315 :
加紺とう:
23.衝撃
大会11日目、準々決勝。
安倍はスコアボードに目をやる。
その時、自らの目を疑った。
そこにはなんとも信じがたい光景があった。
いや、安倍だけではないだろう。
球場全体に、日本中に衝撃が走ったに違いない。
しかし、それは紛れもなく現実に他ならなかった…。
316 :
加紺とう:03/11/21 22:10 ID:GTisqz6h
安倍をはじめ、早大付ナインは第二試合に福岡代表の柳川と対決することになっていた。
柳川のエース、田中れいながこれまでの試合を全て4安打以内で完封しているということで、入念にアップを行っていた。
そろそろ試合も終わるかなと思った頃、球場が湧き上がった。
おそらく勝負が決まったのだろう。
しかし、この後早大付ナインは衝撃の事実を目の当たりにする。
球場から聞こえて来る勝利校の校歌。
しかし、それは明らかに上野のものとは違っていた。
上野ナインと早大付ナインがベンチですれ違う。
安倍は、泣き崩れる辻と亀井を福田が懸命に宥めている姿が目に入った。
その瞬間、後藤が球場に呑み込まれてしまいそうな位の小さな声で呟き、安倍の横を通り過ぎていった。
317 :
加紺とう:03/11/21 22:12 ID:GTisqz6h
「なっつぁん、ごめん。負けちゃったよ…。」
すぐさま振り返る安倍。
しかし、小さく小刻みに震える後藤の背中を見た時、何も声をかけることが出来なかった。
安倍はスコアボードに目をやる。
そこには信じがたい光景があった。
上野学園、サヨナラ負け。
しかも、あの上野がこともあろうにノーヒットノーランをされていたのだ。
対戦相手は山口代表の岩国高校。
正直な話、ここまで勝ち残ってるのが不思議なくらい、大して名前を知られていなかった高校だ。
今度はふと相手のオーダーに目をやる。
1番、投手、道重さゆみ。
やはり聞いたことのない名前だ。
その時、相手ベンチに岩国の背番号1が目に入った。
何かを言ったようだった。
聞こえはしなかったものの、その口の動きはこんな感じだった。
「今日の私も、やっぱりかわいかった…。」
なぜ、この投手から後藤や辻らがヒット一本すら打てずに破れたのか。
安倍は気になって仕方がなかった。
安倍だけではない。
他の選手も上野が敗れたことに衝撃を隠せずにいた。
318 :
加紺とう:03/11/21 22:13 ID:GTisqz6h
早大付ナインは試合が始まってもこの衝撃を払いきれずにいた。
明らかにいつもよりも精彩を欠いている。
6回を終えて、打線は田中に11奪三振を喫し無安打。
守っても、藤本・飯田・大谷がそれぞれ1エラーずつ。
投げる安倍もなんとか無失点で凌いではいたものの、毎回ランナーを背負うという苦しいピッチングが続いていた。
ひょんなことで完全に柳川へと流れを持っていかれてしまいそうな展開だった。
観客も上野に続いて早大付もまた敗れてしまうのではないかと微かながらざわめき出していた。
しかし、石黒がこの悪い流れを断ち切る。
8回表、藤本が田中に今日13個目となる三振に倒れ、二死となって6番の石黒が打席に向かう。
何とかここで流れを変えなきゃ…。
ここが勝負どころと読んだ石黒。
そこである行動に出た。
319 :
加紺とう:03/11/21 22:14 ID:GTisqz6h
「えっ!?」
投手の田中が驚きのあまり、思わず声を出してしまった。
あの長距離砲の石黒がバットを二握りも余して持っているのだ。
ヒット狙いに切り替えたのか?
真意を掴めないままの田中だったが、そのまま力で押し切る事にした。
初球、ど真ん中の速球を見逃しストライク。
二球目・三球目はそれぞれインハイ・アウトローに速球を外してボール。
四球目は内角への速球をファール。
その後も田中の投げる球投げる球を石黒がファールで粘る。
そうしている間に田中は十八球目を投じた。
そして石黒はまたしてもファールで逃げた。
田中はその時、自分が肩で息をし始めているのに気付いた。
320 :
加紺とう:03/11/21 22:18 ID:GTisqz6h
しまった!これが石黒さんの狙いやったと!
今まで順調に投げていた田中のペースが突如乱れ始めていた。
そしてこの瞬間を石黒は見逃さなかった。
十九球目、田中が速球でストライクを取りにきた。
この時、田中は石黒がバットをグリップエンドまで目一杯に持っていたことに気付く。
しかし、時すでに遅し。
石黒が打った打球はライナーでレフトスタンドへと消えていった。
この先制弾が早大付ナインの目を覚まさせた。
この後も点にはならなかったものの安打を2本放って、元気のなかった早大付打線がついに田中を捉えはじめた。
投げては安倍が秘球『トウモロコシと空と風(以後『TSW』)』がやっと冴えはじめて、その後はまったく危なげないピッチングを見せた。
一時はどうなるかと思われたが、このまま早大付が1-0で逃げ切り、見事準決勝へと駒を進めた。
一方、惜しくも敗れ去った田中は球場を去るときポツリとこう呟いた。
「さゆ、あたしん代わりにうちらの約束ば叶えっとよ。」
果たして田中のいう約束とは…?
そしてさゆ(道重さゆみ)の実力とは…?
全ては準決勝の第一試合に明らかになる。