った。
そして、私の額にまだすこし熱い銃の感触が伝わって来た。
私とって、その銃は全く恐くなんかはなかった。
次の瞬間、またバンッと乾いた音が、今度は他人行儀に響いた。
目を開けると、銃口は私の数センチ横を向いていて、
よしこの顔を見ると、笑顔が歪んでいた。
「だから。殺さない。」
よしこは私の髪の毛を乱暴に鷲掴みにして、
私の身体が背もたれにもたれるように、私をぐいと持ち上げて、ポイと投げた。
背もたれに身体をぶつけた私は肩に激しい痛みを感じた。
私がその姿勢で痛みに耐えながらかろうじて目を開けると、
よしこは苦々しそうに続けて早口に喋った。
「あんたは私の決意を3回踏みにじった。」
「1回目は、あんたの家に行った時。」
「2回目は、あんたが変なオヤジに援交誘われてた時。」
「あの時も、あんたを殺そうと思えば、殺せたんだよ。」
「だけど、あのオヤジがやたらにむかついてさ。」
「あんたが逃げてったのに、しつこいオヤジを殺してやった。」
「で、3回目は、さっき、ちょうど弾切れであんたを殺せなかった。」
「これで3回。仏の顔も3度までって言うでしょ?」
「だから、あんたを今殺しはしない。」
「その変わりっちゃあなんだけど、これを置いてくよ。」
よしこはポケットの中から、くしゃくしゃの紙切れと、
細身の銃と弾とを取り出して、机の上に置いた。
そしてまた表情をがらりと変えて、ニッコリと私に微笑みかける。
よしこが何を望んでいるのか何を考えているのか、私は、その意図が読み取れ無いながら、
肩の痛みに朦朧としながらも、ニッコリとなんとかぎこちなく微笑みながら問い掛ける。
「ねぇ、よしこぉ。なんでこんなことするのぉ?」
ふと、私の頬に涙が伝う。なんだか私はすごく悲しくなった。
カツゼツの悪い私の問いかけに、よしこは、また愉快そうにアハハと笑って答える。
「なんでって、そりゃ、ゲームだから。」
よしこの銃を握った右手がすばやく動いたかと思うと、次の瞬間、
私は側頭部に鈍くて激しい痛みを感じて、目の前が真っ暗になった。
更新終了。レスありがたいです。頑張ります。
@ノハ@
( ‘д‘)<更新お疲れさん。がんばってや。
続き楽しみにしてるで。
更新乙です
よしこのセリフの連続が、いい感じですね。
続きを期待です。
◇
人生ゲーム、お楽しみいただいてるでしょうか?
このゲームは、あなたにただ平凡な日常を過ごしてもらう、
というモノではありません。
あなたの今までの人生より、
更に非日常な日常を過ごしてもらう、それがこのゲームです。
と、いうわけで、目が覚めて、これを読んだら、
そこに一緒に置いてあるピストルと弾を持って、まず、
矢口真里を殺せ。
◇
私は雨に濡れるのも構わずに店を飛び出し、駆け回り、よしこの背中を探す。
だけど、見えるのは傘、傘、傘、道を歩く傘ばかりで、
私にはそれを見分けようが無かったし、
よしこがこの近くに居るかどうかも分からなかった。
雨はいっそう強くなって、私自身が一体何なのかを分からなくさせる。
私は私か、それとも雨か、それとも虚しい空気の一部なのか。
だけど、そんな分からない、分からない同士に挟まれていながら、
私は駆け回るだけでも、何でも、何か行動しなければ不安になる。
何もしなければ、全てを受け入れなくてはいけないような、
普通ではあり得ないコトについて考え、練り、そして遂には、
行動に移さなければいけないような。
昨日一日で、私はそんな気にさせられていた。
そうして駆け回っていい加減息が上がり、脅迫じみた思い込みが、
どうにか柔らかくなった頃、私は、明るいけれど黒い空を見上げる。
顔に当たる強い雨を感じながら、考える。
頬に伝う雨が暖かい。また知らない内に涙が流れていた。
私の、この涙はいくつもの意味を持っている。
よしこに殴られたんだろう頭の鈍い痛み。
よしこに撃たれた肩のしびれるような痛み。
よしこにお母さんと弟を殺されたという心の痛み。
そして、矢口真里を殺せ。というクソッタレな命令。
昨日とは違って、私は悲しくてやりきれなかった。怒りに任せてよしこに飛び掛った時、
あの時よしこが私を殺してくれていれば、どれぐらい良かっただろう、なんて、
やたらに弱気になったりして、右手に握られた銃と、紙切れを見つめた。
その紙切れはもう雨に濡れて、どうやら字は読めそうに無い状態になっていたけど、
内容は鮮明に覚えている。人を小馬鹿にしたような、人を人とも思っていないような、
ふざけた内容。クソッタレな命令。
誰が書いたのか。よしこか。それとも全く別の人か。
そして、このゲーム全体は一体全体どういうもんなのか。
さっぱり分からない。その上で、恐い。
だから私は悲しくて恐ろしくてむかついて、涙を流しながら、
右手に、誰にぶつければいいのか分からない怒りをいっぱいにして、
そいつらを投げ捨てた。
数メートル先で、コンクリートの地面に当たって、ガチャン、という硬い音がした。
ふと周りを見ると、道を歩く傘たちは、私の行動全てを見ていながら、
何事も無かったかのように歩いていた。
そんな無感情なモノたちを見て、私は、耐えがたい寂しさと、
怒りと、悲しみに突き動かされて、気付けば、足は勝手にあのファミレスに向かっていた。
そして、夏にしては冷たく強く長い雨に打たれながら、何の根拠も無く私は思った。
――――あそこに戻れば、私の気持ちもきっと落ち着くだろう。
――――それからまた、あのハンバーグを食べよう。
◇
更新終了。
レスありがとうございます。
飼育の短編集に向けて、少し更新ペースが遅くなるやもしれませんが、
見捨てずに、ぼちぼちと読んでいただけると幸いです。
∋8ノハヽ8∈ こうしんおつかれれす。
( ´D` ) <マターリやってくらさい
. (⌒)∪∪(⌒) ののはまってるのれすよ
更新乙です
>>125 短編書いたらまたここで紹介してもらえるとウレスィかったり
ho
てst
あのファミレスは、雨降りの朝なのに、窓の外から見ても、
若々しい和やかな活気に充ちていて、私は心底安心した。ここに戻れば、
何かがスッキリと解決する、なんてことは別に無いと分かりきっていながら、
こんなにも安心する。
道を歩く無機質な傘たちの間で、私は明らかに浮いていた。
少なくとも、この店では束の間、周りと同じで居られる。
日本的と言われれば、そうです、としか答えようがない、
そんなどうにも臆病な私がいたから、安心するのだ、と思う。
そして、雨で重くなった頭を振り、そこに足を踏み入れると、
にっこり顔のウェイトレスさんのお出迎え。
昨日、私にハンバーグを持ってきてくれたウェイトレスさんとは違ったけど、
私のマイナスな感情に満ちていた心を解きほぐすような笑顔は、素直に嬉しかった。
「お客様。」
にっこり顔のウェイトレスさんは、朗らかな声で私に呼びかける。
私も濡れた服や髪を気にしながらも、ニカッと微笑む。
だけど何故だか、私の周りの柔らかだった空気が、
なめらかだけど、硬く、冷たく、突き刺さるような空気にかわった。
それは、反吐が出そうになる雰囲気とはまた違っていた。
「この店から、出て行ってくださいませんでしょうか。」
私は微笑みを固くしながら、にっこり顔のウェイトレスさんの言葉を聞いた。
この表面だけ朗らかな声は、電子レンジで表面だけ暖まったグラタンみたいな、
中身がとても冷たくて、不条理で、私の心では整理のしようが無いモノだった。
それでいて、ウェイトレスさんは、いつ出したのか、
その笑顔に到底つり合わないような、物騒なモノを片手に携えていた。
銃。
それの先は私に向けられていて、それに伴って、
店中の冷たい視線が、何故だか私にだけ向けられていた。
思わず、私は微笑みも身体も全て固まってしまった。
私がそうして銃と冷たい視線とを向けられ固まっていると、
後ろの方で雨の音がザァッと一瞬だけ聞こえて、また聞こえなくなった。
「いつっ!」
それは、私の肩を肩先で突き飛ばして、後ろの入り口から男の人が1人、
入って来たからだった。そして、私は肩を突き飛ばされたことで、
昨日撃たれた傷が、めまいのしそうな程、激しく痛んだ。
そんなもんだから、もちろん、私の情けない痛みの声も漏れてしまっていた。
――――なんだコノヤロ、人が立ってるのぐらい分かるだろ。
そう思いながら、私は肩をかばい、目に力を込めて、その男をグッと睨む。
それでも、その男は私の精一杯の眼光にひるむことなく、私の方に顔を近づけ、
なんだかいやらしい笑みを浮かばせた。そして、その笑みを私が目にすると同時に、
私のおしりが何か固い棒のようなモノでまさぐられている感触がした。
ある考えが私の脳裏をよぎるのより先に、頭と顔とに血が満たされていくのを感じた。
それと同時に、昨日の援交オヤジのことも、ムカムカする気配と共に、
私の頭と顔と、その他諸々、満たしていっているようだった。
――――ふざけんなよ。
そして、気付くと私の右手は、男の頬を張っていた。
それでも男は固い棒のようなモノをしまおうとはせずに、
そのいやらしい顔をさっきよりも更に私の顔に近づけた。
