235 :
加紺とう:
9.天才、加護亜依
その後、後藤は気持ちを切り替えて後続を完璧に抑えた。
対する加護も、4回裏の1番の辻から3番の福田までを連続三振とさらに調子を上げてきた。
これ以上点はやれないと気合が入る後藤。
5回表はしっかりと三人で打ち取った。
5回裏、後藤からの打順。
加護がベンチからマウンドへ駆け足でやってくる。
が、誰もがその目を疑っただろう。
加護が右手にグラブをはめている。
言うまでもないが、右利きの加護が右手にグラブをはめるということはまずありえない。
「一体何のつもり?」
後藤が少し睨みをきかせながら加護に言う。
「見ての通りや、左手で投げるんやで。
ちょっと飛ばし過ぎて右で投げるんが疲れてもうてん。」
あっけらかんと加護は答える。
「おい、嘗めるのもいい加減にしろよ!」
福田がベンチから怒号を上げる。
当然だろう、利き腕と逆の手で投げるなんて前代未聞だ。
しかも相手は昨年の王者上野学園、しかも打者は4番の後藤だ。
いくら抑えているとはいえ、これは調子に乗りすぎだ。
おそらく誰もがそう思っただろう。
236 :
加紺とう:03/10/04 03:20 ID:HGp+4mBv
しかし、加護は不敵な笑みを浮かべながらこう言ってのけた。
「そう言うんなら、打ったらええやん。打てるもんならな…。」
この自信は一体どこからやってくるのだろうか?
その答えがわかる時がもうすぐやってくる…。
後藤と加護が対峙する。
加護がゆっくりと投球モーションに入る。
そしてその時、またしても誰もがその目を疑った。
146km/hの速球が後藤の胸元を抉る。
が、驚いたのはそれだけではなかった。
「あの豪快なフォーム…間違いない、あれは後藤のだ。」
そう、福田が言った通り、加護はまたしても後藤のモノマネをやってのけたのだ。
しかも利き腕と逆の手で…。
加護が二球目を投げる。
外角低めの速球を真後ろにファール。
確かに左対左は不利と言われているが、後藤は大して苦にしない。
むしろ、右の時より速球の威力が落ちて打ちやすくなった。
加護が三球目を投げる。
ど真ん中に来たボールを後藤は打ちに行く。
237 :
加紺とう:03/10/04 03:20 ID:HGp+4mBv
「えっ!?」
後藤は困惑の色を隠せない。
速球だと思っていた球は急激に後藤の足元へと深く沈んでいき、バットは見事に空を切ったのだ。
そう、加護が投じたのは紛れもなく後藤の決め球のスクリュー…変化も、キレも、その球は後藤と遜色なかった。
この時、後藤は理解した。
あの時の加護の目…それはモノマネするために、ずっと後藤を見続けていたのだ。
加護のずば抜けた恐るべき力、洞察力。
加護は相手のフォーム、体のバランス、クセ、全てを見抜き、そしてそれを天武の才にて完璧に再現してしまうのだ。
上野サイドは今、加護亜依という天才の存在をここではじめて思い知らされた。