「ここ。あなたのすぐ傍よ…。」
再三に亘り、謎の女性の声はユキに呼びかける。
恐怖に怯えるユキは、恐る恐る声のする方に振り返った。
が、やはり人はなく、彼女の視線の先にあるのはハヤブサオーただ一頭のみであった。
「やはり空耳であったのか…。」
彼女がそう思いかけた時、彼女の中に先程とは違う疑念と恐怖が生じた。
「・・・!!…ま…まさか!!!??」
「そう…やっと気が付いたのね。」
「う・・・うぁああああああああ―――――っ!!!!!!」
驚きの余り、現代の距離に換算して二メートル程後方へ飛びのいたユキ。
無理もない。先刻から自分を呼んでいた声の主が実は自分の愛馬であったなどとは
夢にも思わなかったのだから。
「わわわ・・・ハ、ハヤ…ハヤブサ、オーが・・・・・・!!???」
忽ち困惑の坩堝に叩き落されたユキ。だが、“怪異”はこれだけでは終わらなかった。
「驚かせてしまったみたいね…ごめんなさい。」
そう言ったハヤブサオーの身体が突如として眩い光を放ち出したのだ。
「わわっ!こ、今度は、何だぁ!!??」
ユキは、もう既に大混乱に陥っていた。
現代で言うところの、所謂「パニクった」状況である。
その彼女をよそに、光はみるみるうちに凝縮され、見れば人の形を模っていくではないか。
やがて完全に人の形になったと同時に、あの強い光は蝋燭の灯の如く呆気なく消えた。
光が消えたのを認めたユキは恐る恐る顔を上げた。そして彼女が改めて目にしたものは・・・?
「?・・・!!あ、あなたはまさか・・・叔母上!!?」
「そう・・・お順よ。久しぶりね、ユキ。」
ユキの目の前に現われ、彼女が「叔母」と呼ぶこの旅姿の女性こそ、
先程までハヤブサオーだったもので、名を「お順」と言った。
お順はユキの亡き父の妹で、名門・柳澤家(「忠臣蔵」の黒幕格で有名な
元禄期の将軍家側用人とは別)に嫁いでいたが、その柳澤家もまた、何者かによって
滅ぼされてしまった。復讐を誓った彼女は、家を滅ぼした下手人を突き止め、
討ち果たそうとしたが力及ばず斃れたところを谷一族に救われた(因みに、この時
お順を救った谷一族は柳澤家に雇われた者で、お家を滅ぼした理由を作った償いのために
お順に加勢していた)。一命を取り留めた彼女は一族の頭領・谷の鬼十に自らの素性と
負傷に到るまでの経緯を打ち明け、その話からお順がユキの叔母であることを知った鬼十が
姪・ユキのことを話し、
「姪と共に戦うてくれまいか?」
と持ちかけたのである。
お順の決意は固かった。
「宜しくお願いします!どのような形でも構いません。
私は同じ運命(さだめ)を負った姪を・・・ユキを守りたいのです!!」
かくして、お順の迷いなき決心を受けた鬼十は、彼女に化身の手術を施した。
そうして生まれたのが、現在のユキ=嵐の愛馬・ハヤブサオーなのである。
「然様でござりましたか・・・。
しかし、お師匠様も叔母上もお人が悪い。
そのようなことを何故もっと早くに・・・。」
先程までの恐怖心から一転、自らの愛馬が身内であることを知ったユキは
笑ってお順に問いかけた。
そのお順の返事は
「そなたはこれから大きな運命に立ち向かわねばなりませぬ。
私のことがそなたの心の片隅にあっては、いずれ決心が鈍ると、そう考えていたのです。
これはおかしら様(鬼十)のご意思でもあるのです。」
と言う、暖かくも厳しい言葉であった。
が、ユキはその言葉に感謝しつつもこう返した。
「なんの、叔母上。確かにお気持ちは身に染みて嬉しゅうござるが、
決心が鈍るどころか、寧ろ私は叔母上は達者であると、心から信じてござる。
お師匠様には私から「ご懸念ご無用」とお伝えしましょう。」
「ユキ…暫く見ぬうちに強うなりましたね……。」
お順はユキの言葉から心身ともに立派に成長したことに感慨に浸った。
「叔母上、涙をお拭きなされ。久々に会えたと申しますに、涙など・・・。」
と、叔母を気遣うユキの目にも光るものがあった・・・。
「しかし・・・弱りましたな。私の愛馬が実の叔母上であったとなると・・・
その背に乗って良いのかと思うと・・・。」
「ユキ、私への遠慮はいりませぬ。最早私たちは一蓮托生、運命を同じゅうする者・・・。
私を必要とする時は、いつでもお使いなさい。互いに助け合い、
この茨の道を共に歩みましょうぞ。」
「叔母上・・・・・・!」
自らを投げ打ってまで姪を助ける、お順の覚悟の言葉に、ユキは彼女の胸に縋って泣き伏した。
こうして再会を果たした二人は、ハヤブサオーでいた時にお順が見つけた
一軒の小さな小屋で一夜を明かしたのであった。