男のタバコくさい息が顔にかかり、私の前髪を揺らす。
「姉ちゃん。ダメだよ。こういうもんは大事にしとかないと。ダメだよ。」
ダメだよダメだよと繰り返し変な抑揚を付けながらそう言うと、
男は固い棒のようなモノを、私のジーンズのおしりのポケットに突っ込んで、
ファミレスの奥へと入っていった。そこで、私はその固い棒のようなモノが、
さっき外で投げ捨てて来た銃だと知り、自分の誤解を恥じ、赤面した。
だけど、その誤解を知ると共に、またゾッとした。
ポケットに突っ込まれた銃が、やたらに重く冷たく感じる。
今の私には、この銃の存在がこの理不尽でふざけたゲームの全てのような気がした。
そう思うと急に、このゲームに対するどうにもならないような気持ちが込み上げてきて、
また、涙がちょっと出そうになった。それをグッとこらえる。それでも涙が出そうになる。
グッとこらえる。出そうになる。こらえる。出そうになる。こらえる――――――。
「―――――ねぇ、ちょっと。聞いてんの、あんた。」
なんだか聞き覚えのある耳に障る声と、誰かに私の腕が引っぱられたことで、
私はスッとこの理不尽な世界の現実に引き戻された。
普通の私なら、なんなのよ、と怒るところだけれど、
夏休みの宿題が終わらなくてどうにもならない時よりも、
もっとずっと深い絶望感を、たっぷりと含んだ涙をこらえることができ。
溢れ出してしまうと、歯止めが利かなくなってしまいそうな感情を、こらえることができ。
ココロの中で密かに、この無礼な、私の腕を引っ張った奴へと感謝の感情を抱いた。
そして、チラリと私の腕を引っ張っている手の延びてきた先へと視線を走らせると、
やけに小さい身体、ちょっと化粧の濃い顔、金髪に近い少し痛んでいる髪の毛。
学校の参観日の時みたいな、バカじゃなかろうか、というほどの香水の匂い。
「え?」
私の胃とか胸のあたりがキュッとしまるように、引き絞られるように痛んだ。
それは、肩の傷の、肉体に来る痛みとはあきらかに違っていたが、
それでも、私にとって苦痛以外の何者でもない、ということに変わり無かった。
「あ?やっと聞こえた?もーどーでもいいからさ、早く出て行ってくれない?」
その人は、あまり会いたくない人だった。あまり、というか絶対に会いたくない人だった。
「おーい、聞こえてんだろ?さっさと出て行けつってんの。痴漢がそんなにショックかぁ?」
私の目の前に居たはずの、銃を携えたにっこり顔のウェイトレさんは、
いつのまにやら、片手に銃を持って、キャハキャハと笑いながら、
今、正に、銃のゲキテツを引かんとしているヤグチさんにハヤガワリしていた。
更新終了。
レスありがとうございます。ののたんにねぎらわれて嬉しい私。
短編集の方は書いて、投票やらカミングアウトやらもすんだら、
ここで紹介という名のペルソナをかぶった宣伝をしてしまうつもりです。
この話もぼちりぼちりまったりと進みます予定です。
脱字をやってしまった。
>>136 最後から三行目、……にっこり顔のウェイトレ『ス』さんは、
申し訳ないです。
更新乙。
先が読めないこの面白さ。ごっちん撃っちゃうのか?撃っちゃうのか?
紹介も待ってます。
うい
ほい
ノノハヽo∈ <れいなが保全すると
从 `,_っ´)
./ つ_|| ̄ ̄ ̄ ̄ ̄|
(, |\||. HAWKS .| ゴトゴトッ・・・・・
'\,,|==========|
143 :
:03/11/03 21:36 ID:PQQR4LFL
aaa
ノノハヽo∈ <しまった!誤爆かよ_| ̄|○
从 `,_っ´)
./ つ_|| ̄ ̄ ̄ ̄ ̄|
(, |\||. HAWKS .| ゴトゴトッ・・・・・
'\,,|==========|
145 :
名無し:03/11/04 01:36 ID:MBvkO+EQ
て
◇
矢口真里を殺せ。
◇
例の紙切れの文句が、私の頭の中をバカに鮮明に、慌しく駆け巡る。
そうしなければならないような義務感と、銃を向けられていることから来る焦燥感が、
私を冷酷かつ利己的にさせた。無我夢中だった。
――――ヤらなきゃこっちがヤられるだろ。
そんな簡単な思考の下、私は、何のためらいもなくジーンズのポケットから銃を取り出し、
引き金に指をかけ、一息つく暇も無く、撃つべき『目標』に向かって銃を放った。
ピュンというどこか聞き覚えのある音。ガシャンという何かの割れる音。
ガツンと腕に来る反動。そして、その反動にバランスを崩されてぶっ倒れる私。
紙切れの文句が頭を駆け巡ってからそれまで、一瞬のことだった。
その間、私は驚くほど利己的で自己中な人間になっていた。それだけど、
いや、それだからこそ、自分以外、何も見えちゃいなかった。
「腰が入ってないね。腰が。」
転がったままの私の頭上から、
ちょっと勝ち誇ったようなヤグチさんの声が聞こえる。なんだかむかつく。
私が初めて撃った銃弾は、ヤグチさんの小さな背の遥か頭上を越え、
なんちゃらかんちゃら寄贈、みたいな結構高そうなオブジェを壊しただけ。
そんなわけだから、ヤグチさんはケガ一つせずピンピンしていて、
私がヤグチさんに目をやると、もちろん、片手にはまだ、
今にもゲキテツが引かれようとしている銃を携えていた。
これはまた、ピンチって奴ですか。
私は一体、このゲームに足を突っ込んでから、何度生命の危機に晒されてるんだろう。
でも、また助かるのかなぁ。なんかこう、奇跡みたいな奴が私にはついてるような、
そんな気がするなぁ。でも、よしこに殺されなかっただけで、なんかもう奇跡なんだよね。
あー、ていうか、私、マジでヤバいな。
ヤバイよね。ピンチだよね。私。
そんなふうに、私は何故か不謹慎にも、恐怖を感じるより、
ちょっとワクワクが混じったような、そんな気持ちを感じていた。
ドラゴンボール的に言うと、私こんなにやべぇ時だっていうのに、
すんげぇワクワクして来たぞ。みたいな。
「お客さんねぇ。ダメじゃん?そっちから撃ったのにそんなんじゃあ。」
「こうさぁ、喧嘩売るならさぁ」
「オイラをもっと興奮さしてくれるようなこと、してくんなきゃダメじゃん?」
ヤグチさんはニカニカ笑いながら、ベラベラと嬉しそうに喋った。
手は、ゲキテツを引こうとするのをやめ、何とはなしに銃を弄んでいるようだった。
目は、私を見ているようで、どこか遠くを見ている、不思議に寂しい目だった。
私はぶっ倒れて、尻餅をついたまま、なんだか拍子抜けしたような気がして、
何も言うことができなかった。
そうして生まれる一瞬の沈黙。
「ねぇ?それがさぁ。何?」
私が何も言わなかったせいで生まれたこの沈黙を破ったのは、
先ほどまでとはガラリと様子が変わった、ヤグチさんの低くドスの効いた言葉だった。
ヤグチさんの目が暗さを帯び、眼光が冷たく鋭く私に刺さる。
金縛り。
ヤグチさんの眼光の冷たさと鋭さは、私がこのファミレスで感じたそれよりも、
深く、私のどこかを貫き通してしまっているようだった。
私はやっぱり不謹慎にも、裕ちゃんよりもあやっぺよりもすげぇ、
とか思ってしまっていた。この気楽さはどっから来るのか、私自身不思議で仕方なかった。
「こっちが丁寧に話してやってんのに、無視しやがって」
「おまけに気付いたと思えば、いきなりピストル撃ちやがって」
「てめぇ、なんだ?客だろ?偉そうにすんなよ。」
「オレの指示に従えよ。」
「出て行けつったら出て行けよ!」
ブツブツと低い声で喋っていたヤグチさんは、乱暴に銃のゲキテツをガチャガチャやると、
ヒステリックに何事かをワメきながら、私の方へ向かって数回銃をブッぱなした。
撃った。というよりも、ブッぱなした。バカみたいに力任せに、
ゲキテツをガチャガチャ引き起こしては、何度も銃をブッぱなした。
わざとなのか、狙いが定まらなかったのか、その銃弾は私をとらえることなく、
私の後ろの入り口の扉をとらえ、その扉のガラスがバリンバリンと割れる音が響いた。
私は絶対大丈夫だ、というどうにも定まらない安全性を感じていながら、
銃声と、ガラスの割れる音に、目をつぶり、身を硬くした。
銃声とガラスの割れる音が、やたら無機質にファミレスの中に響く。
私にはそれが不思議に感じられた。
そして目を開けると、驚くのと同時に、やっぱり、と思った。
今このファミレスの中には、息を切らして銃をガチャガチャやってるヤグチさんと、
尻餅をついたまま、変に落ち着いてしまっている私の、二人だけが居た。
やっぱり落ち着いたまま私は、こんな光景前にも見たな、と思った。
そして、私の目の前で、とっくに弾切れした銃をまだ、
乱暴にガチャガチャやってるヤグチさんを見ると、腹の底から笑えてきた。
更新終了。
レスありがたいです。ほんと。頑張れる気になります。
何か、新作の方で私とハンドルがかぶった作者さんがいらっしゃったようですが、
あちらが変えてくださるとのことで、なんだか、申し訳なく思ったりします。
羊で魔界街みたいに設定が作りこまれた小説を見るのも久し振りなんで、
すげー期待しております。って、ここでレスしてしまって申し訳ないです。
>>154 乙。ところでほんとにHN募集してるの?
