安倍なつみが、ソレを取り上げた時、
中澤裕子は、思わず声をあげかけた。
まるで空間が突如牙を向いた様だった。
数度響き渡った乾いた打撃音と同時に、
眼前数mの所にいた飯田圭織の身体が宙を舞い、
酷く不吉なダンスを演じながら、
ゆっくりと地面に崩れ落ちた。
奇妙に規則正しい数秒間隔で、
飯田の身体は地面の上で、尚ダンスの続行を試みていたが、
やがて徐々に動きを緩慢にダンスをフェードアウトさせた。
裕子は、振り返った安倍と顔を見合わせながら、
ただそれを呆然と眺めているしかなかった。
自分の鼓動がやけに耳につくことが不思議だった。
飯田の極限まで見開かれた動かない瞳を見ていると
まるで自分がそこに吸い込まれていくかのようだった。
モニタの中の安倍の手元がズームインされ始めた。
高橋愛はボタンの上に伸ばした手に神経のフォーカスをセットし
モニタの中の安倍に視線を走らせた。
(・・・負けたく、負けたくない。)
同期の中で負ける訳にはいかなかった。
その後の経過がどうであれ、同期の中で、加入したその時から
己が一番優れてい続けていると言うプライドが愛の拠り所だった。
そこだけは絶対に譲る訳には行かないのだ。
何が原因であるのか異常に気分が高揚していた。
すうっと視野がモニタのみに限定され、
時折起こる筋肉の僅かなひくつきが奇妙に気になった。
掌や腋、背中の表面を零れ落ちる汗の量、軌跡までも
知覚できるほど感覚も鋭敏になっていた。
無意識に喉の渇きを癒す為、愛が僅かに唾を飲み込んだ時
安倍の手に動きが起きた。タイミングを図り、その動きを追い、
生涯最高の大胆な正確さで、愛は自らの腕に力を込めた。