217 :
加紺とう:
6.モノマネ
大会5日目の朝、後藤が目を覚ました。
眠け眼をこすっていたら、辻の姿が見当たらないのに気付いた。
「(いつもなら時間ぎりぎりまで寝てるのに…。)」
そう思っていたら、外から物音が聞こえた。
後藤は耳を澄ます。
『ブンッ!ブンッ!』
その音の正体が素振りの音だと気付き、廊下の窓から音のする方向を覗いてみる。
辻だった。
どうやら辻は興奮して目が覚めてしまったらしい。
素振りの力の入れ具合から、どれだけ今日の対戦に気合が入っているかが十分伝わってきた。
その様子に笑みを溢しながら、後藤は身支度のために部屋に戻った。
218 :
加紺とう:03/09/30 01:50 ID:WtnEIk3O
今日も甲子園は大観衆に包まれている。
その中で智辯と上野、2つのチームが対決の時を迎えようとしていた。
先攻は智辯、1番の加護が打席に向かう。
「今日も全力で暴れさせてもらうでぇ〜!」
笑顔満開で、これまた楽しそうに言う加護。
こちらも辻に負けず、気合十分といった感じだ。
そして加護が打席に入り、プレイボールの合図のサイレンが甲子園に鳴り響いた。
後藤は大きく振りかぶり、第一球を投げた。
「!?」
後藤の背筋に寒気が走る。
後藤の投じたど真ん中直球は見事にストライクだった。
「あちゃ〜、絶好球を見逃してもうたがな!」
やってしまったと右手で頭を押さえながら悔しそうに加護は言う。
後藤はというと、何かの違和感を感じていた。
「(加護のあの全てを飲み込むような目…アレは一体?)」
後藤が投げた時に見せた加護の目、それが後藤には気になった。
何かを狙っているのだろうか?
そう判断した後藤は、先頭打者であるはずの加護に全力投球を見せた。
219 :
加紺とう:03/09/30 01:51 ID:WtnEIk3O
直球、カーブ、スクリュー、シュートと持ち球を全て織り交ぜて打ち取りにいく。
一方の加護もかろうじてファールで粘る、例の目をしながら。
そして十二球目、インハイ直球に加護のバットは空を切った。
「あかん!やられたわぁ〜!」
悔しそうにベンチへと戻っていく加護。
しかし、後藤はまだあの加護の目のことを気にしていた。
「(何だったんだろう…あの嫌な感じは?)」
背筋に走った寒気は一体何だったのか?
この時の後藤には、あれが加護の本当の力だということは知る由もなかった。
その裏の上野の攻撃、打席にはなんと辻が向かっていた。
「お、ののも一番が好きなんか?」
「そうじゃねーのれす、ごとーしゃんのしじなのれす。」
加護が嬉しそうに聞くと、辻も嬉しそうに答えた。
前回の智辯の試合を見た後藤は、加護は尻上がりに調子を上げるタイプだと見た。
だから、辻で先制パンチを食らわして一気に潰す。
そのために辻を1番に起用したのだ。
「きょーはあいぼんをぼこんぼこんにやっつけてやるのれす!」
「言ってくれるな、のの。うちも負けへんでぇ!」
辻はバットをブンブン振り回し、加護は肩をぐるぐると回す。
両者ともやる気満々だ。
220 :
加紺とう:03/09/30 01:52 ID:WtnEIk3O
加護がワインドアップで第一球を投げる。
内角の直球を辻はフルスイングした。
『カキーン!』
打球は猛烈な勢いでレフトスタンドへのびていった、が惜しくも左へと切れていった。
しかし、飛距離だけ見れば完璧な場外弾だ。
「なんちゅーパワーやねん、のののやつ。」
鼻の頭をかきながら照れくさそうな辻。
しかし、加護は動じるどころかさらに気合が入る。
「(後藤はんまでは温存するつもりやったけど…こうなったら全力でいったるで!)」
再び投球モーションに入った加護。
しかし、先ほどとはフォームが違う。
それでも、このしなやかなフォームはどこかで見たことがある気がする…。
このかすかな疑心は、ボールが捕手のミットに収まった瞬間に確信へと変わった。
加護の投じた直球を辻が先ほどと同様に打ちにいった。
しかし、ボールは急激にホップし、辻のバットの上を通過した。
福田が思わず声を上げた。
「あれは…福井商業の高橋の『演舞投法』?」
すこし間を空けて加護が答える。
「そう、そしてこれがあたしの必殺『ホッピー』やよ〜、な〜んてね!」
加護はニコニコしながら福井弁っぽく言ってみせた。
そう、これが加護の力の完全模倣、いわゆる『モノマネ』である。
思いもよらぬモノを目の当たりにして、この時辻はただただ呆然とするしかなかった。