博士にコチャン少年の奪還を約束した3人は、彼がまんじ教の怪人に引き込まれる
のを目撃した裏庭に向かった。そこには確かに、何か大きな生き物が出入りしたかの
ような穴が開いている。怪人バショウガンは、この穴を通って移動したというの
だろうか。
「これを通れば敵のアジトに行けるかな?」
「んな事あるかいな。何日かかるか判ったもんやないで」
さすがにこの穴を追跡したところで敵のもとにたどり着けるはずは無い。少年の
消息を探る手がかりは、もはや『月の寺院』という言葉だけになってしまった。
と、その時穴のそばに人形のようなものが落ちているのを真里が見つけた。
「ウィラポン、これ」
そう言って真里が差し出したのは、三叉の戟を持った神様を模ったプラスチックの
人形であった。これを手に取ったウィラポンは即座にこう言った。
「それは『ハヌマーン』。白い猿の姿をした、インドの神様です。きっと博士の
お子さんが持っていたものだと思います」
「神様の人形が売ってるの?」
「東南アジアでは子供達のヒーローですよ。映画にも出てたしね。博士が拾うかも
しれないから、とりあえず置いておきましょう」
真里はその言葉に従ってハヌマーンの人形をとりあえずその場に置くと、二人とともに
駐車場へと向かった。
と、そんな3人のやり取りを物陰から眺めていた一人の少女の姿があった。時ならぬ
一陣の風に髪をなびかせたその少女は、夕べ真里がプールサイドで出会ったあの白い
ワンピースを着た少女だ。彼女は人形のそばへと駆け寄ってそれを拾い上げると、両の
手のひらにおいて息を吹きかける。すると不思議なことに人形はつむじ風とともに
空のかなたへと消えた。その様子を見届けると、一陣の風と共に少女は再びどこかへと
去っていった。
早速3人は国境を目指すべく、大学を後にした。ラオスにあるという月の寺院は、
聞けばガイドブックにも掲載されていない秘境の寺院遺跡であるという。
「月の寺院の位置はラオスの公安関係に問い合わせれば聞けば判るでしょう。それに
しても、まさか遺跡の下にアジトを築くなんて」
「ウィラポン、ここから車だとどれくらいかかるの?」
ベトナム、いや東南アジアの国土の広さを今ひとつ理解しかねる様子の真里がそう
言ってウィラポンにたずねる。しかし、彼は冗談じゃないと言った風にしてこう答えた。
「陸路?とんでもない。ハノイに行くのだって列車で40時間かかるのに。これから
ホーチミンからハノイを経由して、ラオスの首都ビエンチャンへ飛行機ですよ」
「じゃあ、またおいらバッグの中なの?」
「ハハハハ。まさか。言ったでしょ?お金の心配はありません」
その傍らで、貴子がどこかへ電話をかけている。英語でかわされる会話は真里の理解を
超えていたが、通話を終えた貴子は一仕事終えたかのような笑顔を浮かべて言った。
「ラオスの警察には話がついたで。後で担当者が寺院の正確な位置をメールで送って
くれるって」
その言葉を待っていたかのように、ウィラポンがエンジンキーに手をかける。そして
キーをひねると、年季を感じさせる調子はずれなエンジン音が鳴り出す。
「さぁ、出発!」
三人を乗せた車は一路ホーチミン空港へと向かう。そこから空路でハノイへ、そして
そこから再び飛行機でラオスの首都ビエンチャンを目指す。ついにまんじ教の懐へと
飛び込む3人。いかなる罠が待ち受けていようとも、恐れることなく突き進むだけだ。
数刻の後3人はビエンチャン入りを果たし、入手した地図をもとに月の寺院を目指す。