空港を出て二人はウィラポンの車へと乗り込み、彼が事前に手配したホテルへと
直行した。その車中で、ウィラポンはFBIに対して自ら捜査協力を申し出たことを
告げた上で、その理由を貴子にこう切り出した。
「現在まんじ教のアジトは隣国ラオスの国境地帯にあると言われています。僕は
奴らを追って2年前にこの国にやってきました。現地連絡員兼捜査官、それが僕の
任務です。奴らは村々に『ヒマラヤの悪魔』をばら撒いて人々を苦しめてる」
夕日に染まる道沿いの風景。そこに目を向けたとき、表情を曇らせたウィラポン
の顔が貴子の目に映る。思えばタイから国境を越えてベトナムへやってきた彼の
執念の源とは一体何なのだろうか。
「新聞には『ヒマラヤの呪い』って出てたみたいやけど」
「どっちも似たようなもんです。呪いも悪魔も人を苦しめる存在に変わりは無い。
僕の故郷の村はまんじ教に『ヒマラヤの悪魔』で全滅させられました。」
「あんた・・・」
彼もまた悪の野望に幸福を奪われ、人生を狂わされた者の一人だった。見れば
心なしかハンドルを握るウィラポンの手にも力がこもっているようである。
自らの身の上を語ったとき、故郷の惨劇を思い出したのだろうか。と、その時。
「ねー、もう良いでしょ?いい加減出してよぉ!!」
バッグの中から聞こえてきたのは真里の声だった。それを聞いたウィラポンは
破顔一笑。屈託の無い笑顔に安心した貴子も笑い出し、二人の笑い声があふれる中
貴子はようやくバッグのジッパーに手をかけた。
「はいはい・・・全く、チョコエッグから生まれたみたいなちっちゃいなりして、
ホンマにキンキンやかましいねんから」
「誰がチョコエッグだーっ!早く出せよぉ、もう!!」
程なくして貴子は真里をバッグの中から開放し、ようやく3人に増えた一行を乗せて
車は市内へと伸びる道を走る。そして、つらい身の上を告白した後、再び笑顔を
見せたウィラポンは、朗報ともいえる知らせを貴子に伝えた。
「しかし悪い話ばかりではありません。ヒマラヤの悪魔に対抗できるワクチンが
出来そうなんです。ヴィルット博士がワクチンの試作品を持って、息子さんと明日
ホーチミン入りするんです」
「そうなんだ。そしたら、その何とか博士にもおいら達のことを知ってもらって、
一緒に戦ってもらおうよ」
「せやな。細菌のことなんてうちらには判らへんし」
勝手の全く違う土地で、先の見えない戦いに飛び込もうとしていた真里と貴子。
しかし、ヴィルット博士が開発したワクチンの試作品という大きなニュースは、
この未知の戦いへの一筋の巧妙となった。
しかし、一行がのんびりと市内へ向かう一方で、神出鬼没のまんじ教は着々と
近隣の村にその魔手を広げていた。貴子たちがホーチミンに到着するちょうど
数時間前、なんとハノイ近郊の村にまんじ教が出没したのだ。
「タスキーパールーパーネーマラヤーヒ・・・」
黄色い僧衣をまとい、不気味な経文を唱えながら吹きすさぶ風と共に現れた一人の
僧侶。その顔には生気が無く、うつろな目はまるで死人のようであった。そんな
彼とすれ違った、敬虔な仏教徒の村の男は僧侶にこう尋ねた。
「お坊様。私達の村に仏様のご加護を授けに来てくださったのですね?この村も
まんじ教に脅されて、皆困っているのです」
しかし、僧侶の口から出た言葉は村人の望むものとは正反対の恐ろしい予言で
あった。
「お前の村には死者の気が満ちているぞ。ヒマラヤの悪魔がそれを嗅ぎ付けて、
呪いをかけにやってくるだろう・・・」
「なんと!!それは本当ですか?!」
男は手にしていた買い物袋を落として呆然となる。そんな彼にはお構いなしに、
不意に邪悪な笑みを浮かべて僧侶は言った。
「本当だとも。悪魔の使いはもう来ておるわい・・・」
「そんな・・・・どこにいるんですか?!早く村のみんなに知らせなくては」
「知らせるまでもない・・・悪魔の使いは、ここにいる!!」
不意に僧侶が叫ぶと、彼の周囲に突如つむじ風が巻き起こる。そして風が収まる
や、眼の前に姿を現したのはびっしりとした羽毛に覆われ、頭頂部のとさかが
ひときわ目立つ鳥の怪人だった。
「俺様は『火炎コンドル』!逆らう者には悪魔の呪いが降りかかるぞ!!」
鳥の怪人、火炎コンドルの姿に恐れをなし、男は一目散に逃げ出す。だが、
相手は空の魔人、ツバサ一族の一人である。地上において逃げ切れるはずは
無い。哀れ彼はすぐに追いつかれ、この怪人の最初の犠牲者となった。やがて
怪人の出現に呼応する形で、いずこからとも無く怪しい黒装束の者達が現れた。
その出で立ちはゼティマの戦闘員に良く似ているが、彼らは黒いヴェールの
ようなものを纏っている。
「お前達、村人を一人残らずヒマラヤの悪魔の餌食にしてしまえ!まんじ教
の尖兵に変えてしまうのだ!!」
「イーッ!!」
ヒマラヤの悪魔、それは感染した者をまんじ教の秘術で自在に操ることの
出来る謎のウィルスである。まんじ教の戦闘員によってばら撒かれたり、
あるいは感染者から噛み付かれたりなどの傷を受けると感染してしまうという。
しかし、不幸にしてこのウィルスに耐え切れずに死亡する者も多々おり、最悪の
場合村一つがまるまる全滅してしまう事態になってしまうのである。
「俺はまんじ教によって新たな命を与えられた。まんじ教万歳、創世王万歳
だ、クェーックェックェッ!!」
実は彼こそ、死人コウモリの手によって脱獄したあの凶悪犯の一人であった。
3人はまんじ教に見出されて改造手術を施され、怪人として生まれ変わったのだ。
その凶悪な眼に映るのは、この世のものとは思えぬ光景だった。まんじ教の
戦闘員達がヒマラヤの悪魔を塗りこめた短刀で次々と村人を襲う。そして感染
した村人が他の村人を襲って感染者を増やしていく。そんな地獄絵図のような
光景を、火炎コンドルは不気味な笑いと共に見つめていた。