女と戯れ、男たちはこの上ない至福の時に浸っていた。
その間にも鳥の羽はジワ、ジワ、とその数を増やしてゆく。
…もうお判りであろうが、実はこの女、くノ一・ユキの変装したものである。
か弱い娘を無体に苛める男たちに、同じ女として怒りを覚え、懲らしめるために
一計を案じたのだ。
これだけの無頼の徒を、臆することなく色香で誑かし、手玉に取るなど
余程でない限り、並の女に出来ることではない。まさにくノ一の「本領発揮」と言ったところである。
男たちの頭の中は、もうすっかり目の前の女=ユキと戯れ合うことで一杯であった。
ユキもまた、目一杯の「女」っぷりを振り撒いて男たちを更なる極楽、
いや、地獄へと招く。
羽の数の増加も留まることを知らず、遂には床一面を埋め尽くしてしまった。
当然と言うべきか、男たちの目にはその不思議な現象は全く映っていない。
やがて男たちが完全に油断しきった頃合いを見計らい、
ユキは彼らに聞こえるか聞こえないかの小声でボソッと一言、こう呟いた。
「…忍法、羽隠れ羽分身…。」
その刹那・・・
床を覆っていた無数の鳥の羽がババーッと舞い上がり、規則正しくかつ
縦横無尽に飛び回り、男たちをスッポリと包み込んで羽の牢獄を作り上げた。
羽の牢獄は彼らを嘲るかの如く、その形を崩さず回転を続ける。
お順の傍らでその光景を目の当たりにしていた娘は、驚きから言葉を失っていた。
その娘の下に、術を仕掛けた隙に男たちから離れたユキが歩み寄る。
「もう大丈夫ですよ。危ないところでした…。」
「あ…ありがとうございます。・・・お、おか、おかげで…た、助かりました…。」
娘は何が何だか要領を得ぬと言った面持ちで、戦慄から声が上ずってしまっていた。
「…すっかり興奮していますね。もう少し気を落ち着けてから
お話を伺いましょう…。」
ユキたちは暫く、娘の気持ちが静まるのを待つことにした。
一方、ユキの術によって羽牢獄に閉じ込められた男たち。
「えへへへ…へへ…へぇ…え、えぇ!!?」
「うひ、ひ…ひゃあ!!な、何だこりゃ!!??」
無数の羽が舞う様を見て、彼らは漸く正気に返った。
「おおお…親ぶ〜〜〜ん!!!」
「オイオイ、一体何が…どうなってるんでぇ!!?」
忽ち狼狽する男たち。そこへ・・・・・・
「んっふふふふふ……」
「くすくす……」
「おほほほほほほ……」
「あははははは……」
媚を含んだ妖艶な女の笑い声が複数聞こえてきた。
「ひぃぃぃぃぃ!!!」
「一体、どうなってるってんだ!!?」
「んなこと俺が知るかよぉ!!」
事態が呑み込めず、またユキが忽然と消えたのも知らず
ただただ狼狽する男たち。
そのうちの一人が何かに気付いたのか、「親分」に告げる。
「?・・・親分!誰か、来ますぜ!!」
「何だとぉ?・・・・・・う、うぉ!!!???」
激流のように飛び回る羽の群れに紛れて、薄地の衣を纏った
艶やかな美女たちが現われたのだ。
男たちと同じ人数の美女たちは、艶然な笑みを浮かべて彼らにしな垂れ掛かる。
これ以上の描写は、この板を更なる危機に追い遣ってしまう恐れがあるので割愛するが、
いかなるいかがわしい展開であるかは容易に知れよう。
因みに彼らは、高知に到着するまで、ユキが作り出した幻の美女たちに淫らに翻弄され続け、
終いには船着場にて、乗客からの知らせを受けた高知城下の役人たちに残らず捕縛された。
話は変わって、ユキたちは落ち着きを取り戻した娘から事情を尋ねていた。
「色々といざこざがあって名乗るのを忘れてましたね。
私の名はユキ。で、私の隣にいるのが…。」
「ユキの叔母のお順です。どうぞ宜しく…。」
娘は、二人に改めて感謝して自らの素性を打ち明けた。
「先程は危ういところをお助け頂き、誠にありがとうございました。
私はお美和と申します。生まれは、安房の小湊です。」
「安房の小湊と申しますと…鎌倉政権の頃の高僧・日蓮上人のお生まれになったと言う…」
「はい、その小湊です。」
お美和と名乗る娘の素性を知った二人は、何のために高知へ赴くのかを問うた。
「高知へは何用で…?私たちは亡き家族のお墓参りに行くところですが…。」
「う・・・そ・・・それは・・・・・・。」
何故か口を噤むお美和。
「あ…お美和さん、言いたくないなら無理に言わなくても構いません。
私たちはあなたをどうこうするつもりは微塵もございませんから…。」
「…すみません……。」
・・・やがて三人は、長い船旅を終えて高知の地を踏み締めた。