応募してもいい?w
♪ ♪
♪∋oノハヽo∈ こうしんおつかれれす♪
( ´D`)♪ でもHNはよ〜く考えよ〜♪
|つ[|lllll]). ののたん大事だよ〜♪
♪ | | う〜う、う〜う、ううう〜♪
U U ♪
続き期待保全。
ほぜん
私がそんなヤグチさんを見て、いつまでもゲラゲラと笑っていると、
笑いすぎで、涙が出てきた。目の前のヤグチさんがぐにゃぐにゃ歪んで見えた。
「ねぇ、あんた、自分が絶対に死なないとか思ってない?」
すぐ近くでふいにそんな言葉が聴こえた気がした。けれど、それはたぶん気のせいだろう。
ヤグチさんは、ぐにゃぐにゃしてはいるけど、まだ私の目の前で銃を乱暴にガチャガチャやってるし、
さっき確認した通り、今このファミレスの中には私とヤグチさんの二人しか居ない。
それでも、このクソッタレなゲームに慣れて来た私は多少用心深くなっていた。
笑うのをやめ、笑いすぎで出てきた涙を手の甲で拭うと、周りを見渡す。
ほらね、やっぱりね、何もないじゃんか。そんなに心配しないでいいんだって。
そう自分に向かって言いながら、左やや後方に顔を向けると、
おでこに硬くて冷たい感触を感じた。
「やっほー。」
またあんたか。
私は、私のおでこに銃を突きつけてるよしこの目を一瞬睨んで、すぐ視線を外すと、
聞こえよがしにケッと言った。そして、自分の銃の握りを確かめた。
そういえばいつの間にか、よしこにやられた肩の痛みは感じなくなっていた。
「ツレナイなぁ、ごっちんわぁ。」
私のおでこに銃を突きつけてニコニコしてたよしこは、
いちいち大袈裟に口をぱくぱくさせて喋ると、これまた大袈裟に溜息をついた。
その仕草が私をいらいらさせることに、気付いているのかいないのか。
ムカムカした私は、ガラにもなく床に向けてペッとツバを吐いた。
大した事の無いチンピラがよくやる手だ。ちょっとした挑発。
ただこれをやる時に重要なことがある。それは相手を本気で怒らせないことだ。
つまり、私の吐いたツバはよしこの身体スレスレの部分にペシャリと落ちて、
よしこを『ほんのり』怒らせるのが、もっとも理想的な形なのだ。
だけどツバは私の狙いを外れて、
ペシャッとよしこの靴の上に丁度よくかかってしまった。
かかってしまった。
「おい。」
私の心配した通り、よしこのほわほわした声色がガラリと変わった。
やべぇ、と思う間もなく、身体はぐいと無理矢理持ち上げられ、壁に押し付けられた。
忘れていた肩の痛みがまたぶり返したようだった。肩がズキズキして、頭がクラクラする。
よしこってこんなに短気な奴だったかな。
そんな平和的なことを思いながらよしこを見つめると、
よしこは、今度はあごの下から、突き上げるように私に銃口をあてがった。
それはなかなかスリリングで、苦しい体制だった。
「なぁ。やっぱ。何。お前。生意気なんだよ。お前さぁ。」
よしこの血走ってる目はなかなかステキだった。
ステキだったけど、よしこの腕の力の強さには思わず少し辟易とする。
「……そうかもね。」
よしこにギリギリとすごい力で押さえつけられながら、そう言うと、
自分の銃の握りをまた確かめた。私はどこまでも生意気だ。
一体いつから私は、こんなに肝の据わった女になったのだろう。
なんてことのないつんくみたいなオカマ野郎にすら逆らえなかった私が、
銃を突きつけられていながら、その相手を挑発するだなんて。
一人でそう思って苦笑すると、いきなりよしこの手の力が緩んだ。
よしこの顔をチラリと見ると、呆れたような、落胆したような顔をしていた。
「はぁ。もういいよ。分かった分かった。私が悪うございました。」
そうブツクサ言いながら、よしこは私から手を離すと、レジの方に向かって歩いていった。
私はよしこがなんで私を解放したのかも分からず、ブツクサ言っていることも意味が分からず、
ただなんとなく身体の力が抜けてしまって、その場に座り込んでぼけっとよしこの後姿を目で追った。
よしこの後姿を目で追っていると、ヤグチさんが目に入った。
よしこが現れたことですっかりその存在を忘れてしまっていたけど、
ヤグチさんはまだ何事かワメきながら、レジの前で銃を乱暴にガチャガチャやっていた。
その様子はなんだか、ゼンマイ仕掛けで動く何かのおもちゃのようで、ひどく哀れに思えた。
サーカスのピエロってのも、きっとこんな感じなんだろうな。哀れだなぁ。
「あったあった。」
その声によしこの方を見ると、よしこは嬉しそうに大声ではしゃいでいた。
私は何があったのやらさっぱり分からないので、じっと見ていると、
どうやらよしこは紙とペンを見つけたようで、それで紙に何かを書き付けていた。
書き終わると、それをそのままペッと私に投げてよこした。
不思議なことに紙はふわりふわりと私の手元まで正確に飛んで来て、
そしてやっぱり不思議な事に、その紙は4つ折りになっていた。
「まぁ、まずはあの壊れちゃったチビを一発殺してやってあげなさい。」
よしこは片方の手を私の肩に掛けて、もう片方の手は、ガチャガチャやってるヤグチさんを指差し、
優しく諭すようにそう言った。そして、私の手の中にあったその紙をくしゃくしゃにして、
私のジーンズのポケットに押し込んだ。
呆然とその一連の流れを眺めながら、私は当然の疑問を口にした。
「ねぇ、よしこってさ。何なの?」
私を殺そうとしてみたり、いきなり現れて私に舐めたことをしてみたり、キレてみたり、
私にヤグチさんを殺してみろと言ってみたり、良く分からない紙切れを渡してみたり、
渡したと思えば、ポケットに押し込んでみたり、全く持って、
よしこの行動には一貫性が無いように思える。
「何って、失敬だね、きみぃ。私は、吉澤ひとみだよ。よ・し・ざ・わ・ひ・と・み。」
よしこはそう言ってケラケラと笑うと、ファミレスから出て行った。
私は、なるほどねぇ。と独り言を言って、手に握られている銃を確かめると、
まだずーっとガチャガチャし続けているヤグチさんに向かって一発撃った。
「ひゃっ!」
その一発はヤグチさんの足をカスっただけだった。
だけど、たったそれだけのことで、ヤグチさんはガチャガチャやっていた銃を投げ捨て、
その場にへたり込んだ。そして、手でバッテンを作って出来る限りの、
最大限の防御体制に入ったようだった。その格好は、
まるでぶたれるのを察して耳を伏せている猫のように思えて、
私は、なんだか少しかわいいなと思った。
手のバッテンのせいで顔は良く見えなかったけど、
どうやらヤグチさんは、泣いているようだった。
「……ピストル…嫌だ……ヤメテ………撃たないで……」
手の間から微かに聞こえるその声が、私になんだかサディスティクな衝動をもたらした。
私はわざと頭は狙わずに、足、腕、肩、手の指先、そんなところばかりを狙っては、
弾が当たる度にあがるヤグチさんの悲鳴に、身体をゾクゾクさせた。
その感じが、人を傷つけているという恐怖から来る物なのか、
人を傷つけているという快感から来る物なのか、私には、全く分からなくなった。
「…ピストル………恐い……イヤダ……痛い……」
私はヤグチさんの消え入りそうなその声を聴きながら、銃を見つめた。
そうか、これはピストルというのか。私も今度からそう言おう。
なんかかっちょいい響きだ。ピストル。ピストル。ピストル。
ピストルか。
ヤグチさん、素晴らしい言葉をありがとう。
サンキュー。グッバイ。ばいばい。ありがとう。さよなら。
今度は、血まみれになって猫のように丸く縮こまっているヤグチさんの頭に、
ピストルを向けた。血の飛び散ったウェイトレスの服は、すごくサディスティクだ。
たまらない。でも、恐い。自分がたまらなく恐い。キモチイイのが恐い。
私としてはこんなかわいいヤグチさんを助けてあげたい気もする。
でも、傷つけるのはキモチイイ、でも、それは恐い。
良く分からなくなってきた。
私はどんどん分からなくなっていくこんな思考を断ち切るために、
引き金をひきたくなった。でも頭を狙うとなると、やたら手が震えて、
なかなか力が思うように入らなかった。私は無理矢理、
両手でピストルを支えると、全身から全ての力を込めて引き金を引いた。
私の手の震えと、引き金を引くのに要した力の割には、
ピュンという音はあまりに軽薄に響き、あっけなくヤグチさんの頭は飛び散った。
それでも、金髪と血の赤色のコントラストは息を呑むほど美しく、儚く見えた。
ピストル。ピストルかぁ。ピストルは恐いなぁ。
なんか動きの鈍い血を吸いすぎた蚊を殺してしまったような、
そんなあっけなさばかりが、美しさとは裏腹に、私の心に残った。
私は、ヤグチさんの残骸をファミレスに残したまま、そこを後にした。
ピストルはジーンズのポケットに適当に突っ込んだ。
ファミレスの外は相変わらず、雨がざんざか降っていて、
私はまた色んなことを思い出して、気分が悪くなりそうだった。
更新終了。
>>155 募集というわけではないのですけど、
これいいな!という物があったら、突然変えるやもしれません。
飼育の短編集は今回は少ないようで、嬉しいよな淋しいよな。
募集中じゃなかったのか・・・・・ちょっと残念。
更新乙。
ん〜、先が読めないな。面白そうだ。更新まってるぞ。
更新乙〜。
age
すいません、ちょっと更新遅くなりそうです。
遅くとも今週末にはなんとかあげようと思ってはいます。
ごゆるりとお待ちくださいませ。
保全!
