所変わって、こちらは某藩城跡・血車党の本拠地。
その頭領の間に入ってきた一人の奇ッ怪な人相の男。
「おかしら様。物見よりの報せによりますれば、あのユキとか言う小娘め、
どうやらただ今土佐の高知に身を潜めておるとか…。」
物見の乱破(らっぱ。密偵の役目をする忍者のこと)を使ってユキの素性
(初対面時は嵐に化身するくノ一が何者かを掴めていなかった)とその行方を探り、
“おかしら様”に報告した、頭蓋骨が半分露わになっているこの男、嵐=ユキによって
辛酸を舐めさせられた血車党の前線指揮官で、名を骸丸(むくろまる)と言う。
「何、土佐の高知とな?」
「はっ、恐らくは亡き父母の墓参のためと…。」
髑髏の鉄仮面に西洋風の甲冑姿の頭領・血車魔神斎の問い返しに、骸丸は更に事の詳細を報告する。
「しかも奴め、父母を殺した仇を捜して旅をしておるとも聞き及んでおります。」
「そうか。」
報告を続ける骸丸。その彼の報告を聞き、魔神斎の眼が邪まに光る。
「それならば…骸丸、近う寄って耳を貸せ。」
「?…は、はぁ…然らば、ご無礼仕りまする…。」
おかしら様は一体何を思い付かれたのか?不思議に思いつつ骸丸は魔神斎の前に歩み出た。
その骸丸に、今思い付いた策をそっと耳打ちする魔神斎。
「!・・・おお!それはご名案!!流石はおかしら様、お見逸れ致しました!!」
「じゃが骸丸、この策、活かすも殺すもその方次第ということを決して忘れるでないぞ!!」
「ははー!肝に銘じまする…。」
魔神斎から一計を授けられた骸丸は、早速支度に執りかかった。
数日後・・・
ユキの生まれ故郷の村に辿り着いた三人は、
ユキの父母が弔われていると言う寺に向かった。
と言っても、ユキの生まれた村には、寺は一つしかない。
この寺に、この村で死んだ者たちが、村内外を問わず葬られているのである。
「いよいよですね、ユキさん、お順さん。」
「ああ、あのお寺に父母が弔われている筈だ。まずは此度の免状のことをご報告し、
父母を安堵させねば。」
「私も、兄を失った辛さは深うござりまする。ユキと共に、兄を殺めた仇をこの手で…!」
仇討ちの本懐を間近に向かえ、ユキとお順の心は高潮していた。と、その時…
“ぐぅううぅ〜〜〜…”
誰かの空腹を告げる物と思しき、けったいな音が鳴り響いた。
「?…あれ?」
ユキは忍びなので、ある程度の空腹には耐えられる。
となると・・・腹を空かせたのはお順か、お美和か?
「ごめんなさい…ちょっとお腹が…。」
決まり悪そうに苦笑いしながら告白したのはお美和であった。
「そうか…ここのところ、殆ど飲まず食わずで急ぎ足に付き合わせてしまったからな。
お美和さん、済まない。」
「いえ、いいんです…。」
「茶店を捜して、そこで一休みしましょう。」
三人は茶店を捜すことにしたが、この広い農村、家同士が隣り合うと言っても
数間も離れているような村である。そんな環境のもと、茶店一軒を捜し出すのは
殆ど至難の業に近い。
方々を歩くうちに、お美和の顔に疲労の色が見え始めた。
お順もまた、お美和ほどではないものの、空腹から徐々に元気がなくなりつつあった。
「ん〜〜む…困ったな。」
流石のユキも、腕組みをして考え込む有様であった。
「・・・!?そうだ、あれがあったではないか!!
何故早うに思い付かなんだか、ユキの愚か者め。」
ユキは「あること」に気付き、己をなじった。
そして彼女は、己の懐に手を遣り、何かを探す。
「おお、これこれ。」
そう言ってユキが懐から取り出したのは、ビー玉程の大きさの、
粉をふいた飴の様な球体であった。
「さぁ、お美和さん、叔母上、これを。
これは「飢渇丸(きかつがん)」と申して、忍びの任の際、誰にも気取られず
その場で飢えや渇きを癒せる物。一時凌ぎの上、味は保障しかねるが、これで持ち直せましょう。
茶店が見つかるまでの辛抱でござる。ささ…。」
ユキは、用意した「飢渇丸」を食べるよう尾順・お美和に勧めた。
体力を回復させた二人は、ユキと共に改めて茶店を捜す。
「今暫くの辛抱でござるぞ!!」
二人を励ましつつ、ユキは茶店捜しに奔走する。
やがて・・・
「お美和さん!叔母上!ここより一町(現代の距離に換算して百九メートル)先に
一軒、茶店がありましたぞ!!」
茶店を発見したユキが、二人の下に駆けながら告げる。
その「吉報」に二人は望みを託し、ユキに続いて道を急いだ。
暫くして・・・
「ハァ、ハァ…。」
「漸く辿り着けましたね…。」
茶店に辿り着いた三人。だが、お美和とお順は、「飢渇丸」のお陰で
一時的に体力を回復させたものの、今この時にはすっかり困憊していた。
早速ユキは、店主の初老の男に注文を始めた。
「ご免、茶漬けを三杯所望したい。あと水も。」
「へい、毎度あり。」
注文を受けて、男は店の奥に引っ込んだ。
「よかったですねぇ、お美和さん。」
「ええ、ええ、本当にもう死にそうでしたぁ…。ユキさんのお陰です。
何とお礼を申して良いのやら…。」
だが、嬉しそうに礼を述べるお美和の声は、何故かユキには届いていない。
「・・・・・・。」
ユキには、店主の男の動きに何か引っ掛かる物があるようだった。
「どうも怪しいが…まさか、そんな筈は…いや、気のせいかもしれんが…やはりどこか…。」
「あの…ユキさん?」
お美和は不審に思い、なおもユキに呼び掛ける。
「?…あ、ああ、済まぬ。ちと、考え事をしていた。許されよ。」
漸くお美和の声に気付き、ユキは決まり悪そうに頭を下げた。
「いえ、いいんです。それより、本当に助かりました。あなた方は私の恩人です!」
「いやいや、そんな大袈裟な程のことでも…。」
顔を赤らめるユキ。と、そこへ・・・
「へい、茶漬けにお水、三人分お待ちどお様でした。ではごゆっくり。」
注文の品々が届いた。
やっと空腹を凌げる…特にお美和とお順はそれだけで幸せそうであった。