一方こちらはまんじ教のアジト、月の寺院の地下。薄暗い洞窟の中に、坊主頭の
少年が気を失って横たわっている。彼こそがバショウガンによって連れ去られた
ヴィルット博士の一人息子、コチャンである。怪人によって拉致されてから数刻
がたち、少年はようやく意識を取り戻した。少しずつそのまぶたが開いていくと
同時に、彼の目にはまた新たな闇が映し出された。
『ここは・・・どこだろう』
ゆっくりと身を起こすと、コチャンは自分の周囲を手探りしながら、その周囲を
動き回る。ひんやりとした岩壁に囲まれた独房、洞窟に穿たれた穴倉の中に
自分がいることを理解するには、そう時間はかからなかった。
『そうか・・・悪い奴らにさらわれてここに連れてこられたんだ・・・』
父親と離れ離れになった寂しさと、これから待ち受ける悪の使者達に対する不安
が入り混じって彼の心の中をぐるぐるとかき乱す。やがて少年の目からは大粒の
涙が溢れ出した。
と、その時である。孤独と不安におびえる少年の耳に、何者かの声が聞こえて
きた。
『心配しないで。正しい心を持った強い人が、きっと君を助けに来るよ』
『誰?!』
少年の声に答えるように、どこからかゆるやかに吹きつけてきた風。そしてそれが
止むと同時に、そこに立っていたのはまたも白いワンピースの少女だった。
『その人は今、森を抜けてすぐそこに来ているよ』
『教えて。その人は誰なの?』
涙をこらえて、つぶらな瞳で自分を見つめている少年の視線に、少女は柔和な
笑顔でこう言った。
『風を力に換えて悪と戦う正義の人。その人の名は仮面ライダー。日本から
やってきたの』
『仮面ライダー?日本から僕を助けに来てくれるの?』
『君だけじゃなく、まんじ教に苦しめられている全ての人を助けに来たの・・・
いけない、誰か来る』
何者かの気配を察知した少女は、再び風と共に独房から掻き消えた。コチャンはその
様子をしばし呆然と眺めていたが、少女の言葉を心に留めて涙をこらえる。やがて
通路の向こうから足音が聞こえてきた。その足音は次第に大きくなり、そして少年
が囚われた独房の前でぴたりと止まった。足音の主は彼のところにやってきたのだ。
『おい坊主、腹が減ったろう。飯を持ってきてやったぞ』
少年の足元に、適当によそわれた粥のようなものがこれまた投げやりに盆に載せられて
差し出された。自分をさらった連中の施しなど受けない、とばかりにコチャン少年は
ぷいと顔を背ける。だが、食事を差し出した男は無遠慮に房の中に足を踏み入れて言う。
『心配するな坊主、毒など入ってはおらん。お前は大事な人質だからな。さぁ、
とっとと食え』
少なくともヴィルット博士からワクチンを奪うまでは、一人息子である彼を生かして
おく必要がある。だから彼には現時点では手出しをしないのだ。そんな怪しげな男の
言葉に、思い出されたのは先ほどの少女の言葉だった。風を力に変えて悪と戦う
正義の人、その名は仮面ライダー。少年は謎の少女の言葉を信じ、差し出された
粥をひったくってすすり上げた。
『そうだ。しっかり食っておけよ。また後で見回りに来るからな』
男は満足そうな笑みを浮かべ、コチャンの囚われた房から去っていった。
一方、ラオス警察から送られてきたメールに添付されていた地図をもとに、
真里たち3人はようやく密林の奥にあるまんじ教のアジト「月の寺院」にたどり
着いた。うっそうと生い茂る熱帯性の植物に包まれた、威厳漂う仏教遺跡。
しかし密林に隠された古代の寺院は、実は邪教の使いが潜む魔窟であることは
3人には一目瞭然であった。なぜなら、寺院の周囲を見覚えのある黒い軍団が
警備に当たっていたからだ。
「やっぱりここで間違いないね」
「あぁ。奴らの悪巧みは必ず食い止めなあかん。そうや、ウィラポンあれ出して」
「はい」
貴子に促され、ウィラポンが背負っていたリュックから何かを取り出す。中から
出てきたのは、何か毛の塊のようなものであった。真里が更に良く見てみると、
どうやらそれはカツラらしいことが判った。しかも、それはかなり大きなアフロヘア
である。
「稲葉さん、これ・・・ヅラ?」
「そうや。これからウチとウィラポンはヴィルット博士とその助手トムヤンクン
に変装してあいつらの注意をひきつけるさかい、あんたはその隙を突いて寺院に
潜入してや」
(「トムヤンクン」て・・・しかもアフロのヅラかよ・・・)
真里の心の声も何のその、ウィラポンと貴子は徐々にその姿をヴィルット博士と
助手トムヤンクンへと変貌させていく。髪を丁寧にポマードで整えたウィラポンの
たたずまいはタイ王国一の頭脳としての知性を感じさせたが、一方の貴子、いや
トムヤンクンはどうか。不自然なほど大きなアフロヘアはまるで疑ってくださいと
言わんばかりである。
「稲葉さん・・・やっぱりそれヤバいって・・・」
結局真里の必死の説得によって貴子はアフロヘアを諦め、普通のサングラスを
掛ける程度の変装で準備を終えた。そして、偽のワクチンが入ったアタッシュケース
を持って、貴子とウィラポンは月の寺院入り口へ向かう。その様子を見届けると、
今度は真里が草木を掻き分け寺院の裏手へと回りこんだ。