「うぉぉおおおおああああぁぁぁぁあああ!!!」
狂ったような叫びと共に、男の下忍は逆手に持った短刀をユキ目掛け突き下ろす!!
そしてその切っ先は確実にユキを捕らえた!!
・・・筈だった。
何と、短刀の切っ先が捕らえたのはユキではなく、屋内の柱であった!
「な、何ぃ!?馬鹿な…!!」
柱から力任せに短刀を引き抜き、男の下忍は周りを見回す。
「どこだ!…奴はどこに・・・…ぐ!!?」
突如、彼の背中に衝撃が走った!その痛みとも言える衝撃に、彼の顔が苦悶に歪む。
ユキは寸でのところで敵の刃をかわし、
残像を残して彼の背後に回り込んだのである!
この刹那に、女の下忍は息を呑んだ。
「…兄者!!」
どうやら彼ら二人は兄妹のようだ。
徐々に生気を失っていく兄下忍の顔色を凝視できずに、妹下忍は顔を覆う。
一方のユキは、その兄下忍に止めを差す。
「忍法…朧(おぼろ)分身……!!」
柄も通れよと、深々と兄下忍の身体を貫くハヤカゼの刃。
やがて、ハヤカゼの鍔(つば)が兄下忍の背中に密着したと同時に、
兄下忍は息絶えた。
「…っきしょおおおおお!!!」
目の前で兄を殺された妹下忍は、我を忘れてユキに闇雲に斬り掛かってゆく。
ユキは妹下忍の狂ったような動きの刃をかわし、その短刀を払い落とした。
「やめろっ!!」
そのままユキは、妹下忍の腕を後ろに回して押さえ込んだ。
「くそっ…殺せ、殺すなら殺せぇ!!
兄者を亡くしては…最早生きてはおれぬ!!」
なおも抵抗を続ける妹下忍。そんな彼女にユキはこう語り掛ける。
「そうか・・・知らぬこととは申せ、兄を殺めてしまったことは詫びよう。
だが、お主も忍びなら、たとえ相手が何者であれ、己を妨げる者は討たねばならぬ!!
お主も辛いが私も辛い!!まして私もお主も、その忍びの悲しい宿命を負った同じ女・・・!!」
忍びの掟、宿命のためなら非情にもなるユキも、元を糺せばひとりの女であった…。
だが、その彼女の呼び掛けに妹下忍、いや、女下忍は決して応えようとはしない。
「ふざけるな!敵に情けを掛けられるくらいならあたしは…!!」
そう吐き捨てるように叫んだのを最後に…女下忍の動きが止まった。
舌を…噛み切ったのだ…。
「・・・・・・。」
改めて、忍びの道の過酷さを思い知らされたユキは、
この二人の名も無き不幸な兄妹を先程の鳩同様に手厚く葬った。
「まだまだ甘いかな、私も…。」
溜息と共に寂しくこう漏らしたユキの頬を一筋の涙が伝う。
恐らく身寄りがなかったのであろう。道を踏み外さねば、いつか幸せになれたかもしれないのに…。
ユキは、彼らの冥福を祈った。
と・・・
店の中から呻き声が聞こえてきた。
どうやらこの茶店の本当の店主たちらしい。
ユキは店内外を探し回り、
裏手に縛られていたところを見つけ出して彼らを助けた。
「はぁ、はぁ・・・いやぁ、助かりました…。」
店主は深々と頭を下げて、ユキに感謝の意を表した。
更にそこへ・・・
「ユキさぁ―――――ん!!」
ユキに呼び掛ける若い娘の声と蹄の音が。
「・・・!お美和さん、叔母上!!」
二人〜いや、「一人と一頭」と言うべきか〜はユキの身を案じて引き返してきたのだ。
ハヤブサオーから降りてユキに駆け寄るお美和。
ハヤブサオーもまたお順の姿に戻って(変じて)、三人でお互いの無事を喜び合った。
「ところで…ユキさん、この方たちは?」
「ああ、本物の茶店の人たちだ。
もう心配はいらない、改めて腹ごしらえを致そうぞ!」
「はい!!」
かくして三人は、改めて茶店の者たちが丹精込めて用意した
茶漬けと水をご馳走になり、気力と体力を取り戻したのであった。
尚、代金は店の好意によって免ぜられたことも書き記しておこう。