「♪高知の城下へ来てみぃや〜、じんばもばんばもよう踊るぅ〜…♪」
土佐の民謡「よさこい節」を口ずさむユキとお美和。
お美和は諸国巡りが好きで、四国八十八箇所行脚のお遍路に勧んで加わるほど
大の旅好きであった。
また、ユキも三歳で両親を失って以来、谷一族に入門するまでの八年間、
独学で武術の腕を磨くために諸国を巡ってきた。
それ故、行く先々の土地柄に造詣が深くなり、その土地に伝わる民謡も覚えてきたのである。
ましてユキはここ、土佐の高知の生まれで、人生の転機を余儀なくされるまでの三年間、
この「よさこい節」を子守唄代わりに母から聞かされていた。
その二人の吟ずる「よさこい節」にお順は聞き惚れ、先の船旅の疲れが癒されるような心地であった。
かくして、この三人の道中は、終始和やかに進んでいった。談笑する三人。
そんな中、今度はお美和がユキに尋ねてきた。
「あの…ユキさんのお父様とお母様って、どのようなお方だったのですか?」
「・・・・・・!」
このお美和の問いかけにユキは一瞬返答を躊躇ったが、改めて「隠すようなことではない」と思い、
話すことにした。
「・・・とても優しい、それでいて厳しい人たちだった…。
私はここ、土佐の農村の貧しい家に生まれた。
不自由な暮らしではあったが、幸せな家庭だった…。
私は物心付いた時から、よく両親の手伝いをしたものだった。
百姓仕事だけでは食い繋げず、父は笠や草鞋を作り、それを売って生計を立てて、
私も父を手伝って草鞋などを作って売りに出ていたものだった・・・。」
ここでユキの口が止まった。お美和はそれを見て、嫌なことを思い出させてしまったか、と思い、
「あ…すみません!何だか、悪いこと聞いてしまったみたいで…。」
と慌ててユキに詫びた。
僅かな沈黙のあと、ユキは再び口を開いた。が、が、その口調はどこか苦しかった。
「いや、お気に召されるな…。
先程も申したように、暮らしは貧しくとも私は幸せであったのだ。
そう…私があと数日で四つになる、あの日までは……!」
「・・・・・・!!」
ユキの言葉を聞き、お美和は息を呑んだ。
その彼女に、ユキは思い切ってその衷情を打ち明けた。
「四つになる生まれ日を数日後に控えたある日の夜、眠っていたところに
突然誰かが言い争う声や物を荒らし回る騒がしい音が聞こえ、目を覚ました私は
何事か、と音の出所を探した。そして居間に辿り着いた時、私は余りの凄惨さに言葉を失った!
部屋中は嵐に見舞われたかの如く荒らされ、床一面は血の海と化し、
そこには身体中をズタズタに斬り刻まれた父と母が横たわって……!!」
いつしか、ユキの声は嗚咽交じりになり、時折上ずっていた。
「私は思わず両親の遺体に縋って泣きじゃくった!!
その時、家の外から何人かの声が・・・!!
『チッ…結局金になりそうな物はなかったみてぇだな!』
『全く、あの二人も大人しくしてたら命だけは助かったろうによ…馬鹿な奴らよ。』
『ねぇ〜え、今度はもっとましなところに行きましょうよぉ。』
『そうだな、畜生!』
・・・あいつらが父と母を……!!
私の心は奴らへの復讐に燃えていた!!
私は表へ飛び出し、奴らを追った!…だが、悲しいかな、その頃の私はまだ幼く、
いくら走っても、奴らに追いつくことは出来なかった……。
だが、あの時の憎々しい声は今でも鮮明に覚えている。必ず見つけ出して、両親の無念を晴らす!
私は改めて復讐を誓い、強くなるための修業の旅に出た。」
複雑な面持ちでユキの話を聞くお美和。
「・・・それでユキさんは…その旅の途中で、その谷一族って言う忍者の集団のことを知って…。」
「・・・そうだ。あの日から私の全てが決まったのだ。
…辛い話を聞かせてしまったようだな。」
「私の方こそ、すみません。嫌なことを思い出させてしまったみたいで……。」
悪気がなかったとは言え、ユキの心の傷に触れてしまったことを、お美和は悔いた。
「いや、良いのだ…。
実は此度の両親の墓参は、仇討ちのお許しをご公儀より頂いたので、その報告をするのだ。
これで仇討ちの大儀は得た、あとは仇を捜すのみ…。」
当時、仇討ちをするためには、幕府にその理由を述べた上で申し出て、
「仇討ち免許状」を獲得する必要があった。
ユキは江戸を発つ前に、その手続きを済ませていたのだ。
お順もまた同様に、「柳澤家を滅ぼされた無念を晴らし、お家を再興する」と
申し出て「仇討ち免許状」を貰っている。
因みに、元禄期に赤穂藩浅野内匠頭の元家臣たちが「藩を破滅に追い遣った」と言う理由で
吉良上野介の屋敷に討ち入り、上野介を「仇敵」として殺したが、彼らは元々幕府への反逆を意図していたため
手続きを踏まえぬまま「仇討ち」に乗り出したのである。故に、将軍家と幕閣上層部には
「私怨」「私闘」と捉えられていた。
「本当に申し訳ありません。
この上は、ユキさんとお順さんの本懐成就を八十八箇所に祈念する所存…。」
「あ、いや、そこまで思い詰めずとも…。」
先程の悔し涙から一変、お美和の飛躍した言動を慌てて宥めるユキ。
その彼女の顔には、照れ笑いと苦笑いが入り混じっていた。
賑やかさを取り戻した三人の旅。果たしてその先に待ち受けるのは・・・・・・!?