◇
私は雨の中を歩いた。
雨の中を傘もささずに歩いていると、やっぱり色んな事を思い出した。
家を出たこと。援交のオヤジと、ピュンという良く分からなかった音のこと。
よしこのこと。お母さんとユウキのこと。ファミレスのこと。
ヤグチさんのこと。
そんなことたちを思い出したけど、思っていたほど気分は悪くならなかった。
むしろ、なんだか今までのことが滑稽で明確な繋がりをもって、
頭の中でくねくねうねうねとしながら、私を微笑ませたようだった。
歩きながら声を押し殺してふふっと笑うと、向かいからやって来た人が、
すれ違いざま、あからさまに怪訝そうな様子で私を見つめていた。
顔は見てないがなんとなく雰囲気で分かる。そんなものだ。と私は理解している。
雨足が強まる中で立ち止まって、私は周りを見回した。
たくさんの傘たちは、相変わらず無機質にそこらへんをウロウロしていた。
私はさっきはその無感情さに怒りと孤独を感じたくせに、今度は何も感じなかった。
きっと私もこの一部なんだな、と、ただそれだけ思った。
すると、ふいに虚しくなった。私ももうこのゲームの一部か。
このゲームに徐々に組み込まれつつある自分が、嫌だった。むかついた。悲しかった。
そうして、馬鹿みたいに降り続ける雨の中で、
ただ漠然と雨に打たれているとすべてが馬鹿らしく思えた。
私はポケットに突っ込んであるピストルに手をかけた。なんだか手が震えた。
「あれ?ごっちん?」
聞き慣れた声が聞こえると同時に、肩に手を掛けられて、
私は反射的にピストルから手を離した。そして、慌てて上着の裾をぐいと引っ張った。
なんでそう思ったのか分からないけど、ピストルを、見つかっちゃいけない気がした。
「何焦ってんねん。それよりどしたん?ちょい、こっち向く。」
少し厳しくて、刺があるけど、優しい響きの関西弁は相変わらずだった。
裕ちゃんは、私があっと思うより先に、私の肩を掴むと強引に身体を自分の方に向けさせる。
私の心配に反して、不思議に、あれほど痛かった肩の痛みはいつの間にか引いていた。
私は裕ちゃんの何か言いたそうな顔を見つめる。
サラサラとした金髪。ブルーのコンタクトレンズ。真っ赤な口紅。
そして、どこか怒ってる表情。裕ちゃんは、なんだか怒っていた。
私は、なんで裕ちゃんが怒っているのか分からないけど、
昔裕ちゃんが怒ると、いつもそうしていたようにふにゃっと笑った。
裕ちゃんは私の顔を見ると、固い表情をふわっと崩すと、
髪をかきあげて昔のようにワハハと豪快に笑った。
髪をかきあげた裕ちゃんからは、あの頃と同じ香水の香りがした。
裕ちゃんが娘。を卒業してから匂うことの無かった香水の香りがした。
「ほんまごっちんはお徳やな〜。笑ったら許されるんやから。」
裕ちゃんはまだ笑いながらそう言うと、雨に打たれる私の上に傘を差し出した。
私は笑ったら許される、という言葉に引っかかりを感じたけれど、
雨がぼつぼつと傘の上で踊る音を聞くと、そのこととは関係無しに、
雨ってばやっぱり冷たいんだな、と思った。私はうつむいた。
寒くて、身体がぶるぶる震えて仕方が無かった。
そうして、しばらく傘の下でうつむいたままの私を、
裕ちゃんはさっきとは違うとても優しい目で、見つめていた。
「心配してるんやで。みんな。」
裕ちゃんは震える私の頭を優しく、まるで子供にするように撫でてくれた。
だけど、裕ちゃんが何を言っているのか、私にはまるで分からなかった。
「ごっちんが昨日からおらんくなった!ってな、みんな大騒ぎや。」
「ウチにもヤグチから連絡が来てな。」
「ごっちんの家にも行ってみたんやけど、誰もおらんし、ほんま、心配しとったんやで。」
「やからな、何か悩みとかあって、メンバーに言いにくいようならウチに相談し。」
「ウチならまあごっちんの倍近く生きとるし、今は娘。とは距離があるんやから、」
「深く考えんと、ウチに相談するんやで。」
裕ちゃんは私に語り聞かせるようにゆっくりとした優しい口調でそう言うと、
びしょびしょに濡れた私を、優しく抱きしめてくれた。
裕ちゃんの優しさには悪いが、私はよく分からなくなった。
今はゲームなのか、現実なのか。
なるほど、裕ちゃんの言う事は今が現実だと思えば大方筋が通る。
裕ちゃんは私に語り聞かせるようにゆっくりとした優しい口調でそう言うと、
びしょびしょに濡れた私を、優しく抱きしめてくれた。
裕ちゃんの優しさには悪いが、私はよく分からなくなった。
今はゲームなのか、現実なのか。
なるほど、裕ちゃんの言う事は今が現実だと思えば大方筋が通る。
だけど、それだとなんで家に誰もいないんだろう?
現実の私とゲームの私の区別って一体何なんだろう?
そもそもこの人生ゲームの仕組みはどういうことなんだろう?
疑問はたくさんあったけれど、私の震える身体を何も訊くことなく、
ただ抱きしめてくれる裕ちゃんの暖かさを無粋に返すことなんかできない。
私はやっぱりふにゃっと笑って「うん。」と答えるしかなかった。
私はこの現実めいた胡散臭さ爆発の作り物っぽさに、吐き気がした。
ゲームだろうが、現実だろうが、どうだっていい。私はもう、疲れたんだ。
更新乙。短編のやつ言われる前に見てましたよ。ネタバレレスしないで言うと すげぇーって思いましたよ。いやマジで。
( ´D`)<こうしんおつかれれす。
ぶんしょうはにがてなんれすけど
いつもたのしみにしてるのれす。
更新乙!そして保守!
