一方こちらは舞台変わって、タイの某地方にある刑務所。時は貴子たちが日本を
発つ数日前にさかのぼる。
この刑務所に今から数ヶ月前に入所した三人の男達がいた。彼らは強盗や盗掘を
繰り返していた犯罪者で、警察もほとほと手を焼いたがようやく逮捕に到ったと
いうほどの悪党である。
ある日の晩。そんな男達の房に面した通路に、一匹のコウモリの姿があった。
コウモリはふらふらと飛びながら、やがて男達の房へと近づいてきた。
「なんだぁ、ありゃ」
「チッ・・・何だよ、コウモリじゃねぇか」
消灯前ということもあり、通路の明かりに惹かれて虫が飛び込んでくることは
ざらにある。男達にしてみれば別にコウモリが飛び込んできたって不思議では
ないのだ。ところが、ゆっくりとではあるが確実に鉄格子のそばまで飛来している
コウモリの様子に、男達はそれが明らかに自らの意思で自分達の房に近づいて
きているという事に気がついた。
「まさか吸血コウモリなんて事はねぇよな・・・気味悪いぜ」
そしてついにコウモリは鉄格子をすり抜けて男達の房の中へと侵入すると、房の
天井にぶら下がった。そして、次の瞬間それは突如として人間の身の丈ほどにも
大きくなり、そのまま翼をはためかせて着地したのだ。
「バッ・・・バケモノだぁ!!」
立ち上がったコウモリのその姿は、まるで人とコウモリの合いの子のようだった。
真っ白な長い体毛、全身を赤黒い体毛に包まれたの姿に恐れをなし、三人の悪党
は部屋の隅に逃れておののく。コウモリの怪物は彼らにゆっくりと近づくや、
突然人の言葉を話し始めた。
「キキキキキ。お前達の悪事は知っているぞ・・・見所のある男達だ。俺に
ついて来い。ここから出してやろうじゃないか」
おびえる男達を前にして、コウモリの怪物は三人の悪事を称え、なんと牢から
解放しようとさえ申し出ているのだ。しかし、眼の前にいるのは自分達を
捕らえた警察よりもおぞましい怪物なのである。
「ほっ、仏様の罰が当たったんだぁ!きっとそうにちげぇねぇ!!」
ついに仏罰が下された、と悪人達は口々に叫ぶ。だが、そんな様をコウモリの
化け物は笑いながら言った。
「戯言を・・・この世に神も仏もあるものか。だが、お前達が崇めるべき
名前が一つだけあるぞ・・・知りたいか?」
眼前の怪物から自らの命を守れるのなら、命じられれば彼らはおそらく
その翼を舌でつくろうことすら辞さなかったろう。言葉も発することが出来ず
ただ頷くばかりの男達にコウモリの怪物は言った。
「お前達が崇めるべき名は一つ・・・『創世王』。そしてお前達は今より
我らツバサ一族、まんじ教の一員となるのだ」
そう言うとコウモリの怪物は房の壁に拳で一撃を加える。怪物の打撃によって
壁はあっさりと崩れ、開いた穴の向こうには男達が数ヶ月間望んだであろう、
外界の月明かりが差し込んでいた。
「もしかして・・・新聞に載っていた『ヒマラヤの呪い』を村にかけた
連中の仲間か?」
「死人の村に変えた呪い・・・あれはお前の仕業か?!」
問われてコウモリの怪物はニヤリと笑い、不気味な長い舌と鋭い牙が覗く
邪悪な口からその名を告げた。
「キキキキキ。そうとも。俺は『死人(しびと)コウモリ』。お前達には
『ヒマラヤの悪魔』は使わない。大事な改造人間の素体だからな」
コウモリの怪物、いや死人コウモリはそう言って軽く跳躍すると、三人の男を
器用に脚で引っ掛け、夜の闇に舞った。