掌は盛大に汗にまみれていた為に、岩の表面の黄土色に近い砂の粒子で
芸術的な化粧を施されていた。
何度目か、岩を軽く押してみては、その振幅幅、重量、材質、配置。
紗耶香は、それが、ある目的に使用可能であるという確信を高めていた。
眼下には銀ヘルメットが小刻みに動きながら滞留していた。
(・・・何を苛立ってるの・・・ くっ・・・ こっちだって・・・)
銀ヘルメットは、まるで水面に漂うカラフルな浮きの様に
地味過ぎる森の光景には場違いだった。
(・・・明日香は ・・・彩だって ・・・何を ・・・私だって・・・)
ゆらゆらと動く銀ヘルメットは、時折リズミカルに沈み込んでいた。
紗耶香は、視界一杯に広がるほどの銀色のソレに吸い込まれそうだった。
(・・・く、私の方がムカツイテルンダ・・・ クソ・・・ クソォ・・・
アスカノ・・・ アヤ・・・ カタキ、カタキ、カタキ、 シ、シ、シ・・)
紗耶香の全力の助力を受け、ゆっくり傾ぎ、遂に臨界点を越えたそれは、
経路と己自身に副次的な破壊をもたらしながら、
一直線に狙い定められた標的に向かって落下していった。
前を歩いていた後藤が突然立ち止まったので、
保田圭は思わず大きくなったその背中に飛び込むところであった。
後藤が森の中央方向を見て一瞬眉を顰めたのを、
圭は見逃さなかった。
− ううん、何でも無いよ。 何か音が聞こえたような気がしただけ・・・ −
髪を風に泳がしながら、圭の質問に明るく答える後藤の、
僅かに突き出し気味の唇を、その上の特徴的な可愛らしい鼻が、
小刻みに落ち着き無く動き続けているのを、
圭はじっと眺めていた。
(・・・ははは、昔から本音を言ってない時の後藤の癖はソレだね。
そんなところは変わらないんだ・・・)
些細な発見が妙に嬉しかった。
横を見れば、相変わらず延々と続く壁、壁、壁。
それは圭に、この永劫に続くかと思われる閉塞感の中で、
極めて貴重な息継ぎを提供してくれたのだ。