裕ちゃんが抱きしめてくれること、変に優しい言葉をかけてくれることを、
私は胡散臭く感じながらも、いつの間にか安心しきってしまった。
人肌の温かさは、理屈抜きに、私の求めていたものだった。
疲れた疲れた。本当に疲れた。それでもって、なんだか眠い。
私はごく自然に目を閉じると、体重を裕ちゃんに預けた。
「ちょ、ごっちん、ちょっと待って。」
裕ちゃんの戸惑ったような、焦ったような、情けない声が聴こえて、
脳みそがぐらりとしたところで、
途切れた。
◇
目が覚めると、どこかの部屋の中だった。
部屋の中は夏なのに、ぽかぽかと暖かく、とても気持ちよくて、
あのベタベタとした不快な感じがまったくしなかった。
寝起きはいつも、身体の節々がこわばってる感じがするもので。
私は掛かっていた毛布蹴飛ばして、背伸び足伸びあくびをした。
スジがぐいっと伸びる感じが気持ちいい。
そうして、蹴飛ばした毛布をまた肩までたぐりよせると、
うすぼんやりとした部屋の中を眺めた。
部屋の中は全くといっていいほど色気というものが感じられなかった。
タンスやベッド、テレビや鏡台といった少ない家具が、少し広い部屋に、
ただ雑然とぽつりぽつり、なんの関連性も無く置かれている。
トータルコーディネートにこだわる私は、こういう部屋を見ると、
どうしてもウズウズしてくる。だって女の子だもん。
―――まず部屋全体の色調を整えなきゃいけないね。
―――ここは壁紙が白で、カーペットがベージュだから、
木の感じを基調にするのが落ち着いた感じでいいかもなぁ。
―――それにしても鏡台がピンクでテレビ台が黒ってのは、いくらなんでもちょっとねぇ……。
いっちょまえにコーディネーターっぽく、そんな評価をつけて行く。
ピンクの鏡台、梨華ちゃんはこんなの好きそうだな、と思うと、
鏡台に映った自分の顔が一瞬、梨華ちゃんに見えて苦笑いした。
もう一度しっかり鏡台を見ると、今度はしっかりと自分の顔が見えて、また苦笑いした。
窓に目をやると、ダラダラと降り続いていた雨はいつのまにか止んでいて、
そこからは黒々とした曇り空が覗いていた。暗さから言って、今はもう夕方みたいだった。
視界の端をチラチラとするカーテンの色は、趣味の悪いド派手な赤色だった。
それは私に何かを思い出させた。
カーテンの色がヤグチさんの血の色に見えた。
ちぢこまったヤグチさんの姿が私の頭を掠める。私は右手を見る。ぶるぶると震える右手を見る。
この手が、ピストルの引き金を引いて、その弾がヤグチさんの頭を吹き飛ばしたんだ。
いくらゲームと言われても、自分で自分のしたことが信じられなかった。
私は、ゲームに組み込まれていきそうな自分が恐かった。
―――あんなの、もう嫌だ。
すると、いきなり電気がついた。
黒々とした窓が鏡になって、裕ちゃんのシルエットだけが浮かぶ。
裕ちゃんのシルエットは、やたら厳かに、ゆっくりと動いた。
「ごっちん、起きたか。」
後ろからする裕ちゃんの声に思わずドキッとした。
なんでか分からないけど、また裕ちゃんは怒ってるみたいだった。
私はやっぱりいつものようにふにゃっと笑顔をつくると、後ろを振り向く。
振り向くとやっぱり、裕ちゃんは怒っていた。眉間にしわがびっしりと刻みこまれている。
おでこにはまるで漫画みたいに血管が浮き出て、目は静かに血走っていた。
これは尋常じゃない。
私はとっさにそう判断すると、無理矢理明るく、楽しそうにベラベラとしゃべった。
「おはよー。」
「裕ちゃん家に来るの初めてだな〜。」
「いいね〜。この部屋。落ち着くし。それに……」
「そうやろ。ええ部屋やろ。」
裕ちゃんはそうした私のへらへらベラベラとした喋りを、吐き捨てるような口調で切り捨てた。
そして、私の目の前に乱暴に腰を下ろすと、私と裕ちゃんは向かい合って座るような形になった。
私の目の前に座っている裕ちゃんは、何かを考えるように、じっと下をむいていた。
私はそんな裕ちゃんを前にして、ただただ固まってしまうほか、何もできなかった。
そうしてお互いにただ黙っていると、裕ちゃんは視線を上げて私の目を見据えた。
そして、低くて小さいけど威圧的な声で話し出した。
「あんなぁ、なんか、ヤグチ、死んでしまったらしいねん。」
「死んでしまった、ちゅーか、殺された。銃でな。めちゃくちゃに撃たれて。」
「ウチも詳しいことは知らんのやけど、よっさんから電話でな」
「どこぞのファミレスでヤグチは見つかったらしいんやけど、」
「そのファミレスってのが、ウチがごっちんとあった場所の近くやねん。」
裕ちゃんはそこで話を切ると、私の目を一層まじまじと見つめた。
私は顔を少し引きつらせながら、ただ、黙ってそれを返した。
「でな、いきなり寝てしまったごっちんを、ここまで運んで来たはいいけどな」
「ごっちんびしょぬれやったし、このまんまで風邪引いても困るしと思って」
「ごっちんには悪いなと思いつつ、勝手に服着替えさせてもらったんやけど」
そう言われて私はハッとした。そして、ポケットをまさぐった。
当然、そこにピストルはなかった。しまった、と思った。
私が視線を戻すと裕ちゃんは「これか?」と言って、ピストルを私の前に投げ捨てた。
急にどっと汗が流れるのを感じる。心臓がバクバクいうのを感じる。
「ウチが何を言いたいんか、分かるよな?」
分かるけど、分かりたくなかった。あれは私だったけど、私じゃなかったと言いたかった。
ヤグチさんもあれは、ヤグチさんだったけど、ヤグチさんじゃなかった。
全てが間違ってた。ここに裕ちゃんがいることも、私とこうして話をしていることも、
全部間違いだ、勘違いだ、思い違いなんだと言いたかった。
「どういうことか、説明しぃや!ごっちん!」
裕ちゃんは私の襟をつかんでむちゃくちゃに揺さぶった。
私は振られて更にぐちゃぐちゃになった頭で、何も言えなかった。
助けが欲しかった。私を正当化してくれる助けが欲しかった。
私は悪くない、そう断言できる証拠が、私から罪の意識を取り除いてくれる言葉が、
欲しかった。私の良心とは逆に、本能的にそれを求めていた。
そして私が何者か分からない誰かに助けを求めて、裕ちゃんから目をそらすと、
傍らに見覚えのあるくちゃくちゃの紙が落ちているのが見えた。
それは、あの時、よしこから貰った紙切れだった。
私は、その紙の存在を思い出して安堵した。
その紙には、私を正当化してくれる言葉が詰まっている。
だけど、そうして安堵してしまう自分が嫌だった。
そうやって自分を正当化してしまうのは嫌だった。
できることなら、裕ちゃんに、私を殺して欲しかった。
更新終了。
いつもレスしてくださる方ありがとうございます。ほんとほんと嬉しいです。
ストックも切れて、徐々に更新ペースも遅くなりつつ、更新量も少なくなりつつありますが、
読んでるだけの方も、見捨てずにまったりと読んでやってくださいね。
実はののヲタの作者より。
更新乙。
続きマターリ待ってます。
上で宣伝されてる短編も読ませて頂きましたよ。
更新期待保全。
裕ちゃんに責められて、現実に責められて、目覚めた良心の叫びは、
いくら自分で耳を塞いでも、脳の奥底まで直接響いてくる。
―――あんな紙切れの文句で自分を誤魔化して正当化するのは嫌だ。
どんなにどんなに塞いでも、自分で耳を塞ぐだけでは、
私から発せられるその叫びは骨にまで響いて、私の脳みそを揺らす。
―――このままあの紙で自分を誤魔化しつづけるより、いっそ、
―――――裕ちゃんに私を殺して欲しい。
―――――――このまま生きていたくない。そうだよね?
この馴れ馴れしい叫びからの逃亡。私一人ではそれも出来ない。
私から発せられる良心の叫びとそれに伴う痛みから逃げるには、何かの手助けが必要だった。
私の良心の叫びを、押さえ込むのではなくて、伝える神経自体を、断ち切ってしまうようなもの、
たとえば、あの紙切れのような、柔らかくて甘い、とてもキモチイイ言葉が必要だった。
良心の叫びが私を傷つけた分だけ、私は快楽を求めた。
―――私はこのままでいい。だって、良心を捨てればいいだけでしょう?
―――――痛みから逃げてしまえばいいだけでしょう?
