次の日の朝。レストランでの朝食時、真里は夕べの出来事を二人に話した。
夜のプールサイドに風と共に現れた謎の少女。そんな話を、貴子とウィラポンは
笑いながら聞いていた。
「ホントだってば、おいら見たんだから」
「矢口、あんたもしこたま飲んで酔っ払っとったんちゃうの?」
「矢口サン、あなたお酒飲めるの?」
ウィラポンは真里がどうやら未成年だと思っていたようである。しかし真里とて
今年20歳を迎えた身である。日本の法律に照らしても飲酒は出来る。
「だぁからぁ〜」
謎の少女の存在を夢幻のように言う貴子、そもそも真里が成人なのがいまだに
信じられないウィラポン。そんな二人に挟まれて、真里はすっかりむくれて
しまった。と、その時である。
『日本の娘さん、あなたも見たんですね』
それは彼女達にコーヒーのお変わりを持ってきたボーイだった。彼は3人分の
コーヒーを注ぎ終えるとこう切り出した。
『実はこのホテルの近くに孤児院があったんですがね。娘さん、あなたが
見たのはそこの女の子ですよ』
ボーイは語る。
今から一週間ほど前、ホテルの近くにあった孤児院が何者かに襲撃された。
子供達は無残にも殺され、目撃者の証言によると犯行直後と思われる時間に、
飛び去っていく大きな翼を持つ怪物の姿を見たという。そして、真里が夕べ
見た少女もその時の犠牲になったかも知れないと付け加え、こう言った。
『あの子は時々観光客を相手に花の髪飾りを売っていたんですよ。言葉が
判らないのか口が利けないのか知らないけど、しゃべらない子だったねぇ』
しかし、彼の話に二人の捜査官の興味は孤児院で起きた悲劇へと移っていた。
貴子は身を乗り出してボーイに話の続きを促す。
「で、その子供達はどんなんなってたん?」
『かわいそうにね、子供達は全身の血がすっかりなくなっていたんだ。
みんなは怪物が血を吸ったと噂してたね』
ボーイの言葉に、二人の捜査官に共通のある名前が浮かび上がる。それは
二人にとって憎き敵の名前だ。
「まんじ教・・・ゼティマ!」
孤児院の事件がゼティマの改造人間によって引き起こされたものだとすると、
事態は深刻の度を深める。そんな二人の危惧をよそに、真里は謎の少女の
ことが気がかりでならなかった。彼女の手の中には、夕べもらったメダルが
握られている。
「それで・・・その女の子はどうなったんですか?」
『判らないね。あの子一人だけ遺体が無かったんだよ。けど「ラブリー」の
ことはみんな心配してた』
「その子、ラブリーって言うんですか?」
真里の言葉にボーイはゆっくりと頷くと、更に言葉を続けた。
『名前が判らなかったから誰かがそう呼び始めたんだ。可愛らしい女の子
だったからね。本人も気に入ったのか、僕らが呼ぶと笑顔で応えてたよ』
本名かどうかはともかく、少女の通り名は『ラブリー』。その名を心に留め、
メダルを握り締めた真里の手に力がこもる。そして、三人は頃合を見計らって
ホーチミン大学にいるというヴィルット博士を訪ねることにした。