【1094】迷うなぁ【0910】

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69ミスト

三人の娘が田中家の門をくぐったのは、夜の8時をすぎたころだった。
玄関脇に国産高級車がとまっているのを横目に見ながら、中に入る。
家は広くて大きい。れいなは、ここに住んでいる。

実家は、九州の福岡にあるのだがモーニング娘。加入を機に
東京の親戚のこちらの家に居候させてもらうことになった。
広いリビングで、亜依と梨華のために食事がふるまわれた。
お金持ちの人は、やたらとお客に対して丁寧で親切なので、
少々、萎縮してしまうものなのだが、亜依は遠慮なくパクパク食べる。

「姉ちゃん、その唐揚げ、いらないならもらうよ」
「ちょっとだめだよ」
伸びてくる亜依の箸を必死でふりはらう。実に見応えのある攻防戦が繰り広げられる。
亜依と梨華の家庭では食事の時間は、食うか食われるかの戦争なのだ。

70ミスト:03/07/02 01:35 ID:aCLCfQhG

二人が唐揚げに集中している隙をみて、れいなは、亜依の小皿からエビフライを
さっと奪った。亜依の大好物で最後に食べようと思っていたものだ。

「へへへ、いらないなら、もらうよ」
れいなは、エビフライを箸でぷらぷらと揺らした後、一口で口の中に放り込んだ。
全部入りきらず、口からエビのしっぽがでているのだが、れいなは満足気にエビの味を楽しむ。

「この女、ころぬ〜〜!」
「こらっ!亜依やめなさい!」
れいなに飛びかかろうとする亜依を必死でおさえつける。

とにかく、いつもは静かな田中家の食卓は、この夜たいそうにぎやかであった。
食べ物を限界までつめこんだ亜依は、戸棚にかざられているワインにも興味をしめしたが
梨華のひとにらみで、さすがにあきらめた。

71ミスト:03/07/02 01:38 ID:aCLCfQhG

たっぷり食べた後は、たくさん動くことが亜依の信条だ。
「れいな、あんたの部屋、おじゃまさせてもらうよ」
言うがはやいか、亜依は椅子を立って階段に向かって走りだした。

「ちょっと、勝手に入らないでよ」
れいなの抗議もどこ吹く風、亜依はリビングから姿を消した。
この無礼な客のあとを追って、れいなも走り出した。

ドタバタ階段を駆け上がる音が、リビングまで聞こえてきた。
「ずいぶん元気な妹さんね」
「すいません、元気だけが取り柄な妹なもんで」
梨華は恐縮しながら笑った。

「これからも遊びに来てやってくださいね」
「いいんですか?れいなちゃんに悪影響ばっかり与えますよ」
「そんなことないですよ。あんな楽しそうなれいなは、ひさしぶりに見た気がします」
田中さんは、梨華のカップにお茶を注ぎながら言った。

72ミスト:03/07/02 01:41 ID:aCLCfQhG

「れいなは、初め東京に来たときは、とても明るい子だったんです。モーニング娘。で
 一番になるってよく言ってました。ただ、厳しいレッスンをするうちに、どうやら自信を
 なくしちゃったみたいで、一人でふさぎこむようになっちゃったんです」

「まだ中学生ですしね・・・・・・」
アイドルは年々、若年化している。なにも分からない中学生が、芸能界に飛び込んでは
消えていっている。梨華は、芸能界に入ったことはないが、いろいろと大変なことが
あるんだろうなとは思っている。

いろいろな悩みやプレッシャーを、13歳の小さな体で受け止めなくちゃならないんだから
よほど精神的にタフな人間か、脳天気な人間じゃないとつとまらないだろう。
梨華は、カップに注がれたお茶を飲みながらそんなことを思った。

73ミスト:03/07/02 01:44 ID:aCLCfQhG

れいなの部屋は、階段を上がってすぐのところにあった。広さは8畳ほどで
女の子らしく、いたるところにぬいぐるみが置いてある。
壁には、チャーミー石川と呼ばれる女の人のポスターが貼ってあった。
この人は、モーニング娘。の人らしいのだが、なんかうちの姉ちゃんに似てるなあと亜依は思った。

「この人が好きなのか」
「・・・まあね」
れいなは、少し照れくさそうに言った。
「この人目指してるんだ」

「・・・・・・この人は完璧だからいくら私が、がんばっても追いつけないよ。
 ただ、あこがれてるだけ・・・」
れいなは、ベットに腰をおろし、ポスターを眺めた。

74ミスト:03/07/02 01:48 ID:aCLCfQhG

「・・・・・・れいな、あんたレズじゃないよね?うちの姉ちゃんとかタイプだったりする?」
「そ、そんなわけないでしょ!バカじゃないの!」
ベットから立ち上がり、怒ったような表情で言った。

「必死で否定するところが怪しいなぁ」
「うるさ〜〜い」
れいなの叫び声は、一階のリビングまで聞こえてきた。

田中さんは不安そうな表情で二階を眺め、梨華は大きく、くしゃみをした。
「あの二人、わたしの悪口言ってるんじゃないでしょうね」
梨華は、鼻をすすりながら、ぼやいた。

人の形をした嵐が、田中家を去ったのは夜の10時をすぎた頃だった。
ようやく田中家にも平穏な生活が戻りはじめる。
それに対し亜依と梨華の家では、両親が二人の帰りを今か今かと待ちわびていた。
こちらは、嵐に加えカミナリが落ちそうであった。