そこで私の良心は音を立てて折れた。下手に固すぎたせいで折れた。
むちゃくちゃに私を振り回す裕ちゃんの腕を力任せに掴んで、
その眼を睨みつけると、私は目を伏せた。
もちろんあの紙を読むために。
ウザったい良心から解放されるために。
◇
さあ、ここからが本当のゲームのスタートです。
考えてください。感じてください。気をつけてください。
肩の傷はもう大丈夫です。ピストルも弾もOKです。
これからは、誰が、いつ、あなたを狙うかも分かりません。
あなたも、誰を狙っても構いません。
ウザったい奴は殺してしまえばいいんです。
とりあえず、この紙を見終わったら、まず手始めに、
今、目の前にいる人間を殺せ。
◇
その紙切れを読むと、ふいに裕ちゃんが哀れに思えた。
いやそれは、哀れという感情よりも、
足を、いたずらな子供にむしり取られたアリを見ている気分に似ていた。
むしろ、そんなアリの方がかわいそうだとさえ、私には思えた。
裕ちゃんは、今の私にとって、アリ以下の存在だ。
そう結論付けてしまうと、私は途端に愉快になった。
そして、未だに私の力任せな両手につかまれて、
わなわなとふるえている裕ちゃんに、へらへらっとした笑顔を向けた。
これは、裕ちゃんの一番嫌いな行為だ。
昔、こうして怒られたことを未だに覚えている私もすごいが、
あの時の裕ちゃんの怒りようといったらなかった。
今でも、あの時の言葉の抑揚から声色まで鮮明に覚えているぐらいだ。
「あんた!何がおかしいんや!ええ加減にしい!ウチはそういうのが一番嫌いなんや!」
娘。に入りたてだった頃の私は、何かあればいつもへらへらとしてごまかしてきた。
歌の覚えが悪いと言われても、踊りの覚えが悪いと言われても、遅刻するなと言われても、
あの頃の私はいつも、へらへらと笑っていた。感じの悪い子だった。
思えばあれが、あの頃の私の、良心の叫びからの逃げ道だった。
それが裕ちゃんには気に入らなかったらしい。
私はスタジオで歌入れの後、シャワー室に無理矢理連れ込まれて、無茶苦茶に怒鳴られた。
その時、まず最初に裕ちゃんの口をついて出たのが、あの言葉だった。
私は泣きながら、裕ちゃんに謝った。そして、夏先生やつんくさんにも、
マネージャーさんにも、ディレクターさんにも、私に関わった色んな人たちに謝った。
それから、私はへらへらとした笑いを封印した。
その代わりに、私はふにゃっとした、人の心を優しくさせる笑い方を覚えた。
ふにゃっとした笑いは、言ってしまえば、私の良心の最大限の現れだった。
そしてそれらは結局、全て裕ちゃんのお陰だった。
私はへらへらとしながらそこまでを思い返すと、可笑しくてふきだしそうになった。
私の良心を取り戻してくれたはずの裕ちゃんが、今度は私の良心を、
結果的にへし折る形になったからだ。これが笑わないでいられるだろうか。
しかも、それが一年越しの壮大な伏線となって今に繋がっていると考えると、
尚の事、私は笑わざるを得なかった。
そして、へらへらしながらワハハッと大声で笑い出した私に、
裕ちゃんはやっぱり、期待通り、伏線通りの反応をした。
「あんた!何がおかしいんや!ええ加減にしい!ウチはそういうのが一番嫌いなんや!」
私はおかしくておかしくて、また腹の底から笑った。腹筋が筋肉痛になるかと思うほど笑った。
裕ちゃんは、私のそんな様子を見て、顔を真っ赤にして、何か言いたそうに、
ただわなわなとふるえるだけだった。
そのうちに、いい加減笑いも収まった私は、一つ裕ちゃんをおちょくってやろうと考えた。
私は大袈裟に手を叩きながら、またわざとへらへらと笑って言った。
「あははっ、いや〜、裕ちゃん面白いね〜。ていうか、面白すぎ。」
「あぁ?」
裕ちゃんは眉間の間にものすごいしわを寄せたまま、ドスの効いた声で私に迫る。
おお。恐えー。
私は、客観的に、裕ちゃんが恐い、と見つめることが出来た。
私にしては驚くべき格段の進歩だった。
そして私は裕ちゃんの目を見つめると、へらへらと笑って続けた。
「裕ちゃんさぁ、そういう顔やめなよ。せっかくのキレイな顔が台無しだよ?」
「喧嘩、売ってんのか?」
裕ちゃんの言葉は冷たく熱を帯びていた。
その言葉を聴いた私はふざけて「うはぁ、恐いなぁ〜。」と言った。
裕ちゃんが拳を固く握り締めているのが見えた。
私はドキドキしていた。良心が私を突き動かすドキドキではなくて、
ヤグチさんをぶっ殺した時のようなドキドキ。
小学生の頃の、クリスマスの朝を待ち焦がれるドキドキ。
これだけ気丈な裕ちゃんの良心をへし折る。
それを考えるだけで、ドキドキとする胸の鼓動はさらに速くなった。
「ほら、もう。裕ちゃん、笑って笑って。楽しく行こう楽しく!」
「ヤグチさんのことなんて、もう関係無いよ!」
「そんなこと気にするより、今を生きなきゃダメなんだよ!」
私はハイテンションになって、裕ちゃんに熱弁した。
私の人生観を。今の私の心境を。汗を飛ばしながら熱弁した。
だけど、そうして熱弁を奮う私を見つめる裕ちゃんの眼が反抗的だった。
それは私の気にいらなかった。私はへらへらとした笑いを止めて、裕ちゃんに問い掛けた。
「楽しい?」
裕ちゃんは俯いて、固く握り締めた拳を2、3度閉じたり、開いたりすると、
急に顔を上げて、精一杯の毒を込めて、私に言い放った。
「不愉快や。」
カチンと来た。
私は床に転がっていたピストルを素早く拾い上げると、
裕ちゃんの額に押し付けて、引き金に指を掛けた。
今度は、手は、震えなかった。
「楽しいでしょ?」
私は、裕ちゃんの耳元に口を近づけてそう言った。手が震えない代わりに、怒りで唇がふるえた。
まだ言い足りなかったけど、舌がもつれた。そして、その行き場の無い怒りが更に私を駆り立てた。
裕ちゃんの洋服の襟を掴んで、押し倒す。馬乗りになる。
そうした上で、ピストルをグリグリと額に押し付ける。
こうした全てのことが、あまりに容易に行われて、私は内心つまらなくなった。
「ねぇ、どうしたの?裕ちゃん。」
「不愉快なんでしょ?」
「私がヤグチさんを殺したことに、腹立ててるんでしょ?」
「それでもって、私がへらへらいつまでも笑ってるから、ムカつくんでしょ?」
「だったら、もっと抵抗しろって。」
「ムカつくんだったら、キレてみろってば。」
私はそう言いながら、襟首をぐいぐいと締め付け、ピストルで額を打ち付けた。
そうして裕ちゃんの額から流れる赤色の血をみると、少し満足した。
そしてヤグチさんのことを思い出した。
「ヤグチさんを殺した時は、面白かったなぁ。」
「わたし、自分がまさかSっ気があるとは思ってなかったしね。」
「むしろMだと思ってたぐらいなんだけど、」
「ヤグチさんがちぢこまって、私を恐がってるのを見るのは、」
「もうワケわかんないぐらいの快感だったよ。」
私はそこまで話すと、私の手元で顔を真っ赤にしている裕ちゃんを眺めた。
顔が真っ赤なのは、私が首を締め付けていたことだけに起因するのではない。
きっとキレてるんだろう。私はウキウキした。ドキドキした。
ふいに私は自分をひどく客観的に見つめた。前にも、こんな人間を見たことがあった。
それは私じゃない。私は記憶をたどった。外では雨が降っている。ファミレス。
そして、よしこの顔が浮かんだ。
今の私は、あの時のよしこと全く同じだ。
私はヤグチさんのことを話しながら、たぶんニヤニヤしていたんだろう。
私のお母さんと弟を殺した話をするよしこみたいに。
「ねぇ。裕ちゃんだってさ。殺そうと思えばいつでも殺せるんだよ?」
「ヤグチさんみたいに、思いっきりいたぶって、殺してあげたっていいんだよ?」
「やっぱさー、それが嫌ならさー。」
「こう、謝るとか、抵抗するとか、どっちかにしなきゃ、ダメじゃん?」
そこで、私は一息ついて、また一段とへらへらっとした笑顔を作って言った。
最大限の皮肉と、挑発を込めて言った。
「その歳でマグロはかっこわるいよ?裕ちゃん?」
更新終了。
>>195 短編の方まで読んでいただいてありがたいです。感謝。
>>196 わざわざネカフェからありがとうございます。感謝。
更新乙です。
握手会裕ちゃん綺麗だったなぁ。
ここの後藤はいちいちカコ(・∀・)イイ!!なぁ
更新期待保全中。。。
俄かに、裕ちゃんの眼が確固とした意思を持って、私の目を見据えた。
その眼に覗くのは、怒りでも、反抗心でも、正義でもなく、
ただ哀れむような感情だけだった。私は理解に苦しんだ。
哀れみは、蔑みと似ている。
もちろんそこには、心からのかわいそうだなんて気持ちは全く無い。
かわいそう、という気持ちは偽善的なもので、人はその気持ちを感じるとき、
「ワタシはその人に比べるとマシだわ」とかいう無意識的な優越感を感じている。
これはきっと誰だってそうだ。誰がどんなにワタシは違うと言い張っても、
心から他人のことをかわいそうだ、哀れだと思えるのは神様か仏様ぐらいしかいない。
そして、裕ちゃんは断じて神様でも仏様でもない、
それどころか、私からしてみると、アリ以下で、どうにも出来そこないの人間だ。
それがどうしてそんな感情を含んだ眼を私に向けるのか?
その疑問に対する答えは、裕ちゃんは私よりも優越していると考えているからだ、
としか言い様がない。ピストルを頭に突きつけられて、散々な侮辱をされて、
そんな状況なのに、優越していると感じる。
それはどういうことだろうか?
