一夜空けて、ユキとお順は駿河(静岡県)まで歩き、そこから船で高知へ向かった。
無論、ユキの亡き両親の墓参のためである。
その船の中で・・・
「きゃああああああああ!!!!!」
「へっへっへ…いいじゃねぇかよ姉ちゃん、ちょいと酌してくれるだけでいいんだからよぉ!!」
「嫌です!やめて下さい!!離して!!誰かぁ!!誰かぁー!!!」
「ヒーヒヒヒ!騒いでも無駄さ、周りは関わり合いを怖れて見て見ぬふりよぉ!!」
「いやぁああ!!誰かぁ!!助けてぇええ!!!」
いかにも柄の悪そうな男たちが四、五人程、一人の若い娘に詰め寄っているではないか!
男たちの一人が言うように、乗客たちは皆助けたいと言う気持ちがあるものの、保身からか
誰も出ようとはしなかった。
「さぁ、ささぁ!観念してうちの親分のお相手をして差し上げな!!」
「いやっ、いやああああああああ!!!!」
男たちは、なおも娘に「親分」への酌を強要する。
当然娘がそのような無体を受け入れるわけなどなく、必死に抵抗する。
やがて、あたかも駄々っ子の如く激しく振り回していた娘の脚が、
後ろから彼女を羽交い絞めにしていた男の急所を見事に捕らえた!!
「!!・・・ぐ・・・!!」
苦悶から男は娘を手放した。その隙に娘は脱兎の如く逃げ出す。
「こぉの…アマぁあああ!!!」
折角の「お楽しみ」に水を注された格好となった男たちは逆上し、娘を追う。
逃げる娘。その先にはこの船に乗り合わせていたユキとお順がいた。
ユキは必死の形相で船上を駆ける娘を見て、すぐにその娘が
危機に晒されているのだと直感し、理由を尋ねた。
「娘さん、どうなさいました?」
「あ…た、助けて下さい!怖い男の人たちに、無理矢理お酒の相手をされそうになって…!」
娘は藁をも掴む思いでユキたちに助けを求めた。
と、そこへ…!!
「ぐぇへっへっへへへへ…散々梃子摺らせやがってぇ、やっと捕まえたぜぇ……!!」
「ケェケケケ…大人しく言うこと聞いてりゃぁ、痛ぇ目を見ずに済んだのによぉ!!」
娘に追いついた男たちが、鬼そのものの形相で彼女に迫る!!
そして、片目に傷の入った禿頭の細身で長身の男が娘の胸座に掴みかかった!!
彼は娘に急所を蹴られたこともあり、一味の中では一際怒髪天を突いていた。
「よぉくもこの俺様に赤っ恥をかかせてくれたな!この礼は高くつくぜオラァ!!!」
言うが早いか、男は娘の着物の襟元を押し広げようとした!
「ひっ…いやぁああああああああ!!!!」
「さぁて…先ずはこの大勢の前で裸踊りでもして貰おうかな…!!」
「ケッへヘへ…そいつぁいいや。」
「やれー、やれー!」
「やっちまぇー!!」
嫌がる娘を無視して、男たちは勝手に盛り上がる。
そして娘が絶望の淵に立たされてしまった…その時!!
「ちょいとお待ちよ。」
「…?な…何だぁ?」
不意に聞こえた女の声に、男たちは呆気に取られた。
「誰でぇ?今俺たちに「待った」をかけやがったのぁ!?」
訝しげに船上を見回す男たち。やがて彼らの目に留まったのは…
「ふふ…あたいだよ。」
只事ならぬ色気を醸し出す、鳥越風の女であった。
彼女は色っぽい眼差しで彼らを見つめる。
「兄さん方、そんな嫌がってる娘さんを相手にしたって仕方ないだろ?
何なら、その娘(こ)の代わりにあたいが付き合ってやってもいいよ。」
女は襟元に指を掛け、男たちを誘う。
彼女の誘いを受けた男たちは、戸惑いつつも彼女に声をかけた。
「・・・おい、姐さんよぉ、お前さんが俺たちの相手をしてくれるのかぃ?」
「勿論じゃないか。さぁ、こっちに来なよぉ…。」
女は艶かしい流し目を男たちに遣りつつ、襟元に掛けた指をツツツー…と下ろしてゆく。
男たちにやたらと挑発的な様を見せるこの女、果たして何者なのか…?
そのうち男の一人が、彼女に寄ってきた。
しまりなく緩みきった顔には、既に好色の相が面に現われていた。
「へへへ…そいつぁありがてぇや。親分、いっそこの姐さんの酌でお楽しみってことにゃあ…。」
「全く…しょうがねぇ野郎だな。でも悪くぁねぇか…おぅ姐さん!じゃああんたに決めたぜ!!」
男たちの興味は完全に自分たちを誘う女の方に傾いていた。
その女の傍らに、一片の鳥の羽が落ちていることなど全く気付くことなく、彼らは彼女に夢中になっていた。