亜依はソレが急速に温もりを失っていく事に気がついていた。
ソレが何かの意思を持って亜依の手を掴んだ時、
もはや恐れは無かったし、あえて振りほどこうともしなかった。
ソレは震えながら、亜依の手に微かな刺激を与えていた。
亜依は一瞬戸惑ったが、ソレが何か意味をもった文字を
書こうとしていることにすぐに気がついた。
そして、その意味を一字一字追いようやくソレの正体と
穏やかならぬ状況に僅かながら触れることが出来た。
(エリ・・・ アイ・・・ エリ、エリ、エリ、エリ・・・)
その指が力尽き、亜依の手から崩れ落ちた時、
ヘルメット越しで拭うことも出来なかったが、
亜依は溢れる涙を止めることが出来なかった。
震える覚束ない手つきで
温かみの感じられなくなってしまった亀井の目蓋を閉じながら
亜依は無意識のうちに痛いほど奥歯を噛み締めていた。
この辺りでは、その壁際の隘路であるという特性上
殆ど無風であったが、それでも時折巻き込むように吹き降ろす風が、
保田圭の頬を緩やかに撫でる事が在った。
(たくっ、世話が焼けるなぁ・・・
何で私がこんな探偵みたいな真似をしないといけないのよ・・・)
圭が後藤の跡を追うのは、さして苦にはならなかった。
最初に出てきた建物脇に戻った時には、
建物壁際の藪は、乱雑ではないにしろ、隠し様も無く
明らかに、そこに侵入者があったことを雄弁に物語っていたのだ。
その慎重な進路の取り方、
几帳面に一人余裕を持って通れる程度に折り倒された雑木、
大胆なんだか繊細なんだかわからなさ加減が、
圭に後藤真希を確信させた。
凄く度胸があって、殆ど何でもこなせる割には、
酷くナイーブで、何処か世話を焼かずにはいられない・・・
付き合いも長く圭自身そんな後藤を
ある程度理解していると思っていたし、
後藤の方も何かにつけて、ことある時は圭を頼ってくれていた。
もう一人の大切な友人とは別の意味で、
何だかんだ言っても、圭にとって後藤はかけがえのない友人だった。
亜依は気の向くままに歩きまわった後に、
目的とした地形に近い、僅かに開けた草地に出るとその歩みを止めた。
少し湿り気を帯びた緩やかな風が、
ヘルメットからこぼれている長い髪を揺らした。
邪魔そうにヘルメット付の頭を軽く振ると、
腰のホルスターの銃を抜いた。
ヘルメットがどうやっても脱げそうに無いのは、
既に何度も確認した。「脱ぐな」ということは痛いほど解った。
次は物々しげな銃だ。
両手を使って、銃口からグリップ、安全装置?に至るまで
じっくりとソレを検分する。
(・・・なるほど。 「見た目」と同じの様やわ。)