私は今度は逆に裕ちゃんの眼を見据えた。
眼には一貫して、哀れみだけが覗いていた。
前にも思った通り、私はあの時のよしこにそっくりだったけど、
裕ちゃんは、あの時の私にはあまり似ていなかった。
私はまたイライラし始めた。裕ちゃんの哀れむような眼が気に入らなかった。
ヤグチさんのように、私を恐れて欲しい。やめて、と懇願して欲しい。
どうしたら私を恐がってくれるの?
どうしたら私を気持ちよくさせてくれるの?
そうするには、もっと裕ちゃんを追い詰めなきゃいけない。
よりすがれるような物を取り払ってしまわなければいけない。
そうして、私がピストルを握る手に一層力を込め、裕ちゃんの眼を見据えると、
裕ちゃんが苦々しく口を開いた。
「可哀想やなぁ。惨めやわ、ごっちん。」
「ウチの知ってるごっちんは、もっと可愛くて、優しくて、ええ子やったで。」
「……ほんま、そうやわ。昔は、良かった。」
裕ちゃんはそこでフフッと自嘲的に笑うと、続けた。
「どしてこんな風になってしまったやんやろな。」
「ウチが娘。抜けてから一体何があったんやろな。」
「なあ、ごっちん。何があったんや?ウチに話してみ。」
「前も言うたやん?ウチはごっちんの倍近く生きとるんやし、何でも相談してええんやで。」
そう言って私の目を見つめる裕ちゃんの頭を、私は、ピストルの握りのところで、
何度も何度も殴った。殴っても殴っても、殴り足らなかった。
そして、頭からダラダラ血を流しながらぐったりしている裕ちゃんを見ると、
悔しいながらも、笑いが込み上げて来た。
「話すことなんてあるわけないじゃん。」
「だって、こんなの全部ゲームだよ?みんなそうなんだよ?」
そう言いながら、私の内側に何か込み上げて来るものがあった。
それは、さっき捨てたはずの物、折れてしまった私の良心。
又再び良心に縛られてしまうのは、この上ない恐怖だ。
だから、それを振り払うように、私は叫んだ。
「そうだと思わなきゃ出来るわけないじゃん!」
私は、こちらを呆然と見つめている裕ちゃんの、ぽかんと開け放した口の中に、
ピストルを突っ込んだ。
ここで撃てば、私は真に強くなれる。良心から完全に解放される。
そうは思うものの、手がやたらにぶるぶると震えて、全く力が入らなかった。
そして、裕ちゃんの私を見る眼が、私の撃とうという意志を削いで行った。
ヤグチさんに対して出来て、どうして裕ちゃんに対して出来ないことがあろうか。
私はそう自分に喝を入れながら、ピストルを両手で握る。
それでも、引き金はびくともしない、ピストルはぶるぶると私の手の中で踊るばかりだ。
撃てない。
裕ちゃんの視線が私に突き刺さる。裕ちゃんの言葉が今更、私に突き刺さる。
ふいに身体中の力が抜けた。私はもうダメだ、と思った。
裕ちゃんの口の中からピストルを抜き出すと、
それを素早く自分のこめかみに当てて、眼を瞑った。
握る手に力を込める。手は震えない。引き金を引く。
「何するんや!ごっちん!」
裕ちゃんの声が遠くに聴こえた。そして、
バンッ
何故か後ろの、遠くの方からピストルの破裂音が聞こえた。
眼を開けると、額から上の部分が真っ赤に消し飛んでしまった裕ちゃんがいた。
私は自分のピストルを確認する。銃口は私のこめかみに当てられていて、引き金は引かれている。
「OH!ドラマティックな展開だねー!」
後ろから例の聴きなれた声がした。私はまたあいつかと思うと、反吐が出そうになった。
私の目の前で、額から上が真っ赤に消し飛んだ裕ちゃんがゆっくりと倒れて行く。
それがなんだか、すごく悲しくて、少し涙が出た。
裕ちゃんがドサッと床に倒れる音と共に、私は後ろを振り向いた。
「ちぃーす。お待ちかね。吉澤ひとみさんだよー。」
そこには、右手にピストルを持って、左手で軽く敬礼をしながら、
人懐っこい笑顔を私に向けるよしこが居た。
私は少し出た涙を拭いながら、やっぱりこないだと同じ質問をした。
「ねぇ、よしこってさ。何なの?」
そうするとよしこはやっぱり、ちょっと偉そうに胸を張りながら答えた。
「何って、失敬だね、きみぃ。私は、吉澤ひとみだよ。よ・し・ざ・わ・ひ・と・み。」
「そういうこと訊いてるんじゃねーんだよ。」
そう言ってケラケラ笑うよしこに私は毒づいた。
精一杯毒づいたつもりだったけど、よしこはそれを全く意に介さない。
「まあ、ここじゃコレが臭いし、なんだから、外出てお話しようよ。」
よしこはそう言いながら裕ちゃんを蹴り上げた。裕ちゃんの身体がぐにゃりと不自然な格好に曲がった。
私はよしこに殴りかかりたい衝動を抑えながら、大人しくよしこの後をついていった。
だけど、私は大人しくよしこの後について行きながら、自分の右手に握ったピストルを見つめて、
外に出たらこれでよしこのことをぶん殴ってやろうと思った。
更新終了。
レスありがとうございます。最近更新が遅くて申し訳ないです。
もう愛想つかされたかも知れませんが、どうかまったりと読んでやってください。
n日までには一区切り付けたいと思っております。
中澤・・・・やっぱ一筋縄ではいかないのか
後藤の葛藤がいい感じで書かれてて入り込んじゃう
更新乙です
更新遅くても、ちゃんと待ってますよ〜
てst
更新期待保全
test
よしこが野暮ったい鉄の扉のノブをひねると、身体にまとわりつくような、
夏特有の生ぬるくて気持ちの悪い風が、扉の隙間から吹き込んできた。
私はこの湿気を帯びた風の匂いも、肌触りも、全てが嫌いだった。
だからその風を身体に受けると、私は反射的に身震いをした。
そして、ピストルを握る右手にギュッと力を込めた。
――――全力でぶん殴ってやるよ。よしこ。
人を全力でぶん殴るには少しの助走距離がいる。
裕ちゃんのカタキを討つチャンスは、よしこが扉を開けきった瞬間。
その瞬間に、全身全霊全体重をかけて、このピストルでよしこの頭を、
ぶん殴ってやればいい。思いっきり、ぶん殴ってやればいい。
今までの全ての怒りを込めて、ぶん殴ってやればいい。
そうして私は、また右手に力を込める。
だけど、すぐそこまで迫っているはずのチャンスはなかなかやって来なかった。
私の目の前に居るよしこは、ドアのノブに手を掛けた姿勢のまま、
なかなか動こうとせずに、もったいぶった風に髪をかきあげた。
ふぅ、とよしこの軽い溜息が聞こえた。
「ねえ、ごっちん。」
よしこはやっぱりノブを握った姿勢のまま、私に呼びかけた。
思わず私は身を硬くした。その声はなんとなく、あきれの色合いを含んでいた。
「あのさ、私がさ、このドア開けたらさ、」
「そのさ、右手に持ってるさ、銃でさ、」
「私のこと、殴ろうとか思ってない?」
そう言ってよしこが振り返ろうとする前に、私は行動に出た。
今の状況で出来る限りの勢いでもって殴りかかる。
悟られてしまっては仕方が無い。どんな結果に出るにせよ、私は、
裕ちゃんのカタキを、よしこに対する反抗心を、形として示してやりたかった。
ドンッと鈍い音がした。鳩尾に食い込む鈍い痛みがした。一瞬たってから、
喉の奥の方から込み上げてくる激しい吐き気がして、私は、
その吐き気を抑えることが出来なかった。
私の鳩尾に食い込んだよしこの左腕は、そのまま倒れこむ私の身体を、
優しく抱えると、よしこは扉を身体で押し開けて私を外へと連れ出した。
よしこの馬鹿力で殴られた鳩尾は、また痛みをもって胃を刺激して、
私は吐いた。
この吐き気は、このゲームに対する嫌悪感。
そして、この私の胃から吐き出された黄色くてすっぱい液体は、
私と裕ちゃんと、私たち二人の溜りに溜まった涙の代わりに思えた。
「きったないなぁ。もうねぇ、あんまり世話焼かせないで欲しいんだけどねぇ。」
よしこはそう言って、自分の腕に抱えられている私の顔をチラッと見た。
私はカチンと来て、よしこの腕を振り払う。こんなよしこの腕に支えられているのは嫌だった。
このゲームに完全に組み込まれて、私たちを陥れて行くよしこが、嫌だった。
前からそんなことは分かっていたけど、改めて、嫌だと思った。
それでも結局、私は、このよしこに何も示すことが出来なかったんだと思うと、
闇雲に悔しくて、悲しくなった。すると今度は、ちゃんとした涙が出てきた。
涙を流すと、鳩尾が痛んだ。裕ちゃんも泣いているんだ、と思った。
そして、鳩尾を殴られた痛みでふらふらしながら、廊下の手すりに身を預ける。
雨は止む様子も見せずにザーザーと降っている。雨の匂いがする。
悔しい悔しいと思う頭の中に、また、あの疑問が浮かんで来た。
「……ねぇ、よしこ。」
喋ると少し、鳩尾がキリキリと痛んだ。
それでも、どうしても、今、訊かなくちゃいけないと思った。
よしこの方を振り返ると、私には、その時のよしこの顔が、
何故か、ひどく申し訳無さそうに見えた。
「あんたってさ……何なの?」
私に腕を払われてから、よしこは、壁にもたれて俯いていた。
そのよしこの表情は、私に何かを期待させた。
よく分からないけど、私にとって良いことのような、
そんなことを私に期待させているような気がした。
よしこは自嘲的に笑うと、いつもみたいな舐めた返し方はしなかった。
「私はね。……このゲームの参加者の一人、かな?」
私とよしこは降り続ける雨を見つめる。さっきは思わなかったけれど、
この雨の匂いは懐かしい匂いだと思った。
「知りたいんでしょ?このゲームのこと。」
よしこは優しい顔をして、廊下の地べたにベシャっとつぶれるように座ると、
自分の隣を手で叩いて、私もそこに座るように促した。
よしこの瞳を見ると、妙に懐かしい、いつものよしこの人懐っこさが覗いていた。
そして私も、ソコによしこと同じように座った。
昔、女子高生なんかがこうやって街中の地べたに座ってるのを見ると、
当時中学生だった私は、なんかみっともないなぁと思っていたけれど、
背中に伝わる、廊下の壁のひんやりとした温度が、妙に気持ち良かった。
◇
まあ例えば、今の立場から自分の人生の過去を見渡すとさ、
あれは運命だったとか、必然だったとか思うじゃん。
ロマンチックな発想かもしれないけどさ、思い出ってさ、そんなもんじゃん?
