割鐘を叩く様な音が部屋中に響き渡っていた。
視界は歪み、滲み、霞み、目の前のボタンは
まるで漫画の毒キノコのような
滑稽な不吉さをその全身に醸し出していた。
呼吸をする度に胸の奥で何かが悲鳴を上げていた。
楽になろうと、呼吸を早めたが
早めた呼吸を元に戻せなくなっている事すら
高橋愛には自覚できなかった。
(・・・霧が ・・・邪魔。邪魔。邪魔。
・・・霧?霧だったっけ? くっ、解らない。邪魔。邪魔。邪魔なの・・・)
沈黙を続けていたモニタが、唐突に後藤を映し出した。
画面右端に映る歪みの向こうのその姿が無性に懐かしかった。
(・・・負けない。負けない。負けられない、負けたくないよ・・・)
画面を凝視する愛の頬を額から雫がつたい落ちていった。
ボタンの僅かに上で意図していないのにカタカタと小刻みに震える自らの腕が
あまりにも頼りがいが無く、他人のものに見えた。
後藤が、ゆっくりとクリスタルに向かって手を伸ばした始めた時、
保田圭は、我知らず唾を飲み込んだ。
圭は、それが思ったより大きい音を立てたと知覚していたので、
慌てて後藤の表情を伺ったが、
後藤のその若干翳った表情は一向に変化する様子を見せなかった。
肌寒さを感じさせる光景の中、
クリスタルに向かって、ゆっくりと伸びていく
微かに日に焼けた後藤の腕がしなやかさが、
圭は、妙に気恥ずかしかった。
触れるか触れないかの所で、後藤は頭を振り始めた。
それでもクリスタルに一応一旦触れる事は触れたが、
ソレを取り上げようとはせず。ポツリと言った。
− やっぱり駄目だよ・・・ −
圭は、自分の頬が若干熱を持っていることを自覚していた。
後藤にソレを取る気はあるのだが、何かを警戒していて
ソレを取ることが出来ないのだ、と判断した瞬間、
後藤の言葉が終わるや否や、圭は横合いから手を伸ばした。
圭は、まるでソレを後藤に取ってやれば、
このおかしな照れくささが振り払えるかの様な気がしていた。