月の寺院内部に侵入した真里。壁に身を隠し中の様子を伺うと、そこには二人の
戦闘員が周囲を警戒していた。彼らがいる場所が地下のアジトへの入り口に違いないと
踏んだ真里。潜入するためには二人を倒さなければならないが。
真里はおもむろに手近にあった小石を掴むと、石畳の通路に向かって放り投げる。
弾んだ石が音を立てると、それに気づいた戦闘員が身構えて周囲を見回す。
「・・・誰もいないな」
「大方石壁が崩れて、欠片が跳ねたんだろう」
二人の戦闘員が石の飛んできた方向から視線をそらしたそのとき、真里はすかさず
彼らの背後を取って、手近な戦闘員に当身を叩き込む。
「ギッ!!」
一撃の下に倒される戦闘員。しかし、敵はもう一人いる。彼とペアを組んでいたもう
一人の戦闘員はすぐさま手にしていた自動小銃を構える。
「貴様っ・・・!」
しかしここで発砲されてはたまらない。真里は敵の足元をねらって脚払いをかけて
転倒させると、すぐさま持っていた小銃を奪い取り、それで腹に一撃を加えた。
「グエエエッ!」
一瞬で二人を沈黙させたところで、真里は周囲をうかがいながら地下への階段を
降りていった。
一方、敵を欺くために変装を完了した貴子たちは、正面から堂々と敵のアジト
へと乗り込んでいく。もっともそれは敵との取引に応じた形である以上当然の
ことであったが、案の定そこにはまんじ教の軍団が待ち受けていた。木々に
隠された遺跡の中にあって、緑のじゅうたんが敷き詰められたような中庭に
両陣営が対峙していた。
『ヴィルット博士か』
『そうだ。ワクチンを持ってきたぞ。早く息子を返してくれ』
そう言ってウィラポン・・・いやヴィルット博士は手にしたアタッシュケースを
これ見よがしに突き出す。もちろんその中に入っているのは、敵を欺くために
用意した偽のワクチンである。彼の横にはトムヤンクン〜貴子の姿もあった。
『ワクチンをよこせ!!』
『息子が先だ!』
アタッシュケースを渡すよう強要するのはまんじ教の怪人火炎コンドル。その
傍らにはコチャン少年をさらったバショウガンも控えている。しかし、真里が
少年を救出するまでは何とか時間を稼ぎたいところだ。偽物とはいえ簡単に
渡すわけにはいかない。
『おのれ強情な奴らだ・・・力づくでも奪い取れ!!』
『約束が違うぞ!』
『約束を守るまんじ教か!やれ!!』
火炎コンドルの命令に、戦闘員達が一斉に襲い掛かる。博士とその助手も必死に
ワクチンを奪われまいと抵抗するが、そのとき、助手トムヤンクン、いや貴子の
サングラスがもみ合いのさなかに外れてしまったのだ。
「いったぁ〜、何すんねんな!!」
「ぬぅ、貴様・・・日本人か!さては!!」
作戦はあっけなく破綻し、二人が偽者であるということがばれてしまった。
アタッシュケースに入れた偽のワクチンも、貴子の偽名「トムヤンクン」も
この瞬間に無用のものとなってしまった。すぐさま火炎コンドルとバショウガンの
二大怪人と戦闘員が二人を取り囲み、その包囲網をじわじわと縮めていく。
「なめやがって・・・俺たちを引っ掛けようって腹だったのか」
「お前達もガキも殺してやるからな、覚悟しろ」
手にした武器を振上げて今にも襲い掛からんばかりのまんじ教軍団。火炎コンドル
は鋭い爪を振上げて威嚇し、バショウガンも不気味な奇声をあげながら二人に
にじり寄る。とその時、天空から一陣の風が吹き降ろし、やがてそれはつむじ風と
なって草原を揺らす。そして、突然の風が止んだその直後。善悪合い見えたその
只中に顕現したのは金銀に輝く装飾品に身を包んだ風神の子。神話の中の存在
でしかないと思われていた、白い猿の王が今まさに降り立ったのである。
「何やアレ・・・新手のゼティマ怪人?」
「とんでもない!!あれがハヌマーン、風神の子ハヌマーンですよ」
確かに、現れた神の使いは一見すれば目の前にいる怪人たちとそう変わらない
怪しげな風貌をしている。コチャンが残した玩具の人形そのままの姿をした白猿
は、猿がする毛づくろいのようなコミカルなしぐさをしながら、踊るように貴子
とウィラポンのところへと近づいていく。そして、二人をかばうように敵の前に
立ちはだかるとこう言った。
「話は母上から聞いている。このハヌマーンも手伝うぞ」
そう言うやハヌマーンは華麗にトンボを切って敵の眼前に降り立ち、身を躍らせて
まんじ教の軍団に斬りかかっていく。手にした三叉の戟を振るい、まるで疾風の
如き身のこなしで寄せ来る敵と切り結ぶ。
「母上って・・・言うてなかった?」
不思議そうな顔をしてウィラポンにたずねる貴子。確かに白き猿は、母より聞き
知った事情によって自分達に助太刀をすると申し出た。だが、だとすれば彼の
母は誰なのだろうか。
「そうか!矢口さんが出会った女の子は『アプサラス』の化身だったんだ」
「プールの幽霊のこと?で、何やの?そのアプサラスって」
「水の聖霊ですよ。ハヌマーンは風神ヴァーユとアプサラスのアンジャナーとの
間に生まれた子供です。矢口サンが見た女の子が、きっとそうに違いないですよ」
水の聖霊の化身であれば、プールサイドに現れて消えたことも納得がいく、と
ウィラポンはしきりに頷いている。敬虔な仏教徒である彼は眼の前で起きた仏の
御技に興奮することしきりといった風だが、一方の貴子は眼前の光景にすっかり
取り残されてしまった感じである。そもそも、真里が見た謎の少女と水の聖霊を
結びつける根拠などどこにも無いのだが、神が顕現した以上はそこに何かしらの因果を
考えなければ眼の前の現象の説明がつかないのである。貴子はこれ以上考えるのを
止めた。自分たちの危機を知ったこの世ならざる存在が助太刀をしに駆けつけた、
それで良いじゃないかと強引に自分を納得させる。
しかし、外でこのような騒ぎが起きてしまった以上、まんじ教は恐らくコチャンに
その魔の手を伸ばすことだろう。貴子の胸に不安がよぎる。
「もうあたしには何が何だか・・・って、あかん!矢口たちが危ない!!」