まあ、よーするに、人生ゲームはそんな感じな、ゲームなわけよ。
私の言いたいこと分かる?
よーするに、よーするにだよ。
人生ゲームのシナリオは、全部決まってるんだよ。私のも、ごっちんのも。
◇
よしこはなんだか難しい話をした。
私に分かったのは、この人生ゲームのシナリオは、もう決まっていて、
私やよしこはそのシナリオを忠実にたどり、演技しているだけに過ぎない、ということ。
そして、このゲームの黒幕がよしこでは無い、ということだけだった。
すると私の頭の中に、また新たな疑問が生まれた。
「じゃあさ、このゲームの目的は何なのさ?」
不思議だった。決まりきったシナリオをたどるだけのこのゲームに、何の意味があるのか。
私は愚痴るように、よしこにそう訊きながら、思い出してみる。今ままでのことを思い出してみる。
――――人生をかけて遊ぶゲーム
――――このゲームは……新しい人生をすごしてもらうというゲームです。
――――あんたはこの人生ゲームに参加した時点で、こうなる運命だったわけだから。
サヨナラだよ、ごっちん。じゃあね。バイバイ。
――――矢口真里を殺せ。
――――今、目の前にいる人間を殺せ。
分からない。新しい人生を過ごす?運命?サヨナラ?よく分からない。
よしこの行動の意味も、よく分からない紙切れの指示の意味も、分からない。
よしこが私にしたこと、それは果たして意味があるのか?
紙切れの指示、それは果たして意味があるのか?
決まっているシナリオなら、そんなもので私を惑わせて、何の意味があるのか?
よしこは私を殺したかったんじゃないのか?私はこのゲームに何を求めていたのか?
裕ちゃんはどうして、死ななきゃいけなかったのか?
私が死ぬべきじゃなかったのか?それも全部決まってたとでも言うんだろうか?
分からない、疑問符だらけの私の頭に、すっと入り込んでくる声があった。
それはよしこの愉快そうな声。むかつきもするし、安らぎもする、不思議な声。
「目的?じゃあさ、ごっちんは、人生に目的があるとか思ってるわけ?」
その声に引き戻されて、私はよしこの目を見つめた。
よしこは、まっすぐで、ウソイツワリの無い、本当にキレイな目をしていた。
「私はさ、人生は目的を探し続けるものだ、とか偉そうなことは言わないよ。」
「だけど、人生って、楽しければいいと思わない?」
「だからさー、人生ゲームもそうだと思うんだよね。私は。コレ、個人的見解。」
そう言うと、よしこは人差し指をピンと立てて、偉そうに2、3度振ると、
私の顔を見つめて言った。
「私の言ってること分かる?」
「よーするに、楽しければいいんだよ。目的とかじゃなくて。」
よしこはいいさ、自由気ままにやってりゃいいんだから、
私を殺そうとしてみたり、ヤグチさんを殺せとか言ってみたり、
裕ちゃんのことを殺したり、それでもって、その死体を蹴飛ばしたり。
それがよしこにとっては、楽しいんだから、よしこはいいさ。
私はどうだ。私は確かに望んでこのゲームに参加したようなもんだ。
だけど、私はよしことは違う。このゲームに楽しさを見出せなかった。
ヤグチさんを殺した。だけど手が震えた。裕ちゃんを殺そうとした。
だけどダメだった。自殺も出来なかった。そして悩んだ。分からなくなった。
ちっとも楽しいことなんか無い。悩んで悩んで、苦しいばっかりだ。
ヤグチさんを殺したときのことを思い出して、自分自身を嫌いになるばっかりだ。
それに加えて、この一連のシナリオは決まっていた。
私が悩もうと、悩むまいと、この一連のシナリオは決められた通りに、
消化され、演技されていた。なんだこんなゲーム。作り物じゃないか。
現実以上に作りこまれて、私の嫌いな、予定調和じゃないか。ふざけんな。
「でね、ごっちんにはあんまり深く考えて欲しくないんだけど」
「とりあえず、このゲームを滞りなく続けるべきだよ。」
「シナリオは決められてるって聴いて、くだらないとか思うかもしれないけど、」
「それでも、投げちゃダメだよ。」
俯いてブツブツと一人の世界に入ってしまっていた私に、よしこは優しい声で語りかけていた。
私はその時、自分の殻に閉じこもりすぎて、よしこの救いを求めるような視線に、
気がついてやれなかった。よしこは私に語りかけてるようで、自分自身に語りかけていた。
「あーあ、私も疲れちゃったな。」
よしこはそう大きな独り言を言った。
その独り言は、完全に自分の思考に閉じこもってしまった私を、少なからず意識していた。
「私もさ、このゲームが楽しいってわけじゃないんだよね。」
「ごっちんにはそこを分かって欲しかったな。」
「私だって、悩んだんだよ。苦しかったんだよ。」
よしこはもう何を言ってもどうしようもない私に向かって、
もう一度優しい笑顔を向けると、意味深な溜息をついた。
「頑張れよ。ごっちん。」
ガチッ。と、私の隣で、どこかで聴いたことのある音がした。
その音に、少しだけ現実に引き戻された私が隣を振り向くと、
ゲキテツの起こされたピストルを口に差し込んでいるよしこがいた。
よしこは振り向いた私をチラッと見て、ウィンクを一つすると、引き金を引いた。
今までで一番大きな銃声と共に、よしこは廊下の壁に盛大で、真っ赤な花を咲かせた。
私はそれを見て、またしてもやってしまったと思った。また涙が出た。
この涙は、私と裕ちゃん、それとよしこの、3人の涙なんだと思った。
私は涙を拭い、よしこだったモノが握っているピストルをもぎ取ると、
雨の振りつづけている外へと駆け出した。
時間が無い。
私は雨に打たれるのも構わず、水溜りがハネるのも構わず、全力で走った。
早く、あのファミレスに早く行かなくちゃ、間に合わなくなる。
何が間に合わなくなるのか、よく分からなかったけれど、
私はとにかく急がなくちゃいけないと、感覚的に分かった。
今なら、シナリオの決まった人生ゲームの中を生きてきた、
よしこの気持ちが分かる気がした。
こんなに苦しいもんだとは、思わなかったよ。ごめん、よしこ。
更新終了。
すいません、えらく間が空いてしまいました。
色んな都合で来年の頭までには、なんとか終わらせようと思います。
量と頻度は増えると思いますので、それまで、お付き合いください。
>>225 ほんと嬉しい、励みになります。ありがとうごさいます。
>>226 もう、ただただ感謝です。ありがとうございます。
>>227-
>>229 保全ありがとうございます。ぼちぼちヤバイですね。
245 :
sage:03/12/23 12:36 ID:5NIzEksO
test
更新おっつー
保全しまー
恐いので自己保全。早目に更新しようと思いつつも、
あんまり展開が浮かばなかったり。
でも、どのみち、終わりは近うございます。
一応ホゼン
ほ