おそらく第44話 「父の魂・母の涙〜変身忍者嵐・第二章〜」
時は、再び徳川幕藩体制・将軍家光の治世に遡る・・・。
越前美浜藩十四万八千石・五木家に仕えるくノ一のユキは、秘法「化身忍者誕生の法」を奪い、
その力による日本征服を目論む悪の血車党を倒し、秘伝書を取り戻すべく旅に出た。
が、その彼女には、実は藩主・治部大輔(第一章の「太輔」は誤記)弘繁始め五木家一同にも秘めていた悲願があった。
それは、幼少の折りに殺された両親の仇を討ち、その怨みを晴らすことであった。
ユキが忍びの道を志したのも、動機はそれであり、本懐成就を夢見て十年(第一章の「二十年」は誤記)に亘って
辛く厳しい修業を積み重ねて来たのである。そして今やその腕前は師・谷の鬼十も認めるまでに上達の域に達したのだが、
不運にも血車党の狡猾な罠に陥って死の淵に立たされてしまう。
だが今は師たる鬼十の手で化身忍者「変身忍者嵐」として蘇り、血車党にも互角以上に渡り合える力を得ている。
全てにおいて、ここからがユキの真の修羅の道の始まりとなったのである。
そのユキは今、箱根の関所にいた。
二十一世紀の現代でこそ温泉街で有名な観光名所として広く知れ渡っているが、
江戸時代当時の箱根は江戸防衛のための重要な拠点で、数ある幕府の要害の一つであった。
箱根を流れる大井川に橋が架けられていないのも、倒幕の軍勢の侵攻を防ぐためである。
また関所において、「入り鉄砲に出女」と言う当時の言葉が示す通り、
物資の流通や江戸を出る女性には特に厳しかった。
これは箱根に限らず、物資の中に鉄砲が含まれていないか、また関所を通る女性の中に
大名の奥方が紛れていないかを深く追求し、幕府に対する敵意がないかを確かめるためであった。
因みに大名の家族は、「人質」として江戸に住まわされていた。これもまた諸大名に幕府への敵意を
起こさせないための策である。
ユキはその関所での詮議を受けているところであった。
関所役人が彼女に詰問する。
「その方、江戸を発つは何故にてか、包まず申し述べよ。」
「はい。私は生まれ育った土佐の高知に帰り、亡き父母のお墓参りをしようと思い…。」
ユキは正直に、怯えることなく詰問に応じた。
「成る程…だが念のため、怪しい物を所持してはおらぬか、調べさせてもらおう。」
関所役人は、検視役の女性を呼び、ユキの身体を調べるように命じた。
「怪しい物は所持しておりませぬ。」
検視役の女性が役人に報告する。
「そうか…相判った。最早これ以上の詮議には及ばぬ。ユキとやら、通ってよいぞ。」
かくして詮議を終えたユキは、手続きを一通り済ませて箱根を後にした。
いよいよ、ユキの本格的な茨の道が始まるのである。
東海道沿いに旅路を行くユキ。日はもう既に暮れていた。
だが、今の彼女には多少の路銀はあるものの、宿賃には程遠かった。
止むを得ず、野宿の出来そうな場所を探す。
と、その時・・・
「ユキ…。」
と、彼女の名を呼ぶ女性の声が聞こえてきた。
声に気付いたユキは辺りを見回すが誰もいない。
いるのは彼女自身と、彼女の愛馬ハヤブサオー一頭のみである。
「・・・・・・?」
不思議に思い、首を傾げるユキ。と、そこへ・・・
「ユキ…。」
また先程の声が聞こえた。
自分以外に人はいないはず・・・ユキの心に疑問と恐怖が芽生え始めた。
更に辺りを見回し、遂には草むらを掻き分けて方々を必死に探し回り出した。
「何だこの声は…どこだ、一体どこから聞こえてくるのだ!!?」
ユキは半ば狂乱しかけていた。