304 :
加紺とう:
21.MAKOTOの力
大会10日目、今日で娘。甲子園ベスト8が出揃うことになる。
そんな中、第一試合は優勝候補の一角の神奈川代表の横浜、対するは新潟代表の新潟明訓である。
この新潟明訓の中でも、今大会のダークホースと言われているのがエースの小川麻琴だ。
彼女の実力は確かだ。
速球にも力があり、変化球も切れ味は十分だ。
戦い様によっては後藤や安倍と同等、いや、それ以上の力を持っている。
しかし、彼女には唯一とも言える欠点があった。
制球力、いわゆるコントロールだ。
しかも、精神的に崩れてのコントロールミスが目立って多かった。
今大会もエラーがらみや微妙な判定からリズムを崩し、四球でズルズルと失点してしまった試合が何度かあった。
この精神力の弱さが、彼女の力をもうひとつ発揮できないでいる要因になっていた。
実は彼女、入部当初は強気がウリの投手だった。
しかし、当時はなかなか結果がついて来ず、次第に今の感じへとなっていったのだ。
305 :
加紺とう:03/11/15 11:14 ID:cdlOZg3q
そんな彼女を支えていたのが女房役の捕手、斉藤瞳だ。
時には優しく、時には厳しく、しかしどんな時でも小川に声をかけ続けてきた。
打っても4番の彼女は、まさにチームの柱とも言える存在だ。
その彼女が試合開始直前、小川に声をかけた。
「まこっちゃん、今日はノーサインでいくよ。」
へっ?と思わず声に出してしまった小川。
最初は斉藤が何を言ってるのか理解できずにいたようだ。
お構いなしに斉藤が続ける。
「今日の相手の横浜は、きっと一筋縄じゃいかないと思う。
おそらく私も打つ方でいっぱいいっぱいになるだろうから、今日のリードはまこっちゃんに任せるよ。」
半分口を開いたままだった小川だったが、ここでようやく言葉を発した。
「そ、そんなの無理ですよ!今までだって斉藤さんのリードで勝てたようなもので…。」
「フフッ」
何かを思い出したかのように斉藤が笑い出した。
そして小川が喋るのを遮るように、そのまま言葉を続けた。
306 :
加紺とう:03/11/15 11:16 ID:cdlOZg3q
「まこっちゃん、今まで私の要求通りのコースに投げたことがあった?
まこっちゃんは気付いてないかもしれないけど、今、まこっちゃんが新潟明訓のマウンドにいるのは紛れもなくまこっちゃんの力だからだよ。」
「私の力…ですか?」
「そう、自分に自信を持っていこうよ。まこっちゃんにはそれだけの力を持ってるんだからさ。」
斉藤のその言葉に、小川の中の何かが反応した。
試合が始まり、小川は思いっきり力強い速球を、鋭い変化球をどんどん投げ込んだ。
横浜打線も今までと明らかに違う小川の投球に戸惑い、なかなか捉えられずにいた。
一方の新潟明訓は、3回表に一死三塁から小川のスクイズで先制、6回には斉藤のツーランでさらに2点を追加した。
しかし、横浜打線も黙ってはいない。
6回裏に矢口のソロ本塁打で1点を返す。
そして9回裏、横浜が土壇場から矢口・新垣がヒットを連ねて無死一・二塁とチャンスを作った。
打席に入るのは3番の柴田。
小川・斉藤のバッテリーは敬遠も考えた。
次打者が今大会まだノーヒットの石川だからだ。
しかし、二人は勝負を選んだ。
打ててなくても横浜の4番に変わりはない、それに何よりここで逃げたくないというある種のプライドがあった。
307 :
加紺とう:03/11/15 11:17 ID:cdlOZg3q
一方の柴田は、ネクストバッターズサークルに目をやる。
石川がニコニコと手を振っていた。
しかし、今日の調子では厳しいだろうというのはわかっていた。
そして、無死とはいえ、ここは自分で決めにいかなければならないと判断した。
小川がセットポジションからボールを投じる。
初球は外のスライダーを見逃し、ストライク。
その後、直球を内・外と二球外してボール。
カウントは2ストライク1ボールとなった。
そして4球目、小川が内角へ直球でストライクを取りにいった。
柴田は待っていた、長打になりやすい内角の球を。
腰を鋭く回転させ、腕を上手くたたんでボールを捌いた。
文字通りの弾丸ライナーの打球はライトのポールを直撃した。
サヨナラ3ラン、柴田が吼えながらベースを一周する。
そんな中、斉藤は小川の元へと歩いていった。
しかし、今までとは違う、何か自信を取り戻したような小川の姿がそこにはあった。
「斉藤さん、すいません。最後に打たれちゃいました。」
「いや、アレを打たれちゃ仕方ないよ。お疲れ様。」
「はい、来年こそは絶対に勝ちましょうね!」
小川の口から、そのような積極的な言葉が出るとは思っていなかった斉藤は素直に嬉しかった。
敗れはしたが、来年につながる敗戦だ、と斉藤は思った。
結果は3−4のサヨナラ勝利で、横浜が5校目のベスト8進出を決めた。