239 :
加紺とう:
10.Short Complex
「うちのこと、ちっさい言うな!」
とあるリトルリーグ(娘。甲子園より一つ下の年齢層のリーグ)に一人の少女が所属していた。
その少女の名は、加護亜依。
彼女はグラウンドで一番高い場所、マウンドに立つことをずっと夢見ていた。
それだけを目標にいくつもの厳しい練習をこなしてきた。
しかし、彼女の夢はある一言で一気に打ち砕かれた。
「小さい。」
これが、加護を投手として起用しない理由として監督が言った言葉だった。
なんでちっさいのがあかんねん?
将来的にのびる可能性が低いやて?
だからってうちより力のない木偶の坊を投手にすんのか?
「ふざけんなや!!!」
その頃から加護は小さいことに次第にコンプレックスを感じ始めるようになった。
チームメイトはみなチビ扱いし、投手になりたいと言えば揃ってみんなで馬鹿にした。
自分が密かに投手になるための練習をしようとしても誰も付き合ったりしてくれなかった。
たった一人、壁に向かってただボールを投げ続ける。
誰にも見られることもなく、ただひたすらに…。
240 :
加紺とう:03/10/06 02:46 ID:QDF9MvLi
そんな日が何日も続き、加護は改めて考えた。
「うちが投手やって認められるにはどうしたらええんやろ?」
球はそこそこ速い。
変化球のキレもそれなりにいいし、コントロールも悪くはない。
しかし、どれもずば抜けているわけでもなく、普通より若干いいという程度だった。
「やっぱずば抜けたもんが必要なんかな?
誰にも真似できんようなすごいことが…。」
その時、加護の頭がひらめいた。
「そうか、うちはモノマネやったら誰にも負けへん!
これやこれや、うちに必要なもんはこれやったんや!」
確かに加護はクラスでは先生や友達のモノマネをやらせれば右に出るものはいなかった。
ただし、野球では勝手が違う。
形は真似できようとも中身まではそうはいかない。
普通ならば…。
241 :
加紺とう:03/10/06 02:47 ID:QDF9MvLi
それから数日後、加護は当時のチームのエースに対決を挑んだ。
「うちが勝ったらエースの座をうちに譲ってもらうで!
負けたらうちはこの部をやめたる!」
この大胆な加護の決意の裏には絶対な自信があった、負けるはずがないという絶大な自信が…。
勝負の内容は、互いに5球ずつ投げ、より打ったほうが勝ちというルール。
まずは加護が打つ番。
加護は5球中2本の安打を放った。
次はエースが打つ番。
そこで加護は実力の差を見せ付ける。
エースとまったく同じフォーム、まったく同じボールを投げてみせる。
しかし、加護はそれだけでは止まらない。
その後はまったく同じフォームで徐々にそれ以上の球を放ってみせたのだ。
ただ真似するだけでなく、それを自分流に昇華させていく。
これが加護の「モノマネ」の真のすごさなのだ。
エースは結局1安打も打つことが出来ず、エースの座を加護に譲ることになった。
242 :
加紺とう:03/10/06 02:50 ID:QDF9MvLi
これ以降、加護はこのチームのエースを張り続けた。
それからも加護はモノマネを磨き続け、次第に目も肥えてきた。
最初は真似るのに何週間もかかったこともあったが、今では一イニングも見れば大概はできるようにまでなった。
小さいというコンプレックスを克服し、精神的に一回りも二回りも大きくなった加護。
その加護が今、その時に編み出した「モノマネ」で、娘。甲子園の王者に牙を剥いているのだ。
後藤を打ち取り、加護はベンチに手でサインを送る。
すると、ベンチから控え選手が加護の右利き用のグラブを届けにやってきた。
「さ、打者一人でも休ませてもろたし、こっからまた飛ばさせてもらうで!」
グラブを付け替え、加護は上野サイドに向かって吼える。
そして、今度は右手で、またしても後藤のフォームで投げ込む。
しかし、球威はさっきの左の時とは桁違いだ。
上野は後続も抑えられ、またしても3者凡退でこの回を終える。
上野学園に、徐々にだが確実に一点の重みがのしかかってくる。