右足の斜め上方15cm辺りにあった
小さな砂質の岩に狙いを定めると、
辻希美は、軽く持ち上げた右足を
正確にその上に渾身の力を込め打ち下ろした。
満足を感じられる若干の抵抗感の後、
ソレは、砕け、さらさらと崩れ落ち始めた。
希美の視線は、尚もソレに固定されていた。
文字通り粉砕されたその流域の中に、
若干、未だ破壊しきれていない大粒のモノが幾つか混じり、
まるで、嘲るように、ゆっくりと転がり落ちていった。
(くそっ・・・ くそったれぇ・・・)
今日何度目かの大きな舌打ちをした時だったろう。
静寂に包まれたこの森に、似つかわしくない
非創造的な大音響に顔を上げた、希美の眼に映ったのは
大きく跳ね上がり、攻撃的かつ芸術的な放物線を描き
襲いかかる己の頭部の数倍はある巨岩だった。
一瞬、崖上に見知った顔が、昔よく見せていたような
追い詰められた表情を浮かべていたような気がしたが
希美には、それ以上認識を深める時間は存在しなかった。
(・・・もう、あかんで。限界や・・・)
加護亜依は腹を据えた。
−これ以上距離を詰められると、万が一の時に対処出来なくなる。−
無論、今の距離なら絶対大丈夫という訳ではないが、
遠目ヨーダのような怪物の方は銃器らしきものを携帯しているので
あまり近づかれては、決定的な状況になりかねない。
勿論、いざとなれば距離を詰めると言う策もあるのだが、
向こうは豚人間も居るし、2対1は決して望ましい状況ではない。
(・・・くっ、どないしたらええんや・・・)
我慢しきれずに、亜依は銃を抜いた。
左手を右手に軽く添え、十分に反動に備えた後に、
上体を大きく使い、腰を若干捻り、豚人間に狙いを定め様とした。
それを契機に二匹の様子が、にわかに混乱し始めた。
ヨーダが銃に、緩慢に手をやりかけたのを見て、
亜依は慌てて上体をヨーダの方に向き直そうとした。
はっきりしない、むしろ誘う様な緩慢な二匹の怪物の動き。
不十分な彼我の距離と、緩慢だが着実なその更なる消失。
そこが我慢の限界だった。
亜依は無意識の内に人差し指を引き絞っていた。